華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第十六話 防人作戦

 

 

―――― 大鳥居前・最前線防衛ライン――――

 

 

突如、鶴丸から入った通信に、三日月か「あい、分かった」とだけ答えて通信を切った

それから、小さく息を吐くとその通神機を袖に仕舞う

 

「そうか・・・・・・ついに、来るのだな・・・沙紀―――――――」

 

この一戦が始まる前、彼女は言っていた

「三日月にしか、出来ない事がある―――――」と

それを実行する時が来たのうだろう

 

「ふ・・・・・・、俺は今さら“死”を恐れているのか・・・・・・?」

 

何千年と生きてきたが・・・・・・

まさか、“死”恐れる日が来るなど――――――

だが、今の俺の“願い”はそれでもない

 

彼女の――――沙紀が生きているならば

それでいい――――――・・・・・・

 

その為に、俺は幾度となくこの次元を繰り返してきたのだから

ふと、三日月が目の前のバケモノを見る

 

この中に、どれほどの 折れた“三日月宗近”がいるのだろうか

最早、数える事すら忘れてしまった――――

 

沙紀は言っていた

『あくまでも、これは最終手段』だと

可能ならば、それをせずに浄化したいと

だが、目の前のバケモノは幾分「大祓詞」で弱体化しているも、その勢いは未だ衰えない

 

加えて、周りの疲労も激しい

 

もう、これは「限界」に近かった

 

 

と、その時だった

後ろの方がざわめきだした

 

三日月が振り返ると、彼女がそこにいた 沙紀だ

沙紀は、鶴丸の手を借りて馬から降りると、真っ直ぐに三日月の方へと歩いて来た

 

「主・・・・・・、神降をしているのか」

 

沙紀のその姿は、いつものそれとは異なっていた

いつもの、躑躅色の瞳に漆黒の髪ではなく、金色の瞳に、銀糸の様な髪がそれを物語っていた

 

沙紀は、にっこりと微笑んで

 

すっと、手を払う様に上げると

 

「ここに参戦してくださっているすべての刀剣男士さんに告げます。 今すぐ戦線離脱してくさい。 特に“竜胆の本丸”のもの以外は、撤退をお願いします」

 

さわりと、辺りがざわめきだす

それもそうだろう

まだ、何も解決していない

なのに、沙紀は撤退してくれと言っているのだ

 

「―――勝機はあるのですか?」

 

ひとりの刀剣男士が沙紀にそう尋ねてきた

すると、沙紀はにっこりと微笑み

 

「・・・・・・大丈夫です。 必ず―――――――」

 

そう言って、バケモノを見る

それを見て分かったのか、その刀剣男士は頭を垂れると

 

「――――御武運を」

 

そう告げると、去って行った

 

「髭切さん、膝丸さん」

 

名前を呼ぶと、髭切と膝丸がやってきた

沙紀は、二人を確認すると

 

「お手数ですが、お二人には戦線離脱する彼らのサポートをお願いしたいのです」

 

そう言って、すっと1枚の札を差し出した

 

「これは?」

 

髭切がその札を受け取ると、まじまじと見た

すると沙紀は

 

「ここに今張っている結界の一部を開放する術式を込めた術札です。 これがあれば結界内から出られます」

 

「――――つまり、これを使って彼らを逃がせって事かな?」

 

髭切がおどけた様にそう尋ねると、沙紀はにっこりと微笑んだ

 

「髭切さんは、今はもう戦える状態ではありません。 ですので、彼らと一緒にこの場から離脱して休んでいて欲しいのです」

 

沙紀の言葉に、まるで全てを見透かされた様な感覚に捕らわれる

正直、立っているのもやっとだった

 

だが、髭切は悟られまいと、苦笑いを浮かべて

 

「そう見える? まぁ、“審神者”殿の命令でしたら、従うよ」

 

そう言って、沙紀の手から札を受け取った

 

「では、膝丸さん、髭切さんを宜しくお願いします」

 

沙紀のその言葉に、膝丸が「兄者は任せてくれ!」と、胸を叩いた

 

「それから―――――」

 

そう言い掛けて、一期一振と、いつの間にか集まってきていた薬研と長谷部を見る

 

「お三方には、万が一を想定して他から干渉できない様に、少し離れた場所から見張り兼防衛をお願いできますか?」

 

沙紀の言葉に三人が頷く

 

「お任せください。 蟻の子ひとつ通しません!!」

 

「拝命いたします」

 

「おう、大船に乗ったつもりでいてくれていいぜ、大将」

 

三人からのその言葉に、沙紀が「ありがとうございます」と、にっこりと微笑んだ

 

「後は・・・・・・」

 

そこまで言って、残りの面目を見る

 

「三日月さん以外は、安全を期す為に撤退を――――――」

 

と、そこまで言いかけた時だった

大包平が腕を組んだまま

 

 

 

 

 

 

「断る!!!!」

 

 

 

 

 

 

まさかの大包平からの言葉に、沙紀が困惑した様に苦笑いを浮かべる

すると、大包平に続く様に鶴丸までも残ると言い出した

 

「まさか、俺にも撤退しろなんて言わないよなぁ? 沙紀」

 

そう言って、すっと沙紀の顔を覗き込む

急に近づいてきた鶴丸の端正な顔に、沙紀がかぁ・・・・っと、その頬を朱に染める

 

「そ、それは―――――」

 

そこまで言いかけた時だった

 

「・・・・・・俺も残る」

 

「僕も残ろうかな・・・・・・伽羅ちゃんも残るよね?」

 

「・・・・・・はぁ、好きにしろ」

 

「え!?」

 

まさかの山姥切国広と燭台切と大倶利伽羅の言葉に、沙紀が驚愕の声を上げる

沙紀のその反応に山姥切国広が訝しげにこちらを見た

 

「なんだ? 俺達が居たらまずいのか?」

 

「あ、いえ、そうではなく・・・・・・」

 

ここに残るという事は、あのバケモノの正体を明かすことになる

出来る限り、隠密に進めたかったのだが・・・・・・

 

困った様に三日月を見る

すると、三日月はふっと笑みを浮かべ

 

「主の気遣い感謝する。 だが、俺はあの者たちになら知られても構わんよ」

 

「・・・・・・わかりました」

 

当の本人がそう言うなら、これ以上彼らを拒むことは出来ない

沙紀は、残っている五名を見ると、小さな声で

 

「・・・・・・これから行う事は他言無用でお願いします」

 

そう話を区切ってから、今から行う事を説明した

 

まず、最初にあのバケモノの動きを止める

これが絶対条件だ

その条件下で、あのバケモノと繋がっている三日月の魂を分離

その為に、三日月の心の中に入らなければならない

その間、肉体は無防備になる事

分離に成功したら、後はあのバケモノはたやすく倒せるという事

 

一通り説明した後、沙紀は彼らの様子を見た

鶴丸と大包平と山姥切国広が完全に怒っている

 

怒る、わ、よね・・・・・・

 

ある意味 これは賭けだ

失敗すれば、全てを失う

 

反対されるのが目に見えていた

しかし、三日月を生かす為にはこの方法しかないのだ

 

これ以上、無残にも散った「三日月宗近」を増やす訳にはいかない

ここで、輪廻の輪を断ち切らなければ―――――・・・・・・

 

ふと、鶴丸の手が伸びてきた

思わず、沙紀がびくっとする が・・・・・・

 

その手は優しく、沙紀の頭に乗せられた

 

「・・・・・・? りん、さ、ん・・・・・・?」

 

恐る恐る顔を上げると、鶴丸が優しげに笑っていた

そして

 

「ったく、お前は・・・・・・。 そうやって何でもかんでも一人で背負い込もうとするのは悪い癖だぞ? もっと、他を頼れ」

 

「あ・・・・・・」

 

言われて、はっと周りを見る

 

「こいつの言うとおりだ! 俺様に頼ればいい!!!」

 

「・・・・・・大包平は置いておいてもいいが、せめて同じ“本丸”のやつらには頼ってもいいと思う」

 

「う~ん、僕としてはもっと頼って欲しいかな。 沙紀君は、いつも無茶ばっかりするから」

 

「・・・・・・お前用におはぎを置いてある、とっとと片づけるぞ」

 

と、四人がそれぞれ思いを言葉にしてくれる

その言葉を聞くと、なんだか胸の中が熱くなった

知らず、涙が零れる

 

「みな、さ・・・・ま。 あり、が、とう・・・・・・ござい、ま・・・す」

 

嗚咽を洩らす沙紀に、鶴丸が優しく頭を撫でてくれた

それが酷く優しくて、沙紀はまた涙を流すのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――――月齢1.9:三日月 最終防衛ライン―――

 

 

「・・・・・・暇」

 

結界内に閉じ込められていた“睡蓮の審神者”がそうぼやいた

それはそうだろう

辺りは静かで、戦闘のせの字もない

いたって平和だ

 

だが、これは一応任務中・・・・・であり、召集された身である

にもかかわらず・・・・・・

 

「なんで、あたしが結界に閉じ込められなきゃならないのよおおおおお!!!!」

 

納得いかない!!! とういう風に傍の壁をばんっと叩いた

事の発端はこうだ

 

何やらあの生意気な長谷部とかいう刀剣男士と、その彼が連れていた忍風の男

その二人が何やら神妙な顔で話していたのだ

 

もしかしたら、最前線で何かあったのかもしれないが・・・・・・

これはまたとないチャンスだった

 

二人が何を話しているか聞きだして・・・・・・

それをネタに脅せば、あたし自由じゃ―――ん!

 

そう思って、自然を装って二人に近づいたまではよかった・・・・・・が

内容を聞く前に、謎の防御壁に阻まれたのだ

しかもそれと同時に結界が展開したものだから、行くも引くも出来なくなってしまったのだ

 

ふと、完全に罠に嵌っている“睡蓮の審神者”を見た瞬間、呆れた様な哀れんだような、溜息を長谷部が洩らした

 

「まさか、こんな子供だましに、引っかかるとはな。 そう思わないか? 笙」

 

「・・・・・・お答えしかねます」

 

 

笙といえば、笙らしい返事だった

 

長谷部は、にやりと笑みを浮かべ

 

「特SSランクの“審神者”である、貴女様に今うろちょろされると困るので。 かといって割く人員もいないので、こうさせていただいた」

 

「はぁ!!!?」

 

「恨むんだったら、己の行いを恨むんだな」

 

それだけ言うと、長谷場は何処かへ行ってしまった

残ったのは、笙一人

 

「ちょと、あんた!! あたしをここから出さないとどうなるか分かってるんでしょうね!!?」

 

笙にそう訴えるが、笙は淡々とした声で

 

「我が主の命ですので。 出来ません」

 

の一点張りだった

それが、“睡蓮の審神者”の怒りに拍車を掛けた

それはそうだろう

自分より格下の相手に、この様な仕打ちを受けて黙っていられるほど、“睡蓮の審神者”は出来た人間ではない

もし、今あの長谷部とか言う刀剣男士がいないなら、絶好の機会なのに―――――

 

だが、いくら結界を叩こうともびくともしなかった

 

どういうこと・・・・・・!?

このあたしが、この程度の結界を壊すことも出来なんて―――

 

まるで、あたし以上の力のものが張った様な・・・・・・

と、そこまで考えて、“睡蓮の審神者”はかぶりを振った

 

そんな筈ない

だって、あたしはこの日本でたった5人しかいない特SSランクの“審神者”なのよ!?

それなのに、あたしよりも上だなんて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――― 大鳥居前・最前線防衛ライン――――

 

 

「概要は、今説明したとおりです」

 

沙紀は今から何をするべきかを簡潔に説明した

 

「まずは、あのバケモノの足止めをお願いします。 その間に私が結界を張りますので」

 

「それは、僕と伽羅ちゃんがやるよ」

 

そう名乗り出てくれたのは、燭台切と大倶利伽羅だった

沙紀は小さく頷くと、「お願いします」と言った

 

「もし、2振ではきつと思うならば、最初は全員でかかった方が早いかもしれません」

 

「ふむ・・・・では、俺も――――」

 

「三日月さんは駄目です。 儀式用の紋から出ないでください」

 

そこまで言った時だった、鶴丸がふとある事を尋ねてきた

 

「沙紀? お前、万が一俺達を下がらせていたら、誰がバケモノの相手をするんだったんだ?」

 

「それは――――」

 

「まさか―――とは思うが、自分一人でやる気だったとか言わないよな?」

 

と、なんだか圧力を感じ、沙紀がたじろぐ

実はそうですとは言えない雰囲気に、沙紀がどう答え様か考えあぐねていると

全てを察した様に、鶴丸がどんどん近づいてくる

思わず沙紀が後退するも、すぐさま後ろにいた大包平にぶつかった

 

「あ、すみませ―――」

 

謝ろうとした瞬間、何故か大包平に腕を掴まれた

 

「え・・・・・!? あ、あの?」

 

「よし、そのまま捕まえておけ、大包平」

 

「わかった」

 

えええええええええ!!!?

 

わざと挟み撃ちにされたのだと気づくのに、数秒を要した

 

「さてと」

 

前には鶴丸、後ろには大包平

完全に嵌められた状態になり、沙紀が慌てて口を開く

 

「あ、あの・・・・・・っ! い、今はこの様な事をしている場合ではなくて――――」

 

「今は、か。 なら、今回の件が終わったらお仕置きだな」

 

そう言って、鶴丸がにやりと笑った

 

「勿論、俺もいる事を忘れるなよ? 沙紀」

 

と、便乗する様に大包平も沙紀の後ろから囁いてきた

 

「うう・・・・・・」

 

なんだか、とんでもない“借り”を作ってしまったようで

沙紀は、二人に気付かれない様に心の中で溜息を洩らしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりま、ああいう作戦です

もう睡蓮さんは、このまま放置しよ~~~笑

 

2022.06.01