華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第十伍話 願い

 

 

戦いは、熾烈を極めていた

全員でかかっても、優勢どころか劣勢に近かった

 

最初に「大祓詞」を全文で詠んだお陰か

幸いな事に瘴気をまき散らす事はないので、その分こちら側の刀達かれらに「穢れ」が浸食する事はなさそうだが

 

むしろ、空気は清浄化されていて、あのバケモノの動きが鈍くなっているぐらいだ

それなのに――――・・・・・・

 

全然、有利にはならないわ―――――

 

沙紀は、小さく息を吐くと

半歩後ろへと、下がる

 

何度か彼らの動きを見ていて気づいた事がある

最初の頃はまさに、火と油の様に思えた鶴丸と三日月だが、こうして一緒に戦うとお互いがお互いをカバーした様な動きをよくする

 

他の刀もそうだ

 

関わり合いのある刀達は相手の動きが見えているのか、上手い具合に動く

今までは、ただ「武器」として使われていたのに

こうして「ひとのかたち」となった彼らは、「人」のそれよりも上手く動く

 

そう―――

まるで、ずっと一緒に戦ってきた“戦友”の様に―――・・・・・・

 

では、私は・・・・・・?

今、この場で私の出来る事とは―――――

 

すぅ・・・・・と沙紀が目を細めた

 

それは――――・・・・・・

 

沙紀の唇が新たな詞を紡ぐ

すると、辺り一帯の空気が変わった

 

肌にびりびりと感じる、霊力ちからの気配――――

 

 

布都御魂大神ふつのみたまのおおかみ布留御魂大神ふるのみたまのおおかみ、・・・・・・・・我が霊力ちからを糧とし、我が身を盾となし、剣となして、その神力ちからをもって大いなる災いを打ち滅ぼしたまえ―――――」

 

 

瞬間――――・・・・・・

それは起きた

 

沙紀の瞳が金色に変わり―――――

その髪が、漆黒から白銀に変わる

 

それは まぎれもなく“神降”の御業だった

 

「あの、馬鹿・・・・・・っ」

 

それを見た瞬間、鶴丸が「ちっ」と舌打ちをして地を蹴った

 

「三日月!! 少し下がるぞ!!」

 

鶴丸の言わんとすることが分かったのか、三日月が「ああ」と答えたかと思うと

鶴丸が、すぐさま沙紀のいる後方へ向かった

それを確認した後、三日月が先ほどまで鶴丸が埋めていた場所へ入る

 

バケモノが後退した鶴丸にその刃を向けようとしたが――――

 

まるで、それを見越していたかの様に間に割って入った燭台切と大倶利伽羅に防がれる

 

「おっと、これ以上は行かせないよ――――」

 

「国永! 急げ!!」

 

燭台切が、そう言って鶴丸を援護するのと

大倶利伽羅がバケモノの大きな刃を受け止めるのは同時だった

 

 

「光忠! 大倶利伽羅!! 助かる」

 

 

鶴丸は2振に軽く礼だけ言うと振り返らずにそのまま沙紀の元へ向かった

沙紀の場所―――それは、この一戦で一番後方であると同時に

今、彼女が展開している防御結界の中心でもあった

 

そう―――

沙紀は、先ほど一度この空間の防御結界を解除した

 

結界の外から侵入しようとしていた、あのバケモノをあえて中へと入れたのだ

 

あのまま、結界を維持するのは不可能ではなかっただろう

否、の沙紀ならば、恐らく可能だった

 

しかし、それはあまりにも愚策に思えた

万が一にも結界を破られれば沙紀の身に危険が及ぶのは明白だからだ

 

術者と結界は密接に繋がっている

故に、どちらかに損傷があれば、必ず片方も崩れるのだ

 

それが分かっているのに

それを良しとするほど、皆は甘くなかった

 

この一戦に入る前――――・・・・・・

沙紀は一度、結界案を提示した

それが、一番皆が傷付くこともなく、一番安全だと思ったからだ

 

だが、その案はものの見事に鶴丸と大包平によってばっさり切り捨てられた

 

結界案には、2点ほど考えなければいけない箇所があった

ひとつは、結界外にいるバケモノを討ちに行くもの達を選ばなくてはいけない事

これは、万が一に備えて防御結界内の防備もしなくてはいけないので全戦力を注げないのと

戦力を二分させる事によって防備が手薄になってしまう問題があった

 

そして、もうひとつは

沙紀の身の安全だった

防御結界案の最大の要だ

 

この2点がクリア出来ない時点で「却下」らしい

 

最初の問題は、他の“本丸”の刀達も協力があればクリア出来た

しかし・・・・・・

もうひとつの問題は、どうあがいてもクリア出来なかった

 

結界の要を変える事は、すなわち「結界の練度」も変わってしまう――――・・・・・・

それでは、この結界案は使えなかった

 

この結界案は「沙紀の作った結界」が大前提での話なのだ

他の“審神者”では、結界がもたない

 

でも、だからって・・・・・・

 

沙紀は、きゅっと目を閉じた

こんな風に、皆を危険に晒したままだなんて――――・・・・・・

 

もっと自分が強ければ

もっと自分が霊力ちからを持っていれば

 

少なくとも、今の状況を変えられたのでは・・・・・・?

 

そんな風に思ってしまう

それは、いけない事だろうか・・・・・・

 

その時だった

不意に何かの気配を感じて目を開けようとした瞬間、誰かに額をつつかれた

 

沙紀が驚いて、慌てて後退しようと半歩後ろへ下がりかけたが――――

 

「きゃっ・・・・・・」

 

上手く足が動かず よろめいてしまう

が――――・・・・・・

 

「おっと」

 

不意に伸びてきた腕に強く抱き寄せられたかと思うと

そのまま相手の胸元へダイブしてしまう

 

「・・・・・・悪い、驚かせすぎたか?」

 

そんな、声にはっとして沙紀が顔を上げた

そこにいたのは――――

 

「り・・・りん、さん・・・・・・っ!?」

 

それは、まぎれもなく鶴丸だった

 

突然の事に、頭が混乱する

 

え・・・・・・? どうして、りんさんがここに・・・・・・?

 

鶴丸はこんな後方ではなく、前衛にいた筈だ

この一戦の攻撃の要は三日月の存在である

鶴丸はその三日月をフォロー出来る様に、一緒に前衛に配置しようと決まったはずである

それなのに――――・・・・・・

 

何故か、一番後方の筈の自分の目の前に鶴丸がいる

という矛盾に、沙紀が戸惑いを隠せないでいた

 

すると、それに気づいたのか鶴丸がこちらを見てふっと微かに笑った

 

「どうした? そんなに見つめられたら、さすがの俺だって気付くぞ?」

 

「・・・・・・あ、いえ、その・・・・」

 

そうではなく・・・・・・

 

沙紀が微かに声を震わせながら

 

「り、りんさん・・・・・・? な、なぜ、こちらに・・・・・・?」

 

なんとか、言葉を紡ぐと

鶴丸はさも当たり前の様に

 

「ん? ああ・・・・・・、どっかの誰かさんが早々に大技ぶっ放そうとしてたからなー。 ちょっと、注意しに」

 

そう言って、沙紀を抱き寄せる手に力を籠めると、にやりと笑った

だが、沙紀の方はそれどころではなかった

 

頭の中を鶴丸の言葉がぐるぐると回る

 

どっかの誰かさん・・・・・・?

大技・・・・・・?

注意って・・・・・・

 

もしかして・・・・・・

 

「あ、あの・・・・・・」

 

「ん~?」

 

「えっと・・・・・・、その・・・・・・。 それは―――私、でしょう、か・・・・・・?」

 

恐る恐るそう尋ねる

一瞬、鶴丸がその金の瞳を大きく見開いたかと思うと

 

次の瞬間、くつくつと笑い出した

突然 笑いだした鶴丸に、思わず沙紀がむっとする

 

「も、もう・・・・・・っ! りんさん!? 今はふざけている場合では―――・・・・・・」

 

そう言い掛けた時だった

不意に、鶴丸の綺麗な顔が近づいた

 

「・・・・・・・・・・っ」

 

突然の鶴丸のその行動に、思わず沙紀が息を呑む

だが、鶴丸はそれには構わず そっと沙紀の耳元に唇を寄せると

 

「“ふざけてる”とは、心外だなぁ・・・・・・。 俺は、いつだって“本気”だぜ?」

 

そう囁くものだから、いよいよ沙紀が顔を真っ赤にして俯いてしまった

すると、沙紀のそんな様子に、鶴丸が今度こそ声を出して笑い出した

 

鶴丸のその反応で、からかわれている事気づいたのか・・・・・・

沙紀が顔を真っ赤にしたまま 鶴丸の胸を どんっ! と叩いた

 

「もう・・・・・・っ、こんな時にっ・・・・・・!! りんさんなんか知りません! 早く、前衛に戻ってくださいっ!!」

 

そう叫ぶと、鶴丸の手から逃れる為に、じたばたと沙紀が身をよじった

 

「はなっ・・・・・・、離してくださいっ!」

 

なんとか声を振り絞るが――――

だからと言って、鶴丸に力で勝てるわけでもなく・・・・・・

 

自分の腕の中で暴れる沙紀に、鶴丸がくすっと笑みを浮かべる

そして、優し気に彼女の頭に手を乗せると

 

「・・・・・・悪かったよ。 でも、これで少しは“りらっくす”出来ただろう? さっきのお前、かなり難しい顔してたからな」

 

そう言って、今度はその手で優しく頭を撫でてくれた

鶴丸のまさかの反応に、沙紀が思わず言葉を詰まらせる

 

こんな時に、そんな風に言われたら――――・・・・・・

 

怒るに、怒れないわ・・・・・・

 

いつもそうだ

鶴丸は、ふざけてそうでもいつも沙紀の事を一番に考えてくれている

そんな彼だから、私は――――・・・・・・

 

「あの・・・・、りんさん・・・・・・」

 

「ん?」

 

「・・・・・・ひとつ、お願いごとをしてもいいですか?」

 

沙紀の躊躇いがちに出されたその言葉に、鶴丸が首を傾げる

一度だけその瞳を瞬かせると、ふっと優し気に微笑んで

 

「・・・・・・なんだ?」

 

「あの・・・・、・・・・・・・・・・・・」

 

言いにくい事なのか

沙紀が何度か言葉を切る

 

言い掛けては閉じ、言い掛けては閉じを何度か繰り返した後

沙紀は何かを思いつめた様に黙り込んでしまった

 

だが、鶴丸は急かす様な事はしなかった

彼女が話すのをじっと待っていた

 

すると、数分もしない内に また沙紀が顔を上げて――――

 

 

 

「あの・・・・・・っ、私を

 

    ―――――・・・・・・ください!!」

 

 

 

ん?

 

今、彼女は何と言ったか・・・・・・

 

一瞬、聞き間違えか? 冗談か? と、自問自答する

だが、彼女の表情を見る限り、冗談ではなさそうだ

 

「・・・・・・駄目、でしょうか?」

 

懇願する様な目で見られて

鶴丸が、今度こそ固まった

 

だから、言い間違えかとは聞けなかった

彼女の口から出た言葉に

 

 

 

 

  “前衛”

 

 

 

 

という言葉が入っていたことに―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――は?」

 

通信からの言葉に、山姥切国広が素っ頓狂な声を発した

だが、そう返されても困る

 

何故なら、彼は事実しか言っていないからだ

 

『じゃぁ、そういうことで―――――・・・・・・』

 

「お、おい、鶴丸!!?」

 

山姥切国広が、通信してきた鶴丸を問いただそうとしたが――――・・・・・・

急いでいるのか、鶴丸からの通信は空しく切れた

 

ツ―――

ツ―――

 

と、通話終了の音だけが戦場に響く

 

「―――どうした? 山姥切の旦那」

 

ふと、近くにいた薬研が様子のおかしい山姥切国広に声を掛ける

が――――・・・・・・

 

山姥切国広が放心状態で

 

「・・・・・・俺の聞き間違えか?」

 

「うん? 鶴丸の旦那からの通信だったみたいだが、何言われたんだ?」

 

「いや・・・・それが・・・・・・・・・」

 

半信半疑なのか

それとも、聞き間違えだと言って欲しいのか――――

 

 

「あいつが――――・・・・・・」

 

 

「あいつ?」

 

「・・・・・・今から、前衛に行くと」

 

 

 

 

「ああ、大将が前衛に・・・・・・

 

 

         ―――――・・・・・・は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お待たせしました~~

難しかったっ!!!!

めっちゃ難攻不落でした・・・・・・15話www

 

そして、スミマセン

これ、終わりまで もう少しかかる( ;・∀・) かな?

 

 

2022.05.22