華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第十弐話 霊力ちからの覚醒と、古の暁星

 

 

 

―――――月齢1.9:三日月 “本丸・竜胆”内 ―—――

 

 

それは、突然だった

 

 

 

 

 

 どおおおおおおおおおん!!!!

 

 

 

 

 

大きな音と共に“本丸”のある空間全体が揺れた

山姥切国広は、はっとして慌てて立ち上がった

 

「なんだ!?」

 

とても、“普通”ではない、霊圧ちからを感じる

すると、こんのすけが、ころころころと転がった

 

「はわわわわわ」

 

こんのすけの小さな身体では支えが利かなかったのだ

 

「こんのすけ!」

 

山姥切国広が慌ててこんのすけを捕まえる

こんのすけは、ひっしっと、山姥切国広の腕にしがみ付いた

 

「こんのすけ、今の音が何かわかるか?」

 

何故か、嫌な予感がした

しかし、それと同時に“これ”が何なのか、知っている・・・・・様な錯覚に囚われる

 

「これは―――――・・・・・・」

 

こんのすけが、ごくりと息を呑んだ

その時だった

 

「・・・・・・っ、うるさいな・・・・・・」

 

今まで気を失っていた鶴丸が、頭を抱えながら起き上がった

 

「鶴丸! 気が付いたのか!?」

 

山姥切国広が鶴丸の傍へ行くと、鶴丸は頭を押さえたまま周りを見渡した

そこは、いつも使わせてもらっている自室だった

 

「俺は・・・・・戻ってきたのか?」

 

朧げな記憶を何とかたどる

 

そうだ、あの時――――――・・・・・・

椿寺の跳躍経路が遮断されそうになっていて、簡易転送装置で対応出来ず、かといって転送用の陣を描く余裕も無くて―――沙紀が“三神”を――――・・・・・・

 

そこまで思い出した瞬間、鶴丸が飛び起きた

 

 

「沙紀は!!!? 沙紀は無事なのか!!?」

 

 

そう叫ぶなり、山姥切国広の腕を掴んだ

 

「お、おちつけ! あいつなら、今大包平が―――――」

 

「大包平、だと?」

 

予想外の名前が出てきて、鶴丸がぴたりとその手を止める

そういえば、微かに大包平の姿を見た様な、見ていない様な・・・・・・

 

頭を押さえて必死に思い出そうとするが・・・・・・

記憶が、混同しているのかよく思い出せない

 

その時だった、また外で激しい音が聞こえてきた

それと同時に、空間が避けるような、振動が伝わってくる

 

この“本丸”には沙紀が独自に結界を何重にも張っている

それを壊すかのように、大きな音が体当たりでもしているかのような振動だ

 

このまま放置すれば、結界は破かれ、その結界を張っている術者である沙紀にも被害が及ぶ

 

鶴丸はすぐさま立ち上がると、部屋を出て行こうとした

 

「ど、どこへいくんだ!!?」

 

山姥切国広が鶴丸を止めようとするが――――

鶴丸はそれを振りほどくと

 

「“鍛刀部屋”へ行く!! 国広はそれを持って後から来い!!」

 

そう言うなり、部屋を飛び出していった

“それ”と言われたのを見ると――――

沙紀と鶴丸が持ち帰った三日月宗近がカタカタと揺れていた

 

そう―――まるで、何かを言おうとしているかのように

 

「こんのすけ、状況が分かるか!?」

 

「おそらくこの気配は・・・・・・この“本丸”へ急接近する敵です!!」

 

「敵だと? 政府のやつらの話だと、椿寺諸共封鎖したんじゃなかったのか!?」

 

「ですが――――この気配は間違いありません!! 時間遡行軍です!! 正規の遡行経路は既に隔離、放棄フェーズに入っていますが――――おそらく、主さまが開けられた一時的な跳躍経路を使ったのかと――――」

 

「あいつが開けた経路にそんな簡単に侵入出来るのか? “三神”の開けた道だろう?」

 

「それは―――――・・・・・・」

 

そうなのだ

“三神”が明けた経路に、時間遡行軍が侵入するのは難しい筈――――

だが、事実こうして“本丸”と機能しなくなった「椿寺」という目印を失った時間遡行軍がここへ押し寄せてきているのは明白だった

 

「・・・・・・っち、政府も中途半端な事してくれたものだな」

 

そのせいで、こちらは沙紀が危険な目に遭ったというのに

全ての時間遡行軍が「椿寺」に閉じ込められなかったのなら、何のために沙紀と鶴丸の二人が危険を冒してまで「椿寺」まで行ったのか、意味が分からない

 

山姥切国広は乱暴に三日月宗近を持つと、こんのすけを抱えたまま

 

「とにかく、俺達も“鍛刀部屋”へ行くぞ」

 

「は、はい~」

 

そう言って部屋を飛び出したのだった

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――月齢1.9:三日月 “本丸・竜胆”内“鍛刀部屋”―—――

 

 

 

 

「――――今の音は・・・・・・」

 

沙紀が、思わず音がしたであろう方角を見る

そちらは、この大侵寇防人作戦の本陣――――つまり、最前線防衛ラインの方からだたった

 

そして、びりびりと肌に感じる痛み―――――

それは―――――・・・・・・

 

結界を破壊しようとしている・・・・・・?

 

この“本丸”を中心に幾重にも張っている沙紀独自の結界

それを破壊しようとしてぶつかってきている様だった

 

「・・・・・・・・・っ」

 

その痛みが、徐々に増していく―――――・・・・・・

 

「沙紀、結界を解け」

 

突然、大包平はとんでもない事を言い出した

とてもじゃないが、この状況下で納得出来る進言ではなかった

 

「そんな事をすれば――――この空間諸共破壊されますよ!?」

 

結界を全て解けば、沙紀には負担がなくなる

だが、それはこの空間と引き換えだ

 

そんな事、出来るはずなかった

 

 

 

「―――――できません」

 

 

 

沙紀が、きっぱりとそう言う

だが、こうしている間も身体が軋みを上げているのを感じる

 

「だが、今のお前ではどちらにせよ耐えられない!」

 

「それは―――――・・・・・・」

 

大包平の言う事は正しい

おそらく、今の沙紀の状態で耐え凌ぐことは不可能かもしれない

 

けれど

 

 

どう、すれば―――――・・・・・・

 

 

その時だった

 

 

 

 

「――――― 沙紀!!!」

 

 

 

 

ばんっ! っと、“鍛刀部屋”の扉が開け放たれたかと思うと―――――

鶴丸が駆け込んできた

 

「・・・・・・っ、りんさ・・・・・・」

 

沙紀が鶴丸を見るなり、大包平の手からすり抜ける様に駆けだした

 

「りんさん・・・・・・っ」

 

そして、その瞳に大粒の涙を浮かべて、鶴丸に抱き付く

鶴丸は、泣きながら自分に抱き付いてきた沙紀をしっかりと受けとめると

 

「沙紀・・・・・・っ、無事でよかった・・・・・・っ」

 

そう言って、沙紀を強く抱きしめ返した

それから、沙紀を抱きしめたまま大包平の方を見て

 

「お前が、助けてくれたんだな・・・・・・大包平。 ありがとう」

 

鶴丸のその言葉に、大包平は苦笑いを浮かべ

 

「――――別に、お前に礼が言われたくてした訳じゃないし。 沙紀相手じゃなかったら放置していたかもな」

 

そう言って、ぱんぱんと服をはたきながら立ち上がる

 

「それよりも―――――」

 

大包平が険しい顔になる

それで、大包平が言わんとすることが分かったのか・・・・・・

 

鶴丸が「ああ・・・・・・」と、小さく返事をすると、腕の中の沙紀を見て

 

「沙紀、霊力ちからは――――――」

 

沙紀の中から微かに大包平の霊力ちからを感じる

だが、それでも完全回復には程遠かった

 

一応、自己回復の力が働いているのか―――――

徐々に彼女の霊力ちから上がっていくのを感じる―――――・・・・・・

 

が、今は待っている時間は無さそうだ

 

「沙紀・・・・・・今から―――――・・・・・・」

 

鶴丸がそこまで言いかけた時だった

 

「鶴丸!!」

 

不意に、扉が開いてこんのすけと、三日月宗近を持った山姥切国広が入ってきた

 

「まずいぞ! 時間遡行軍が―――――」

 

瞬間、山姥切国広が持っていた三日月宗近が大きく揺れた

どうやら、何か言いたい事がある様だった

 

「沙紀、俺の霊力ちからもお前に分けてやる―――――だから―――・・・・・・」

 

そこまでで鶴丸の言葉は途切れた

 

「り、んさ――――・・・・・・」

 

優しく顔に触れらたかと思うと、そのままゆっくりと唇を重ねられた

 

「――――っ、ぁ・・・・・・」

 

鶴丸の唇から霊力ちからが流れ込んでくる―――――

とても、優しくて、心地の良い霊力ちから・・・・・・

 

身体が、熱い

 

全身の血が沸騰しそうになるぐらい、熱くて

それでいて、髪の先から爪の先まで行き渡る様な――――不思議な感覚

 

どくん・・・・・・ どくん・・・・・・ と心臓が脈打つのが分かる

 

 

今、私の中にりんさんの霊力ちからが・・・・・・

 

 

鶴丸の霊力ちからと、大包平の霊力ちからが重なり合って

沙紀の身体の中で広がっていく―――――・・・・・・

 

 

 

「・・・・・ぁ・・・・・・・・・・」

 

 

 

瞬間―――――

沙紀の身体からまばゆい程の霊力ちからが放たれた

雪の様に白い霊力ちからと、炎の様に紅い霊力ちからが、沙紀を中心に立ち昇る

 

 

「これは―――――・・・・・・」

 

 

こんのすけが、はっとする

 

「鶴丸殿と、大包平殿の霊力ちからが、主さまの霊力ちからと交じり合って――――数値が大きく跳ね上がっております!!」

 

山姥切国広の肩で興奮する様に、こんのすけが叫んだ

 

「どういうことだ?」

 

山姥切国広がそう尋ねると、こんのすけが何故か誇らしげに

 

「主さまの最大霊力値が底上げされてるのです!! 今までの倍・・・・・いや、それ以上かもしれません!!!」

 

沙紀がゆっくりとその瞳を開けると―――――・・・・・・

その瞳は金と紅が混ざり合った色に変わっていた

 

沙紀がゆっくりとした動作で、三日月宗近に近づく

そして、そっとその刀身に触れた瞬間――――・・・・・・

 

三日月宗近がぱああああと、まばゆい光を放った

そして、その刀身はきらきらと輝きながら「ひとのかたち」となって姿を現した――――

 

いつも見る、「三日月宗近」ではなく

新たな姿・・・・となった「三日月宗近」として

 

青い衣に、鎧をまとったその姿は、神々しく

これこそが、本当の「姿」の様に思えた

 

「・・・・主・・・・・・・」

 

三日月がゆっくりとその瞳を開ける

沙紀はにっこりと微笑むと、三日月に「あの言葉―――覚えていますか?」と、尋ねた

すると、三日月は小さく頷き

 

「ああ・・・・・・」

 

と答えた

もう、以前の様な三日月ではなかった

ここに、自分を犠牲にしてきた「三日月宗近」はいない

ここにいるのは、「生きていく為」の「三日月宗近」だ

 

ゆっくりと、沙紀が皆を見る

そして、はっきりとした声で

 

 

 

 

「―――――行きましょう! 最後の決戦の為に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 大鳥居前・最前線防衛ライン――――

 

 

 

 

 

 

どおおおおおおおん!!!!

 

 

 

 

 

 

けたたましい音が辺り一帯に響き渡る

前衛の守備を任されていた第二部隊は、“それ”を見て息を呑んだ

 

濃い瘴気と、見たこともない巨大な体の“時間遡行軍”と呼ぶべきなの

かわからない“それ”が、徐々に迫ってきていた

 

 

「これ以上、先へ進ませる訳にはいかないよ!」

 

 

陣頭指揮を執っていた髭切がそう叫ぶ

 

“これ”は駄目だと

何かが警告する

 

だが、ここで引き下がれば全て水泡に帰する事となる

それだけは、絶対にあてはならない

 

だが、“これ”に対してどう対処すればいいのか、皆目見当も付かなかった

他に前線の防衛に付いていた刀たちも動揺を隠しきれていない

 

このままでは、戦う前に総崩れになってしまう

ぐっと、髭切は奥歯を噛みしめると

 

 

 

 

「膝丸!!!!!」

 

 

 

 

大きな声で、弟の名を呼んだ・・・・・・・

驚いたのは、膝丸だ

 

いつも、髭切から「名前なんだっけ」と、忘れ去られているのに

こんな時ばかり、名を呼ぶなんて―――――

 

だが、感傷に浸っている暇はない

 

膝丸が髭切の元へ駆け寄る

すると、髭切はまっすに目の前の敵を見たまま

 

「直ぐに、他の“本丸の”達と本陣に戻って連絡を――――応援を呼んでくるんだ!! 出来るね?」

 

「兄者はどうするんだ!!?」

 

膝丸の言葉に、髭切はくすっと笑った

 

「そんなの、決まってるだろう―――――?」

 

そう言って、すっと刀を構える

 

その言葉で直ぐに悟ったのか

膝丸は周囲にいた刀達に向かって

 

「直ぐに、兄者以外の全員本陣へ戻るぞ!!!」

 

膝丸の言葉に、周りの刀達が動揺する

 

「しかし――――、そちらの髭切殿は―――――」

 

「我らがいては、兄者の邪魔になる。 ――――安心しろ、兄者を見殺しにはしない!」

 

そうしている内に、どんどん目の前の“あれ”が、結界を破こうとその刃を下ろしている

その度に、どおおおおん!!!と、けたたましい音が辺り一帯にびりびりと響いた

 

迷っている時間などないのだ

 

「兄者、くれぐれも無茶な事だけはするなよ!?」

 

「わかってるよ―――じゃ、頼んだよ?」

 

膝丸は小さく頷くと

 

 

「――――撤退する!!!」

 

 

そう叫んで、他の刀達を連れてその場を離れた

全員がその場からいなくなった事を確認した後、髭切は目の前の“それ”を見た

 

「・・・・・・なんで、君はこんな姿になっているんだい? ねぇ」

 

まるで、“それ”に問いかける様にそう口にした

 

「悪いけれど・・・・・・これ以上は、先へは進めさせてあげられないんだ。 ごめんね?」

 

そう言って、持っていた自身の刀にすっと手を当てる

瞬間、その刀身が燃えるような焔色あかいろに染まる

 

「一応、鬼丸って名前でもあるんだけど・・・・・・、貴方は知っていたかな? だから――――」

 

そこまで言って、すっと刀を構える

そして―――――・・・・・・

 

 

 

 

「ここからは、一歩も進ませないよ」

 

 

 

 

「たとえ、貴方が相手だとしてもね

 

 

         ――――――――三日月宗近殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、この時が来た!!!

やっと、大物と対峙しますね――――次回だけどwwww

 

 

2022.05.14