華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第十壱話 夢と狭間の終わり

 

 

 

―――――月齢1.9:三日月 “本丸・竜胆”内“鍛刀部屋”―—――

 

 

 

 

 

「・・・・・・っ、沙紀!!!!」

 

 

 

 

大包平の声が“鍛刀部屋”に響き渡る

山姥切国広がはっとして、駆け寄ってきた

 

「――――おい! こいつは――――・・・・・・」

 

「・・・・・・くそっ」

 

大包平はちっと舌打ちした後、ぐったりとしている沙紀を抱きかかえた

そして、首元に手を当てる

 

微かだが、まだ脈打つ音が伝わってきた

 

「・・・・・・主さまぁ~」

 

こんのすけが、またぼろぼろと涙を流し始める

大包平の腕の中の沙紀は、ぴくりとも動かなかった

 

大包平はぽんっとこんのすけの頭を撫でて

 

「大丈夫だ、まだ間に合う。 絶対に死なせたいりしない―――――っ」

 

そう言うと、大包平は大きな声で叫んだ

 

 

 

 

「おい!!! 沙紀に降りている・・・・・“神”よ!!! さっさと出て来い!!!」

 

 

 

 

瞬間、周りの霊気が濃くなった

立っているのも辛いぐらいその霊圧が身体に響いてくる

びりびりと、肌に軋む音が聞こえてくるほどだ

 

だが、それでも大包平は叫んだ

 

 

 

「出て来ないなら、俺が無理やりお前達をぶっ潰してやる!!!!」

 

 

 

そう叫んだ時だった

ずん!!! という、激しい霊圧が大包平に圧し掛かった

 

「くっ・・・・・・・・・・!!」

 

そのまま押しつぶされそうになる

が、大包平は自身の腕の中でぐったりしている沙紀の胸元に触れた

 

瞬間――――――

 

沙紀の胸元に紋が現れる

と、その紋を中心にまばゆい程の光が放たれた

 

「―――――――っ」

 

山姥切国広が溜まらず視界を手で遮る

 

「な、何が―――――」

 

起きているんだ!!?
だが、次の瞬間――――――凄まじい霊気とその霊気を纏う“何か”が現れた

 

「な・・・・・・・・・・」

 

なんだあれは!?

山姥切国広ですら、“それら”を見た瞬間、身体が恐怖から震えるのが分かった

“それらは”は、沙紀を抱く大包平を中心に囲む様に3体いた

 

もはや、“それ”が“人”ではない事は明白だった

 

「あれは――――」

 

こんのすけが、ぺしゃっとなりつつも踏ん張りながら声を発した

 

「知っているのか?」

 

「はい――――おそらく、主さまに宿る“神代三剣”の“三神”かと――――・・・・・・」

 

「かみ、だと・・・・・・!?」

 

確かに、自分達も刀に宿る“神”の部類に入るのかもしれない

だが

目の前の“あれら”はそれとは次元が違う――――

もっと別の―――――“付喪神”などではく

 

 

 

――――“本当の神”だというのを本能的に理解した

 

 

 

一方、大包平はおおよそ“何か”を理解していたのか・・・・・・

目の前に現れた“三神”を見るなり、ぎゅっと、沙紀を抱きかかえる手に力を込めた

 

「“三神”全てを“神降”していたのか・・・・・・」

 

沙紀の身体がもたないのは当然である

“神降”は元来膨大な霊力を消費する

何故ならば、宿り主の霊力を使って降下するからである

 

そして、沙紀に宿っていた“神代三剣”宿る神は、天地創造時代の神であり、人の手には余る神だ

それらを同時に顕現させることすら膨大な霊力を使う

その上、“神降”をするなど――――自殺行為に等しい

 

下手をしたら、命はなかったはずだ

おそらく、沙紀だから耐えられたのだ

まがりにも沙紀は“神凪”であり、この日ノ本最高位の巫女姫でもある

他の、巫女が行えばおそらく即死だろう

 

だが、裏を返せば、それだけ緊急事態だった・・・・・・・のだろう―――――

 

だからって、やり過ぎだ

 

実際、この“鍛刀部屋”に充満する霊気は“三神”のものだ

結界も張っていない沙紀の身体では抑えられず、溢れ出てきていたのだ

 

ふと、“三神”が口を開いた

 

『言っておくが――――すべては、“神凪”の意思だ。 私は忠告したがな―――“・・・・・相当の負荷が掛かるがよいか” と』

 

『我らを全て身体に宿せばどうなるか―――――“神凪”も承知の上だった筈』

 

『そうよ、責められる謂われはないわ』

 

当然の様にそう言う“三神”に腹が立ってくる

 

大包平はぎゅっと沙紀を抱きしめると

 

「そんな御託はいい! その駄々洩れの霊力押さえろ!!! 今の沙紀の身体には毒にしかならない!!!!」

 

自分達に意見してくる“刀の付喪神”を見て、“三神”がお互いに顔を見合わせた

そうしている間も、沙紀の身体から霊力が物凄い速さで消費されていくのが分かる

霊力が消えれば、身体を維持出来なくなる――――・・・・・・

 

人間は誰しも霊力を少なからず宿している

そして“死”とは、全ての霊力が失われた時に来る

 

だから、室町以降“神降”が出来る“神凪”と呼ばれる巫女は存在していなかった

それは―――“三神”の霊力に耐えられる娘がいなかったからに他ならない

 

沙紀の霊力は歴代最高位と言ってもいい程だった

それでも―――――“三神”を全て降下するには負荷が大きすぎたのだ

 

このまま放置すれば、沙紀は間違いなく死ぬ

 

それだけは・・・・・・

絶対に、させない―――――――・・・・・・

 

「おい、山姥切。 鶴丸とこんのすけを連れて部屋を出ろ」

 

「だが、そいつが―――――」

 

そう山姥切国広が言いかけたが、大包平は振り向くことなく

 

「安心しろ、絶対に助けてやる。 お前は気を失ってる鶴丸をまず休ませて来てくれ。 それから――――こんのすけもついて行った方がいい。 ここにたら“取り込まれる”ぞ」

 

「お、大包平殿はどうするのですか!? 主さまは―――――・・・・・・!」

 

こんのすけが、涙ながらに叫ぶ

すると、大包平はふっと笑みを浮かべ

 

「大丈夫だって言っただろう? 沙紀は助ける。 だから、安心して待っていろ」

 

「はい・・・・・・っ」

 

こんのすけが、こくこくと頷く

 

「山姥切殿行きましょう。 鶴丸殿をお願いします」

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

そう答えたものの、山姥切国広は沙紀と大包平の方を今一度見た

そして、彼らの前にいる“三神”を―――――・・・・・・

 

ぐっと、山姥切国広が手を握りしめる

 

俺は・・・・無力だ・・・・・・・・・

 

沙紀が今にも死にそうなのに、何もしてやれない―――――・・・・・・

 

「・・・・・・大包平、そいつを――――頼む・・・・・・」

 

絞り出したようなその言葉を残して、山姥切国広は鶴丸を担いで、こんのすけと一緒に“鍛刀部屋”を出た

 

それを見届けた後、大包平は再び“三神”の方を見た

本能でわかる

彼らを敵に回してはいけない―――――と

 

だが・・・・・・

 

「おい、あんた達はもう姿を消してくれ。 そのままでいられたら、沙紀の霊力が先に尽きる」

 

もっともな大包平からの言葉に、“三神”はにやりと笑みを浮かべた

 

『格下の“刀の付喪神”の命を、我らに押し付けるのか?』

 

そう言ったのは、真ん中に君臨している神だった

だが、大包平は引かなかった

 

「・・・・・・分かっている、だが―――彼女を生かす為だ。 ――――頼む」

 

そう言って、大包平は“三神”に向かって頭を下げた

すると、“三神”は少しだけ驚いた様に

 

『へえ? そういう殊勝な事もできるんじゃない』

 

そう言って、くすくすと笑う

 

『いい事教えてあげましょうか? “神凪”を助ける唯一の方法は一つよ。 霊力を回復させればいいのよ』

 

簡単でしょ?
という風に、その神が話す

 

「・・・・ああ・・・」

 

大包平がそう答えると、その神は『あら』少し驚いた様に

 

『なぁんだ、知ってたの? つまんないの~。 なら、応急処置も知ってるわよね?』

 

その神の言葉に、大包平が「ああ」と答えた

すると、中央に位置する最も神格の高い神が

 

『我らは、我らが認めた相手の言う事しか聞く気はない――――が、此度はそなたの度胸と、“神凪”の為に、従ってやろう――――・・・・・・』

 

そう言って、すぅ・・・・・・と“三神”の姿が消えていく――――・・・・・・

と、同時に部屋中に飛散していた濃密な霊力が消えていった

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 

大包平が大きな溜息を洩らす

そして、沙紀をみた

 

いつの間にか沙紀の髪は元の艶やかな黒髪に戻っていた

どうやら、本当に“三神”は実体化を解いたらしい

 

その事に安堵する が―――――・・・・・・

 

沙紀の失われた霊力は大きく、自己回復するには無理があった

最低一定ラインの霊力がないと自己回復の力は機能しない

つまり、そこまでの霊力を外から与える必要がある

 

「沙紀・・・・・・」

 

大包平がそっと、沙紀の頬に触れる

沙紀の頬は血の気が通っていない様に冷たかった

 

 

 

 

「今、助けてやるから――――――」

 

 

 

 

そう言って、大包平はゆっくりと沙紀の手を取ると、そのまま彼女の顔に自身の顔を近づけ―――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、沙紀は1人暗闇の中にいた

 

「ここは・・・・・・」

 

ああ、そうか・・・・・・

本能的に、確信する

 

あの時――――椿寺から脱出するのに、“三神”を自身の身体に“神降”したのだった

とりあえず、あの空間から脱出する事に必死で、自身の身体がどうなるかなど考えもしなかった

いや、考える余裕はなかった

 

なんとしても、たとえこの身が朽ちようとも、鶴丸と三日月宗近だけは脱出させたかった

 

「死んでしまったのかしら・・・・・・」

 

ぽつりと、そう呟いた時だった

 

 

 

 

 

「何故、来た」

 

 

 

 

 

不意に、後ろから声が聞こえてきた

はっとして振り返ると―――――そこには、三日月がいた

 

いつもの様に、青に三日月の紋のある衣を纏った、三日月宗近が――――・・・・・・

だが、その顔は笑っていなかった

 

いや、むしろ怒っている様に感じた

 

「三日月さ――――」

 

「俺は、沙紀・・・・・おぬしにだけは来てほしくなかった」

 

真っ直ぐにそう告げられ、胸がえぐられた様な感覚に捕らわれる

 

「・・・・・・そう、でしたか」

 

何となく、そんな気はしていた

でも・・・・・・

 

「三日月さんはそう思っていたかもしれませんが・・・・・・、私は・・・・三日月さんをあのままにしておけなかったのです」

 

「・・・・・・それは、偽善と言うやつか?」

 

偽善

 

はっきりしとそう言われてしまうと、どう答えていいのか分からない

分からないが―――――・・・・・・

 

「・・・・・・そう・・・・かも、しれません。 でも、偽善と思われても、三日さんにとって余計な事だったとしても、自分の―――私は私の意思で、三日月さんを助けたいと思ったのです。 あの無数の折れた“三日月宗近”と同じ運命を繰り返して欲しくなかった・・・・・・だから――――・・・・・・」

 

そこまでで言葉が切れた

突然だった

 

突然、三日月から伸びてきた手に囚われた

三日月に抱きしめられていると認識するのに数分を要した

 

「三日月・・・・さ、ん・・・・・・?」

 

「何故――――俺の事など放っておけばよかろう。 そうすれば、お主は今生・・では生きられた。 そなたさえ生きていてくれれば―――――俺がどうなろうと、構わないと―――そう思っておったのに」

 

そこまで言って、三日月が沙紀を抱きしめる手に力を込めた

 

「不思議だな・・・・・・。 今、こうしてそなたに触れられただけで、嬉しいと――――」

 

そう言って、三日月が沙紀の肩に顔を埋める

 

「そう――――思ってしまったのだ・・・・・・」

 

「・・・・・・三日月さん」

 

沙紀が、躊躇いがちにそっと三日月の背に手で触れた

 

「私は、今の・・三日月さんに会えて、良かったと思っています」

 

沙紀のその言葉に、三日月はゆっくりと顔を上げた

そして、静かに涙を流しながら「そうか・・・・・・」と言って、微かに微笑んだのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体が温かい

寒さすら感じなかった身体に、熱が満ちていく

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だれ・・・・・・?

 

誰かの霊力ちからが流れ込んでくる

とても暖かくて、優しい霊力ちからだった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

沙紀が、ゆっくりとその瞳を開ける

そこにいたのは―――――・・・・・・

 

「・・・・・・お、おかね、ひ、ら、さん・・・・・・?」

 

「沙紀!? 気が付いたのか!!?」

 

まだ意識がはっきりしない

 

私、いきて、る・・・・・・?

 

そんな風に、思っていた時だった

不意に、大包平に強く抱きしめられた

 

「・・・・・・っ、沙紀。 よかった・・・・・・もう、駄目かと・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・?」

 

一瞬、大包平の言う意味が分からず、沙紀が首を傾げる

が・・・・・・

自分があの閉じかけていた椿寺で何をしたかを思い出し、死にかけていたのだと悟った

否、殆ど死に近かっただろう

 

覚悟はしていた

 

鶴丸には「平気」だと答えたが、本当はどんどん浸食されていく“三神”の霊力ちからに耐えられなくて、怖かった

 

初めて――――“神”を怖いと思った

 

それと同時に、悟った

 

きっと、自分は死ぬのだろう――――と

鶴丸と三日月宗近を逃がす為ならば、それでいいと思っていた

 

だが、実際「死」を直面した時「恐怖」が生まれた

それは、「人」としては、当たり前なのかもしれない

けれど――――自分は“神凪”で、「人」とは違う

 

そう言い聞かせた

筈――――だった

 

でも、こうして「生」しがみ付いている

「生きている」事に安堵している

 

結局は“神凪”と崇められても、ひとりの「人」と同じなのだ

だから、きっとこの気持ちは“普通”なんだわ・・・・・・

 

死にたくないと

生きていたいと

 

思う事は、いけない事ではない――――・・・・・・

 

「あの・・・・・・、りんさんと三日月さんは・・・・・・」

 

「ああ、二人なら別室で休ませてる。 鶴丸の方は時期に目を覚ますだろう。 ・・・・・・三日月は――――・・・・・・」

 

そこまで言いかけて、大包平が言葉を切った

余りにも不自然な切り方に、沙紀が首を傾げる

 

大包平は少し思案して

 

「いや、今は刀の姿になっている。 だが―――今のお前に、刀をひとがたに顕現させる訳には――――」

 

「・・・・・・・・・? それぐらいならば――――・・・・・・」

 

「いや、駄目だ! まだ完全に霊力が戻ってる訳じゃないから、無理をすれば代わりに命を削る事になる。 絶対に駄目だ!!」

 

「で、ですが・・・・・・」

 

今は、そんな事を言っている場合では・・・・・・

そう思うも、大包平は駄目の一点張りだった

 

その時だった

それは、突然だった

 

 

 

 

 

 

 

 どおおおおおおおおおん!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

けたたましい音共に、建物が揺れた

 

「きゃ・・・・・・」

 

「沙紀っ!」

 

よろけそうになった沙紀を大包平が支える

 

「あ、ありがとうございます・・・・・・」

 

なんとか、礼を言うが

 

 

 

今の音は―――――・・・・・・

 

 

 

それが、これから起こる本当の闘い・・・・・での幕開けである事を

 

 

    この時の沙紀は、まだ知る由もなかった―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと・・・・・・やっと本筋に戻れそうwww

後、4話で片付くかな・・・・・・( ;´・ω・)

 

 

2022.05.12