華ノ嘔戀 外界ノ章
    大侵寇「八雲」

 

◆ 第壱話 対大侵寇プログラム

 

 

―――月齢2.4:三日月―——―—

 

 

 

―――――あれは、“いつ”の“夢”だっただろうか・・・・・

 

ずっと、昔の様な・・・・・・

とても、最近だった様な・・・・・・

 

それすらも、濃い靄が掛かった様に思い出せない

いや、忘れさせられたかのように、記憶の中から消えていた

 

夢の中の“彼”はいつもの様に、大きな桜の樹の下にいた

桜色の花弁と、雪が舞う不可思議な世界―――――・・・・・・

 

いつも、“彼”はここにいる

 

そして、こちらを見て問うてきた

 

 

 

「――――主、月をみて何を思う」

 

 

 

 

私はその時、何と答えただろうか・・・・・・

朧げな記憶を辿る様に、沙紀はひとつひとつ確認してく

 

だが、肝心な部分がどうしても思い出せなかった

 

「私は・・・・・・」

 

 

 

“月”

 

 

それは―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・あ、さ・・・・?」

 

視界に、もうすっかり見慣れた天井が入ってくる

少しだけ空いている障子戸の隙間から、日の光が差し込んできていた

 

沙紀は、ゆっくりと起き上がるとぼんやりとする、頭を押さえた

 

「今の、は・・・・・・」

 

いつかの夢見・・・・・・の記憶だ

どうして、忘れていたのだろうか・・・・・・

 

まるで、そこだけ何かの封印をされていたかのように、覚えていなかった

そして、それを今になって急に思い出すなんて・・・・・・

 

何故だろう・・・・・・

何か、嫌な予感がした

 

まるで、何かの“予兆”の様な――――・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

しかし、考えてもそれが何の兆しなのかは、分からなかった

もしかしたら、最近の時間遡行軍の動きに関係あるのかもしれない――――・・・・・・

 

最近、少し時間遡行軍の動きがおかしいという報告を、出陣した者達から聞いていた

前の様に何かに固執して襲って来たり、しつこく何度も攻めて来たりという事がなく

どちらかというと、軽い小競り合い程度で終わっているのだという

 

その為、沙紀が行くほどの「任務」らしい「任務」では無いので

もっぱらここ最近は、本丸で事務処理と勉強をしていることが多かった

 

だが、逆にそれが不気味にも思えた

突然、控えめ・・・・・・と言ってもいいのか分からないが

静かになった、時間遡行軍の攻撃―――――——

それが、何を意味するのか・・・・・・

 

そう――――

まるで、嵐の前の静けさの様な

 

「何事も起こらなければ良いのだけれど・・・・・・」

 

沙紀がぽつりと、そう呟く

 

先ほど視た、“夢”の事もある

正確には、思いだした・・・・・だが・・・・・・

 

単なる偶然で片づけるには、タイミングが良すぎた

それに・・・・・・

 

“偶然”などない

あるのは“必然”だけだ

 

“それ”はつまり――――――・・・・・・

 

そこまで考えた時だった

とんとんっと、障子戸叩く音が聞こえてきた

 

「あ、は、はい」

 

沙紀が慌てて、返事をする

すると、少し控えめな声で

 

「悪い、沙紀。 まだ休んでる最中だったか?」

 

それは、鶴丸の声だった

どきん・・・・・・と、心臓の音が響く

 

時計をみると、まだ朝の6時過ぎた頃だった

沙紀は慌て鏡を見て髪を手櫛で整えると、障子戸を開けた

 

「おはようございます、りんさん」

 

そう言って、にっこりと微笑む

沙紀のその言葉に、ほっとしたのか鶴丸が柔らかく微笑むが―――――

ぱっと、顔を赤らめると、沙紀から視線を逸らした

 

「・・・・・・・・? りんさん・・・・・・?」

 

鶴丸の突然の行動に、沙紀が首を傾げるが・・・・・・

鶴丸が口元を押さえて、背を向けたまま

 

「あ、いや、その・・・・・・悪い、見るつもりは・・・・・・」

 

「え・・・・・・?」

 

そこまで言われて、はっと気づく

そう――――髪ばかりに気を取られていて、寝間着の浴衣姿のままだったのだ

しかも、心なしか、首元が露になっている

 

「あ・・・・・、す、すみません!!」

 

沙紀が顔を真っ赤にさせて、慌てて部屋に戻る

 

やだ・・・・・・っ、私ったら・・・・・・

 

どうして、鏡を見た時にその事に気付かなかったのかと

自問自答する

 

すると、障子戸の向こうで、鶴丸が気まずそうに

 

「あ、あ~その・・・・・・だな。 別にゆっくり準備して構わないからな」

 

「は、はい・・・・・・」

 

とは言ったものの、朝早くから呼びに来たという事は、何かあったのでは? と、勘ぐってしまう

それが、“鶴丸個人として”なのか“審神者として”なのかは、分からないが

とりあえず、さっと顔を洗い普段着る着物に着替えると、髪を櫛でとかし軽く結ぶ

 

変、じゃない、わ、よね?

 

一応、姿見の前でもう一度確認する

それから、ゆっくりと障子戸を開けた

 

すると、縁側に座って目を瞑ったままの鶴丸がいた

 

「・・・・・・・りんさん?」

 

そっと、驚かさない様に彼の名を呼ぶ

すると、それに気づいた鶴丸がふと、こちらを見た

 

そして、ふっと柔らかく微笑み

 

「ああ、沙紀。 もういいのか?」

 

その言葉に、沙紀が小さく頷く

 

「何か、急ぎの用があったのではないかと思いまして・・・・・・」

 

そう切り出すと、鶴丸が少し口籠もりながら

 

「ん、あ、ああ・・・・・・まぁ、そうなんだが・・・・・・」

 

と、鶴丸にしては歯切れの悪い返答が返ってきた

これは、どうやら本当に何かあったのかもしれない

 

一瞬、夢の中の三日月を思い出す

彼は、何と言っていたか・・・・・・

 

 

 

『――――主、月をみて何を思う』

 

 

 

「月・・・・・・」

 

 

 

ぽつりと、沙紀が呟いた

彼の言う「月」というのは―――――・・・・・・

 

そう思っていると、不意に鶴丸の手が伸びてきたかと思うと、ぽんっと頭に乗せられた

 

「・・・・・・りん、さん?」

 

「・・・・・・なにか、“視た”んだな?」

 

鶴丸のその言葉に、沙紀は静かに「はい―――・・・・・・」と、答えた

すると、鶴丸は「そうか・・・・・・」とだけ答えて、沙紀の手を引いて歩き出した

 

「りんさん?」

 

「――――行こう。 小野瀬から緊急通信が入ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鶴丸に連れられて大広間に辿り着くと、皆揃っていた

その風景に、沙紀がごくりと息を呑む

 

これは、本当に何かあったのかもしれない―――――

 

嫌な予感が、どんどん膨れ上がっていく

 

沙紀が一瞬、鶴丸と見ると

鶴丸は小さく頷いた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

皆への挨拶を軽く会釈で済ますと、沙紀は既に繋がっている通信のモニターの前に座った

すると、モニターの向こうにいたであろう小野瀬が

 

『あ、やっときたきた』

 

と、なんとも緊張感の抜ける言葉に、沙紀が一瞬驚いたようにその躑躅色の瞳を見開くが

すっと、頭垂れ

 

「お待たせして、申し訳ございません―――小野瀬様」

 

そう丁寧に返す

すると、小野瀬はあっけらかんとしたように

 

『いやいや、こっちも早朝から急に連絡してごめんね~』

 

と、いつもの口調で返ってくるものだから、なんだか調子か狂う

このままでは、埒が明かないと判断したのか

沙紀は早々に、話を切り出した

 

「それで、この度の連絡は如何様でしょうか?」

 

そう問うと、小野瀬は『あ~うん・・・・・・』と、少し歯切れの悪い反応を示しながら

 

『隠していても仕方ないか。 ――――今から1か月後に敵の大侵寇が予測装置結果で始まると、“予知”が出たんだ。 発生率は、99.999%』

 

「だい、しんこう・・・・・・?」

 

初めて聴く言葉だったが、何となく予測がついた

 

「それは―――時間遡行軍の大軍が総攻撃を仕掛けてくる―――という事ですか?」

 

それも、1か月後に

沙紀のその言葉に、小野瀬が少し驚いたように目を見開いた

 

『はは、いや~流石は“神凪”殿。 なんでも、お見通しですね。 ・・・・・・何か“視た”のですか?』

 

「・・・・・・正確には、少し違うのですが・・・・・・。 ただ、ここ最近の時間遡行軍動きと、今朝思い出した夢・・・・・・で、何かがあるとは思っておりました」

 

『思い出した?』

 

「・・・・・・はい。 今までどうして“それ”を忘れていたのか――――。 それとも、封じられていたのか定かではありませんが・・・・・・無関係とするには少し・・・・・・」

 

そこまで言いかけて、ちらりと後ろに控えている三日月を見る

だが、三日月は静かにその瞳を閉じたままだった

 

三日月に聞きたいが・・・・・・

流石に、この場で聴くのは憚られた

 

神妙な顔つきの沙紀に、小野瀬が『ふむ・・・・・・』と少し考えこみ

 

『・・・・・・その夢には、何が出てきましたか? たとえば―――――』、

 

 

 

 

 

『「月」』

 

 

 

 

 

二人の声が重なった

それで確信したのか、小野瀬の表情が変わる

 

『“神凪”殿―—―——いえ、“竜胆の審神者”殿。 ――――これより、政府管理課の“対大侵寇強化プログラム”の演練システムに1か月間入っていただきます。 これは、最優先事項として行ってください。 ――――命令・・です。 拒否権はありません』

 

 

「・・・・・・・・かしこまりました。 謹んでお受けいたします」

 

そう言って、礼の姿勢を取った

沙紀のその言葉を聞いて少しほっとしたのか、小野瀬がまたいつも通りの様に

 

『あ、システムの入口をもう送っておいたので~。 後は、こんのすけに聞いてね。 じゃ、御武運を!』

 

それだけ言うと、ぶつん・・・・と、通信が切れた

 

完全に切断されたのを確認後、沙紀は小さく息を吐いた

それから、後ろに控えていた彼らの方を見て

 

「――――勝手に受けて申し訳ございません。 ですが、どうやら事は急を要するようです。 準備が出来次第、小野瀬様の仰っていた“対大侵寇強化プログラム”の演練システムに参入したいと思います」

 

「・・・・・・・・・・」

 

皆が、小さく頷く中、三日月だけが静かに目を閉じたままだった

 

瞬間――――また、あの夢の言葉が蘇る

 

 

 

 

『―――――主、月をみて何を思う』

 

 

 

 

そう――――まるで、この事を知っていたかの様な・・・・・・・・・・・・・

そんな錯覚に囚われる

 

ふと、三日月と目があった

その瞳は、いつもと同じく美しく――――

そして、読めなかった

 

「しかし、穏やかじゃないな」

 

そう口にする、山姥切国広に他の皆も頷いた

 

「大侵寇ってのは一体何だい? 規模が拡大していると言うけれど、打って出る事は出来ないのかな?」

 

見かねた燭台切がそう切り出す

が―――――それまで静かに黙っていた三日月が口を開いた

 

「今の所、我々は政府の言う事を聞くしかあるまい」

 

三日月の言う事はもっともだった

 

「それは・・・・・・、そうだけど」

 

燭台切も、他の皆も

納得できなくても、納得するしかないのだと悟る

 

そう――――従うしか今はないのだ

 

「急いては事を仕損じる。 読み違えては守れるものも守れぬ。 それこそ、星の数ほどあるからな・・・・・・」

 

 

 

 

「――――見極めなければ」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

三日月が何を考え、何を思ってそう言ったのか・・・・・・

その時の沙紀にはまだ分からなかった

 

 

 

 

 

 

 

そして――――・・・・・・

1か月後、事態は急変する

 

 

 

 

―――月齢26.4:晦―——―—

 

 

 

突然、何の前触れもなく、政府からの入電が入る

 

そこに移っていたのは、初めて見る人物だった

しかし、画像がブレてうまく受信―——いや、送信出来ていないのだ

 

そして、彼はこう告げた

 

 

 

『“大侵寇”、勢い衰えず――――本部への跳躍経路への浸食あり。 政府はこれより、緊急防衛体制に入る』

 

 

 

彼のその言葉に、その場にいた全員がざわりと、ざわめきだす

 

『以降は、自立プログラムにて、管狐を通じ本丸の機能を継続』

 

 

 

『・・・・・・・・・八雲、断つ」

 

 

 

 

       『生き残れ』

 

 

 

 

 

 

そこで通信は途絶えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりま、1話目はここまでです

進んでないやん!!!

と、思われるかもしれませんが・・・・・・ははは

 

※本編ではまだですが、こちらでは既に”竜胆”の”華号”を

授与された後として書いておりますので、あしからず

 

 

2022.04.24