深紅の冠 ~鈺神朱冥~

 

 第1話 紅玉 13

 

 

 

 

  コ―――――ン……

 

 

突如、金色の光を纏いながら現れた“神妻”の霊獣である霊狐は、空中でくるくるっと回転すると、そのまま2匹に分かれた。

その内の1匹が凛花の元へ――。

そして、もう1匹が五条の肩へと軽やかに降り立った。

 

凛花の神域・伊邪那岐の気配で覆われていた空間に突然現れた第三者の存在に、五条と虎杖が警戒する様にそれ・・を見た。

しかし、霊狐は構わずに口を開くと――。

 

 

《我が主から伝言です》

 

 

脳に直接響くような“声”が木霊する。

瞬間、五条の目が怒りに見開かれた。

 

“神妻”からの伝言という時点で嫌な予感しかしなかったからだ。

“神妻”も霊狐も“神域”の影響を受けない特殊な存在である。

そして、そんな霊狐の“声帯”を借りて話す事の出来る者は、“神妻”の当主のみだ。

 

 

《“神域”を壊すな。侵入したのならすぐに戻れ》

 

 

キイイイン――と、高く響くような“声”が頭に入ってくる。

思わず、頭を押さえたくなる程のものだった。

 

しかしそれだけ言うと、五条の肩に乗っていた霊狐はふっと姿を消したのだ。

 

同時に、辺りが徐々に赤い空間へと戻っていく。

それは、まるで五条の怒りに反応したかの様にも見えた……。

 

凛花は何も言えず、ただ五条の肩に乗っていた霊狐が彼に“伝える”のを見ているしか出来なかった。

五条も、恐らく直感で分かったのだろう。

 

“神妻”の当主である、凛花の父が――激怒している。

 

今まで何をしても“神妻”の霊獣まで出てきた事はなかった。

あの3年前の時ですら現れなかった。

 

なのに、今回は違った。

“神域”――それは“神妻の血”を受け継ぐ者のみに許された秘術。

それを五条が自ら“六眼”で、破ってしまったのだ。

 

――怒らない、筈がない。

 

何故ならば、両家の暗黙の了解・・・・・で、五条家が“六眼”で神妻家の“神域”を破る事は禁じられていたからだ。

 

“六眼”は全てを見通してしまう。

それ即ち、“神域”を破る事も可能である事を示していた。

 

故に、遥か昔に交わされた“盟約”だった。

今でこそ、忘れられているが……それは現在も“有効”なのだ。

 

その時だった。

凛花の肩に乗っていた霊狐の身体が、きらきらと金色の光を放ち始めた。

瞬間、五条の身体が金の光に包まれる。

 

「……っ、凛花!」

 

五条が、らしくもなく慌てた様に凛花の名を呼んだ。

はっと、凛花が五条を見る。

 

「悠仁はこっち!!」

 

五条はそう叫ぶなり、傍にいた虎杖の腕を引っ張った。

そのままいきなり抱えられ、虎杖がぎょっとする。

すると、虎杖の身体も金色に光り始めたのだ。

 

「な、何この光!? せ、先生!!? あの狐何なの!?」

 

「……あれは、“神妻”の霊狐だよ」

 

「か、神妻? 霊狐って??」

 

「悪いけど、時間無いから。説明は後でしてあげるよ」

 

それだけ言うと、五条はそのまま凛花の傍まで一気に飛んだ。

凛花も宿儺と距離を取ると、急いで五条の方へと向かう。

 

「悟さん! お父様が――」

 

「分かってる」

 

そう言うが早いか、五条が凛花の腰に手を回すと、そのまま掻き抱いた。

突然の事に、凛花がぎょっとする。

 

「ちょっ……! 悟さ――」

 

「仕方ないでしょ」

 

そう言って、そのまま凛花を抱え上げる。

そうこうしている内に、五条の身体がどんどん足元から透けてきていた。

 

霊狐の力により、強制的に退去させられそうになっているのだ。

宿儺の生得領域の空間――否。

宿儺の生得領域を囲んでいる、この“神域”から。

 

「ま、待って 悟さん! 宿儺をこのままにしておく訳には――」

 

凛花だけでも残って、宿儺の相手をすべきなのでは――。

そう思ったが、それを五条が許す筈なかった。

 

「凛花ちゃんだけ、ここに残す訳にはいかないからね。勿論、悠仁も残せない」

 

「で、も――」

 

「僕が、何の為に“盟約”を破ってここ・・に来たと思ってるの?」

 

「それは……」

 

そこを突かれると、何も言い返せない。

全て凛花の力不足が招いた事だった。

 

「……ごめんなさい」

 

凛花が申し訳なさそうにそう謝ると、五条はくすっと微かに笑みを浮かべ、

 

「とりあえず、凛花ちゃんは後でお仕置き」

 

「……うっ……」

 

逃げたい所だが、逃げられそうになかった。

 

「そういう訳だから、オマエの相手はしてる暇なくなった。良かったな、宿儺」

 

そう言って、五条が宿儺を見る。

すると宿儺は、ふんっと鼻を鳴らしながら、

 

「“良かった”のは貴様の方だろう。まあいい――小僧!」

 

「?」

 

不意に呼ばれて、虎杖が首を傾げる。

だが、宿儺は気にした様子もなく――。

 

「いいか、忘れるなよ・・・・・

 

それだけ言い終わると、返事を待つ前に五条達の姿が消えていく。

1人、自らの生得領域に残された宿儺は、

 

「く、くくくっ、中々面白い余興だったぞ――五条悟。そして、神妻の姫巫女よ」

 

そう言って、にやりと笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――呪術高等専門学校・東京校 地下

 

 

 

「……」

 

凛花がゆっくりとその深紅の瞳を開けると、視界に高専地下の天井が入った。

 

……戻ってきた、のね。

 

そう思って、ゆっくりと身体を起こす。

神域をずっと展開していた後遺症か、微かに頭がずきずきと痛んだ。

 

虎杖君は――。

 

そう思って、虎杖が寝かされていた方を見ようとした時だった。

 

「おはよう、凛花ちゃん」

 

不意に、後ろから声を掛けられた。

余りに突然の事に、思わず凛花がびくっと肩を震わす。

 

恐る恐る振り返ると、満面の笑みで隣の台に座っている五条がいた。

しかし、その目は笑っていない。

 

「あ……、えっと……その……。お、おはよう、ございま、す……悟さん……」

 

明らかにその目が怒っている風の五条から、さっと視線を逸らしながら、凛花は話を逸らすかの様に、

 

「あ、あの……虎杖君は――」

 

「悠仁はまだ寝てるよ。……少しだけ、僕がやらかしたのが響いてるだけだと思うけど」

 

「え……」

 

それは、例の門をぶち壊した事を指しているのだろうか……。

あれを、「少し」と言い表して良いのか分からないが……怖くて突っ込み辛い。

 

凛花が虎杖の方に向かおうとして、立ち上がろうとした瞬間――。

 

「……っ」

 

ぐらりと、視界が揺れた。

倒れる――そう思った瞬間、後ろから伸びてきた五条の長い腕に、支えられる様に抱き寄せられる。

 

「凛花ちゃん、無理したら駄目だって」

 

「あ……す、すみません」

 

なんとか、五条の手を借りて自力で立ち上がると、虎杖の方を見た。

虎杖の顔色は先程よりも良くなっており、すーすーと寝息も聞こえてくる。

 

その事にほっとしていると……、ふいに五条が凛花を抱き締める手に力を籠めてきた。

それが余りにも不自然過ぎて、凛花が「え」とその瞳を瞬かせた。

 

「あの……悟、さん?」

 

「凛花ちゃんさ、覚えてる?」

 

そっと耳打ちする様に囁かれて、思わず凛花の肩がびくんっと揺れた。

知らず、心臓が早鐘の様に鳴り響きだす。

 

「あ、の……」

 

気が付けば、どんどん顔が紅潮していき、声も上擦ってしまう。

そんな凛花に気付きながらも、五条は知らぬふりをして語り掛けた。

 

「さっき、お仕置きするって言ったよね? 後、僕のお願い何でも聞いてくれるんだっけ」

 

「そ……っ、それは――」

 

反論しようとした瞬間、五条の手がするりと凛花の胸の下辺りに触れた。

 

「……っ」

 

ぴくんっと凛花が身体を震わすと、五条はくすっと笑って囁く様に、

 

 

 

「――今夜、楽しみにしてるから」

 

 

 

「……っ」

 

五条のその言葉に、今度こそ凛花の顔は真っ赤に染まった。

と、その時だった。

 

「……あ――、れ? 五条先生、と……」

 

虎杖がむくり、と起き上がったのだ。

それを見た凛花はチャンスとばかりに、慌てて五条から離れると虎杖の方に駆け寄る。

 

「い、虎杖君――大丈夫?! 身体とか、平気かしら?」

 

突然 凛花に話しかけられ、虎杖は朧げな記憶を呼び覚まそうと少し考えた後、

 

「えっと……、あ! 伏黒の彼女さん!!」

 

そう言って、凛花を指さそうとした瞬間――。

ぐわしっ!! と、五条の手が伸びてきて、虎杖の手を握った。

 

「おかえり、悠仁!」

 

と、声は軽やかだったが――。

 

「あ、あの……先生?」

 

「んー? 何かな?」

 

「手! 手、痛いから!!!」

 

「手が痛い? 気のせいじゃないかな」

 

ぎゅぎゅー

 

「痛い! 痛い痛い痛いいいいい!!!!」

 

と、半ば何かのとばっちりを受けたかの様に力を籠められる手が、まさか自分の発言の所為だとは露とも気付いていない虎杖であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――呪術高等専門学校・東京校 外苑 廊下

 

 

 

「あー報告、修正しないとね」

 

外苑に面している廊下を歩きながら、家入がそうぼやいていた。

虎杖の死亡届を出していたので、その報告を直さないといけないのだ。

 

すると、五条が平然としたまま、

 

「いや、このままでいい」

 

「んー? どういう意味?」

 

五条の言葉に、家入が首を傾げる。

隣を歩く凛花も、思わず五条の方を見た。

 

「また狙われる前に、悠仁に最低限の力を付ける時間が欲しい。硝子、悪いが記録上 悠仁は死んだままにしててくれ」

 

「……悟さん、もしかして虎杖君をずっと匿うつもりなんですか?」

 

凛花がそう尋ねると、五条は「いや?」と答えながら、

 

「交流会までには、復学させる」

 

「交流会?」

 

そういえば、亡くなった兄である昴が言っていた。

高専には、京都に姉妹校が1校あり、その京都校との「交流会」というものが毎年ある――と。

 

「そ、京都姉妹校との交流会。丁度、1か月半後にあるんだ。それまでに悠仁には、力を付けてもらう」

 

「1か月半って……、随分 急な話じゃ……」

 

普通に考えれば、1か月半などあっという間だ。

虎杖を鍛えるにしても、もっと長く期間を取った方が普通に考えればいい筈だった。

 

凛花が思わず家入を見ると、家入も五条の考えが理解出来ないのか、小さく肩を竦めて、

 

「……なんで、交流会なわけ?」

 

「簡単さ、若人から青春を取り上げるなんて、許されていないんだよ――何人たりともね」

 

そう言って、五条が笑った。

それを聞いた家入が「ふーん」と声を洩らしながら、

 

「青春、ねえ……」

 

と、ぼやいた。

 

どうやら五条は、本格的に虎杖に力を付けさせるつもりらしい。

でも、たった1か月半でどうやって、最低限の力を付けさせるのか――。

そもそも、五条の言う「最低限」はどの程度までの話なのか……それが凛花には判断出来なかった。

 

「あの、悟さ――」

 

虎杖の件を聞こうとしたその時だった。

 

「あ! 硝子、後始末宜しく。僕と凛花ちゃん、この後“用事”あるから。――明日まで」

 

「え?」

 

「用事」と、突然言われて、凛花がその深紅の瞳を瞬かせる。

だが、五条はそんな凛花の腰に手を回すと――、

 

「じゃ、行こうか。凛花ちゃん」

 

「え!? あ、あの……っ?」

 

半分も理解出来ていない凛花を、ずるずると五条が半ば強制的に連れて行く。

そんな凛花の様子を見ながら家入は軽く手を上げ、

 

「あーはいはい。神妻、がんばれー」

 

と、棒読みで見送ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ばたん。

と、凛花を乗せた車の後部座席のドアが閉められる。

 

「さ、悟さ――」

 

「うん、大丈夫大丈夫」

 

そう言いながら、五条が反対側から凛花の隣に乗ってきた。

そして、運転席で待たせられていた伊地知に向かって、

 

「伊地知―。僕達、今日はこの後“大事な用事”あるから。僕のマンションまで送って」

 

「え……、あの、五条さん? まだ昼過ぎで……」

 

「あー平気平気。今日、僕の授業もう無いから」

 

いや、そういう問題では……。

と、言いたいが五条が怖くて言えない。

 

伊地知がバックミラーでちらりと凛花の方を見る。

すると、ミラーに映った凛花が「止めて」と言わんばかりに首を振っていた。

 

と、その時だった。

 

「凛花ちゃん」

 

にっこりと満面の笑みで微笑んだ五条が、凛花の肩に手を掛けたかと思うと、そのまま押し倒すんじゃないかという位、迫ってきた。

 

「――言ったでしょ。お仕置きするって」

 

「あ、えっと……」

 

「それに僕、“凛花ちゃんに何でもお願い出来る券”も持ってるしね」

 

そう言って微笑む。

 

凛花が口をぱくぱくさせながら、視線で伊地知に助けを求めるが――。

五条は、そんな凛花の意思など意にも介さず、

 

「伊地知―。早く車出して」

 

と、低音で言ったものだから、伊地知がびくっとして、

 

「は、はい……っ」

 

そう返して、慌てて車のエンジンを掛けたのだった。

心の中で「神妻さん、すみません……っ!!」と、合掌しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――都内某所・ファミレス

 

 

 

「五条悟。やはり、我々が束になっても殺せんか……」

 

頭が火山の様になっている異形の言葉に、袈裟に額に傷のある男がくすっと笑った。

 

「ヒラヒラ逃げられるか、最悪 君達全員、祓われる」

 

男の言葉に呼応するかの様に、カラン……と、グラスの中の氷が溶けて、崩れた。

だが、男はそんな氷には気にも留めず、

 

「“殺す”よりも、“封印する”に心血を注ぐ事をオススメするよ」

 

「“封印”? その手立ては?」

 

異形の言葉に、男がその口元を微かに歪ませた。

そして――。

 

 

 

  「――特級呪物・“獄門疆”を使う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、やっと宿儺の生得領域から出られたわww

無駄に時間食ったぜ、ふー

 

 

2024.03.19