深紅の冠 ~鈺神朱冥~

 

 第1話 紅玉 1

 

 

 “呪い”

 

それは、人間から流れ出た負の感情や、それから生み出されるものの事を言う。

特に、学校や病院など“大勢の思い出に残る場所”には感情が吹き溜まりやすく、

辛酸・後悔・恥辱など、人間が記憶を反芻する度、その感情の受け皿となるのだ。

 

そして、日本国内でその“呪い”によって起こる、怪死者や行方不明者は、

年間平均1万人を超えると言われている。

 

そんな“呪い”は基本一般人には分からず、見る事も出来ない。

“呪い”は、“呪い”でしか祓えないのだ。

 

故に、それらを祓う事を生業とする者たちがいる。

 

 

それが――“呪術師”。

 

 

 

 

 

 

 

 深紅の冠 ~鈺神朱冥~

 

 

 

 

 

 

 

 

――――京都府京都市内・某ホテル

 

 

ピピ……ピピ……ピピ……。

何処からか、何かの音が聞こえてくる。

 

スマホのアラームかと思ったが、どうやら違うようだ。

これは……。

 

「着信……?」

 

人が眠っている時間に、一体何処の誰が連絡してきたのか……。

そう思いながら、神妻凛花はベッドの上の何処かにあるスマホを手探りで探した。

 

かつん……と、何かが手に当たる。

どうやら、探していたスマホの様だった。

 

凛花は朧ろげな頭で、そのスマホを取ると画面を見た。

そこには“五条悟”という文字が出ていた。

 

「…………」

 

“それ”を見た瞬間、ぽいっと凛花はスマホを投げた。

そして、そのまま また眠り直そうと、毛布をかぶる。

 

だが、スマホの着信音は止まる所か、次第にどんどん音が大きくなっていった。

 

「……うるさい」

 

凛花がぽつりとそう呟くと、スマホの電源を問答無用で切った。

瞬間、室内がしーんと静かになる。

 

これで、やっと静かに眠れる――と、そう思った時だった。

 

コン、コン

 

何処からか、窓を叩く音が聞こえてきた。

鳥か何かが、突いているのだろうか?

 

そう思って、直ぐに去るだろうと結論を出し、再び毛布にくるまる。

だが――。

 

コン、コン

 コン、コン

 

尚もその鳥? は、諦めず窓を突いてくる。

 

「…………」

 

コンコンコンコンコン

 コンコンコンコンコンコンコンコン

 

「…………」

 

コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン

  コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン

 

「…………っ」

 

がばっと、凛花が毛布を蹴飛ばす勢いで起きると、

その超しつこく煩い音がする窓に向かって大股で近づくと、思いっきりカーテンを開けた。

 

「一体、どこの馬鹿鳥なの―――!!」

 

『やっほー! おはよう、凛花ちゃん』

 

「え……?」

 

そこにいたのは、鳥……ではなかった。

銀髪に、黒い布で目を隠した不信極まりない黒ずくめの男が1人――いた。

 

シャッ!!! と、凛花が反射的にカーテンを閉める。

それから、大きく深呼吸して、

 

「朝まで仕事掛かったし、疲れているのね……私」

 

まさか、見たくもない幻覚を見てしまうとは……。

 

そう結論付けて、そのままスルーしようとした時だった。

 

『ちょっ……! 凛花ちゃん、開けてよ』

 

コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン!

  コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン!!

 

と、先程よりも激しく窓を叩く音が部屋中に響き渡った。

 

正直、煩い。

後、周りの宿泊客に気付かれたら面倒極まりない。

 

イラっとしたのか、凛花が「はぁ~~~~」と、諦めにも似た大きな溜息を洩らした。

 

「なんで、私が……」

 

そうぶつぶつ言いながら、凛花はカーテンを開けると、思いっきり窓を開けた。

瞬間、窓がその黒ずくめの男に当たりそうになる。

 

「うっわ! 危ないな」

 

そう言って、男はそんな事を言いつつ、あっさりその窓を避ける。

凛花的には、それが余計にイラっとしたのか、半分怒気の混じった声で、

 

「いいから、さっさと入って。他の人に見られたら面倒でしょう。ここ、何階だと思っているの。15階よ!? ――嫌なら、閉めるけど」

 

そう言って、さっと凛花が窓を閉めようとする。

すると、その男は慌てて窓を抑える様に手を伸ばして、

 

「ま、待って待って! 入るから!!」

 

そう言いながら、男が室内に入ってくる。

凛花は一応、外の様子を確認した後、窓を閉めた。

どうやら、気付いた人はいない様だった。

 

その事に、安堵しつつ振り返ると――何故か、その男が凛花の宿泊しているホテルの備品で、さも自分の部屋の様に、いそいそとコーヒーを淹れていた。

 

「はぁ……」

 

凛花が、髪を片手でかき上げながら、何度目か分からない溜息を洩らした。

その時だった。

すっと、男からコーヒーを差し出される。

 

「はい、凛花ちゃん。目覚めのコーヒー」

 

「え? あ、ああ……ありがとう――じゃなくて!!!」

 

凛花が、はっとして受け取ったコーヒーを だん!! っと、机に置いた。

そして、男を指さし、

 

「どうして、こんな所に貴方がいるのよ!! 五条悟さん!!」

 

そう――それは、先程電話を掛けてきていた男だった。

すると、五条悟と呼ばれた男は、何故か凛花が寝ていたベッドに座ると、コーヒーを飲みながら、

 

「えー? それはもう、凛花ちゃんに逢いたい一心で……電話も出てくれないから、こうして突撃訪問を――」

 

「嘘言うんじゃないわよ!! そもそも、ここ“京都”なんですけど!!? 貴方、東京の人でしょうが!!」

 

「凛花ちゃんもね」

 

「私は、“仕事”で来ているの!」

 

「えーでも、僕の電話に出てくれなかったから来たのは事実だよ?」

 

「出る理由がないもの」

 

きっぱりはっきり ずばっと答えた凛花に、五条が不満そうに唇を尖らせた。

 

「ひどっ! 僕と君の仲なのに」

 

「貴方と私は、なんっの関係もありません」

 

凛花がそう言いきって、「はぁ……」と息を吐くと、そのまますたすたと五条を無視してシャワールームの方に歩いていく。

 

「凛花ちゃん?」

 

「どっかの馬鹿のせいで目が覚めたから、もう起きるのよ。あ、覗いたら殺すわ。後、出口はあちらよ。――それから、馴れ馴れしく“ちゃん”付けで呼ばないで」

 

それだけ言い放つと、ばん!! と勢いよく、シャワールームのドアを閉めた。

聞く耳なし といった感じだった。

 

そんな凛花の様子に、五条がくすっと笑いながら、

 

「相変わらず可愛いな、凛花ちゃんは。――昴、お前の妹はやっぱり、優しいよ」

 

そう言って、ベッドの上でコーヒーを飲みながら くつくつと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

「……で?」

 

バスローブを羽織ったままでシャワールームから出てきた凛花は、顔を引き攣らせながら“それ”を見た。

そこには、何故か凛花の眠っていたベッドに横になり、手招きしている五条がいたのだ。

 

「何をしているんですか? 悟さん」

 

「何って――凛花ちゃんが、僕がいる前でシャワーとか浴びだすから、てっきりそういうつもり・・・・・・・なのかと」

 

と何故か、恥じらいながらそう言う五条に、凛花がぴしゃりっと、

 

「そんな訳ないでしょう!!」

 

と、言い放った。

凛花が、「はぁ……」と、また諦めにも似た溜息を洩らしながら、そのままベッドに座ると長い髪をタオルで拭き始める。

 

すると、五条はもそもそと起き上がり、すっと凛花の方に手を伸ばしてきた。

 

「大変だろうから僕が拭いてあげよう」

 

「いや、結構です」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

五条がそう言うと、無理やりタオルを奪うと凛花の髪を拭き始めた。

その手付きは、酷く優しくて昔を思い出しそうになる。

 

でも――――。

 

凛花はそれをかなぐり捨てる様に、小さくかぶりを振ると、また溜息を付いた。

と、その時だった。

 

「凛花ちゃんは、相変わらず綺麗な髪だね」

 

「え?」

 

不意に零されたその言葉に、凛花がその深紅の瞳を瞬かせる。

だが、五条は気にした様子もなく、

 

「長いのによく手入れされてるし、今時染めてもいない。僕が好きだって言った時のままだ」

 

「……それ、は」

 

『凛花――俺はその髪好きだよ』

 

「…………」

 

遠い昔、そんな風に言われた。

でも、この男は……。

 

凛花は、また溜息を洩らすと小さな声で、

 

「別に、貴方に言われたからじゃないので……」

 

そう――別に彼に言われたから、伸ばしている訳でも、染めていない訳でもない。

ただ、単に……。

 

「勘違いしないで下さい。私が好きで触っていないだけです。貴方の為じゃありません」

 

わざと、自分にそう言い聞かすかの様に少し大きな声でそう言う。

 

と、その時だった。

不意に、髪を拭いていた五条の手がするっと凛花を後ろから抱き締めるかの様に動いた。

ぎょっとしたのは、凛花だ。

 

「……ちょっ、……きゃっ!」

 

そのまま視界がぐらりと揺れたかと思うと、気付けばベッドの上に押し倒されていた。

 

「……っ」

 

いつの間に目隠しを外したのか、五条の碧色の綺麗な瞳が視界に入る。

 

「凛花はさ、俺のこの目を好きだって言ってくれたよね? 俺は嬉しかったんだ。この目のせいで散々な目に合ってたからね」

 

そう言って、五条がさらりと凛花の長く艶やかな黒髪をひと房その手に取ると、そのままその髪に口付けた。

瞬間、凛花の顔がかぁ……っと、朱に染まる。

 

「な、にを……」

 

言葉が上手く出ない。

心臓の音が、煩いぐらい耳に響く。

 

だが、五条はそんな凛花に気付かぬふりをしたまま、そっと彼女の髪をそっと撫でた。

 

「だから、君が俺の言った髪を大切にしてくれてるって分かった時、嬉しかったんだ」

 

「……っ」

 

違う。

わたし、は――。

 

ぐっと、凛花はその深紅の瞳を閉じると、五条を手で押した。

 

「やめて下さい。もう、貴方と私はなんの関係も――」

 

「あるよ」

 

「……っ」

 

五条にきっぱりとそう言い切られて、凛花が息を呑む。

すっと、五条の手が凛花の頬に触れた。

 

瞬間、ぴくんっと凛花の肩が揺れる。

 

「君が俺の事をどう思っていようとも、俺は今でも君が――」

 

 

「……っ、やめて!!」

 

 

知らず、涙が零れた。

凛花はそれを見られまいと、五条から視線を逸らすと、

 

「もう、やめて……やめて、下さい……さと、るさん……」

 

「凛花……」

 

泣きたい訳じゃない。

この人の前でだけは、絶対に泣きたくなかった。

 

それなのに――。

 

その時だった。

不意に、額に一瞬温かい何かが触れた気がした。

 

「え?」と思ったと同時に、五条の碧色の瞳と目が合う。

五条は、にっこりと微笑みながら起き上がると、まるで凛花をあやす様に頭を撫でてきた。

 

凛花が何かに気付いたかのように、慌てて自身の額を抑える。

ま、まま、まさか……っ!

 

 

 

「こ、ここ、この……、変態があああああ!!!!」

 

 

 

その後、大惨事になったのは言うまでもない。

 

 

 

―――数分後

 

「お、落ち着いた? 凛花ちゃん」

 

五条がひっくり返った椅子の影から、そう凛花に語り掛ける。

凛花は肩でぜーぜーと息をしながら、五条を睨みつけた。

 

それから、「はぁ……」と溜息を洩らすと、どさっとベッドに座り込んだ。

叫んで暴れたせいか、喉が痛い。

 

「悟さん」

 

「ん?」

 

「お茶」

 

「はいはい、お茶ね」

 

そう言って、五条がミニバーからお茶のペットボトルを取り出して蓋を開けると凛花に渡す。

凛花はそれを受け取ると、そのままそのお茶を飲んだ。

 

「はぁ……」

 

半分ぐらい飲んだところで、口元からそのペットボトルを離すと、テーブルに置く。

 

「それで? 本題は何なんですか?」

 

残念だが、この五条悟という男は無駄に忙しい。

こんな所で、単に油を売りに来たとは思えない。

 

面倒くさいので、さっさと本題を切り出させようと、凛花の方から口を開いた。

すると、五条が不服そうに頬を膨らませた。

 

「えー勿論、愛しの凛花ちゃんに逢いに――「次、言ったら殺します」

 

さっさと本題を言え。

という文字が、凛花の背後から見えないのか……。

未だに冗談で返そうとする五条を、凛花の鋭い言葉が一刀両断にする。

 

すると、やっと観念したのか……五条が頭をかきながら椅子の影から出てくる。

 

「実は、ちょっと上の奴らがね。僕がこっちに出張中の間に、面倒な事やらかしてくれたみたいでさ。それの処理を君に頼みたいんだよね」

 

そう言って、五条が何かの資料を渡してきた。

そこには、3人の学生のプロフィールが記載されていた。

 

凛花が1枚1枚見ていく。

 

「虎杖悠仁、釘崎野薔薇、伏黒……これ、恵君?」

 

「そ、恵もいるんだよ。だから、凛花ちゃんがいいかと思ってね」

 

「……ちょっと待って」

 

資料を見ていた、凛花の顔色が変わる。

慌てて五条を見ると、

 

「これ……、本気なの!?」

 

「上はマジのロンだよ。ほんっと、腹立つよね。僕の可愛い教え子を……」

 

あの腐った高専の上層部なら、やりかねない。

だが……。

 

凛花が難しい顔をして、黙り込む。

 

間に合う?

保障の出来ない事を請け負う訳にはいかない。

でも――。

 

「……悟さんは、行けないの?」

 

「凛花ちゃん?」

 

「私、この後、2本片づけないといけない“仕事”があるのよ……。行けてもその後だわ。急いで東京に戻っても間に合うかどうか――」

 

「……僕はこの後、5本ぐらいだったかな? “仕事”入ってんだよね」

 

「「…………」」

 

2人して押し黙る。

それから、凛花の方が「はぁ」と溜息を洩らすと、

 

「とりあえず、出来るだけ早く片付けていくから、悟さんも万が一に備えて急いで――って、何をしているの?」

 

気付くと、何故かそっと五条が凛花の肩を抱いていた。

 

「えっと……?」

 

意味が分からず、凛花が首を傾げる。

 

「凛花ちゃん、気付いてる? 僕たち大分“ご無沙汰”だよね?」

 

「はい?」

 

「折しもここはホテル! しかも、シャワーを浴びた凛花ちゃん!! という訳で、“俺達の最初の仕事”先に済ませようか」

 

何故か、後半きりっとかっこよく言っているが、要は……。

凛花が、わなわなと拳を振り上げたかと思うと――。

 

 

 

「さっさと……“祓い”の仕事に行きなさい!!!!」

 

 

 

凛花の怒声が飛んだのは、言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スミマセン……

うっかり、すっかり呪術廻戦にハマってしまいましたww

許して こうなる運命だったのですww

 

 

2023.11.17