CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 

 

 

 

頭領と呼ばれる男に促されて地下へ続く階段を下りていく

まるで、この一歩一歩が地獄へと繋がっている様な感覚だ

 

夢ならば早く覚めて欲しい……

 

そう願わずにはいられなかった

 

「おい、あんた顔色悪いぞ?」

 

頭領の男がそう尋ねてくるが、今のエリスティアにそれに応える余裕はなかった

このままでは、見知らぬ男の元へ売られてしまう

 

その恐怖が、自分の身体を蝕んでいくのが痛い程分かった

 

シンドバッドでもない

紅炎でもない

 

もっと知らない、もっと “別の男” の物にされてしまう――――

 

嫌だ……

 

知らず手が震えだす

出来る事ならばこの場から逃げ出してしまいたい

それだけの力が自分にはある

 

だが―――――

 

脳裏に、アラジンや良くしてくれた商隊(キャラバン)の皆の顔が浮かぶ

 

 

 

………逃げられない――――――……

 

 

 

逃げればきっと、アラジンたちは砂漠ハイエナのエサにされてしまう

そんなの――――駄目だ

それだけは、何としても阻止しなくては―――――っ

 

せめて通信用のルビーのチョーカーがあれば……

 

一瞬そう思うも、エリスティアは小さくかぶりを振った

 

あったから何だというのだ

今の状況をシンドバッドに伝えて助けを乞うのか

 

駄目……

それは出来ない

 

きっと、呼べば来てくれる

魔装して直ぐにでも飛んできてくれるだろう

ヤムライハの転移魔法もある

 

きっとシンは来てくれる……

 

でも駄目だ

こんな事で、シンドバッドの手を煩わせる訳にはいかない

 

あの人に何かあったら……

きっと、私は生きてはいけない―――――……

 

たとえ、己の身がどうなろうとシンドバッドだけは無事でいて欲しい

 

そう願うのは、罪な事だろうか――――?

 

そうしている内に、目の前に大きな扉がみえてきた

 

「ほら、ここだ」

 

そう言って、頭領の男がゆっくりと扉を開ける

瞬間、中から熱気とも呼べる程の湯気が視界を埋め尽くした

 

大きい―――――

 

そこには、大きな天然の温泉とも呼べる浴場が広がっていた

 

「じゃぁ、私は外にいますんで」

 

そう言って頭領の男がその場を後にしていく

一人残されたエリスティアは、言葉なくその場に立ち尽くしていた

 

脳裏に一瞬、“逃げるなら今しかない“という言葉が浮かんでくる

だが、それを拒否する様に大きくかぶりを振った

 

駄目よ

今逃げれば、アラジン達が―――――っ

 

でも、このまま従っていても先は無い

どうにか――――どうにかしなければ――――……

 

「………汚れ…落とさなきゃ………」

 

逃げるにしても、従うにしても このままでは疑われる

ファティマ―は「汚れを落として来い」と言ったのだ

時間が経てば経つほど、あのファティマ―という男を逆なでしてしまう

 

かといって、優雅に湯あみする気にもなれない

 

エリスティアは震える手で衣に手を掛けた

留め金を外そうにも、手が震えて上手く外せない

 

たった数秒の出来事だったのかもしれない

だが、今のエリスティアには酷く長く感じた

 

ようやく留め金を外すとそのまま衣を脱ぎ捨て、傍にあった岩に置く

 

ドクン……

 

と、心の臓が酷く脈打った

 

どうすればいい?

どうすれば―――――……

 

頭が混乱して考えなど纏まらなかった

 

そのままゆっくりと湯船に足を踏み入れる

じいぃんと、足の芯から熱が全身に伝わって来た

 

「――――………」

 

すぅっと息を吸うと、大きく吐いた

瞬間、ばしゃんっと言う音と共にエリスティアは湯船の湯を思いっきり被った

 

―――――考えるのよ

 

頭がはっきりしてくる

 

アラジン達を助け出す方法を―――――っ!

 

「……………」

 

ふと、右手の小指に嵌ったままの赤い柘榴石の指輪が視界に入った

 

「こ、れ――――」

 

それは、紅炎が別れ際にくれた迷宮道具(ダンジョンアイテム)を加工したという指輪だった

確か、紅炎と同じ物だと――――……

 

そっと、その柘榴色に触れてみる

 

「……これ……盗られなかったのね……」

 

小さかったので、気付かれなかったのか

もしくは、外せなかったのか……

 

思わず、右手ごとその指輪を握り締める

 

「炎……」

 

そう呟いた時だった

 

ちりっと頭の中で何かが響いた

女性の――――優しい声が

 

 

瞬間―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  パァァァァァァァ

 

 

 

 

 

 

 

           「―――――え…」

 

 

 

 

 

 

 

 

湯船に、エリスティアを中心とした八芒星が現れたのだ

と、思った瞬間、ぐんっと意識が何かに引っ張られ―――――

 

 

 

 

―――――――――ぽちゃん

 

 

 

 

 

そのまま何かに飲まれたかのように、エリスティアの意識が掻き消えたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その盗賊団のアジトはバルバッドの国境の道の上に存在していた

 

巨大な筒状の砦

その正体はかつての採掘場であった

しかし、今や国軍も誰一人侵入すら果たせないという不落の要塞と化してしまったのである

 

だから盗賊たちは安心していた

 

誰も侵入してこない

誰一人として、この要塞には手が出せない―――――

 

だから、酒を飲み 肉を食い

笑いながら騒いでいた

 

警備などあっても無い様な物

必要性すら感じない程の堅牢な砦――――……

 

そう―――思っていた

―――――この瞬間までは

 

 

「………………」

 

 

盗賊たちは、まるで不思議な物を見る様に目を瞬かせた

いつの間にか、目の前に赤い瞳に赤い髪の少女が立っていたのだ

 

少女はゆっくりと瞳を開ける

その鋭い眼差しに、一瞬盗賊たちが息を飲んだ

 

 

少女はゆっくりと口を開くと――― 一言

 

 

 

「……盗賊団の皆さん、少々お話があるのですが

 

 

             ここから出ていってもらえませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭領の男は、ふーと煙管を吸いながらエリスティアが出てくるのを待っていた

しかし、彼是四半刻以上経とうかというのに一向に出てくる気配がない

女の風呂は長いと以前聞いて知ってはいたが…

いささか、長すぎやしないだろうか

 

不審に思った頭領の男は煙管を消すと、浴場へと続く扉に近づいた

 

「おい、お嬢さん? あんまり遅いとファティマ―さんの怒りを買っちまうぞ?」

 

そう中に語りかけてみるが、一向に返事はない

それどころか、人の動く気配すらしなかった

 

まさか、中で倒れているのだろうか……?

それとも、逃げた?

 

だが、逃げるのは考えにくかった

あの状況下で自分が逃げれば仲間がどうなるか――――

 

彼女は痛い程それを分かっていた

分かっていたからこそ、ファティマ―に大人しく従っていたのだ

 

その彼女が逃げるだろうか……?

 

となると答えは一つ――――

 

「――――っ、ファティマ―さんに知らせねぇと!!」

 

そう叫ぶな否や、頭領の男は慌てて階段を駆け上がっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? 中で倒れてる?」

 

部屋で酒を飲んで待っていたファティマ―の所に、頭領の男が駆け込んできてそう叫んだ

男は、ぜーぜーと肩で息をしながら こくこくと頷く

 

それを見たファティマ―は、はーと溜息を付くと ことんと杯をテーブルに置いた

 

「それは、間違いないの?」

 

ファティマ―のその問いに、頭領の男が うっ…と押し黙

そして、もじもじとしながら

 

「いや…その…私が中を覗く訳には――――……」

 

その言葉に、またファティマ―は大きな溜息を付いた

 

「なによ、たかが奴隷の裸なんてどうってことないでしょー?」

 

「いや、ですが……」

 

それでも、オロオロとする頭領に

今度こそ、呆れにも似た溜息をファティマ―が付いたのだった

 

「ったく、仕方ないわねぇ……」

 

そう言って立ち上がると、頭領の案内する地下への階段を降りはじめた

 

「まったく、たかが女奴隷の裸のひとつやふたつ何だって言うのよ……」

 

そうぶつぶつ言いながら浴場へと続く扉の前に辿り着くと

ノック一つせず、問答無用で開けた

 

バンッという音と共に、ファティマ―は叫んだ

 

「ちょっと、お嬢ちゃん? 誰が倒れる程ゆっくりしろと―――――……」

 

そこまで言い掛けて、ファティマ―の動きが止まった

それを見ていた、頭領の男は首を傾げた

その動きが余りにも不自然だったからだ

 

すると、ファティマ―の低い声が響いて来た

 

「……ねぇ、あの女は倒れてるんじゃなかったの…?」

 

「え??? は、はい。 物音もしなかったので、きっと――――」

 

「……どこに?」

 

「は?」

 

瞬間、ギロッとファティマ―が頭領を睨みつけた

 

「これの何処に倒れてるって!!?」

 

怒声の混じった声でそう叫ぶな否や、頭領を押しのけると、ずかずかと大股で踵を返した

頭領が慌てて浴場の方を見ると――――

 

そこには、エリスティアの姿所か 誰一人としていなかったのだ

 

「もーあったまきた!! あの女ぁ!! 舐めた事してくれるじゃない!! 逃げたたらどうなるか思い知らせてやるわ!!! 頭領さん!!」

 

突然呼ばれて、頭領の男が「は、はい」と返事をする

すると、ファティマ―はにやりと笑みを浮かべて

 

「あの女の仲間を全員連れてきなさい」

 

「え…しかし……」

 

全員となると、あの商隊(キャラバン)の一団全てとなる

それを連れて来いというのだ

 

頭領が戸惑った様な顔をすると、ファティマ―はくっと喉の奥で笑いながら

 

「あら、そういう “約束“ よね…? あの女が出てくるまで一人ずつ私の可愛いハイエナちゃんのエサにしてあげるわ」

 

「ですが…全員は――――」

 

尚も反対しようとする頭領にイラついたのか、ファティマが―声を大にして叫んだ

 

「いいからさっさと――――――っ!!!!」

 

その瞬間だった

 

わぁ!!っと、突然砦の外が騒がしくなった

 

「何?」

 

ファティマ―が訝しげに顔を顰めた時だった

盗賊の一人が慌てて部屋に駆け込んできた

 

「頭領!! 侵入者です! 少女が一人……っ!!」

 

「……少女??」

 

ファティマ―が、益々顔を顰めた

連絡に来た盗賊は、顔を真っ青にして

 

「異民族風の赤髪のガキで……動きが速く、脚技が強くて手が付けられません!!」

 

「なんだ? そんなガキさっさと――――」

 

頭領の男がそう言い掛けた時だった

ファティマ―の表情が変わった

 

「赤髪…脚技…? それって、もしや……」

 

そう呟き、吹きぬけの窓から慌てて身を乗り出した

頭領もファティマ―の変化に気付き、身を乗り出す

 

そこにいたのは――――

 

月を背に宙を舞い戦う、赤髪の少女が――――― 一人

 

それを見た瞬間、ファティマ―が大きく目を見開いた

 

「あの赤髪…強靭な脚力……」

 

ファティマ―の声が震える

間違いなかった

 

 

「この、ガキィ!!!!」

 

 

巨漢の男が少女に向かって斧を振り上げた

だが、少女はその赤い瞳を鋭くさせたかと思うと、たったひと蹴り

ひと蹴り放っただけで、巨漢の男の肩をぶち抜いたのだ

瞬間、間髪入れずその拳をさく裂させた

 

心が躍る

こんな高揚感は久しぶりだった

 

 

「獣の様な戦いぶり……間違いない…あの少女は――――……」

 

 

 

「はぁ!!」

 

 

    ッズガン!!!

 

 

 

 

「暗黒大陸の覇者、最強の戦闘民族 “ファナリス”!!」

 

 

少女の回し蹴りが巨漢の男の首に思いっきり入る

そのままその男はズゥンという音と共に動かなくなった

 

呆気に取られていた頭領とは裏腹に、ファティマ―はエリスティアの事など忘れたかのように上機嫌で

 

「ねぇ、頭領さん。 あの子欲しいわ…貰っていい?」

 

「え…!? え、ええ…捕まえてくれるんで!? 構いませんけど……」

 

そう答えた頭領に、ファティマ―はこの上ない位上機嫌で

 

「ありがと」

 

そう言って、ニヤリと笑みを浮かべたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱い……

頭がおかしくなりそう……

 

意識が朦朧とする

 

これは、何……?

 

瞬間、ふっと風が吹いたかと思うと―――どさっと何処かへ落ちる音が聴こえた

それがまるで他人事のように思えて、エリスティアは何が起きたのか理解出来なかった

 

その時だった

 

 

「ほぅ……お前の方から俺の元へ来るとはな…エリス」

 

 

「……え?」

 

見知った声が自分の下の方から聴こえてきたのだ

不思議に思い、そちらの方を見る

 

瞬間、視界に見覚えのある赤銅色の髪に柘榴石の瞳が目に入った

それは――――

 

 

 

「……え、炎……?」

 

 

 

 

 

そこにいたのは、数か月前に別れた筈の練 紅炎だったのだ――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、まさかのびっくり展開ですww

ええ…私も予想だにしてなかったよ!!

まさかまさかの、紅炎 再・登・場!!

 

えーここは、シンドバッドじゃないのー?とか、突っ込まないでww

あ、痛いww

 

だって、シン様現在「お疲れジャーファルさん」ネタ展開中だし…

そもそも、チョーカー手元にないしね!!

と、言い訳してみるww 

 

2015/03/08