CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 7

 

 

 

連れてこられた場所は、砦の中でもとりわけ広い部屋だった

ファティマ―はその部屋に入るなり、何やらごそごそと荷物の中を漁り始めた

 

「ああ、これこれ」

 

そう声を洩らすと、何かをぐいっとエリスティアに押し付けてきた

怪訝そうに首を傾げると

 

「後、これもね」

 

「あ……」

 

そう言って渡されたのは、シンドバッドから贈られたあの耳飾りと髪飾りだった

 

「それも付けてくるのよ」

 

「………?」

 

ファティマ―の意図する意味が分からず、エリスティアが眉をひそめる

それを見たファティマ―は、呆れた様に溜息を洩らすとエリスティアに押し付けた“それ”を指さした

 

「いいから、さっさとそれに着替えて頂戴…あ、頭領さん、確かここの砦温泉が湧いてたわよね?」

 

ファティマ―からの問いに、頭領と呼ばれた男は「はぁ…」と頼りなさ気に答えた

 

「地下の大部屋に湧いてますが…」

 

「丁度いいわ、あんたそこで身体洗ってらっしゃい」

 

「え……?」

 

益々ファティマ―の意図が読めず、エリスティアが困惑の色を示した

それを見たファティマ―は、やはり呆れた様に溜息を付くと

 

「あんた砂まみれで汚いのよね。 見るに堪えないわ」

 

そう言ってファティマ―が手を横に振った

 

確かに、ずっと砂漠を旅してきたのだ

お世辞にも綺麗とは言えないかもしれない

 

水浴びは毎日させてもらっていたが、どうしても湯船に浸かったりなどは出来なかったのだから

でも、この男に“汚い”と言われる筋合いはなかった

 

そもそも、ここまで砂まみれになったのは

この男が落石させて商隊(キャラバン)を襲ったからである

 

それを棚に上げて、よく言えたものだった

 

「……砂漠を旅していたのです。 それに貴方が岩を落としたりしなければ――――」

 

少しだけむっとしてエリスティアがそう言い掛けた時だった

ファティマ―がうんざりした様に手を横に振った

 

「あー私、そういう言い訳嫌いなのよねー。 聞くだけ無駄だし。 いいからさっさと連れて行って」

 

そう言って頭領に向かって顎をしゃくった

それを見た頭領は「わかりました」と言って、エリスティアの背をぐいっと押した

 

「ほら、行くぞ」

 

「ちょっ……! まだ、話は……っ」

 

尚も言い返そうとした瞬間、頭領がそっと耳打ちする様に

 

「いいから、従った方がいいぞ。 仲間の命が掛かってるんだろ?」

 

その言葉に、エリスティアは はっとした

そうだ、ここで抵抗を見せれば捕まっている皆をまた砂漠ハイエナのエサにするとも言いだしかねない

人の命を逆手に取られては、身動きが取れなくなってしまう…

 

エリスティアはぎゅっと唇を噛み締めると、キッとファティマ―を睨んだ

それを見たファティマ―は面白いものを見る様に、にやりと笑みを浮かべて

 

「あら、その顔いいんじゃない? 是非、客の前でもそうしてあげて」

 

その言葉に、エリスティアが訝しげに眉を寄せた

 

「お客……?」

 

「そう、客。 あんたは奴隷なの。 奴隷の行き先と言ったら決まってるでしょう…?」

 

「……仰る意味が良く分かりません」

 

あえてそう答えると、ファティマ―はくすっと笑みを浮かべて

 

「実は、その飾り物の持ち主を是非にも買いたいっていう人がいるのよね」

 

「え……」

 

その言葉に、エリスティアはぎくりと顔を強張らせた

 

飾りって…シンに貰ったこの耳飾りと髪飾りの事…?

 

エリスティアが手元のそれを見ると、ファティマ―は面白そうに笑みを浮かべて

 

「それを見た瞬間、顔色を変えて“言い値で買わせてほしい!”って言ってきたのよ? 奴隷一人に言い値って笑っちゃうわ」

 

誰……?

 

そう思うも、思い当たる人物など思い付かなかった

少なくとも、その人物はこの飾りの持ち主が“エリスティア”だという事に気付いている可能性が高い

 

一瞬、シンドバッド…? という可能性が浮かぶ

だが、それはファティマ―の言葉で一瞬にして打ち砕かれた

 

「ああ、考えても分からないと思うわよ? うちの超お得意様の男なのよね。 やっぱ、こういう客は大切にしなくっちゃ」

 

得意先の男…

 

シンドバッドは奴隷を買ったりしない

そもそも、シンドリアに奴隷制度は無い

 

私…売られる…の……?

 

このまま見知らぬ男の元に、売られてしまうのか…

 

ぞくりと背中に嫌な何かが走る

だが、ここで抵抗を示せば皆の命が危ない

 

従うしか…ない…のね……

 

ぎゅっと、シンドバッドから貰った耳飾りと髪飾りを握り締めた

 

 

……シン………っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリス?」

 

はっと、シンドバッドは持っていたペンを止めた

思わず辺りを見渡す

 

しん…と静まり返った政務室

 

『シン、お茶がはいったわ。 休憩にしましょう』

 

そう言って、傍らでいつも茶を注いでくれていた愛しい彼女の姿はそこにはなかった

 

「気のせい…か……」

 

一瞬、エリスティアに呼ばれた様な気がした

だが、彼女はここには居ない

シンドバッドの名を呼んでくれることはないのだ

 

はぁ…と、シンドバッドは額に手を当て、溜息を付いた

疲れているのか…

幻聴まで聴こえるとは……

 

「エリス……」

 

離れてもう、どれくらい経つだろうか…?

この手に彼女を抱かなくなって、幾夜 明かしただろうか

 

彼女が…エリスティアが傍に居ない

その事が、こんなにも堪えるとは……

 

声だけでは足りない

彼女の体温を感じたい

 

この手に抱きしめて、全身で彼女の存在を感じたい

彼女に、触れたいのだ

 

だが、もう少しだ…

もう少しで彼女に会える

 

バルバッド行きを少しでも早めなければ……

 

『バルバッドで落ち合おう』

 

彼女とそう約束した

バルバッドへ行けば、彼女に―――エリスに会える

 

そう思うと、少しでも早く話を進めたかった

問題は、どう行くか…だ

 

バルバッドは、実際の所現在内紛状態にある

エリスティアには、『エウメラ鯛を食べに行く』と言って納得…? させた訳ではないが、了承は貰った

 

問題は……

 

その時だっ

 

トントンと、扉を叩く音が聴こえた

 

「入っていいぞ」

 

シンドバッドがそう返事をすると、書簡を抱えたジャーファルが政務室に入って来た

 

「仕事中にすみません、シン。 こちらの書簡に急ぎサインを頂きたいのです」

 

そう言ってジャーファルが持って来た書簡は、治水工事に警備体制、国庫の問題に外交書と多種多様に渡っていた

その中に、ふとバルバッドに宛てた書簡も混ざっていた

 

シンドバッドはそれを取ると小さく溜息を付いた

 

「やはり、一切音沙汰なし…か」

 

それを見たジャーファルは、小さく「ええ…」と言葉を洩らした

 

「何度書状を送っても、梨の礫で…七海連合からも当たったりしているのですが…」

 

「……そうだな」

 

事実、あの国は今内紛で鎖国状態だ

だが、バルバッドはシンドリアにとっても大事な貿易相手

シンドリアはまだ国としては幼い

土地も少なく、自国のみでは立ち行かなくなってしまう

各国との船舶貿易で成り立っているといっても過言ではなかった

 

バルバッドは、その中でも重要な貿易相手国の一つだ

万が一にも、欠けてよい相手ではない

 

だが、書状を送っても一切の音沙汰なしで、返事すら寄越さない

このままでは埒があかなかった

 

ここはやはり……

 

 

「エウメラ鯛が食いたいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 

 

 

 

 

 

突然、発せられた王の言葉に、ジャーファルが大きく目を瞬きさせる

 

「えっと、シン…?」

 

「ん? いやな、エリスと約束したんだ。 一緒にエウメラ鯛を食おうと」

 

「はぁ……」

 

一体それが何だというのだ?

そもそも、エリスティアと約束とは一体いつした約束なのだ

 

生憎、そのエリスティアは現在シンドリアを留守にしている

シンドバッドとて、ヤムライハの通信で何度か会話しているもののジャーファルの記憶する限り、そんな約束している素振りは無かった

 

大体、何故その話を今呟くのか…

そこまで考えて、何かに気付いた様にジャーファルがはっとした

 

「シン…? まさか、貴方―――――」

 

そこまで口を開きかけた時だった

突然、バンッと政務室の扉が開かれた

 

「ジャーファルさん、こんな所にいた。 ……助けて下さいっ」

 

「は…?」

 

突然乱入してきたのは、マスルールだった

すると、その後ろからバタバタとシャルルカンまでもが駆け込んできた

 

「いい加減、観念しやがれマスルール!!」

 

「シャルルカンまでも!? 一体、何事ですか! ここは王の政務室―――――」

 

そう、注意を促そうとした時だった

マスルールにしては珍しく困った様に

 

「邪魔してすみません。 先輩がしつこくて――――」

 

「しつこいって何だよ!!」

 

「ちょっ…シャルルカン……っ」

 

「ジャーファルさん、こいつ酷いんですよー? 王サマとは楽しそうに剣術の稽古とかするのに、俺が誘うといつも逃げ回るんですよ! 相手にならないからって!!」

 

「本当に相手にならないッスから…」

 

「やってみなけりゃ、わかんねぇだろ?」

 

そこまで聞いて、ジャーファルがはぁ…と溜息を洩らした

 

「あーはいはい。 シャルルカン、君は先輩なんだから我慢しなさい」

 

スパッと一刀両断にすると、シャルルカンが抗議する様に顔を膨らませた

 

「んなっ! そんな、ひどっ…!」

 

「私は忙しいんです! 第一、ここは王の御前ですよ!? 場所を考えなさい! 場所を!! 仲がいいのは分かりましたから、ジャレるなら外で――――」

 

「王サマ! 王サマはどう思います!?」

 

と、突然シャルルカンが傍観していたシンドバッドに話を振って来た

 

「シャルルカン!!」

 

ジャーファルが諌める様にシャルルカンに注意を促すが、当のシンドバッドは気にした様子もなく

 

「ん? そうだな…たまには相手をしてやったらどうだ? マスルール」

 

と、助け船を出してきた

が、当のマスルールは小さく首を横に振ると

 

「でも、本当に相手になりませんから……」

 

「おまえ…っ! 王サマの前で、一度ならずならまだしも二度までも……っ!」

 

と、シャルルカンが顔を引き攣らせながらマスルールに怖い笑みを向ける

それを見たジャーファルは、はぁ…とまた溜息を洩らした

すると、シンドバッドがとんでもない事を言いだした

 

「そうだ、どうせなら俺と手合せするか? シャルルカン」

 

「シン!?」

 

「え!? いいんですか!!?」

 

仰天するジャーファルとは裏腹に、シャルルカンがぱぁっと満面の笑みを浮かべる

が―――、その案はジャーファルによって見事に却下された

 

「シン…むやみにシャルルカンを煽らないで下さい。 シャルルカン、貴方も少しは場所をわきまえて――――」

 

そこまで言い掛けた時だった

突然、廊下からバタバタと音がしたかと思うと、ヤムライハが半泣きになりながら駆け込んできた

 

「マスルールくん~~~!」

 

その普通ではない状態に、マスルールが首を傾げる

 

「どうしたんッスか、ヤムライハさん。 血相変えて…」

 

「うわああ~~~ん、また男に振られたのぉ~~~」

 

ヤムライハのその言葉に、マスルールが小さく溜息を洩らした

 

「またッスか…」

 

ヤムライハは、シンドバッドの目の前だという事も気にせずぐすんっと涙を拭きながら

 

「これで告白7連敗…新記録更新よぉ! だから、今日は一晩付き合ってもらうわよ! 飲み明かすんだから!」

 

そう言って、ヤムライハがぐいっとマスルールの腕を掴んだ

それを見て黙っていなかったのが、シャルルカンだった

 

「待てよ、魔法オタク。 マスルールを連れていくなよ!」

 

ぴくっとヤムライハがその言葉に反応する

 

「はぁ? 誰が、魔法オタクですって?」

 

「お前に決まってるだろ、振られ女」

 

「なんですってぇ!!」

 

「あの…2人とも……?」

 

今にもいつもの喧嘩が始まりそうになり、ジャーファルが顔を引き攣らせる

だが、2人の言い合いはどんどんエスカレートしていった

 

「けっ! 振られたくなけりゃ、お前もうちょっとお洒落とかしろよ! 男に媚びる努力しねーと永遠にモテねぇぜ、このオタク女!」

 

「私は今、仕事をしているんですが……。 そもそも、ここは王の――――」

 

「オタクオタクって、煩いわよ! あんたなんて、ただの剣術バカじゃない!!」

 

「んなっ! なにぉ~~~!?」

 

「……もしもーし…」

 

ジャーファルのその言葉に、マスルールがはっとした

 

「あ、なんかやばい気配……」

 

そう呟くが、シャルルカンは気にも止めず

 

「いいからお前は黙ってろマスルール! 俺は、このオタク女に今日こそ分からせてやるんだ!」

 

「だからオタクって言うな! このバカ!!」

 

「バカって言うなぁ!!」

 

「じゃぁ、あほ、あーほ、ベー!」

 

ぴき…っ(怒)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさーい!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間

ジャーファルの、怒りの声が部屋中に響き渡った

 

それまで言い争いをしていたヤムライハとシャルルカンがびくっと肩を震わせる

 

「ジャーファル…」

 

「……さん…?」

 

声を震わせながらそう問いかけるが、既に後の祭りだ

 

「出て行きなさい!! 仕事の邪魔です!! 大体、ここは王の御前ですよ! 場所をわきまえなさい!!

いますぐ…………出てけぇぇぇぇぇぇ!!!!!

 

ジャーファルの雷が落ちたのは言うまでもない

その様子を、シンドバッドは笑いながら見ていたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新年初めの第一発目は、マギです

 

前半は、夢主の話で

後半は一期のDVD特典にあった「お疲れジャーファルさん」からです

CDと違うのは、シンドバッドが場面にいるという事ですかね?(笑)

 

2015/01/03