CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 5

 

 

 

ガラガラガラ

 

馬車が揺れる

 

エリスティアは、ぼんやりと荷台から外を眺めていた

 

満点の星空が荒野の空に瞬いている

キラキラとしたその星空は、見ているだけで嬉しい気分にしてくれた

 

チーシャンから出て早数か月

中央砂漠を抜け、こうして荷台に揺られバルバッドへ向かっている

 

さらさらと彼女の長いストロベリー・ブロンドの髪が風に吹かれて揺れた

 

風・土・火・水・光

 

多くのルフ達がエリスティアに呼びかけてくる

 

「ありがとう」と

「生んでくれてありがとう」と、囁いてくる

 

あの日――――シンドリアの王宮を出た日を思い出す

あの日も、星が綺麗なよく晴れた日だった

 

あの時は一人だった

初めてシンドバッドの傍から離れて、一人で旅をした

 

最初は、心細かった

出逢って15年

片時も離れた事は無かった彼と、離れる事になったのだから

 

でも、後悔はしていなかった

こうする事が、一番だと思っていたから――――……

 

自分の”今”は、全てシンドバッドが作ってくれた物

シンドバッドがいてくれたからこそ、今こうしていられる

そして、そのシンドバッドと彼が愛するシンドリアを守る為ならば、どんな事もやり遂げて見せるつもりだった

 

だから、後悔など―――ない

ない……筈だった

 

そう――――紅炎に出逢うまでは―――……

 

どうして、ルフは自分をあの人に逢わせたのだろうか

あの日、シンドリアを一人で出なければ、出逢わなかったのだろうか――――……

 

いや、きっと別に形で出逢っていたに違いない

 

”偶然”などない

あるのは”必然”だけだ

 

紅炎に出逢うのは、”必然”だったのだ

でも、それは何故――――……

 

考えても、答えなど浮かばなかった

 

「……炎は、バルバッドを攻めるのかしら…」

 

ぽつりと、そう呟いた時だった

 

「エリスおねえさん?」

 

ふと、隣で寝ていたアラジンが目を擦りながら話し掛けてきた

 

「あ……」

 

どうやら、起こしてしまったらしい

まだ、眠たそうな顔をしたアラジンがこちらを見て首を傾げる

 

「どうかしたのかい?」

 

ぽやんとしながらそう聞いてくるアラジンに、エリスティアはくすりと笑みを浮かべた

 

「なんでもないわ。 少しだけ…ね」

 

「?」

 

アラジンが、不思議そうに首を傾げる

その時だった―――

 

 

ざわり

 

 

一瞬、辺りのルフ達が一斉にざわめいた

はっとして、慌てて外を見る

 

ざわざわと、辺りのルフ達が語りかけてくる

 

「危ない」

「危ないよ」 と

 

「え……?」

 

何…?

 

その時だった

 

「アラジン! エリス!!」

 

御者をしていた、商隊(キャラバン)長の声が響いた

そう思った瞬間、頭上の崖から物凄い轟音が響いて来た

 

「エリスおねえさん!!」

 

アラジンの声が響く

 

 

    瞬間、世界が暗転した―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝――――

 

いつもの様に、荷を市場(バザール)に売りに来たライラとサアサは、街の様子を見るなり息を飲んだ

昨日まで、あれだけ活気に溢れていたデリンマーの街はたった一夜にして廃墟の様になっていた

市場(バザール)に、店はなく

ガラの悪い連中が、壁際に座っている

中には、剣をちらつかせているやからもいた

 

「何があったのかしら……」

 

サアサが不安そうにそう声を洩らす

その時だった

 

三人の横を、荷を持った別の商隊(キャラバン)の男が焦った顔色で走っていた

 

「あ、おい! どうしたんだ!?」

 

慌ててライラがその男を呼びとめると

男は一度だけ辺りを見渡した後

 

「バルバッドの内紛で、盗賊くずれのゴロツキが街に流れ込んできてるんだ!」

 

「!」

 

「お前達も、早く出発した方がいいぜ!」

 

そう注意を促す様に男は言うと、そのまま荷を担いで去って行ってしまった

 

「ライラ…」

 

サアサが、心配そうにライラに話し掛ける

ライラは、サアサを安心させる様に笑みを浮かべると

 

「盗賊くずれなんて、怖くないさ! 気にせず、商売しようぜ!」

 

そう言って、にっこりと微笑んだ

 

「そういえば、モルジアナはバルバッド港から故郷を目指すつもりなんだろ?」

 

バルバッドという言葉でふと思い出し、ライラが後ろで大きな荷を抱えているモルジアナに話し掛けた

モルジアナは、こくりと頷き

 

「ハイ…バルバッドからしか船が出てなくて…」

 

少し不安そうにしたモルジアナがそう答えると、ライラは元気付ける様に

 

「船、ちゃんと出るといいよな……」

 

そう言ってモルジアナを見て笑った時だった

どんっと、何かがライラの身体あたった

瞬間、抱えていた荷がバラバラバラと地に転げ落ちた

 

「何処に目ェ付けてんだよ!!」

 

ライラがそのぶつかって来た相手を睨む様にそう叫んだ

瞬間、その相手を見てはっとライラが息を飲んだ

 

ライラの目の前には銀色の長いざんばら髪の男がにやりとその赤い唇に笑みを浮かべて立っていた

 

「あらやだ、下品なお嬢さんね」

 

その男の手には、黒くて太い鎖が握られていた

瞬間、ライラの顔色が変わる

 

「ああっ…果物を踏まないで!」

 

転がった果実をぐしゃりと踏み潰す男に、慌ててサアサが止めに入るが――――

 

「しっ…! あいつに関わるな!」

 

ライラが、慌ててサアサの腕を引っ張って引き寄せた

 

「あれは、盗賊なんかより…もっとタチの悪いもんだ…っ」

 

はっと、その鎖の先に繋がっている“それ”を見た瞬間

モルジアナが大きくその赤い目を見開いた

 

その鎖に先には、足枷と首輪をはめられ俯いた“人間”が、繋がれていたのだ

男は、ライラ達など気にした様子もなく、そのまま目の前を通り過ぎていく

 

それは、モルジアナにとってよく知っている光景だった

あの足枷も、足の痣も、何もかもよく知っている物だった

 

「奴隷商人……」

 

ライラがぽつりと呟いた

 

「罪もない人間を売りさばいて、飯を食ってる連中だよ…」

 

「可哀想に…どうして、“奴隷”なんて制度がありのかしら…」

 

 

奴隷……

 

 

「……………」

 

モルジアナは、ぎゅっと唇を噛み締めたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿で商隊(キャラバン)の皆で食事をしていた時、昼間の奴隷商人の話になった

そのせいや、バルバットの内紛のお陰で市場(バザール)は荒れていて、商売にならなかたとライラがサアサの父である商隊(キャラバン)長に報告すると、隊長は仕方ないよと言ってくれた

 

「胸の痛くなる様な光景だったわ……」

 

サアサの言葉に、ライラが小さく頷く

 

「そうだよな、俺達の国には奴隷制度なんかないからな…」

 

仲間の1人がそうぼやくと、他の仲間も静かに頷いた

どう考えても、気持ちの良いものではなかった

 

出来る事なら、関わり合いになりたくない

それが彼らの本音だった

 

ふと、その時モルジアナの気配がない事にライラが気づいた

 

「あれ?モルジアナは?」

 

いつも一緒に食事をしているのに、その日その食事の場にはモルジアナの姿はなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひゅううううう…

冷たい風が吹く

 

モルジアナは一人夜の荒野を宿の上から眺めていた

 

小さく蹲る様に座ったまま、足首にある鎖の後を見た

 

私、まだ商隊(キャラバン)の人達に私が奴隷だった事言ってない……

 

言える筈がなかった

出来る事なら、知られたくない

 

自分が元奴隷だと知って、皆の態度が変わるのが恐かった

 

「……“どうして奴隷なんかあるのかしら…”か……」

 

あの時、サアサの言った言葉が胸に突き刺さる

きっと、サアサにとっては何気ない一言だったに違いない

 

でも、モルジアナにとってはナイフで刺される様な言葉だった

 

“どうして”

 

そんな事、考える事など許されなかった

“奴隷”に意志感情などあってはならない

 

あれが…自分が傷つくだけだ……

 

そっと、足首の痣に触れる

 

「嫌だな…この痣……早く消えてくれないかな……」

 

何年もの間、モルジアナを縛り付けていた“足枷”の跡がそこにはくっきりと残っていた

 

どうして自分は“奴隷”だったのだろうか……

そもそも、どうしてこの世界には“奴隷”なんてあるのだろうか……

 

「人間を鎖で繋ぐなんて、誰が思い付いたのかしら…」

 

おかしな話だ

今まで、こんな事一度も考えた事など無かったというのに……

 

ふと、あの時の少年の姿が脳裏を過ぎった

彼は屈託のない笑顔で言った

 

『鎖を切れば、奴隷でもどこへでも歩いて行けるよ』 と

 

そんな事言われたのは初めてだった

そんな風に言ってくれる人など、何処にもいなかった

 

あの少年と、そしてモルジアナを解放してくれた少年

今、何処で何をしているのだろうか……

 

それを、モルジアナが知る術はなかった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じめっとした空気が、肌に冷やりと感じエリスティアは目を覚ました

 

「ここは……」

 

辺りを見回すが、真っ暗なせいで何も見えない

ふと、手足に違和感を感じはっとしてみると、そこには一度も付けた事のない足枷と手錠が付けられていた

 

ぐっと、力を入れてみるがびくともしない

 

私…

 

そういえば、あの時……

アラジンと、商隊(キャラバン)長の声が聴こえた時、ルフが今までにない位にざわめいた

その瞬間、全てが暗転したのだ

 

一体何が起きたのか、エリスティアには分からなかった

分かっている事はただ一つ

今、自分は錠を付けられて何処かに捕まっているという事だった

 

他の、商隊(キャラバン)の人やアラジンはどうしたのだろう…?

そう思い辺りを見渡すと、どんどん暗闇に目が慣れて来たのか人影が見え始めた

 

「あ……、エリスおねえさん! 気が付いたんだね!」

 

不意に、影の一人が話し掛けて来て、びくりとエリスティアは肩を震わせた

だが、驚いたのは最初だけで、その声の主がアラジンだと直ぐに気が付いた

 

「アラジン…?」

 

恐る恐るそう話し掛けると、その影はこくりと頷いた

 

「そうだよ。おねえさんは、具合悪いところとかない?」

 

ちょこんと首を傾げてそう尋ねてくるアラジンは、エリスティアは安心させる様に微笑んだ

 

「大丈夫よ、心配してくれてありがとう」

 

そう言って、もう一度辺りを見渡した

よくよく見ればアラジンだけではない、他の商隊(キャラバン)の人達や見知らぬ人達まで錠をはめられた状態でこの部屋の中に押し込められていた

 

「この人たちは…?」

 

「分からないんだ、僕も気が付いたらこの状態だったんだ」

 

そう言って、手錠をはめられた手を見せてくる

 

「僕たち、何処かに捕まってるみたいなんだ」

 

「そう―――みたいね」

 

どうやら、あの時馬車の上の崖から誰かに岩を作為的に落とされたのだろう

意識を失う一瞬、笑みを浮かべる男の顔が見えた気がする

 

状態から察するに、人買い…に売られるか、奴隷にされるか……

どちらにせよ、このままの状態で大人しくしているのは、得策では無かった

 

だがしかし、この錠というものは頑丈でとてもエリスティアの力では外せそうにない

鍵が無いと、外す事は困難だろう

 

ふと、その時アラジンの首にいつも掛かっていた笛がない事に気が付いた

 

「アラジン、笛が……」

 

「あ、うん…ウーゴくん盗られちゃったみたいなんだ…」

 

しょんぼりとうな垂れるアラジンに、エリスティアは掛ける言葉がなかった

 

取られて当然かもしれない

アレは金で出来た笛だ

売れば、かなりの値になる筈である

 

その時、はっとエリスティアは自分の耳飾りと髪飾りが無くなっている事に気が付いた

 

「そんな……」

 

7つの内、4つ外してしまった制御装置であろう装飾は別として、残りの3つの装飾は残っていた

恐らく、外せなかったのだ

それはそうだろう

幾ら見た目は普通の装飾品でも、ジンの魔力の込められた制御装置なのだ

普通に取り外しは出来ない仕様になっている

 

だが、あの髪飾りと耳飾りは違う

あれは、シンドバッドから貰った大切な品だ

 

制御装置以外の、装飾は皆外されている

通信用のルビーのチョーカーですら無い

 

売り飛ばされる前に、何としても取り戻さなければならない

でも、この状態で何か出来る訳でもなく…

 

一体、どうすれば…

 

そう思った時だった

コツ…コツ…と、暗い部屋の扉の向こうに足音が響いた

 

はっとして顔を上げた瞬間、ガチャガチャと音がしたかと思うと、ぎいっと扉が開いたのだ

すると、扉の向こうから眼帯をした横に大きな男が姿を現した

 

「こっちですよ、ファティマ―さん」

 

男がそう誰かに呼びかける

すると、コツリ…と足音が響き、そこには似つかわしくない様な銀髪でざんばら髪の男が姿を現したのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お久しぶりの更新です(-_-;)

 

なにやら、オリジナル展開臭いにおいがぷんぷんするであります(笑)

えーだって、こうしないと夢主関われないじゃーん

 

という訳で、ファティマ―登場です 

 

2014/11/06