CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 4

 

 

 

「やっぱりエリスおねえさん!!」

 

そう言って荷台から青い髪の少年がひょっこり顔を出した

その少年を見た瞬間、エリスティアは大きくそのアクアマリンの瞳を見開いた

 

「え…ア、アラジン……?」

 

そこには、アモンから脱出した際に離れ離れになったアラジンが居たのだ

アラジンは、ひょいっと荷台から降りるとエリスティアの方に駆け寄ってきた

 

「わー久しぶりだねぇ~」

 

そう言ってにっこりと微笑む

だが、エリスティアは動揺が隠せなかった

 

どうしてアラジンがここに……?

 

たった今、アラジンの行方も探さないといけないと思っていた矢先に、まさか本人がひょっこり現れるとは誰が思っただろうか

その時だった、商隊(キャラバン)の御者をしていた男がアラジンに話し掛けた

 

「アラジン、知り合いか?」

 

「うん、前に話した一緒に“迷宮(ダンジョン)”で冒険したおねえさんさ!」

 

アラジンが笑いながらそう言うと、男は「ほぅ…」と感心した様に声を洩らした

 

「えらく綺麗で、不思議な力を使うって言う……」

 

男が頷きながらそう言うと、アラジンが「そうさ!」と得意気に答えた

だがエリスティアにはそんな事を気にしている余裕はなかった

 

胸が酷く鳴り響く

動揺が隠せない

 

「アラジン…あの………」

 

事態が上手く飲み込めず、エリスティアが困惑した様に声を洩らすと

アラジンは、きょとんとその大きな瞳を瞬かせ

 

「どうかしたのかい? エリスおねえさん」

 

「え……」

 

どうかしたのかと、問われると回答に困るのだが…

別段、見られて困る事をしていた訳でも、考えていた訳でもないので

ここは、正直に聞く事にした

 

「アラジンは、どうしてこの方達と一緒に……?」

 

エリスティアがそう問うと、アラジンは大きな瞳をまた瞬かせ

 

「僕は気が付いたら、黄牙の村にいたのさ」

 

「黄牙の村って……」

 

確か、中央砂漠よりも北に住まう騎馬民族では無かっただろうか

強靭な体力と力を持っているという

かつて、大黄牙帝国を築いた一族の末裔だ

 

アラジンは、アモンから出た後そんな所に飛ばされていたというのか

 

何の為に……?

 

全ては、ルフの導きだ

きっと、アラジンが黄牙に飛ばされる事に何か意味があったに違いない

だが、今のエリスティアにはそれが何なのかは分からなかった

 

「僕ね、中央砂漠を越えて来たんだよ!!」

 

アラジンが得意気にそう言うと、大きく手を広げた

 

「こ~んなにおっきなサソリとか砂漠キラービーとかいたんだけど、皆で協力して乗り越えて来たんだ」

 

余りにも嬉しそうにそういうアラジンを見ていると、困惑している自分が馬鹿らしく思えてきた

そうだ、何も困る事はない

むしろ、アラジンにここで出会えた事を喜ぶべきだ

 

エリスティアは、くすっと笑みを浮かべると

 

「大冒険してきたのね」

 

「うん!」

 

アラジンが嬉しそうにそう頷いた

そして、何故か期待に満ちた瞳でこちらをじっと見つめ

 

「エリスおねえさんは? おねえさんは、何処にいたんだい?」

 

「え……」

 

瞬間、エリスティアの表情が固まった

脳裏に、紅炎の姿が蘇る

 

ごくりと、エリスティアは息を飲んだ

 

大丈夫よ

 

煌帝国にいたと言っても、煌帝国第一皇子と知り合ったなんて誰も気付かないわ

 

「エリスおねえさん?」

 

アラジンが不思議そうに首を傾げる

エリスティアは、はっと我に返り慌てて小さくかぶりを振った

 

「あ、私は……黄牙よりももっと東の方かしら…?」

 

何故か、“煌帝国”とは言い切れなかった

 

「東の方?」

 

アラジンがきょとんとしながら、首を傾げる

すると、それまで話を聞いていた商隊(キャラバン)の男が「ふむ…」と顎を摩りながら

 

「東ってぇと、煌帝国だな」

 

その言葉に、エリスティアがぎくりと顔を強張らせる

 

「煌帝国?」

 

アラジンが首を傾げながら男を見た

すると、男は「ああ…」と頷き

 

「たった数年で東大陸を統一しちまった、大きな軍事国家さ」

 

「へぇ~、エリスおねえさんはそんな所にいたのかい?」

 

期待に満ちたその問いに、エリスティアは頷く事しか出来なかった

 

「え、ええ……でも、煌帝国といってもずっと端の方だったから、帝都には行ってないけれど…」

 

嘘だ

帝都どころか、国の中心・禁城内にまで入った

 

だが、それを言うのは憚られた

 

すると、アラジンは ぱぁっと好奇心に満ちた笑みを浮かべ

 

「おねえさんも、大冒険してきたんだね! 楽しそうだなぁ~」

 

そう言って、にっこりと微笑んだ

ずきりと、心の奥が痛んだ

嘘は言っていない

だが、真実も言っていない

 

その事が、エリスティアの心の中を締め付けた

 

「おねえさんは、一体どんな冒険を―――――」

 

更に、話を進められそうになり、エリスティアは慌てて口を開いた

 

「ア、アラジンは、アリババくんに会いにこのチーシャンに帰って来たの?」

 

エリスティアのその言葉に、アラジンが「あ…」と声を洩らした

そして、嬉しそうににっこりと微笑んで

 

「うん! 一緒に冒険するって約束したからね!」

 

そう言って、きょろきょろと辺りを見渡す

 

「エリスおねえさんは、もうアリババくんに会ったのかい? 僕は、まだなんだよねぇ~今、何処にいるのかな? 早く会いたいよ」

 

そう言って、今にも駆け出しそうになるアラジンを

エリスティアは慌てて止めた

 

「アラジン、落ち着いて聞いて欲しいのだけれど…アリババくんはもうこの街にはいないのよ」

 

「え……」

 

一瞬、何を言われたのか分からないという風にアラジンが首を傾げた

それから、一度だけその大きな瞳を瞬かせ

 

「えっと…エリスおねえさん? アリババくんがいないって――――」

 

「本当の事よ」

 

「でも、一緒に冒険しようって――――」

 

「うん、約束したものね」

 

動揺を隠せないアラジンを落ち着かせる様に、エリスティアは優しく語りかけた

 

「アリババくんはね、“迷宮(ダンジョン)”から脱出した後、その財宝を使ってチーシャンの街の奴隷の人達を全て解放したそうよ。その後、数日もしない内に旅に出たらしいの」

 

「旅……」

 

「ええ…それでね、アラジンに言付けがあるみたいなの」

 

エリスティアのその言葉に、アラジンがばっと顔を上げた

 

「僕にかい? アリババくんから?」

 

「“アリババはバルバッドにいる”だ、そうよ。“アラジン”が来たらそう伝えてくれって、伝言を残して行ったそうよ」

 

「バルバッド?」

 

アラジンが、不思議そうに首を傾げた後、商隊(キャラバン)の男を見る

すると、男はにっと微笑み

 

「あーここよりずっと南にある大海洋国家だな。あそこはいいぞー交易が盛んで、色々な物が出入りするからな」

 

「ふーん…じゃぁ、そこに行けばアリババくんに今度こそ会えるんだね!」

 

ぱぁっと嬉しそうにそう言うアラジンに、エリスティアがこくりと頷いた

すると、男はふむ…と頷き

 

「なんだ。アラジン、バルバッドに行くのか?」

 

「うん! だって、ここにはもう僕の会いたかった友だちはいないみたいだからさ」

 

その言葉に、男がにかっと笑ってアラジンの頭をくしゃりと撫でた

 

「しかたねぇなぁ…丁度いい、バルバッドまで連れて行ってやるよ」

 

「ほんとうかい!?」

 

男からの申し出に、アラジンが満面の笑みを浮かべる

 

「おう! 丁度、俺達もこの後そっちに行こうと思ってたからな」

 

「わ~おじさん、ありがと~~~」

 

アラジンが嬉しそうに、両手を広げる

男は、わっはっはと笑いながら

 

「いいって事よ~。おにいさんに任せないさい」

「うん! おじさん!」

 

瞬間、がしっと男がアラジンの頭を鷲掴みにした

 

「お・に・い・さ・ん」

 

「ええ~~」

 

アラジンが抗議する様に笑いながら声を洩らした

その様子が可笑しくて、エリスティアはくすりと笑ってしまった

 

「ふふ…面白い方なのね」

 

「うん、おじさんは楽しい人さ!」

 

「おにいさんだって言ってんだろうが!」

 

「痛いよ~おじさん」

 

ぐりぐりとアラジンの眉間を拳でねじる男に、アラジンが抗議の声を上げる

やはり、その様子が可笑しくてエリスティアは笑ってしまった

 

この人ならば、安心して旅が出来そう

そう思わせる男だった

 

どうせ、自分もこの後バルバッドに旅立つのだ

それならば――――

 

 

「あの、ものは相談なのですが――――……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――オアシス都市・デリンマー

 

街は賑わいをみせていた

とくに市場(バザール)は商いをする人たちと、買い物をする人であふれかえっていた

南や、東などから仕入れた品物がずらりと立ち並び、往来の人達の足を止める

 

「さぁ!買った買った! 新鮮なハミウリ! 白アンズ! ナツメヤシ! この街じゃ獲れないもんばっかりだよぉ!!」

 

その中でひときわ大きな声を張り上げて呼びかける元気な少女がいた

少女の売る店先には、珍しい果実が所狭しと並べられていた

 

行く人行く人が、その物珍しさに足を止めていく

品物はどんどん売れていき、あれだけあった果実はあっという間に殆どなくなってしまった

 

「ありがとうございました」

 

元気のよい少女と一緒に店番をしていた大人しそうな褐色の肌の少女が、店の品物を買ってくれた客に商品を手渡していく

 

「カバブのおにいさん! 口直しにどう?」

 

串肉を頬張っていた青年に、元気の良い少女が声を掛ける

すると、今度はハミウリを持って

 

「そこの、飲んだくれのおじちゃん! これ、酒に出来るよ!」

 

と、また声を掛けていく

 

品物はどんどん売れていき、店先の果実は殆ど残っていなかった

少女が、少し焦った様に褐色の肌の少女に話し掛ける

 

「次の荷はまだか? サアサ。 早くしねぇと売り切れちまうぞ」

 

サアサと呼ばれた褐色の肌の少女は、にこりと微笑み

 

「今、まとめて運ばれてくるわ…あ」

 

と声を洩らした時だった

 

「ライラ! ほら」

 

元気のよい少女をくいっと引っ張りサアサが市場(バザール)の向こうを指さす

すると、そこには大きな荷物を抱えた赤毛の少女がこちらに向かって来ていた

 

それを見たライラと呼ばれた少女は、ぱぁっと笑みを浮かべて手を振った

 

「あはは! お前がうちの商隊(キャラバン)に入ってくれて本当に良かったよ! なぁ! モルジアナ!」

 

そう―――そこに居た赤毛の少女は、あの日チーシャンから飛び出した、モルジアナだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チーシャンでモルジアナと会ってから、もう半年経つのね―」

 

夕方

 

店じまいをしたライラたちは、商隊(キャラバン)の寝泊まりしている宿までの帰り道を歩いていた

サアサの言葉に、モルジアナは一度だけ瞬きした後

 

「あの時はすみませんでした。 バルバッドに向かう商隊(キャラバン)と聞いて…思わず馬車の前に飛び出してしまったのです。 見ず知らずの私を乗せて下さって……」

 

突然、荷を置いたかと思うと、モルジアナは額を土にこすり付ける様に膝を折り

 

「感謝しています」

 

と、深々と頭を下げた

 

「あ、いや、いいって」

 

それを見て、ライラが苦笑いを浮かべながら手を振った

 

「モルジアナは、とっても働き者だしな!」

 

「そうよ、バルバッドまでと言わずこのままずっとうちに居てもいいのよ」

 

そう言ってくれる、ライラとサアサの言葉がモルジアナの胸に染みる

でも、モルジアナにはどうしても譲れないものがあった

 

「……いえ、私は故郷へ帰ります。 それが、私の恩人との約束―――ですから」

 

あの時、あの迷宮(ダンジョン)でゴルタスが最後に残した言葉

 

 

 

  “故郷(くに)へ帰れ。 モルジアナ”

 

 

 

あの言葉だけが、今のモルジアナの道しるべだった――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと、モルさん編に突入です

これから、アラジンと夢主は少しの間お休みになりますww

 

一気に、サクサク進めいてしまいましょう!

 

2014/08/24