CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 3

 

 

―――――朝

 

エリスティアは、ホテルのベッドの上で目を覚ました

昨晩、シンドバッドからの強制通信のせいでゆったりお風呂に入れなかったので

あの後、もう一度入り直して寝床に付いた

 

一人目覚めると、つい手が探してしまう

シンドバッドの温もりを――――

 

シンドリアにいた事は、いつも感じていた温もりが今は感じられない

冷たいシーツの感触だけだ

 

「5か月…経つのね……」

 

迷宮(ダンジョン)に入ったり、煌帝国に飛ばされたりで慌ただしかったせいか

あまり実感はなかった

無かったが――――……

 

改めてそう告げられると、もうそんなに触れ合ってないのだと思い知らされる

その間、ずっと一人で寝ていたのだ

 

朝、起きると傍に誰もいない

いつも、一人―――――……

 

いつもずっと出逢った頃から感じていた、あの温かさはない

 

流石に、もう一人は怖いなどと言う気はないが…

それでも、ずっと傍に居たシンドバッドが隣にいないだけで、こんなにも虚しさが込み上げてくる

 

「シン………」

 

ぽつりと呟いた言葉は、虚無の中に静かに消えて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

朝食を済ませてホテルのロビーに降りると、昨日の支配人が挨拶してきた

エリスティアは、にっこり微笑むと軽く頭を下げた

 

「おはようございます。 支配人さん」

 

「昨夜はよく眠れましたか?」

 

「……ええ」

 

嘘だ

本当は、全然眠れなかった

 

ベッドが寝心地悪かったとか、そういうのではない

シンドバッドに指摘された後、何故か酷く寂しさを感じて一人で寝つけなかったのだ

 

だが、それを面に出すほど子供ではない

エリスティアは悟られない様に、にこっと微笑んだ

 

「今日は如何なさいますか?」

 

「……迷宮(ダンジョン)跡地に行ってみようと思います」

 

手掛かりと言ったらそれ位しかなかった

 

「あそこは、もう何もありませんよ?」

 

と、支配人が言うが、エリスティアは小さく首を振ると

 

「……それでも、見ておきたいのです」

 

見て何か変わる訳ではない

でも、見ておきたかった

 

あそこは、アリババとアラジンとの初め冒険した場所だから――――

 

エリスティアは静かに頭を下げるとホテルを後にした

市場(バザール)を通り、迷宮(ダンジョン)跡地へと向かう

 

相変わらず、市場(バザール)は賑わっていた

それにしても――――……

 

昨日は見間違いかと思った

だが、そうではないらしい…

 

あれだけいた奴隷の姿が一人もいないのだ

皆、楽しそうに買い物をしている

足に鎖を付けている人など、誰一人いない

 

どういうことかしら……?

 

そういえば

このチーシャンの領主だったあのジャミルという男は迷宮(ダンジョン)と一緒に消えた筈だ

では、今この街の領主は誰なのだろうか?

 

そんな事を考えている内に、迷宮(ダンジョン)跡地に辿り着いた

そこには、何十メートルにもなる深い深い大きな穴が出来ていた

 

その穴を覗き込むが、やはり迷宮(ダンジョン)だった時の影も形もない

ここに迷宮(ダンジョン)があったと誰かが言わない限り、何の穴か分からないだろう

 

「降りてみようかしら……」

 

降りたからといって何かある訳ではないが、降りてみないと分からない

エリスティアは辺りを見渡した後、誰も居ない事を確認してそっと「風浮(リーフ・ダリア)」と唱えた

 

ふわりと身体に羽根が生えた様に軽くなる

そのまま、ゆっくりと穴の底に降りるとぱちんっと魔法を解いた

 

穴の中央に歩いて行き、遙か上の地上を見る

こうして、穴の中から地上を見るのは何度目だろうか

 

シンドバッドと出逢ったバアルの迷宮の時から数えてこれで8度目になる

何度見ても、不思議だった

この巨大な穴があった場所にあの大きな迷宮(ダンジョン)が建っていたなどと誰が信じるだろうか

でも――――

 

そっと、下の土に触れてみる

 

もう、時空の歪みは感じられない

迷宮(ダンジョン)に入る時、必ず時空の歪みを通る

それは、迷宮(ダンジョン)はこことは異なる別次元の境界だから

 

少しでも痕跡が残っていれば、ルシであるエリスティアに感じられない筈が無い

だが、ここにはもう何も無かった

 

じゃぁ、やっぱり――――

 

あの時、アリババの剣が八芒星を宿していたと思ったのは見間違いではなかったのだ

それは、つまりアリババこそ“王の器”としてアモンに選ばれた事に他ならない

 

「アモンは、アリババくんを選んだのね……」

 

7人のジンがシンドバッドを選んだのと同じように――――

 

なら、アリババはこの地に出現した筈

ジンに選ばれた者は、迷宮(ダンジョン)の跡地に必ず出現する

 

という事は、アリババはこのチーシャンにいるのだろうか?

だが、迷宮(ダンジョン)攻略者となったアリババなら噂になっていてもおかしくないのだが……

 

と、エリスティアが考え込んでいた時だった

 

「あんた! そんな所でなにやってるんだい!!」

 

突然、通りすがりの街の人に声を掛けられた

 

「あ……」

 

流石に、穴の中に降りているのは不審がられたのだろうか…

エリスティアは少し困った様に小さく息を吐いた後、「風浮(リーフ・ダリア)」とまた唱えた

 

ふわりと身体が宙に浮き、そのまま地上に着地する

突然、穴の底から現れたエリスティアを見て、先程声を掛けてきた女の人が口をぱくぱくとさせる

 

「あ、あああ、あんた、今…浮い……っ!!?」

 

「おばさま」

 

エリスティアは、誤魔化す様に にっこりと微笑むと

 

「一つお尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

 

「いや、あんた、今……っ」

 

「ここにあった迷宮(ダンジョン)が消えたのは、1か月半ほど前とお伺いしておりますが、その時一緒に現れた少年はいませんでしたか?」

 

「え……?」

 

女の人が驚く間もなく、エリスティアは本題を切り出した

言われてその女の人は、「あ、ああ、アリババ様の事かい?」と思い出した様に呟いた

 

エリスティアは、にっこりと微笑むと

 

「その“アリババ様”には何処に行けば会えますか?」

 

そう尋ねると、女の人は少し残念そうな顔をして

 

「あんた、アリババ様に会いに来たのかい? だったら、残念だけどもうここには居ないよ」

 

「ここには居ない?」

 

「そうさ、迷宮(ダンジョン)から出現して数日も経たない内に何処かへ旅立っちまったよ。 残りの財宝ぜーんぶ、解放奴隷たちの衣食住に当ててね!」

 

「え……」

 

今この人は何と言っただろうか…

 

“解放奴隷”

 

「え…奴隷の方々皆、解放されたのですか……?」

 

エリスティアがそう尋ねると、女の人は呆れた様に溜息を付いた

 

「そんな事も知らないのかい? この街じゃ有名な話だよ。 “第七迷宮”の“アリババ様“は持ち帰った財宝の半分を使って街の奴隷達をすべて解放したってね!」

 

アリババくんがそんな事を……?

 

だから、この街には一人も奴隷の姿が見当たらなかったのだ

 

「そう、ですか…アリババくんが………」

 

自然と、笑みが零れた

何故だろう

酷く、嬉しく感じた

 

「それで、その解放された奴隷の方々は今どちらに…?」

 

「え? 今は新しい領主様の元で身の振り方が決まるまで賃金貰って働いてるよ」

 

「…新しい領主様…?」

 

「そうさ! あのジャミルって領主は死んじまったって話じゃないか! 皆、あの領主にはうんざりしてたんだ! でも、今度の新しい領主様はいい人で皆、喜んでいるよ」

 

「……そうですか。 それなら良かったです」

 

チーシャンの街の人達は、今はきっと幸せなのだ

ジャミルの時の様な、奴隷が行きかう街ではなくなったのだ

 

エリスティアには、それがとても嬉しく感じた

 

とりあえず、領主様のお屋敷に行ってみようかな……

解放奴隷の方々に聞けば何か分かるかもしれない

 

そういえば……

あの赤毛の女の子……

 

そう、モルジアナと言ったか

あの子も一緒に迷宮(ダンジョン)から脱出したのだから、何処かに飛ばされている筈だ

 

もし、この街の近くなら

アリババの解放した奴隷の中にいるかもしれない

 

「話…出来るかしら……」

 

モルジアナがもしチーシャンに居るならば、アリババと接触している可能性は高い

女の人は、アリババはもうこの街にいないと言った

 

もし、手掛かりがあるとしたらモルジアナだけだ

 

モルジアナに会いに行ってみよう

そう思ったエリスティアは、その女の人に領主の屋敷の場所を聞いて向かう事にしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい領主の屋敷に向かうと、元奴隷とおぼしき人達が沢山働いていた

皆、生き生きしていてとても楽しそうだ

その顔からは、奴隷という身分から解放された喜びに満ち溢れていた

 

「あの、すみません…」

 

突然行ってアポ無しで領主に会える筈もない

そもそも領主に会うのが目的ではないので、エリスティアは庭掃除をしていた、女性達に話し掛けた

恐らく、彼女達も解放奴隷達だろう

 

エリスティアが声を掛けると、庭掃除をしていた女性達は驚いた様にお互いに顔を見合わせた

 

「あ、驚かせてしまって申し訳ありません」

 

エリスティアがそう謝罪すると、彼女達はますます困惑した様におどおどしだした

無理もない話である

今までは空気の様に扱われ、家畜以下の扱いを受けてきた彼女達だ

勿論、自分に話し掛ける人などいなかっただろうし、皆遠巻きに見るだけで話し掛けもしなかったのだろう

だから、突然話し掛けられる事に慣れていない

 

「あの、ごめんなさい。聞きたい事があるのです」

 

今にも逃げ出しそうな彼女達を安心させる様に、ゆっくりと話し掛けた

 

「き、聞きたい事…?」

 

その内、一人の女性が困惑顔をしながらそう尋ね返してきた

その反応に、ほっとしつつエリスティアは本題を切り出した

 

「あの、この屋敷にモルジアナって子はいませんか?」

 

「え、モルジアナ?」

 

すると、もう一人の女性がその言葉に反応した

 

「はい、解放された方々は皆、身の振り方が決まるまではこのお屋敷で働いていると伺ったのですが…」

 

そう尋ねると、彼女達は顔を見合わせた

 

「モルジアナって…あの赤毛の子でしょ?」

 

「もう、居ないわよねー」

 

 

え……

 

 

彼女達の言葉に、エリスティアが驚いた様にそのアクアマリンの瞳を瞬かせた

 

「いない…?」

 

すると、彼女達はまたお互いに顔を見合わせ

 

「ええ、アリババ様が旅立たれた翌日かな? 何処かに行っちゃったわよね?」

 

「うん…領主様に挨拶はしたみたいだけど…そのまま帰って来てないわよね?」

 

「…………そう……ですか」

 

彼女も何処かへ行ってしまったの……?

 

完全に手掛かりを失ってしまった

落胆の色を隠せずに落ち込むエリスティアを見て、彼女達は戸惑った様に顔を見合わせた

 

「ごめんなさい、モルジアナに用だったの?」

 

女性の問いに、エリスティアはこくりと頷いた

 

「その、アリババくんの行方を知らないかと思って……」

 

エリスティアがそう呟くと、女性の一人が、「それなら、知ってるわよ」と答えた

 

「え……」

 

まさかの、言葉に一瞬己の耳を疑う

だが、彼女は確かに“知っている”と言った

 

思わず、エリスティアが身を乗り出す

 

「ど、何処でしょうか!?」

 

突然顔を上げて身を乗り出したエリスティアを見て、2人の女性がくすっと笑みを浮かべる

 

「なぁに? アリババ様のファン?」

 

「え…あ、いえ、ファンとかではなく……」

 

エリスティアが慌てて口を開くと、女性達は、くすくすと笑いながら

 

「隠さなくてもいいわよー」

 

「私達も大ファンですもの」

 

「あの、ですから……その…友達、なんです」

 

と答えたのだが、どうやら彼女達には通じていないらしい

すると、女性の一人がぽんっと手を叩いて

 

「あ、もしかして貴女、アラジン…とかじゃないわよね?」

 

「え……」

 

突然出てきたアラジンの名に、エリスティアがはっと顔を上げる

 

「……アラジンは、友達、ですけれど…」

 

「その“アラジン”って子に、アリババ様から伝言があるの」

 

その言葉に、ばっとエリスティアが食いついた

 

「どんな伝言ですか!?」

 

すると、女性達はお互いに顔を見合わせ

 

「“アリババはバルバッドにいる”って――――」

 

「バルバッド!?」

 

今度こそ、エリスティアは本気で驚いた

今、アリババはバルバッドにいるというのだ

エリスティアがこの後 向かおうとしている国――――バルバッドに

 

どうして、アリババくんがバルバッドに……?

 

どうしても、そこが結びつかなかった

財宝を殆ど、解放奴隷達につぎ込み、手元にはもう無い筈だ

迷宮(ダンジョン)を出る時は、シンドリアで一旗揚げると言っていたのに――――

 

そこまで考えて、ある事に気付いた

まって、あの時アリババは言っていなかっただろうか

 

『その前にバルバッドって国に寄って用事をすませてからだけど……』 と

 

そうだ、アリババは言っていた

バルバッドで用事を済ますと

それが何の用事かは分からない 分からないが―――

 

少なくとも、アリババくんにとってはとても大事な事なんだわ――――

 

エリスティアは、ぎゅっと拳を握ると小さく頷いた

 

「お話、ありがとうございました」

 

二人の女性にお礼を言って、屋敷を後にすると急いでホテルに向かった

 

アリババは、バルバッドにいる――――

これは偶然なのか

それとも、必然だったのか

 

エリスティアの向かう先もバルバッド

そして、アリババの居場所もバルバッド

全て、バルバッドに繋がっている――――

 

そこまで考えて、ある事に気付いた

 

待って、アラジンはまだこの事を知らないのよね?

 

伝わっているなら、先程の彼女達はあんな言い方をしない筈だ

つまり、まだアラジンはこの街に現れていない可能性が高い

 

そうよ…私が煌帝国に飛ばされていたのだもの…

アラジンが、他に飛ばされていてもおかしくない

 

何とかして、アラジンの行方も探さないと――――……

 

そう思った時だった、突然目の前にラクダが迫って来た

 

「きゃっ……」

 

今にもぶつかりそうになり、慌てて横に避ける

すると、ラクダに繋がっていた商隊(キャラバン)の荷馬車が急ブレーキを掛けて止まった

 

「すまねぇ! 嬢ちゃん!!」

 

御者をしていた男が申し訳なさそうに頭を下げてきた

そのままその男は慌てて降りてくる

 

「怪我はなかったか!?」

 

「あ、はい……大丈夫です」

 

幸い、ぶつかる前に避けたので怪我はない

若干、砂埃がもうもうとしていて咽そうだが…

 

「本当に、すまねぇな」

 

何度も謝ってくる男に、エリスティアはくすりと笑みを浮かべた

 

「いえ、本当に大丈夫ですから……」

 

そう答えた時だった

 

「あれ…エリスおねえさん……?」

 

「え……」

 

突然、聞き覚えのある幼い少年の声が聴こえてきた

はっとして、荷台を見ると――――

 

「やっぱり、エリスおねえさんだ!」

 

「え…ア、アラジン……?」

 

そこに居たのは、あの時別れ別れになったアラジンの姿だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、アラジンと合流しました!

やっと、次回チーシャンから脱出!!

モルさん編へ突入でっす 

 

2014/07/18