CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 15

 

 

 

 

 「お前が、俺のものになるなら――――…な」

 

紅炎が提示した条件

それは、エリスティアには絶対に叶えられないものだった

 

紅炎は、それを承知で言っているのだ――――……

 

でも、だからといってモルジアナ達をあのままにしておくなんて――――

エリスティアが出来るはずもなく

それなのに……

 

ぎゅっとエリスティアがかすかに唇を噛みしめる

 

「紅炎のものになる」――――そう答えるだけで、すべてが解決するかもしれない

でも…………

 

エリスティアは、そのアクアマリンの瞳を俯かせる

 

この人に、“嘘”は付きたくない

たとえその場しのぎだとしても、“嘘”を言ってしまえば、きっと後悔する

だから――――………

 

 

「………ごめんなさい。 それは…できない、わ」

 

 

と、エリスティアは少し涙ぐみながらそう答えた

たとえ、紅炎が相手でも、シンドバッドが相手でも同じ答えしか出せない

 

私は“誰かのもの”にはなれない―――――

 

たとえ、相手がどんなに望んでも

“それ”だけは、応えることが出来ない

出来ないのだ

 

すると、紅炎はふっと微かに笑みを浮かべると、そっとエリスティアの涙をぬぐった

 

「泣くな。 泣くほど困らせたいわけではない」

 

「炎………でも……」

 

紅炎の要求はのめない

でも、こちらの言い分はのんでほしいとは、なんとも勝手な言い分だ

 

それなのに、紅炎は怒らなかった

怒るところか、エリスティアを気づかってくれる

それが、酷く苦しい……

 

すると、紅炎はすべてお見通しの様にエリスティアを抱えたままファティマーに向けていた剣をそのまま構える

そして―――――………

 

「その涙に免じて、此度はお前の“願い”を叶えてやろう――――恐怖と瞑想の精霊よ。 汝に命ず……我が魔力(マゴイ)を糧として我が意思に大いなる力を与えよ」

 

エリスティアがはっとする

にやりと、紅炎が笑みを浮かべ――――

 

 

 

 

 

  「出でよ、アシュタロス」

 

 

 

 

 

そう口にした瞬間それは起きた

紅炎の持つ剣を中心に、紅炎とエリスティアの周りを囲むように白い炎が現れたのだ

 

「これは――――っ」

 

何度となく、目にしたことがある

 

 

迷宮(ダンジョン)攻略者の持つ“ジンの金属器”の力―――――!!!!

 

「行くぞ! エリス!!」

 

そう叫ぶな否や、紅炎が一気に砦から飛び降りた

刹那、はっとしてエリスティアが叫ぶ

 

 

 

疾風(ハースィハ・リーフ)!!」

 

 

瞬間、ふわっと二人の身体が 羽が生えたかのように浮いたかと思うと

そのまま、一気にモルジアナとファティマ―達の間に飛び込んだのだった

 

驚いたのは、ファティマ―だ

いきなり、人が空から二人も降ってきたのだ

しかも、一人は昨晩消えたはずの女だ、これが驚かずにいられようか

 

 

「あ、ああ!!」

 

 

そう叫ぶな否や、ファティマ―は慌てた様に、後ろの手下の首根っこを掴み

 

「今すぐ、檻を塞ぐのよ!!!」

 

「む、無理ですっ……!! もう、すべての檻の錠を解除してしまいました…」

 

 

 

「な、なんですってぇえぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

冗談ではなかった

エリスティアはもう取引先が決まっていた“商品”だ

彼女に死なれたり、傷でもつけ様なら、“賠償金”を払わなくてはならなくなる

 

だが、エリスティアはそんなファティマーを無視して、モルジアナとナージャに駆け寄った

 

「モルジアナ!!!」

 

驚いていたのは、ファティマーだけではなかった

流石のモルジアナも驚いたように、その瞳を大きく見開いていた

 

「あなたは………」

 

モルジアナの脳裏に、あのアモンでの出来事が蘇る―――……

だが、それは“良い”思い出ではなかった

あの時の、エリスティアは酷く怒っていた

 

でも、今は……

まるで、モルジアナを心配している様だった

 

一瞬、なぜ?

 

と、脳裏に浮かぶ

だが、それはすぐに打ち消された

 

エリスティアが、優しく微笑んだからだ

 

この人は―――――………

 

アモンでは、ジャミルの蛮行に怒っていた

だが、今は違った

本当に、心の底からモルジアナ達の身を案じているのが感じ取れた

 

「あ、の―――……」

 

アモンの事を謝らなければ――――……

咄嗟に、そう思い口にしかけた時だった

 

さっと、エリスティアが紅炎に向かって

 

「炎!! 時間を――――」

 

「稼いで」と言い終わる前に、紅炎はすべてを察したかのように、その口元に笑みを浮かべ

 

「アシュタロス――――焼き尽くせ(・・・・・)

 

そう口にした瞬間、それは起こった

紅炎の纏っていた白い炎が巨大な龍と化し一斉に、ファティマーが放った猛獣たちに襲い掛かったのだ

 

刹那

辺り一帯に、猛獣たちの断末魔が響き渡る

 

獣にとって「炎」は天敵だ

しかも、紅炎の放った白いそれ(・・)は、普通の炎にあらず

 

アシュタロスの炎”なのだ

 

紅炎が命じない限り、消えることはない――――

 

ごくりと、エリスティアは息を飲んだ

 

……極大魔法を使っていないのに…

あそこまで、アシュタロスの炎を使いこなすなんて………

 

練 紅炎

 

なんと、恐ろしい男だろうか

 

と、そこまで考えて、エリスティアは小さくかぶりを振った

いいえ、今は――――……

 

ふと、モルジアナにしがみ付いている少女を見る

見ると、少女はなんだか息苦しそうだった

 

まさか――――………

 

エリスティアが、ナージャに近づく

そして、脈や胸・口の中をチェックした後、モルジアナを見て

 

「この子、“これ”はいつからなの?」

 

「え……?」

 

一瞬、何を問われたのか分からず、モルジアナが困惑した様に、その表情を曇らす

 

「えっと、今朝起きたら……」

 

「発作が起きたのは、今朝からなのね?」

 

「は、はい」

 

モルジアナがそう頷くと、エリスティアは少し考え

 

「多分、彼女の持ち物の中に“薬”があったはずよ、それはないの?」

 

「あ、えっと……会ったのは彼女だけで……、ご両親がどこかに捕まっているらしく…」

 

なんとか、記憶を絞り出してそういうと、エリスティアは「そう…」と呟いた

となると、この子の“薬”はその“両親”が持っている可能性が大きかった

 

早く飲まさなければ 手遅れ(・・・)になる―――――………

 

そうなると、時間は掛けられないはね……

そう思い、モルジアナに話しかけようとした時だった

 

檻の中から、今までのより一等大きなマウレニア サーベルタイガーが姿を現したのだ

そして、そのマウレニア サーベルタイガーがこちらに向かって翔ってくるのと、モルジアナが反射的に振り返り、地を蹴るのは同時だった

 

 

 

 

「モルジアナ!!」

 

 

 

 

エリスティアが叫ぶ

が、モルジアナは一気に間合いを詰めると―――—

 

 

 


「はぁ!!!!」

 

 

 

ドゴォォ!!!!

 

 

 

モルジアナは、その強靭な脚力でマウレニア サーベルタイガーの首をへし折るかのように蹴り飛ばしたのだ

 

蹴り飛ばされたマウレニア サーベルタイガーの巨漢が砦の壁に激突する

その衝撃で、鶏での壁がガラガラガラと崩れ落ちてくる

 

「――――――……」

 

エリスティアは息を飲んだ

これが――――“ファナリス”

何度、見ても驚かされる

 

エリスティアの知っている“ファナリス”も強靭な足と腕を持っていた

それが――――“暗黒大陸の覇者 最強の戦闘民族”

 

「ふん、つまらんな。 ―――――アシュタロス!!」

 

その瞬間、紅炎の剣戟から白い炎が放たれた

目に見える斬撃が、モルジアナの方めがけて襲ってくる

 

「……………っ」

 

一瞬、モルジアナが構えるが――――……

 

「伏せて!!!」

 

エリスティアがそう叫んだ

反射的に、モルジアナが身をかがめる

 

刹那、真後ろからマウレニア サーベルタイガーの断末魔が聴こえてきた

はっとして振り返ると、モルジアナの真後ろにもう一匹いたのだ

 

白い炎に焼き尽くされたマウレニア サーベルタイガーの姿は最早そこにはなかった

身も骨すらも焼き尽くす―――――……

 

もし、あの時伏せなければ、自分がこうなっていたかもしれないと考えただけで、ぞっとした

 

だが――――紅炎もエリスティアもまだ気を緩めてなかった

 

「まだ、来るぞ」

 

紅炎がそう呟く

エリスティアもそれに気づいているかのように、頷いた

 

この場所にある強固な柵は合計3つ

どうやら、どこの柵にどの猛獣を入れているという概念はなさそうだった

 

おそらく、檻はひとつ

そして、出口が3つ―――――

 

と、なれば―――――………

 

ちらりと、涙目で自分の腕の中にいるナージャを見る

このまま悠長な事をしている時間はなさそうだった

先ほどよりもナージャの顔色が悪い

 

エリスティアは、顔を上げると

 

 

「炎! モルジアナ!!」

 

 

二人がこちらを見る

 

ごめんなさい、シン………

 

心の中で小さくそう呟くと―――――……「解除(レリフラージ)

 

エリスティアがそう呟いた瞬間―――ぱりーんという音とともに2つの飾りが砕けた

 

刹那――――それは起きた

 

 

 

 

    ピイイイイイイイイイ

 

 

 

 

 

何処からともなく、無数の白い鳥が彼女―――エリスティアの身体からあふれだす

 

 

「な、なによあれ―――――――!!!!!

 

 

驚いたのは他ならぬファティマーだ

それはそうだろう

“ルフ”は本来、普通の人の目に見える存在ではない

だが、エリスティアの身体から放たれる無数の”ルフ“は肉眼でもはっきりとわかるほど眩かったのだ

 

 

「エリス!!」

 

 

紅炎が叫ぶ

 

 

全ての制御装置を外してしまった

――――正しい外し方(・・・・・・)ではない為、本来の力の半分も出せないが―――……

 

 

今は、これで十分っ!!

 

時間がなかった

このままでは、あの小さな少女は死んでしまう

 

それだけは、させないっ

 

 

エリスティアがすぅっと息を吸う

 

 

瞬間、ピイイイイイイと、“ルフ”が彼女に集まってきた

そして――――――……

 

 

 

「深淵の炎と風の精霊よ。 汝に命ず……我が言葉を聞け、我が言葉に従え、我が前にその力を示せ」

 

 

 

そうエリスティアが唱えた瞬間、彼女の前に巨大な八芒星が現れた

まるで、“迷宮(ダンジョン)攻略者”が使える極大魔法かと見間違えるほどの大きな八芒星が

紅炎が大きくその柘榴石の瞳を見開く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――灼熱の爆炎龍(レギハ・アルハザード)!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリスティアがそう叫んだ瞬間、それは起きた

その八芒星から無数の風を纏った巨大な炎の刃が放たれたのだ

 

そして、瞬く間にその刃はその場に3つあった柵の“入口”を轟音とともに塞いでしまった

これで、新たな猛獣はもう出せない(・・・・)

 

それを見た、紅炎はふっと笑みを浮かべ

 

「流石は、俺の見込んだ女だ―――エリス」

 

そう言って、すらっと剣を構えると、牙を向いて襲い掛かってきた猛毒を持つナミディア コンドルを、振り返ることなく一刀両断にする

モルジアナもさっと構えると、その強靭な足で残りのマウレニア サーベルタイガーを瞬く間に倒してしまった

 

名実とともに、残る敵は―――――……

 

 

3人の瞳がファティマー達を見る

 

 

「ひいいいい!」

 

 

ファティマーの後ろに控えていた彼の手下たちが慌てて逃げだした

 

「あ…あ、ああ……」

 

瞬間、モルジアナがファティマーのいる高台に飛び上がる

ファティマーは逃げることすら叶わず、腰を抜かしたかのように、その場に倒れこんだ

 

ごくりと息を飲むと、乾いた笑みを浮かべ

 

「………は、はは……お手上げだわ…。 奴隷商として奴隷を飼い損ねた私のミスね…。 殺されても仕方な――――」

 

その時だった、すっとモルジアナが手を伸ばしてきた

その行動に、ファティマーがびくっとする

 

殺される

 

そう思ったのだろう

だが……

 

「………鍵をください」

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

余りにも予想外なモルジアナの対応に、一瞬ファティマーが素っ頓狂な声を上げる

だが、モルジアナは淡々と

 

「ここに捕まっている人たちを解放します」

 

 

「は………?」

 

 

モルジアナの言葉に、ファティマーがわなわなと震えだす

 

「………な、なによ……情けを掛けたつもりっ!!!?」

 

ぎゅっとファティマーが拳を握りしめる

 

「……………奴隷のくせにっ」

 

「………………」

 

モルジアナの表情は読めなかった

無表情のまま――――

 

 

 

 

 

  「―――――私はもう、奴隷ではありません」

 

 

 

 

 

 

そう言ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あああ~~~やっと、終わりがみえてきたぁぁぁぁぁぁ!!!!!

あと少し、あと少しで第3夜が終わるぜぇぇぇぇぇぇ✩°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝

 

ここまで、無駄に時間食ったなぁ~

もう少し・・・もう少ししたら、葉王・・・・・・じゃなくて、覇王に会えますね(笑)

 

2020/02/13