CRYSTAL GATE
-The Goddess of Light-
◆ 第三夜 ファナリス 12
あたたかい……
ふわふわして気持ちがいい……
こんなに安心して眠れるのは久方ぶりだった
そう――――シンドバッドと離れて数ヶ月
こんな風に感じたことは一度として無かった
まるで、シンドリアの王宮にいる時の様だ
傍にはいつもシンドバッドがいて、安心して眠れた
あの時と同じ―――――……
そう思って、エリスティアはゆっくりと瞳を開けた
「ん………」
傍に、シンドバッドがいる様な気がして―――――……
ふかふかの気持ちの良いベッド
あたたかいひと肌の温もり
安心出来る心地よさ
「シ……」
“シン…?”と呼ぼうとして、顔を上げた瞬間――――目の前に入って来た光景にエリスティアは固まった
え……?
目の前にあるのは、シンドバッドの優しい琥珀色の瞳ではなく
赤銅色の髪に柘榴石の瞳の――――
「え…え、ん………?」
そう――――そこにいたのは、シンドバッドではなく練 紅炎だった
え……
……………
…………………
……………………
ええええ!!!?
「なっ……!」
しかも、がっちり抱き寄せられて紅炎の腕の中にいるではないか
ま、待って…
だ、だだだだだって……っ!!
エリスティアはこの時混乱していた
現状が把握出来ないのもさることながら、置かれている状況もまったく理解出来ない
どう見ても、紅炎の部屋で紅炎の寝台で二人一緒に寝ているこの状況が
しかも、付け加えるならば
紅炎に抱き寄せられ、彼の腕の中で熟睡していた事になる 腕まくら付きで
そ、そ、それに……
わ…私………何も着てないっっっっっっ
そうなのだ、あろう事かエリスティアは下着一枚すら着ていなかった
この状況下で、ありうるという可能性は……
「………………」
自分が知る中で一番最悪なパターンである
ま、まさか……
私、炎に抱かれ………
そこまで考えて、エリスティアは思いっきり首を振った
いやいや、落ち着くのよ 私!
昨日までの事をよく思い出して……っ!!
そうだ、昨日までチーシャンからバルバッドに向かう商隊に乗せてもらっていたのだ
そうしたら、途中で盗賊に岩を落とされて…
そうだ、砦に奴隷として囚われていたのだ
そして奴隷商人の男に売られそうに――――……
そうよ……こんな事している場合じゃないわ
瞬間、エリスティアはがばっと起き上がった
「炎! 炎、起きて!!!」
無理矢理、紅炎を叩き起こす
紅炎がもぞりと動いた
反応した事にエリスティアがほっとしたのもつかの間、不意に紅炎の手が伸びてきたかと思うと、あっという間に絡め取られた
「きゃ……」
不意に引っ張られ、どさりと紅炎の腕の中に逆戻りする
「ちょっ…ちょっと、炎!! なにを―――――んんっ」
尚も抗議しようとすると、その口をいきなり紅炎のそれで塞がれた
突然の口付けに、エリスティアが動揺しない訳がない
「ん、え、えん……っ、待……っ」
何とか逃れようと暴れてみるが、まったく効果がない
がっちり腰と頭を押さえられびくともしない
「~~~~~~~っ」
エリスティアが苦しそうに、紅炎の背を叩いた
その反応に、ようやく紅炎の手が緩む
「はっ……」
やっと解放され、大きく息を吸った時だった
紅炎の美しい柘榴石の瞳と目があった
「あ………」
瞬間、かぁ…っ と置かれている現状が急に恥ずかしくなり、頬が高揚していくのが分かった
慌てて、毛布を手繰り寄せる
その様子に、紅炎がくすりと笑みを浮かべた
「早いな、エリス。 昨夜はあんなに可愛かったのにな…」
と、意味深な事を言いだすものだから、エリスティアがますます頬を赤らめた
「な、何言っているのよ!! 何も無かった…でしょ…?」
と、半分記憶が欠落している為、自信が無いのか…
最後の方はどんどん声が小さくなっていっていた
その様子に、紅炎が面白そうに笑みを浮かべる
「さぁ…? どうだったかな……」
と、半分冗談めかして言うものだから、からかわれているのだと気付きエリスティアがもっと顔を赤らめた
「もぅ!! 炎の馬鹿!! からかわないで!!」
むぅ…っと頬を膨らませてそう言うと、突然 紅炎が声を上げて笑い出した
その反応に、ますますエリスティアがむっとする
「も、もう! 炎なんて知らないわ!!」
そう言ってぷいっとそっぽを向いた瞬間―――――
「ほぅ…? ならば、もう転移魔法の術者には会わせなくてもいいのだな?」
「う……っ」
それは困る
そこを突かれると、痛い
でも、ここで許してしまったら紅炎の行為を許す事になる
しかし……
脳裏にアラジンや親切にしてくれた商隊長の顔が浮かんでくる
放っては置けない
早く助けに戻らなくては―――――……
そう思い、ちらりと紅炎の方を見る
紅炎は、にやにやと笑みを浮かべたままこちらを見ていた
ここで折れてやるのは悔しい…
悔しいが―――――……
「し、しかたなく…だから……ね」
むぅ…と、頬を膨らませたままゆっくりとエリスティアが振りかえる
それに満足したのか、紅炎が嬉しそうに微笑んだ
う………っ
その顔は反則だわ……
まさかの紅炎の笑みに、顔が赤くなるのが自分でもよく分かった
なんだか、結局 紅炎の掌で踊らされている様で悔しい
必死に、これは人命救助のためだと思い込む
決して、紅炎を許した訳ではないのだと
そう自分に言い聞かせた
「と、とにかく術者の方に会わせて」
そうお願いすると、紅炎が仕方ないなという風に、寝台の横にあった鈴を鳴らした
すると、数分もしない内に侍女とおぼしき人達が数人何か箱を持って現れた
「…………?」
基本、シンドリアでは自分達の事は自分でしていたエリスティアにとって見た事ない光景だった
エリスティアが不思議そうに首を傾げる
「えっと…何が、始まるの…?」
そう尋ねると、一瞬 紅炎は驚いた様にその柘榴石の瞳を一度だけ瞬かせた
「ん? 着替えるのだが…シンドリアでは着替えないのか?」
「え?」
着替える???
「朝? 着替えるけれど…人なんて呼ばないわ…自分で出来るもの」
今から着替えるのに、どうして人を呼ぶ必要があるのだろうか
エリスティアにはまったく理解出来なかった
まさかの反応に、紅炎がやはりその柘榴石の瞳を瞬かせた
「シンドバッドは呼んでいたのではないのか?」
シンドバッドは仮にも王だ
まさか、自分で着替えていた事はないだろうと踏んでそう尋ねると、エリスティアはきょとんとして一言
「え? シンの着替えは私が手伝っていたもの…他の人なんて呼ばないわよ?」
と、爆弾発言が返ってきた
まさかの答えに、あの紅炎が一瞬固まる
が、次の瞬間面白いものを見た様に、その口元に笑みを浮かべた
「ほぅ…そうか。 ……お前達、下がっていい」
紅炎がそう言うと、着替えを持って来た侍女たちは「え?」という顔をした後、そのまま何言いたそうな顔をしてエリスティアを見てから、静かに下がって行った
何…?
なんだか、殺意的なものを感じたのだが…
今の視線は一体なんだったのだろうか………?
エリスティアが首を傾げていると、不意に「エリス」と名を呼ばれた
振り返ると、紅炎が手招きしていた
不思議に思い、紅炎に近づくと箱の中から衣を数点取り出して
「生憎とお前の国の衣装は用意してやれんからな、煌帝国風の衣で我慢しろ」
そう言って、紅の衣を渡された
これに着替えろという事なのだろうか…
そう思い、エリスティアが素直に受け取ると、衝立の向こうに行こうとすると…
何故か、紅炎も付いて来た
流石のエリスティアもそれには慌てた
「な、なんで、炎まで来るのよ!?」
これでは、衝立の向こうに行く意味がない
だが、紅炎はさも当然の様に…
「? 着方が分からんだろう。 手伝ってやる」
「結構です!!!!」
紅炎の申し出に、どきっぱりと言い切ったのは当然である
すると、紅炎は半分冗談の様に、「そうか」 と言って笑みを浮かべた
「…………っ」
それで、またからかわれたのだと分かり、エリスティアがむぅっと頬を膨らませた
その様子に、紅炎が声を上げて笑ったのは言うまでもない
――――数分後
なんとか、顔を洗い 一人で着替え終わって衝立の向こうから出てくる
煌帝国にいる時に、蘭朱に少し習っていて心底良かったと思った
ふと、紅炎を見ると何故か着替えもしないまま机に向かって書を読んでいた
その行為があまりにも自然で思わず見入ってしまう
すると、その視線に気付いたのか
紅炎がふとこちらを見た
そして「ああ…」と声を洩らすと、手招きしてきた
「?」
エリスティアが不思議に思い、近づくと不意にぐいっと腰を引き寄せられた
「きゃっ……」
突然の行為にエリスティアが声を上げると、見上げる形となった紅炎の顔があまりにも近くにあり、一瞬どきっと心臓の音が鳴る
「あ、あの……炎?」
なんだか、身体が高揚していくのが分かる
見られているのが恥ずかしい
たまらず、エリスティアは声を上げた
「あ、あの…着方を間違っているならば、言って欲しいのだけれど……」
そう言うと、紅炎はふっと微かに笑みを浮かべ
「いや…この国の衣もよく似合うなと思ってな…お前のその髪と瞳に紅はよく映える。―――綺麗だ」
「……………っ」
今度という今度は、正真正銘エリスティアの顔が真っ赤に染まった
そんな真正面から“綺麗”などと言われ慣れていないせいか、余計に恥ずかしくなったのだ
そんな単純な一言で 真っ赤に染まったエリスティアは、それはもう紅炎の瞳には可愛く見えた
「エリス―――――……」
たまらず、エリスティアに手を伸ばすとそのまま自身の方に引き寄せて口付けをする
恥ずかしさで頭が一杯だったのか、エリスティアにそれを回避する術はなかった
突然、重ねられた唇に思わず声が洩れる
「あ……え、ん………」
「エリス――――愛している」
甘く囁かれ、頭が朦朧としてくる
駄目だと分かっているのに、身体がいう事を利かない
「………っ」
不意に紅炎の手がエリスティアの帯に掛かる
瞬間、はっとエリスティアは慌てて我に返った
「え、炎……っ、折角着たのに…っ」
なんとかそう言い繕うと、紅炎は冗談めかして「今度は俺が着せてやる」と言いだした
その言葉に、エリスティアは顔を真っ赤にして
「な、何馬鹿な事言っているのよ……っ」
と、むっとしてそう言うと、紅炎がくつくつと笑い出した
それで気付いた
また からかわれたのだと
今度という今度は、エリスティアは怒った
「もう! 炎の馬鹿―――――!!!」
そう言って叫んだのは言うまでもない
「なんだ、まだ怒っているのか?」
前を歩くエリスティアにそう声を掛ける
すると、エリスティアはむっとしたまま
「別に怒っていません!」
と、明らかに怒っている風に答えた
これは、からかいが過ぎたようだ
紅炎がくつくつと笑いながら、その後に続く
全然懲りて無い様だった
それがますます腹ただしい
だが、ここで許しては後々からかわれる羽目になるのは目に見えていた
絶対に許さないのだと、自分に言い聞かす
そうこうしている内に、目的の部屋の前に辿り着いた
紅炎を見ると、紅炎は小さく頷いた
どうやら、ここで合っているらしい
この先に術者の方が……
ごくりと息を飲む
なんだか、酷く緊張してしまう
扉を叩く手が微かに震えていた
その時だった
ふと、空いている手に紅炎の手が重ねられた
「安心しろ、術者は俺の弟だ」
「え……?」
弟さん……?
それは、もしかして紅覇の事だろうか?
確かに彼のお付の人達は術者の様だったが……
エリスティアの考えを汲みとったのか、紅炎は小さくかぶりを振り
「いや、紅覇ではない。 すぐ下の俺が最も信頼している弟だ」
「え……」
紅炎程の人物が信頼する程の人……とは
一体どれほどの術者なのだろうか
ますます、緊張してしまったエリスティアをなだめる様にぽんぽんと紅炎が頭を撫でる
そして――――……
「紅明、開けるぞ」
そう言って、有無を言わさずに扉を開けた
開けられたその先にいたのは――――……
「兄上…開けられるのか結構ですが、一言返事を待ってからにして頂けると助かるのですが…」
溜息を洩らしながら振り返ったのは、ぼさぼさの頭を一応結い上げた風の飄々とした優男だった
やっと…やっと紅明登場までなんとか行ったよぉ~~~!!!
入らないかと思ったwww
お前ら、いちゃつき過ぎや!!!
紅炎、自重!!!(笑)
ちなみに、紅炎の着替えは(強制的に)夢主が手伝わされましたww
2015/07/05