CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 1

 

 

――――チーシャン郊外

 

「こんな所でいいの? エリス」

 

紅覇の問いに、エリスティアは小さく頷いた

 

「ええ。 ここで大丈夫」

 

そう言って、街の方を見る

初めて見た時にあったあの大きなアモンの塔は見る影もなくなっていた

 

「ここってさ、確か迷宮(ダンジョン)があったんじゃなかったっけ?」

 

紅覇が不思議そうに、麗々達に尋ねた

すると、麗々達はお互いに顔を見合わせ

 

「はい…確か、第七迷宮があったと記憶しておりますが…どなたかが攻略なさったのでしょうか…?」

 

「ふーん……」

 

紅覇がそうぼやきながら、ちらりとエリスティアを見た

だが、エリスティアは特に気に留めた様子もなく、ただじっとチーシャンの方を見ていた

 

それを見た紅覇は、小さく息を吐くとそのまま頭に手をやり

 

「ま、どーでもいいけどさ…僕には関係ないし? 所でエリス」

 

不意に名を呼ばれ、エリスティアが振りかえった

 

「エリスの目的地って、ここでいい訳?」

 

「え………?」

 

一瞬、紅覇が何を問うてきたのか分からず、エリスティアはそのアクアマリンの瞳を瞬かせた

だが次の瞬間、にっこりと微笑み返すと

 

今は(・・)、ここでいいのよ」

 

そう答えた

その答えをどう取ったのか、紅覇はまた「ふーん…」とぼやくと小さく息を吐いた

 

「ま、別にいいけどさ。 でも、エリスここの街の人じゃないでしょ?」

 

にんまりと笑みを浮かべてそう聞いてくる紅覇に、エリスティアは息を飲んだ

確かに、エリスティアはチーシャンの人間ではない

だが、チーシャンもシンドリアも煌帝国とは異なり、そこまで大きく文化の違いがある訳ではない

はたから見れば、区別など殆どつかない筈である

 

だが、紅覇は一瞬でそれを見抜いたのだ

 

煌帝国の第三皇子は変わり者という噂を耳にしていたが、噂程あてにならないものはないとエリスティアは思った

確かに、紅覇は少し変わった所もあるが、それは逆に人の心を読み取る事に敏感な証拠だ

そして、それが練 紅覇の生き方なのだ

だから、人は彼に惹かれる

 

「エリス?」

 

黙り込んでしまったエリスティアを不思議そうに紅覇が覗き込んだ

瞬間、はっとエリスティアが目を瞬かせる

 

「ううん。 紅覇くんが鋭いから少し驚いただけよ」

 

そう言って、にっこりと微笑んだ

そして、風に吹かれてなびくストロベリーブロンドの髪を押さえながら

 

「ここには、少し用事があるのよ……国にはその用事が終わった後に帰るわ」

 

「ふーん…用事ねぇ…? なんなら、その用事が終わるまで待っててやろうか?」

 

紅覇からの意外な申し出に、今度こそエリスティアは驚いた

が、次の瞬間にっこりと微笑んで小さく首を横に振った

 

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ。 何日掛かるか分からないし…その間、待たせておくのも申し訳ないもの」

 

エリスティアが申し訳なさそうにそう断ると、紅覇は小さく息を吐き

 

「そっか、じゃ、仕方ないね。 僕はもう帰るけど、何かあったら炎兄の名前呼びなよ? 炎兄なら聴こえる(・・・・)から」

 

「……………? え、ええ…」

 

紅覇の言う意味がいまいち分からず、エリスティアは首を傾げながら小さく頷いた

 

「じゃあな! エリス!!」

 

そう叫ぶと、紅覇と三人の従者を乗せたじゅうたんは空高く舞い上がると東の空に消えて行った

エリスティアは、四人が見えなくなるまで見送ると、最後にゆっくりと頭を下げたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街の中に入ると、中は前以上に活気に溢れていた

ここチーシャンは迷宮産業で成り立っていた街だった

その迷宮(ダンジョン)が攻略された事により、消滅してしまったのだ

もっと、寂れているかと思ったが…

 

それどころか、前以上の活気に溢れていたのだ

何よりも、目に付いたのは

あれだけいた奴隷の姿が一人も見当たらないと言う事だった

 

一体、私のいない間に何があったというの……?

 

エリスティアはとりあえず、泊まっていたホテルに向かう事にした

ホテルに入ると、エリスティアの姿を見るなり支配人が慌てて駆け寄ってきた

 

「お客様! ご無事で!!」

 

「あ……」

 

エリスティアがはっとしてそちらの方を見ると、支配人は息を切らせながらほっとした様に肩を撫で下ろした

 

「一か月以上もお帰りにませんし、もし貴女様になにかあったらシンドバッド王になんとお詫びしたらよいかと…私どもは生きた心地がしませんでした……っ」

 

顔面蒼白でそう訴える支配人に、エリスティアは申し訳無さそうに頭を下げた

 

「連絡出来ない状況だったのです、ごめんなさい」

 

頭を下げたエリスティアを見て、支配人は慌てて顔を上げた

 

「お、お止め下さい!! ご無事だったなら良いのです!!」

 

支配人が余りにも慌てるので、エリスティアは小さく笑みを浮かべながら

 

「心配して下さったのですね、ありがとうございます。 それで、あの…荷物は……」

 

「お荷物は、全てそのまま保管しております。 お疲れでしょう! 直ぐにお部屋とお荷物の用意をさせますので!!」

 

そう言い残すと、支配人は慌ててフロントに駆け込むと数分もしない内に戻ってきて、そのまま以前と同じ部屋に通された

このホテルで、一番良い部屋だ

 

「では、ごゆっくりして下さい」とだけ言い残すと支配人が去って行く

メイドの一人が丁寧に、湯殿の用意をしてくれている間に、エリスティアは荷物のチェックをした

 

「よかった……」

 

流石は、このチーシャンで一番の高級ホテルだ

警備もしっかりしているらしく、無くなっている物は一つも無い

 

別段、荷物に固執していた訳ではないが、この中には大切な物も入っている

シンドバッドに貰った大事な物だけは無くせない

まさか、迷宮(ダンジョン)を出た後煌帝国に飛ばされるとは思っていなかったので、持ち歩いていなかったのだ

それと、もう一つ大事な物

 

鞄の中からそれを出すと、ベットサイドのテーブルの上に置いた

真っ青な水晶石だ

 

これだけは、絶対に無くせなかった

 

その時だった

 

「お客様」

 

湯殿の用意が出来たのか、メイドの一人が声を掛けてきた

 

「準備できたのですか?」

 

「はい、どうぞ疲れを癒して下さい」

 

実は、じゅうたんで飛んで来たので髪もばさばさだし、肌も乾燥していた

特に、砂漠地帯に入ってからは砂誇りもあり、早く洗い流してしまいたかった

 

「ありがとうございます」

 

渡されたタオルを持って、湯殿に向かう

すると、手慣れた手つきで、メイドの一人がエリスティアの衣に手を掛けてきた

 

「あ、一人で大丈夫ですから」

 

きっと、脱ぐのを手伝ってくれようとしたのだろう

大概の、この高級ホテルを使う客は富豪層が多い

いつも手伝っているのだろう

 

エリスティアの言葉に、メイドはすっと手を引くと頭を下げてきた

 

「畏まりました。ごゆるりとお使い下さいませ」

 

そう言って、下がろうとした時だった

エリスティアが慌てて口を開いた

 

「あの、一つ聴いてもいいでしょうか?」

 

「はい、なんでしょう…?」

 

メイドが不思議そうにそう尋ねてきた

 

「この地にあった迷宮(ダンジョン)が消えたのはいつですか?」

 

迷宮(ダンジョン)…ですか? かれこれ一か月半前で御座います」

 

「……一か月半……」

 

と言う事は、その間ずっと自分は行方不明になっていたという事だろう

それは、支配人も生きた心地がしなかっただろう

後で、謝罪に行った方がいいかもしれないと、エリスティアは思った

 

それだけ言うと、メイドは部屋から退出していった

出て行ったのを確認した後、エリスティアは汚れた衣を脱ぎ捨てると、そのまま湯殿に足を踏み入れた

 

シャワーを浴びてから、湯に足を浸ける

じん…とお湯が身体に染み渡ってきて何とも言えない幸福感に包まれた

 

「はぁ……」

 

やっと一息付けた、とばかりに溜息を洩らした時だった

突然、首に付けていたルビーのチョーカーが光り出した

と思った瞬間、ベットサイドに置いていた水晶石も光り輝きだした

 

「え!? ちょっ……嘘でしょう!!?」

 

エリスティアが止める間も聞かずに突然、ザザッと場面が変わる

瞬間、目の前の映像がシンドリア城内に変わった

 

「エリス!」

 

そう思った瞬間、シンドバッドとヤムライハの姿が目の前に映し出された

が――――エリスティアはそれどころでは無かった

 

 

 

「いやああああああ!!!」

 

 

 

そう叫ぶな否や、慌てて湯殿から出るとタオルを引っ手繰る

驚いたのは、エリスティアだけではなかった

ヤムライハも真っ赤な顔をして「王!!」と叫んでいる

 

平然をしているのは、目の前のシンドバッドだけだった

 

「消して! 早く、消して!!」

 

エリスティアが身体をタオルで隠しながらそう叫ぶが、シンドバッドは消すどころか逆ににんまりと笑みを浮かべて

 

「何を言う、お前の身体ならいつも見ているじゃないか」

 

はっはっは!と、さも当然の様に言い放つものだから、エリスティアが顔を真っ赤にして叫んだ

 

「そういう問題じゃないわ!!」

 

「安心しろ、いつ見てもお前の身体は綺麗だよ」

 

と、シンドバッドはかっこよく決めたつもりなのかもしれないが、エリスティアはそれどころではなかった

慌ててガウンを羽織ると、キッとシンドバッドを睨みつけ

 

「もう! 強制通信は止めて頂戴!! こっちにも、都合というものがあるのよ!!」

 

そうなのだ

あの水晶石

あれは、このルビーのチョーカーの本体で、あれ自体が通信機能を有しおり、もしシンドリアに何かあった場合、直ぐに対応出来る様に作った物だった

つまり、ヤムライハに渡した水晶石と同じものである

 

簡単に言うと、呪文無くともあれがあれば通信出来てしまうのだ

せっかくの湯殿の時間を邪魔されてエリスティアがむすっとしたまま椅子座っていると、目の前のシンドバッドがさも当然の様に

 

「なんだ風呂ぐらい、いつも一緒に入っているだろう?」

 

「……入っていません! 誤解を招く様な言い方をしないでもらえるかしら」

 

言い訳ではなく

一緒に寝ても、一緒に風呂に入る事などしていない

シンドバッドの背中を流した事はあっても、一緒には入っていない 断じて

 

すると、シンドバッドは にまにまと笑みを浮かべて

 

「俺は一緒でもいいと思ってるんだがなぁ?」

 

「………シンがよくても、私はよくないわ」

 

冗談ではない

それだけは、譲れない

 

「それで? 何かあったの……?」

 

突然の通信だ、何か問題でもあったのだろうか……?

そう思い、そう尋ねると

 

すいっと、目の前のシンドバッドが手を上げた

それを見た、ヤムライハが退出していく

 

「…………?」

 

人払いをしてまでの話

瞬間、エリスティアの表情が硬くなる

 

「シン……?」

 

不思議に思いながらシンドバッドを見た

すると、シンドバッドは一度だけ後ろを確認した後

 

「エリス、今、何処にいる?」

 

「え………?」

 

突然の問いに、エリスティアが一瞬戸惑いの色を見せる

 

「何処って……」

 

何故、そんな事を聞くのだろうか

だが、その答えは直ぐに分かった

 

「もう、煌帝国領内では無さそうだが?」

 

「………っ! シン、気付いて……っ」

 

「まぁ、な。 それで、今は何処だ?」

 

以前、通信した時に背景を見られている

装飾などで気付かれたのだ

まさか、紅炎との事も気付かれてしまっているのだろうか……

 

ごくりと、エリスティアは息を飲んだ

 

「今は…チーシャンという街だけれど……」

 

嘘は言っていない

もう、煌帝国領内からは出ている

 

すると、シンドバッドは少し考えた後

 

「エリス、もう帰って来る気なのだろう?」

 

「え? え、ええ…もう少し用事をすませたら、帰ろうかと思っていたけれど…どうして?」

 

「そうか……」

 

瞬間、シンドバッドの表情に影が落ちた

 

もしや、もう、帰って来るなと言うのだろうか

そんなに勝手に出たことを、シンドバッドは怒っていたのだろうか

 

不安と、疑心で胸が苦しくなりそうな時だった

 

「エリス、可能ならそのままバルバッドに向かってくれないか?」

 

「え……?」

 

だが、帰って来た答えは予想とは反するものだった

 

「バルバッド……? シンの先生の国の……?」

 

バルバッドを収めるサルージャ王家の先王はシンドバッドに貿易に付いて教えてくれた恩師でもあった

その国に向かえと言うのだ

 

シンドバッドは小さく息を吐くと、頷いた

 

「そうだ。 皆にはまだ内緒だがな、俺は近々バルバッドに向かうつもりだ。 そこで落ち合おう」

 

シンドバッドの口から出てきた言葉は、意外な言葉だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三夜、開始です

 

チーシャンです

まずは、チーシャンでアリババとかの行方を調べないと話が進まないー(笑)

の前に、シン様風呂覗きはいかんよ! 

 

2014/06/16