CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 2

 

 

 

バルバッド――――

大陸に首都があるだけで、国の面積としては最小だが

数百にも及ぶ島々を支配している大海洋都市国家である

 

交易が盛んで、シンドリアにとっても重要な交易相手である

 

代々、サルージャ王家が国を支えており

現在は有能だった先王が亡くなり、その第一王子のアブマド・サルージャが国を治めているという話だが…

 

「でも、バルバッドは今――――」

 

エリスティアの言葉に、シンドバッドが小さく頷いた

 

「ああ、交易という交易を行っていない」

 

それ所か、噂では殆ど鎖国状態だと聞いている

それは、国の中で何かが起きているからに他ならない

 

「反対だわ!」

 

そんな所に、シンドバッドを行かす訳にはいかなかった

少しでも危険の可能性がある所に、一国の王を行かすなどあってはならない

いや、行かせたくなかった

 

「危険よ! 今、バルバッドは内乱が起きているっていう噂も聞いているわ! そんな所にシンが行くなんて―――――」

 

もし、シンドバッドの身に何かがあったらと考えただけで、ゾッとする

ぎゅっと、握る手に汗が滲んだ

 

だが、シンドバッドはエリスティアを安心させるかの様に、ふと笑みを浮かべた

 

「まぁ、そうだな。 公式に行けば話どころか、入国すら出来ないかもしれないからな……ただな、俺は……」

 

ふと、シンドバッドが真剣な表情に変わる

エリスティアは、ごくりと息を飲んだ

 

「俺は……何?」

 

「エリス……俺は……お前と、エウメラ鯛のバター焼きが食べたいんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、何を言われたのか分からず、エリスティアが首を傾げる

すると、シンドバッドはうんうんと頷きながら

 

「バルバッドのエウメラ鯛はいいぞー。 身が引き締まっていて、何よりも鯛なのに骨まで柔らかいからな! エリスもきっと気に入ると思うぞ」

 

「いや、あの……」

 

「なんだ? エリスは、俺とエウメラ鯛を食べるのが嫌なのか?」

 

「え……や、そうではなくて……」

 

あれ……?

真面目な話をしていた筈なのに……

 

何故、エウメラ鯛の話に…???

 

エリスティアが、ますます訳が分からないという風に首を傾げていると、

シンドバッドが、「それに――――」 と、付け加えた

 

「俺とお前、実際に何か月触れ合ってないと思う?」

 

「え……さ、さぁ…何か月かしら……」

 

戸惑った様なエリスティアの回答に、シンドバッドがむっと頬を膨らませた

そして、びしっと5本の指を立てて

 

「5か月だ! 5か月も、俺はお前に触れてない!!」

 

「そ、そう……」

 

あまり実感は無かったが、そんなに経つのか……

 

「そうだとも! 俺は、もうお前に触れたくて触れたくて仕方ないというのに…お前は違うのか!?」

 

瞬間、かぁっとエリスティアの頬が赤く染まった

 

「な、なな、何言っているのよ!? わ、私は別に――――……」

 

嘘だ……

本当は、シンドバッドの温もりを感じたくて仕方ない

別れて少しして、凄く寂しいと思った

一人で寝るのは……凄く心細い

 

でも、それを口にできる程エリスティアには、度胸がない

むしろ、反対の態度を取ってしまう

 

だが、シンドバッドにはお見通しだったのか…

にやりと笑みを浮かべると

 

「別に…なんだ?」

 

「う………」

 

そう問われると、口籠ってしまう

完全に、本音を気付かれている

 

だが、虚勢を張ってしまうのがエリスティアの癖だ

ぷいっとそっぽを向くと

 

「だ、だから、別に私は…触れたいとか…思ってないし……別に、シンがいなくても――――」

 

「嘘だな」

 

言い終わらぬうちに、バッサリと打ち切られた

シンドバッドは、その口元に笑みを浮かべるとゆっくりと手を伸ばしてきた

水晶にシンドバッドの手が映る

 

「こうして、離れているのにこんなにもお前の体温を感じる――――エリス、今、お前の身体は俺との会話で熱く火照っている筈だ」

 

そう言って、ゆっくりとエリスティアの身体をなぞる様に手が動いた

瞬間、エリスティアの身体がぴくんっと揺れた

まるで実際に触れられているかの様な錯覚に囚われる

 

「シ、シン……っ」

 

「ほら…熱くなってきただろう……?」

 

気のせいか、身体がどんどん熱を帯びていくような感覚に囚われる

ぞくぞくと、背筋が身震いを起こす

 

やだ……

身体が……熱い……

 

まるで、魔法に掛けられたように

シンドバッドの言葉が、エリスティアの身体を支配していく様だ

 

何なの、これ……

なん―――――――………

 

そこまで考えて、はたと我に返った

よく考えれば、自分は入浴中だったのだった

身体が火照っていて当然である

 

「……シン………」

 

「ん?」

 

「私…入浴中なんですけれど!! 身体が熱いのは当然でしょ!!」

 

さっきまで、湯船に浸かってゆったりしていたのだ

勿論、身体は火照っているし

逆に、ぞくぞくしたのは、その火照りが寒気に変わろうとしているからだ

 

エリスティアの冷静ともいえる突っ込みに、シンドバッドが「はっはっは」と笑い出した

 

「なんだ、気付いてしまったのか!」

 

「もう~~~~~~!!! シンの馬鹿!!!」

 

もし、目の前に実際にシンドバッドがいたら殴り飛ばしている所である

 

エリスティアは、はぁ…と小さく息を吐くと、ガウンを深く手繰り寄せた

 

「それで? バルバッドにはエウメラ鯛を食べに行くのよね?」

 

確かに、公式で行けば門前払いされかねないが

“観光”という名目なら、入国するのは不可能じゃない

ただ、その分危険も伴うのだが…

 

今、シンドリアとの交易も停止しているっていうし…

どちらにせよ、このままにしておけないのよね……

 

ジャーファルの話だと、書簡を送っても一向に返答が来ないと言っていた

公式にせよ、非公式にせよ、バルバッドには一度行かなければ行けなかった

 

私も、今国外に居て動ける身だし…

丁度いいのかもしれない

 

エリスティアは小さくまた息を吐くと、深く座り直し

 

「分かったわ。 バルバッドには私が行くから、シンは国で大人しくしていて」

 

そう――――それが一番いい方法だ

だが―――

 

「駄目だ、俺も行くぞ」

 

あっさり、シンドバッドに却下された

その言葉に、エリスティアがむっとする

 

「もぅ! シン! これは遊びじゃないのよ!? アブマドに会う位、私だけでも出来るわ! シンにもしもがあったらどうするのよ!! お願いだから、自分から危険に飛び込まないで!!」

 

そう叫んだ瞬間、シンドバッドの表情が険しくなった

 

「エリス…それは、お前にも言える事だ。 お前にもしも何かあったら、俺は生きていられない」

 

「な、何を大げさな……」

 

「本当の事だ、エリス。 それぐらいお前が大事なんだ…だから、お前一人をこれ以上危険な目に合せるわけにはいかない」

 

「シン……」

 

余りにもシンドバッドが真剣な眼差しでそういうものだから、流石のエリスティアもそれ以上何も言えなくなってしまった

 

「それにな、エリス。 俺は今回の件は、“世界の異変”の一つだと思っている」

 

「え……」

 

”世界の異変“

それは、今世界中で起きている突発的な異変の事である

それには、ある“組織”が関わっていた

彼らは、古き時代より運命に抗い世界を暗黒に染める事を目的としている

 

そして、シンドバッドやエリスティアはそれに対抗すべく、“組織”を排除し人々を“運命”に導き、滅ばぬ世界を作り上げる事を目的としていた

 

その為の、シンドリア王国

そして、そのシンドリアを中心とした七海連合である

 

七海連合とは

“侵略しない、させない”を理念とするシンドバッドが作った七ヵ国同盟で

名を連ねている国々はどれも小国ながら強大な力を秘めている

 

その“世界の異変”そして、“組織”

それが、バルバッドに押し寄せているというのか――――……

 

「“組織”が関わってると言いたいの……? バルバッドに…」

 

「ああ、俺はそう睨んでいる」

 

「……………」

 

“組織”と言われて一番に思い浮かぶ人間はジュダルだった

“マギ”の一人で、今は煌帝国の神官だと言っていた

 

まさか…煌帝国が……?

煌帝国は西方進出を狙っている

彼らが次に、狙うとしたら――――……

 

瞬間、紅炎の顔が脳裏を過ぎった

 

炎が……バルバッドを……?

そこまで考えて、小さくかぶりをふる

 

そんな、炎に限ってそんな事――――……

でも――――

 

彼は言った

『世界をひとつにする』 と

それは、全てを煌帝国にしてしまうという事ではないだろうか――――

 

バルバッドも、レームもアクティアも…そして、シンドリアも――――

そんな事――――――!!

 

それだけは、させられない

それだけは、させる訳にはいかない

 

ぐっと、握る拳に力が入る

 

止めなくては――――――

 

「シン……やっぱり、バルバッドに来て」

 

「エリス?」

 

私、一人じゃ炎を止められない――――

 

「きっと、私一人じゃ手に負えないわ、だから――――」

 

懇願する様にエリスティアが言葉を口にした時だった

ふと、シンドバッドが優しく微笑んだ

 

「ああ、安心しろ。 お前一人を危険な目に合せたりしない――――約束する。 だから、何も心配するな。 俺が何とかしてやる」

 

「シン……」

 

シンドバッドの言葉に、目頭がじんっと熱くなるのを感じながら、エリスティアはこくりと頷いた

 

「エリス――――バルバッドで逢えるのを楽しみにしている」

 

そこで通信は途切れた

 

しん…と、静まり返った部屋でエリスティアは、ぽすんっとベッドに倒れ込んだ

 

紅炎は言っていた

『王は一人でなくてはならない』と

世界にはたった一人の王が必要なのだと

 

滅びぬ為に――――

世界をひとつにするのだと……

 

それは、言いかえれば全てを飲み込んでしまうという事

国々にある文化も、特色も、特異性も何もかも――――

 

ただの、“ひとつ”にしてしまうという事

 

それは、正しい事なの……?

それぞれの国が独立を保ち、成り立っていくのでは駄目なの……?

目的のためなら、他国を無くしてしまってもいいの―――――?

 

そっと、右手の小指を見た

そこには紅炎から贈られた指輪がはめられていた

美しい、赤い彼の瞳と同じ柘榴石の指輪

 

炎………

 

もっと、紅炎の考え方を理解出来たならば……

そうしたら、もっと別の道が開けるんじゃないだろうか――――

 

シンドバッドの考え方は違う

国とは個々の集まりで成り立っており、人間とはそれぞれみな違う生き物だと言っていた

全てを理解する事も、分かりあう事も不可能だと

でも、人は考える事が出来る

歩み寄る事が出来る

そうして、“個”を消さずに、成り立っていく事は不可能ではない――――と

 

“個”を消してしまう、紅炎のやり方では、何も残らない

最後に残るのは、紅炎ただ一人だ

そんなの―――――……

 

それでも、彼は良いというのだろうか――――?

 

孤独に生き、一人永劫を生きるのは寂しい 哀しい 苦しい――――

それを分かっているからこそ、そうなって欲しくない

 

ひとりは…嫌……

 

私には、シンが居た

でも、炎には……?

 

誰か、傍にいた……?

 

瞬間、あの時の紅炎の台詞が脳裏を過ぎった

 

『―――俺の妃にお前を望む。俺と共にこれからあり続けろ』

 

あの言葉――――

駄目だと分かっているに、嬉しいとさえ思ってしまった

 

私が傍に居れば、炎はひとりではなくなる……?

 

そこまで考えて、エリスティアは小さくかぶりを振った

それは駄目だ

シンドバッドを置いて、他に行く事など出来ない

 

紅炎を選ぶという事は、そういう事だ

そんな事、出来る筈が無い

 

シンドバッドと、彼を取り巻く全てを愛し

彼だけの為に、ここまで生きてきたというのに――――

 

それを、覆す事などできよう筈がない

 

シン……

 

早く、本物のシンドバッドに会って、触れて、感じて、安心したい

彼でなくては駄目なのだと思わせてほしい

 

ぎゅっと、自身の身体を抱き寄せる

 

 

シン……早く、逢いたい――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、殆どシンドバッドとの会話で終了したわww

まぁ、たまにはね~

もう少ししたら本人も現れるしww

 

次回、アリババとアラジンの行方を探すinチーシャン

で、お送りしまーすo(^▽^)o

うん、次々回あたりでモルさん話に行けそうね!

 

2014/07/13