CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 9

 

 

 

エリスティアは、ぱたぱたと駆けこむ様に家の扉を開けた

瞬間、丁度扉の前を歩いていた蘭朱と目が合った

 

真っ赤な顔をしたエリスティアを見て、蘭朱が驚いた様に目を瞬かせる

 

「エリス?どうしたの…?顔、真っ赤だよ」

 

言われて、エリスティアがさっと顔を袖で隠す様に覆った

 

「な、何でもないわ…!」

 

それだけ言うと、慌てて蘭朱の横を通り過ぎようとするが、それは蘭朱によって見事に遮られた

 

「ちょっと、紅炎様と一緒じゃないの?」

 

「………………っ」

 

“紅炎”という名に、エリスティアの顔が、かぁっ…と更に赤く染まる

それを見て、何か気付いたのか蘭朱は、ははーんという風に顔をにやつかせると

 

「そういえばさー紅炎様とはどこで知り合ったのよ? 随分、親しそうだったけど?」

 

にやにやとした顔で追及してくる蘭朱に、エリスティアは困った様に顔を真っ赤にさせたまま首を左右に振った

だが、短いながらもしっかりエリスティアとは関わって来た蘭朱には、それでは通用しなかった

 

「とぼけても駄目だって! 紅炎様が迎えに来るだけでも凄い事なのに、しかもエリス指定で連れていくしー」

 

「ち、違うのよ…っ! 炎とは本当に何も――――」

 

“無い”と言おうとした瞬間、蘭朱がある言葉に敏感に反応する

 

「“炎”って呼んでるの!? やだ、本当に、どういう関係なのよ!! 紅炎様をそんな風に呼ぶ人なんていないよ!?」

 

蘭朱のその言葉に、エリスティアが慌てて首を振る

 

「違っ……! それは、炎がそう呼ばないとどうしても許してくれなくて、仕方なく―――」


今更、この場だけでも”紅炎さん“と呼んでおくべきだったと後悔してが、もう遅い

だが、エリスティアの言葉で何かを思い出したのか、蘭朱が「あー」と声を洩らした

 

「確かに今朝、紅炎様そんな事言ってたわね―――。じゃぁ、紅炎様がそう呼べって言ったって事!?」

 

「そ、そうだけれど……」

 

やっと納得してくれたのかと、エリスティアがこくこくと頷いた意時だった

一瞬、蘭朱が「それって…」と呟きながら考え出す

それが、酷く長く感じてエリスティアは視線を泳がせた

 

「あの、蘭朱……?」

 

たまらず、そう声を掛ける

と、その時だった

突然、蘭朱が「そういうことかぁ!!」と叫びだした

 

いきなりの叫び声に、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせた

 

「蘭朱?」

 

「あーそうかそうかぁ~成程、分かるなぁ~」

 

と、何やら納得した様に、うんうんと頷き始めた

蘭朱の行動の意味がますます分からず、エリスティアが首を傾げていると…

突然、がしぃ!と、肩を掴まれた

 

「あの…蘭朱……?」

 

「ずばり!紅炎様は、エリスの事が好きなのよ!!」

 

「………え……」

 

一瞬、何を言われているのか分からず、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

だが、蘭朱の暴走は止まらなかった

 

「好きな女には、字で呼ばせたかったのよねーきっと。 それに、エリスに触れたくて触れたくて仕方ないって感じだったし、御自ら迎えに来るなんて、よっぽど傍に置いておきたかったのねー」

 

「あの、蘭朱……?」

 

「分かるなぁ~エリス程綺麗な人なら、紅炎様が惹かれるのも……」

 

「ま、まって、蘭朱!!」

 

放っておくと、何処までも暴走していきそうな蘭朱を、エリスティアが慌てて止めに入った

 

「あの…炎が私をとか…誤解だし! それに、そういうのではないから……っ!!」

 

そう否定するが、実際の所蘭朱の言葉で顔を真っ赤にさせていた為、あまり説得力はなかった

案の定、蘭朱はにんまりと笑みを浮かべると

 

「エリス~そんな顔で言われても、説得力ないよー? じゃぁ、実際の所どうなのよ! 紅炎様に触れられたりとかないの?」

 

「そ、それは……」

 

実際、逆に触れられない方が少なく、殆ど腰を抱かれている気がするので否定が出来ない

 

「後は、炎って呼ばせたのも、紅炎様なんでしょう?」

 

「………はい……」

 

「それで、好きだって言われたの?」

 

その言葉には、流石に全否定する様に首を左右に振った

 

「い、言われてないわ! 言われてないけれど――――」

 

「けれど?何?」

 

「…………………」

 

 

 

『愛しいと思ったからしたまでだ。口付けをするのはおかしい事ではないだろう』

 

 

 

あの時の、紅炎の言葉が脳裏を過ぎる

あの言葉が聞き間違いでないのなら……“愛しい”と言われた事になる

 

まさか……

と思う心と、そんな筈と思う心が交差する

 

でも、実際髪に口付けされたのは事実で、あの言葉も聞き間違えでなければ事実となる

 

そんな筈ないわ……

 

少なくとも、紅炎とはそう長い時を過ごした訳じゃない

シンドバッドの様に、何十年も一緒にいた訳でもない

たった数回

たった数回逢っただけだ

 

それだけで、誰かを好きになるなんてある筈が無い

 

そうよ、それに私にはシンがいるもの

 

だから、紅炎とは何もない

あってはならない

たとえ、ルフが呼ぼうとも 求めようとも

紅炎とは何もあってはならないのだ

 

分かっているのに、逆らえない

どうしても、彼の声に逆らえない

 

ルフが求めてしまう

彼の声を聴くと、心が麻痺した様に従ってしまう

従わずにはいられない

 

駄目だと分かっているのに――――………

 

きっと、シンドバッドよりも先に会っていたら、彼を“契約者”に選んでいたのかもしれない

そんな気さえ、感じる

 

だが、全てはルフの導き

シンドバッドに先に出逢ったのも、ルフの導きだ 運命なのだ

 

だとしたら、今、この場で紅炎に逢ったのもルフの導きによるものなのだ

 

どうして、今更、逢わせたのだろうか

別の“契約者”になり得る人物に逢わせるのだろうか

 

それも、あんなにやさしく触れてくる人に――――

シンドバッドとは違う、もっと別の人の手の温もり

 

それも、“愛しい”だなんて――――

 

何と言われても、何も応えられないのに

シンドバッドにさえ応えられないのに――――他の人に応えられよう筈がない

 

私は―――誰にも応えられない

誰にも――――……

 

「………エリス?」

 

押し黙ってしまったエリスティアに、蘭朱が心配そうに覗き込んできた

 

「あの……? ごめん、からかい過ぎた?」

 

恐る恐るそう聞いてくる蘭朱に、エリスティアがハッとして慌てて首を振る

 

「え、あ、ううん。 何でもないの」

 

「そう……?」

 

「本当よ! とにかく、炎とは何でもないの!」

 

いまいち、納得していないのか

蘭朱が難しそうな顔をする中、エリスティアは慌てて口走ると、そのまま籠を持って自分の部屋に入って行ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――煌帝国・禁城

 

練 紅炎は、禁城内の回廊を書庫に向かって歩いていた

紅炎が歩くだけで、周りの侍女や文官達が頭を垂れていく

紅炎が目の前を通り過ぎるまで、誰一人として顔をあげなかった

 

それもその筈

紅炎はこの煌帝国第一皇子で、炎帝と恐れられている

彼を怒らせて生きていた者などいないのではないかとさえ言われているのだ

 

そんな中、書庫へ向かう回廊の少し先の方で見慣れ珊瑚色の髪に赤い帽子をかぶった少年がお付の侍女達を連れたって歩いて来ていた

 

侍女達は、紅炎に気付くなりさっと頭を垂れたが、少年は紅炎を見るなりぱぁっと嬉しそうに顔を綻ばせた

 

「兄上!!」

 

そう言って、ぱたぱたと駆け寄ってくる

 

「紅覇か……」

 

それは、下の弟の練 紅覇だった

紅覇は、紅炎その傍までやってくると、嬉しそうに顔を綻ばせた

 

「お久しぶりです、兄上」

 

そう言って、礼の姿勢を取る

いつもは、破天荒な紅覇もこういう部分はしっかりしていた

 

その様子に、紅炎も一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた後「ああ…」と答えた

だが、紅覇は気にした様子もなく、にこにことしたまま

 

「今から、書庫ですか? ご一緒しても?」

 

紅覇からの意外な言葉に、一瞬紅炎がその瞳を瞬かせた

 

「お前が? 珍しいな……」

 

紅炎のその言葉に、紅覇はにっこりと微笑んで

 

「折角、遠征から一時帰国されているのに、近頃 兄上は出掛けてばかりじゃないですか。たまには僕も相手してくださいよ」

 

紅覇の言葉に、紅炎は一度だけまたその柘榴石の瞳瞬かせた後「好きにしろ…」とだけ答えた

その答えに満足したのか、紅覇はお付の侍女達に声を掛けると、紅炎の後に続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書庫は、ひんやりとしていた

静寂の中に紅炎の頁をめくる音だけが聴こえてくる

 

話をしたい紅覇は、ぱら…ぱら…と暇そうに書物の頁を捲りながらちらちらと紅炎を見ていた

実は、紅覇には気になる事がひとつあった

 

近頃、遠征から一時帰国して少し経った頃だろうか…

紅炎は、毎日の様に何処かで出掛ける様になった

 

前々からそういう時はあったし、一時的な散歩か気晴らしだろうと思ったが

どうにもこうにも怪しい

 

しかも、気のせいだろうか…

心なしか、近頃の紅炎は楽しそうだ

 

戦争をしている最中や、趣味の歴史に没頭しているならまだしも、そうではない

出掛けているだけなのに、楽しそうなのだ

 

まるで、何か興味惹かれるものを見つけたかのように―――

 


それが、気になって気になって仕方が無かった

じーと、目で訴える様に紅炎を見てしまう

 

流石の紅炎もその視線に気付いたのか、小さく息を吐くとぱたんっと書物を閉じた

 

「紅覇、気が散っている様だな……」

 

紅炎の言葉に、紅覇が、「あー」と苦笑いを浮かべた

 

「あの、兄上……」

 

思い切ってもう聞いてみよう

紅覇はそう思うと、口を開いた

 

「近頃何か、楽しい事ありましたか?」

 

「………楽しい事?」

 

唐突な問いに、紅炎が一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせる

そして、優しげに微笑むと

 

「………ああ、そうだな」

 

「!?」

その答え…というより、反応に紅覇は驚いた

 

炎兄が笑った……!?

 

国でも、炎帝と恐れられる紅炎がここまで柔らかく優しげに笑うのを見た事があっただろうか

いや、ない

 

紅覇ですら、見た事なかった

その紅炎が、笑ったのだ

 

これって、まさか……

 

紅覇の中に、ひとつの可能性が浮かんでくる

だが、相手は紅炎だ

いや、そんなまさか…とも思う

しかし……

 

「兄上……もしかして………」

 

「……ん?」

 

「…………………」

 

気になる女性でも出来た?

という言葉は声には出せなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅覇、初登場ー!

は、良いんだが…紅炎に対しての話し方が分からん!

普段より、少し丁寧口調にしてみたけれど…どうなんだろうなぁ~

 

てか、今回は蘭朱と紅覇の追及メイン

当人達に、自覚はあるのか…!?

(紅炎は、自覚あると思う!)

 

2013/11/10