CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 8

 

 

 

「エリス」

 

名を呼ばれるのと同時に、ぐいっと更に抱き寄せられる

 

「トラン語が読めるのだな?」

 

「……………」

 

エリスティアは、その問いに頷く事も、首を振る事も出来なかった

ただただ、どう答えていいのか分からず俯いてしまう

 

それを見た紅炎は、一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた後小さく息を吐いた

そして、至極当たり前のように

 

「…そうか」

 

とだけ答えた

 

エリスティアが、一瞬驚いた様にそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

そして、思わず紅炎の衣を掴んでしまう

 

その様子に、紅炎がふと笑みを浮かべた

 

「…どうした?」

 

「あ…その……」

 

優しく問われて、思わず口籠る

まさか、そう返されるとは思わなくて 思わずこちらからどうして聞かないのか問いそうになってしまった

 

何故、紅炎はトラン語が読める事に付いて何も言わないのだろうか……

てっきり、問い詰められるのかと思ったが予想外の反応に、戸惑いすら覚える

 

逆に、聞かれない事に困惑すら覚えた

 

それとも、紅炎の周りではトラン語が読める事など当たり前の事なのだろうか…?

 

普通、トラン語が読めると知られると、「何故」と問われる

それぐらい、トラン語は難解な上に、高い教育知識を必要とする語学なのだ

高等学問を習わなければ、本来トランの民でもない限り読めないのである

 

故に、トラン語が読めること自体稀なのだ

 

しかも、エリスティアは自身の出自を紅炎に明かしてない

国すら秘密にしたままだ

普通に考えれば、出自を疑われてもおかしくないのだ

 

逆に聞かれない事が不気味にすら思える

 

それとも、そんな事どうでもいいのだろうか……?

もしそうなら、それはそれで少し寂しい気がした

 

そこまで考えて、エリスティアは小さく首を振った

 

何を考えているのよ、私

“寂しい”だなんて、どうかしている

 

聞かれないのならば、それに越した事ないではないか

黙り込んでしまったエリスティアに、紅炎が小さく微笑んだかと思うと

 

「どうした、エリス」

 

「…………っ」

 

急に耳元で囁かれ、エリスティアがかぁ…と顔を真っ赤にさせて慌てて離れようと暴れ出した

 

「ちょっ…炎、近いわっ」

 

ぐいっと、紅炎の胸元を押しやる

 

だが、案の定腰をがっちり掴まれててびくともしない

 

「あの……っ!離して欲しいのだけれど…!!」

 

たまらず叫ぶと、紅炎が不思議そうに首を傾げた

 

「…何故だ?」

 

「何故って……」

 

“恥ずかしいから”とは言えず、エリスティアが口籠る

だが、紅炎は至極当たり前のように

 

「離すとエリスは直ぐに何処かへ逃げてしまうだろう……?」

 

だから、こうして捕まえているとでも言う風に当然の様に答える紅炎に、エリスティアが必死に訴えた

 

「そ、それは貴方がいつも近いから……っ!!」

 

そう答えるエリスティアに、紅炎は尚も抱き寄せるとそっと彼女に顔を近づける

吸いこまれそうな柘榴色の瞳がエリスティアを捕えた

 

「逃げぬのならば、今日は離してやろう」

 

「に、逃げないわ!逃げないから……だから…っ」

 

“今日は“というのが、若干引っかかるが、逃げなければ離してくれると分かり、エリスティアは必死にそう答えた

すると、紅炎は少し残念そうにその手を離してくれた

 

やっと、紅炎から解放され、エリスティアがほっと胸を撫で下ろす

その様子に、紅炎が半分面白くなさそうに少しだけ目を細める

 

「なんだ? そんなに俺に触れられるのは嫌か?」

 

「え……や、あの……」

 

いきなりそう直球に聞かれるとは思わず、思わず口籠る

そして、顔を少しだけ赤く染め、言いにくそうに

 

「嫌とかそういうのではなくて…その、心臓に悪いし…びっくりするし……それに――――……」

 

「……それに?」

 

「……困るわ」

 

そう答えたエリスティアの顔は真っ赤で、その反応に紅炎が微かに笑みを浮かべる

そして満足そうに、ふわりと優しく微笑むとエリスティアの頭を撫でた

 

 

いきなり頭を撫でられエリスティアが首を傾げる

 

「炎?」

 

ちょこんと首を傾げた姿が可愛らしく、紅炎はまたふっと笑みを浮かべた

 

「いや…? エリスは正直だな」

 

「………? 意味が分からないわ」

 

益々意味が分からず首を捻っていると、不意に手招きされた

不思議に思い、傍によると本を渡された

 

「あの……?」

 

いきなり本を渡されて、戸惑っていると紅炎が不思議そうに首を傾げる

 

「…気になったのだろう?」

 

「見てもいいの?」

 

まさか、見せてくれるとは思わずエリスティアが顔を綻ばせる

その様子に、紅炎がふっと笑みを浮かべる

 

「別に構わん」

 

その答えに、エリスティアが満面の笑みを浮かべた

 

「嬉しい!」

 

一瞬その反応に紅炎が驚きを露わにする

だが、そんな事は露とも知らず、エリスティアは早速ページを捲り始めた

ページを捲るエリスティア顔が、面白いものを見つけた様にどんどん変わってい

 

その様子が、あまりにも可愛過ぎて思わず手が伸びた

横に座るエリスティアの腰を抱き寄せるとそのまま、髪に口付けた

 

ぎょっとしたのは、エリスティアだ

不意に、横からまた抱き寄せられて慌てて抵抗する

 

「な、何を――――」

 

しかも、突然髪に口付けられて半分パニックになっていたかもしれない

そうとは知らない紅炎は、さも当然の様に

 

「何を驚く?」

 

と聞いてきた

まさか、そう返されるとは思わずエリスティアが言葉に詰まる

だが、紅炎は当たり前とでもいう風に、表情一つ変えずに

 

「愛しいと思ったからしたまでだ。 口付けをするのはおかしい事ではないだろう」

 

「え……?」

 

一瞬聞き間違えかと、自身の耳を疑う

だが、紅炎はやはり顔色一つ変えずに

 

「俺も続きが気になるしな」

 

そう言って、エリスティアの持つ本のページを捲った

自然に手を伸ばされて、エリスティアが戸惑いの色を見せる

 

「あ、あの……」

 

その先の言葉は、出てこなかった

今、何と言ったのか問いただしたいのに問いただせない

問いただしてはいけない気がした

 

気のせい…よね………

 

紅炎とは会ってまだ間もない

なのに、そんな風に思われる筈が無い

 

そうよ、それに私にはシンが―――――……

 

大切な人がいる

紅炎の事は嫌いではないが、もしそうだとしても応えられない

それは、シンドバッドにも言える事だが――――……

 

私は、誰にも応える事は出来ないのだから―――――……

 

そう、誰にも応えられない

そう決められている

 

だから、シンドバッドからの申し出も断った

断るしか選択肢がなかった

 

紅炎に掴まれ部分が熱を帯びていくのが分かる

心臓が、聞こえてしまうのではないかというくらい煩く鳴り響く

ルフがざわめき囁きかける

 

ルフが、求めている

彼を―――――……

 

シンドバッドの時と同じ様に

 

だからなの……?

 

だから、紅炎に必要以上に強く言えないのは

少なからず、彼のルフに惹かれているからだろうか……

 

「エリス」

 

その時だった、不意に紅炎が名を呼んだ

どきん…と、心臓が音を立てる

 

「集中出来てない様だが……?」

 

と、不思議そうにそう問いながらページを捲っていく

 

この状況で本に集中しろと言う方がどうかしている

と、言ってやりたいのに、当の本人な完全に本の住人になっており、そう言い返すのが何だか癪な気がした

 

エリスティアは、半分諦めるとそのまま本へ視線を向けた

それは、遙か西の国の歴史について書かれていた

初めて見る内容だった

大変興味深いその内容に、思わず吸い込まれそうになる

 

ぱらり…と、エリスティアの読む速度に合わせた様にページが捲られていく

気が付けば、どんどん本の世界に吸い込まれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

どの位時間が経ったのだろうか

パタン…と最後のページを閉じられた所ではっと我に返った

 

「あ……」

 

なんだか、読み終わるのが名残惜しい様な気がして、じっとその背表紙を眺めていると

ふと、紅炎が口を開いた

 

「どうした? エリス」

 

優しく囁かれ、はっと我に返す

気が付けば、すっかり抱き寄せられたままの体制で完読してしまっていた

 

なんだか、今更この態勢が恥ずかしくなり、かぁーと頬が赤く染まっていくのがわかった

 

「あ、あの……っ」

 

慌てて口を開いた瞬間、紅炎の柘榴色の瞳と目が合った

瞬間、益々かぁーと頬が赤くなった

 

そして、慌ててバッと離れる

今度は、いとも簡単に紅炎の手が離れた

 

「あ、あの……っ! 私、帰ります!!」

 

気が付くとそう叫んでいた

慌てて桔梗の籠を持つと、紅炎の返事を待たずにパタパタと走り出した

 

その様子を、紅炎はふっと優しく笑みを浮かべながら見送っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――東の平原・煌帝国陣内

 

「野蛮な異民族共め、許せん!!」

 

ダンッと、将の1人が机を叩いた

 

「姫様!総攻撃の準備は整っております」

 

「全軍突撃のご命令を!!」

 

将達は殺気立っていそれは、先の黄牙一族の対応に反発していたからだった

 

仮にも、こちらは総大将である白瑛自ら赴いたというのに

黄牙の対応は、将達には許せるものではなかったのだ

 

すると、呂斎が彼らの代弁する様にハッと息を吐いた

 

「そもそも何故、お止になったのです。異民族共を葬る絶好の機会、それをみすみす……」

 

だが、白瑛は冷静だった

静かに、将達をたしなめる様に

 

「なりません、冷静に。彼らは、未来の煌国民です。平寧な世を作る仲間を生かすための、最善の策を考えましょう」

 

白瑛の言葉に青舜が礼の姿勢を取り

 

「それが宜しいかと」

 

そう言って、拱手する

その言葉に、呂斎が「ちっ…」と舌打ちをした

 

「今後の事は明朝までに決めます!兵に、食事と休憩を取らせなさい」

 

それだけ言うと、白瑛は天幕を開けると外に出た

幕と閉じた瞬間、呂斎がはぁぁぁ~~~~とわざとらしく溜息を付いた

 

「……甘い、甘いですなァ…・やはり姫様には、戦事はおわかりにならないのでは?」

 

その言葉に、将の1人がムッとして言い返す

 

「慎まれよ!呂斎殿!!!」

 

兵達の諍いの声に、白瑛は天幕の外で小さく息を吐いた

そして、そのまま自身の天幕に戻ると、ずるりとそのまま天幕にもたれ掛った

 

はぁ……と、思わず重い溜息が洩れる

息がつまりそうだ

このまま、何処かへ行ってしまいたくなる

 

だが、逃げる訳にはいかなかった

ぐっと、幕を持つ手に力が篭る

 

駄目だわ……

将軍として、しっかり皆をまとめなければ……っ

 

そう思った時だった

 

 

 

「こんばんは!おねえさん」

 

 

 

突然、視界に影が落ちたかと思うと上空から声が聴こえてきた

ハッとして顔を上げると、空飛ぶ布に乗る少年がこちらを見ていたのだ

 

「!!?」

 

白瑛が剣に手を掛けるのと、少年が空から降りてくるのは同時だった

ふわりと、少年が飛び下りると 空を飛んでいた布が彼の頭にくるくるとまかれていく

 

「な、何者!?」

 

白瑛が咄嗟に手にかけた剣を抜きかける

だが、少年は何事も無かったかのようににっこりと微笑み

 

「やぁ、僕はアラジン」

 

「……………」

 

それは、昼間暴れ馬に乗っていた少年だった

 

「昼間はありがとう。ちょっとおねえさんの事が気になってやってきたのさ」

 

昼間のあの少年が何故、ここにいるのか

いや、それよりも

 

あの布は……もしや……

 

ごくりと息を飲み、アラジンを見る

だが、アラジンは気にした様子もなく

 

「ちょっとお話しした事があるんだけ…どいいかい?」

 

「…………」

 

アラジンのその言葉に、白瑛は小さく頷き 抜きかけた剣を戻した

 

「どうぞ少年。私も、君と話がしてみたい」

 

不思議な布に乗った、不思議な少年

話してみる価値があると白瑛は思ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トラン語の事は、追及されませんでした

何故だろう~~~~(笑)

むしろ、どんな体制で本を読んでるんだww

 

後、アラジンはいい感じに話ぶつ切りしてます(笑) 

 

2013/10/28