CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 5

 

 

 

バタバタバタバ……バン!!

 

エリスティアは帰って来るなり、思いっきり扉を閉めた

ドサッと籠を床に置き、寝台に突っ伏す

 

何なのよ、あの人……!

 

紅炎に掴まれた箇所が熱い

身体中の血が沸騰するんじゃないかというくらい、心臓がどきどきいっている

ルフが、あれからずっと鳴り響いていて止まらない

 

どうかしている

 

シンドバッド以外の相手に、あんなにも気を許してしまうなんて

あんな風に触れられるなんて――――……

 

そっと、紅炎に口付けされたストロベリーブロンドの髪に触れる

一度だって、他の人に許した事などなかったのに

 

なのに、あの人はどんどんエリスティアの中に入って来た

あの吸い込まれそうな柘榴石の瞳で見つめられると、動けなくなる

 

ルフが呼ぶのだ

シンドバッドの時と同じく、ルフ達が呼び掛けてくる

 

求めよと

”彼“を求めよ――――と

 

どうして――――

 

エリスティアは、シンドバッドを主として認めたのだ

契約に足る人物だと思ったのだ

だから、彼と契約を結んだ

彼にならば、誓約を受けてもいいと思った

 

それぐらい、彼のルフは真っ直ぐで澄んでいた

 

それなのに

 

今更、もう1人と出逢ってしまった

シンドバッドとは違う

違うが、同じルフに――――

 

私に、どうしろというの………?

 

今更、契約を変える気は無い

後にも先に、エリスティアの主はシンドバッドのみだ

それは変わらないし、変える気も無い

 

だが、ルフが言うのだ

彼を求めよと

 

ルフが語りかけてくるのだ

彼を受け入れよと

 

実際、紅炎に見つめられると動けなくなる

話し掛けられると、息が止まりそうになる

名を呼ばれると、全身が脈打つのが分かる

 

初めてシンドバッドと会った時と同じだった

同じなのだ

 

でも、私はシン以外は嫌――――

他の人など、もう考えられない

 

それぐらい、“ルシ”としてじゃない

“エリスティア”として、彼に惹かれているのだ

 

「シン………」

 

ぎゅっと、寝具を握り締めた

 

こんな時、どうして傍にいてくれないのだろう―――……

どうして、私はこんな所にいるのだろう

 

声が聴きたい

姿が見たい

彼に―――触れたい

 

その時だった

突然、ぽぅっと首にしているチョーカーのルビーが光った

 

「あ………」

 

それはヤムライハからの定期連絡の信号だった

エリスティアは、そっとチョーカーを外すと寝台の上に置いた

そして、小さく呪文を唱える

 

その瞬間、ルビーはパァッと光り輝くと何もない空間に何かを映しだした

するとその中に、碧色の髪をした女性の姿を現す

ヤムライハだ

 

「エリス? 聴こえてる?」

 

ヤムライハの第一声に、思わず吹き出しそうになる

エリスティアはくすりと笑みを浮かべて

 

「聴こえているし、見えているわ」

 

エリスティアの答えにほっとしたのか、ヤムライハが胸を撫で下ろす

 

「もう、心配したのよ!迷宮(ダンジョン)に入るって連絡があってから一向に連絡してこないんだもの」

 

「あ……」

 

そういえば、迷宮(ダンジョン)に入る前を最後にこちらからは一切連絡をしていなかったことを思い出す

実際、それ所ではなかったというのもあるが、定期的に連絡を入れると約束していた手前、それを反故にしてしまっていた事に胸が痛んだ

エリスティアは申し訳なさそうに、頭を下げた

 

「ごめんなさい、ヤム」

 

エリスティアからの謝罪に、ヤムライハがう…っと言葉を詰まらせる

それから、咳払いをした後

 

「もう、その件は無かった事にしましょ?エリスにも事情があったんだから仕方ないのは分かってるし。それに―――その、私も謝らなければいけない事があるし……」

 

そこまで言い掛けてヤムライハが口籠った

その様子がおかしくて、エリスティアは首を傾げた

 

「ヤム?」

 

「あーえっと…その、ね……」

 

言いにくい事なのか

ヤムライハが視線を泳がせながら言い淀む

 

「あの約束なんだけど―――」

 

「約束……?」

 

どの件の事だろうか?

エリスティアが首を捻った時だった

 

「ヤムライハ、もういいか?」

 

「ちょっ…、シン!まだヤムライハが話して―――」

 

え………

 

一瞬、自分に都合の良いい幻聴を聴いたのかと錯覚する

確かに、自分はあの人の逢いたいと願った

願ったが―――――

 

 

 

「エリス」

 

 

 

名を呼ばれた

ずっと、ずっと声を聴きたかったあの人に――――

 

エリスティアは信じられないものを見る様に、大きくそのアクアマリンの瞳を見開いた

そこには、ヤムライハではなくずっと逢いたかったシンドバッドの姿が映し出されていたのだ

 

「シ、ン………?」

 

声が震える

 

「ああ、久しぶりだな」

 

シンドバッドが微笑んでいる

 

「元気そうで安心したよ」

 

自分の目の前で、話している――――

ずっと待ち望んだシンドバッドが――――

 

そう思った瞬間、知らず涙が零れた

頬を伝う様に流れた涙が、音を立てて零れ落ちていく

 

「エリス……」

 

シンドバッドの優しい声

ずっとずっと聴きたかった声

 

それが、今、目の前に――――

 

「シン……っ」

 

ポロポロと次から次へと涙が零れ落ちた

一度零れた涙は止まらず、次から次へと溢れ出てくる

 

すると、シンドバッドが少し困った様に苦笑いを浮かべた

 

「泣かないでくれ、エリス。お前に泣かれると俺も辛い」

 

こくりとエリスティアが頷く

 

分かっている

泣いては駄目だ

 

自分から離れたのに泣くなんて、どうかしている

でも、この不安定な時にシンドバッドの声を聴いたら、涙が溢れ出てしまったのだ

 

エリスティアは何とか涙を止めようと指で拭うが、一度関を切った涙は止まらずどんどん溢れ出てくる

その時だった

 

「もどかしいな……」

 

シンドバッドがぽつりと呟いた

そして、ゆっくりと手をエリスティアの方に向ける

 

触れる事は出来ない

だが、触れるかのようにその手を伸ばした

 

「俺が今、お前の側にいてやれていない事がこんなにもどかしいなんてな…。その涙を拭ってやりたいのに、お前に触れる事さえ叶わない」

 

そう言って、ゆっくりと涙を吹く動作をする

 

「あ……」

 

不思議だった

触れられている訳ではないのに、本当に触れられたような錯覚に捕らわれる

自然と、気持ちが落ち着いてくる

 

大丈夫

シンは近くにいる……

 

そう思うと、不思議と安心出来た

 

「シン……」

 

エリスティアの声に、シンドバッドが微かに笑みを作る

 

「泣きやんだみたいだな」

 

「え……? あ……」

 

気が付けば、あれだけ溢れていた涙はいつの間にか止まっていた

我ながら現金だなと思うと、自然と笑みが浮かんだ

 

エリスティアのその様子に、シンドバッドも微笑む

 

「泣き顔も捨てがたいが…やはり、お前は笑顔の方が魅力的だな」

 

冗談めかしてそういうシンドバッドに、思わず笑みが零れる

 

「もう…何言っているのよ……」

 

そこまで言って、ある事に気付いた

エリスティアが、言いにくそうに視線を泳がせる

 

「その…シン……? そこに居るという事は、ヤムから聞いたのよ…ね」

 

それだけで全てを悟ったのか、シンドバッドは小さく頷いた

 

「ああ、ヤムライハには少々悪い事をしてしまったな、お前への約束を破らせてしまった」

 

「あ、ううん、ヤムに無茶なお願いしたのは私だもの。ヤムは悪くないわ。それに―――……」

 

そこまで言い掛けて、エリスティアは小さく肩を落とした

 

落ち込んでいる――――

それに気付いたシンドバッドは、優しくエリスティアに語りかけた

 

「エリス? どうした?」

 

その声音が酷く優しくて、エリスティアはまた涙ぐみそうになるのをぐっと堪えた

 

「その…勝手に国を出てしまってごめんなさい」

 

しゅん…と、うな垂れるエリスティアに、シンドバッドは何でもない事の様に優しく微笑みながら

 

「その事なら気にするな。全部俺の為にしてくれた事だろう?それを咎めたりしないさ」

 

「……………っ」

 

瞬間、かぁっとエリスティアの頬が赤く染まった

何もかもお見通しらしい

 

「まぁ、俺としてはずっとお前に触れられてないのは、少々辛いがな。 出来る事ならば、今直ぐにでもお前をこの手に抱きしめたいぐらいだ」

 

冗談めかしてそう言うシンドバッドに、一瞬エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

が、次の瞬間 顔を真っ赤にさせて俯いていしまった

 

「な、何言って……」

 

やっとの思いで、その言葉を絞り出す

だが、当のシンドバッドは平然としたまま

 

「なんだ? エリスは違うのか? 俺は、お前に触れられなくて寂しいぞ」

 

余りにも直球過ぎて直視出来ないのか……

エリスティアは顔を真っ赤にしたまま、視線を泳がせた

 

一度だけシンドバッドを見た後、また俯いてしまう

 

「そ、その……私だって…こんなに長い間シンの側を離れるのも、触れられないのも初めてだから…その……」

 

恥ずかし過ぎて、上手く言の葉に乗せられない

だが、シンドバッドの方が一枚上手だった

 

極上の笑みを作ると優しげな声音で

 

「初めてだから…なんだ?」

 

「……………っ」

 

言わせようというのか

エリスティアは、口籠るとキッとシンドバッドを睨んだ

だが、それに対しシンドバッドは極上の笑みだけを返してきた

 

それで観念したのか…

エリスティアは、ますます頬を赤く染めると吐き捨てる様に

 

「さ…寂しかったもの!」

 

ああ……とうとう言ってしまった

恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだ

 

だが、エリスティアのその答えに満足したのか、シンドバッドは満面の笑みで「そうか」と答えた

 

なんだか、自分ばかり恥ずかしくて、シンドバッドは平然としているのが悔しい

これでは、自分だけが逢いたがっていた様ではないか

 

なんだか釈然としない

 

エリスティアが、むぅ…と少し頬を膨らませた

その様子が可笑しかったのか、シンドバッドが声を上げて笑い出す

 

「もう!笑い事じゃないわ!」

 

エリスティアが拗ねた様にそう言い返すと、シンドバッドは謝る様に手を振った

 

「いや、すまない。あまりにもお前が可愛くてな」

 

「なっ……」

 

瞬間、エリスティアが顔を真っ赤にさせる

 

この人は本当に、何度驚かせれば気が済むのだろうか

これでは、こっちの心臓がもたない

 

「それで? 目的の“もの”は見つかったのか?」

 

くつくつと笑いながら問うシンドバッドに、エリスティアはむくれたまま小さくこくりと頷いた

その反応に、シンドバッドが「そうか」と頷く

 

「なら、帰って来るんだろう?」

 

「そのつもりだったのだけれど――――……」

 

そこまで言って、エリスティアは言い淀んだ

それから、少しだけ申し訳なさそうに

 

「ごめんなさい、少し時間掛かりそうなの……」

 

「どういう事だ?」

 

エリスティアの言葉に、シンドバッドが首を傾げる

エリスティアは、ちらりと一瞬扉の奥を見た後

 

「えっとね…迷宮(ダンジョン)を出た後どうやら煌帝国に飛ばされたみたいで…ここから、シンドリアまで結構距離あるでしょう? それに、一度チーシャンにも寄りたいし――――」

 

そこまで言い掛けてもう一度扉の奥を見る

 

「エリス?」

 

「あ、ううん。ちょっとお世話になった人に恩返しもしておきたくて――――」

 

せめて、蘭朱の母親の容体が落ち着くまではここにいたい

それぐらいしか、彼女に返してやれることが無い

 

エリスティアの言葉に、シンドバッドは少しだけ考えた

 

「なんなら、俺が迎えにいってやろうか? 恩返しとやらも二人でやれば早いしな」

 

「「駄目(です)!!」」

 

エリスティアと、シンドバッドの後ろに控えていたジャーファルの声が重なった

 

「シンが来たら、私が1人で国を出た意味なくなってしまうでしょう! 絶対来ないで!!」

 

「エリスの言う通りですよ!!貴方に今国を離れられては困ります!!」

 

前と後ろから攻められてシンドバッドが苦笑いを浮かべる

 

「お前らな……」

 

「とにかく、シンは絶対来ては駄目だからね!」

 

蘭朱の事は良いが、紅炎との事を知られたくなかった

シンドバッドは鋭い

絶対に、気付かれてしまう

 

だが、その念押しがシンドバッドに疑問を産ませた

 

「なんだ?エリス。俺に知られて困る事でもあるのか?」

 

「……………っ」

 

瞬間、どきり…と心臓が大きく鳴る

エリスティアはごくりと息を飲み

 

「な、何言っているのよ。 何も隠し事なんて――――」

 

「そうか?そうは見えないが―――まさか、恩人とは男だったりするのか?」

 

「え……? 蘭朱の事? 蘭朱は女の子だもの。変な勘違いしないで」

 

「………………」

 

シンドバッドはじっとエリスティアを見つめてきた

それが酷く長く感じ、エリスティアはごくりと息を飲む

 

その時だった

 

「シン、そろそろ時間が――――」

 

シンドバッドの後ろに控えていたジャーファルが申し訳なさそうに声を掛ける

その声に、シンドバッドは「ああ…分かった」とだけ答えた

 

そして、こちらを見ると

 

「すまない、エリス。そろそろ報告の時間なんだ」

 

「あ…そうなの?」

 

そういえば、この時間は軍の報告の時間だ

話が逸れた事に、内心ほっとする

 

「忙しい時に、連絡ありがとうシン」

 

「いや、俺こそバタバタしてすまないな。また連絡する」

 

それだけ言うと、そこで通信は切れてしまった

エリスティアは小さく息を吐くと、光を失ったルビーを見つめた

 

恐らく気付かれた

紅炎の存在にはまだ気付かれてないだろうが、何か隠している事には間違いなく気付かれた

 

別に隠す事じゃないけれど……

 

出来ればシンドバッドには知られたくなかった

 

シン以外の男性に、こんなにも動揺させられているなんて――――

 

絶対に、知られたくない

知られたくないのだ――――

 

エリスティアはぎゅっとチョーカーを握り締めた

今 唯一、シンドバッドと繋がっているそれを―――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと…やっと、本編でシンドバッドとの会話(のみ)成立しましたねー\(T^T)/

つっても、通信ですけどww

今はこれが精一杯なのさ!

 

てか、この2人の会話に間、後ろにずっとジャーファルとヤムがいるんだが…(笑)

多分、夢主的にはそれ所じゃなかったんだなーww

いつもなら、間違いなくツンが発動してますww

 

2013/10/01