CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 6

 

 

エリスティアは、朝の薬の用意をしていた

すり鉢で粉末にした桔梗の根と、新しく取れた薬草を細かく袋に分けていく

 

「こっちは、解熱剤で、こちらが化膿止め…と」

 

昨日の紅炎が案内してくれた場所のお陰で色々な薬を作る事が出来た

薬だけじゃない

 

薬膳料理も色々作れそうだと蘭朱も言っていた

これも、全て紅炎のお陰かと思うと、なんだか複雑な気分になる

 

ううん、感謝は感謝でいいのよね……

 

そうだ、感謝するべき所はきちんと感謝してもいい筈だ

筈…なのだが……

 

いまいち、素直に頷けないのは やはり、紅炎のあの態度のせいだろうか

最初見たときはぼんやりしている人だと思ったのに

いざ、話してみるとかなり自分の意見をはっきり言う人だった

というか、はっきり行動に表わすというか……

 

大体、いちいち触れてくるのがおかしいのよ

 

癖なのだろうか?

それとも、無意識的に?

 

そこが、よく分からなかった

 

ふと、鏡に映る自分の姿が目に入った

 

その時、首にしているルビーのチョーカーが視界に入る

 

エリスティアは、ぎゅっとそのチョーカーを握ると小さく頷いた

 

大丈夫

ちゃんと、シンと繋がっている……

 

そう思って、チョーカーを優しく撫でた時だった

突然、外の方から馬の嘶きが聴こえてきたのだ

 

「馬……?」

 

村…の人ではないわよね……?

村人が馬を使うとは思えないし、そもそも馬など飼っていな筈だ

第一、 この家は村からは遠巻きに見られているし、誰かが尋ねて来る事など無いのだが……

 

エリスティアは小さく首を傾げながら、ぱたぱたと片づけを済ますと、そっと扉を開けた

 

「蘭朱? どうかし―――――」

 

“どうかしたのか?”と声を掛けようかと思った時だった

突然、蘭朱がバンッと戸口の方から翔って来たのだ

 

「エリス! エリス―――――っ!!」

 

「蘭朱?」

 

その行動があまりにも、挙動過ぎてエリスティアは首を傾げた

だが、蘭朱はそんなエリスティアなどお構いなしにがしぃっと彼女の肩を掴むと思いっきり揺さぶった

 

「大変、大変なのよぉ!!」

 

「ちょっ……! 蘭朱、落ち着いて……っ」

 

「これが、落ち着いていられますか!!」

 

尋常ではない蘭朱の取り乱し様に、エリスティアも困った様に苦笑いを浮かべた

 

「一体、どうしたっていうの?」

 

「こ……」

 

「こ?」

 

蘭朱が顔を真っ赤にして、震えだす

 

「こ、こここここ」

 

「ここ?」

 

「違ぁう! こ…こ…紅炎様が―――――っ」

 

「え………?」

 

その時だった

 

 

 

「エリス」

 

 

 

戸口の方から、聞き覚えのある声が聴こえてきた

ハッとして、エリスティアが顔を上げた瞬間、視界に入って来たのは――――

 

「こ……紅炎さん!?」

 

紛れもなく、紅炎だったのだ

紅炎は、ふわりと優しく微笑むと、すっと手を差し出した

 

「迎えに来た」

 

「え……?迎えって……」

 

一瞬、何の? と首を傾げてしまう

だが、紅炎はさも当然の様に

 

「…………? 今日も、桔梗を採りに行くのだろう?」

 

「え? え、ええ…行くけれど……」

 

そこまで答えて、はたっと我に返る

待って……ここ、あの丘でも森でも無いわよね……?

 

「あの…どうして、紅炎さんがここに……?」

 

いるの?と問う前に、紅炎には分かったらしく

一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた後、至極当たり前のように

 

「………ああ、調べれば直ぐに分かった。エリス、お前は存外目立っている様だぞ。そこら中噂の的だった」

 

「え……そう、なの?」

 

紅炎のまさかの発言に、思わずエリスティアが蘭朱を見る

蘭朱は苦笑いを浮かべながら

 

「あーうん…エリス、綺麗だし…異国の人じゃない? それで色々目立つみたいで――――」

 

ここら周辺の村では、噂の的だったらしい

そんな事と共露知らず、歩き回っていたというのか……

 

なんだか、恥ずかしい……

 

エリスティアが、頬を赤く染めて俯いている時だった

瞬間、紅炎の手が伸びてきたかと思うとぐいっと腰を抱き寄せられた

 

「ちょっ……紅炎さ―――っ!」

 

ぎょっとして、エリスティアが抵抗しようとした時だった

紅炎が、さも当然の様に

 

「炎と呼べと言っただろう」

 

「いえ、あの……だから、それは―――」

 

エリスティアが顔を真っ赤にして紅炎を押しのけようとするが、腰をがっちり掴まれていてびくともしない

紅炎は、そのまま顔を近づけてくると

 

「“炎”だ」

 

「紅炎さん……っ」

 

顔が近い

恥ずかしくて、目が開けられない

後ろには蘭朱もいるというのに、紅炎はいつもと同じくお構いなしに迫って来た

 

「エリス、炎と呼べ」

 

「……………っ」

 

ああ…駄目……

勝てない………

 

彼の纏うルフがざわめく

呼び掛けてくる

 

「………………っ」

 

エリスティアは、観念した様にゆっくりと口を開くと

 

「え……炎……」

 

ようやく、その言葉を口にした

その言葉に満足したのか、紅炎がふわりと優しく微笑む

 

すると、紅炎はぐいっとそのままエリスティアを抱き上げると、自身の乗って来た馬に乗せた

 

「え……!? ちょっ……」

 

エリスティアが抗議するよりも早く、自身もその馬にまたがると

 

「娘、エリスを借りるぞ」

 

「は…はい……」

 

顔を真っ赤にして、ぽかんとしていた蘭朱は、その言葉にただ頷くしか出来なかった

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

「ちょっ……ちょっと、紅炎さ―――」

 

「炎だと言っているだろう」

 

エリスティアを乗せた馬は、失速すらせずにそのまま走り続けていた

突然過ぎて、これでは拉致られた様な物だった

それを抗議する様にエリスティアがどんっと紅炎の胸を叩くが、がっちり腰を掴まれていてびくともしない

 

いや、この状態で手を離されたらたまったものではないが……

これはこれで、がっちりされ過ぎて困惑しか浮かばなかった

 

「もぅ―――! 紅炎さんってば――――!!!」

 

「炎だ」

 

この会話も何度目だろうか

というか、まったく会話になっていない

 

この男は、どうあっても、「炎」と呼ばせたいらしい

 

「~~~~~~~っ」

 

馬は止まってくれないし

紅炎も離してくれない

 

殆ど抱きしめられる形になっていて、恥ずかしさは増すし

馬が怖くて、抵抗しつつもしがみ付いている自分が情けない

 

ああ…もう……っ

 

「炎、炎……っ! お願い、止め――――」

 

観念して「炎」と呼んだ瞬間だった

不意に、馬が失速したかと思うとゆっくりになった

そのまま、歩くのと同じぐらいの歩調になっていく

 

失速した事に、ほっとエリスティアが胸を撫で下ろした時だった

不意に、今の今まで抱きしめられていた紅炎の手が、エリスティアのストロベリーブロンドの髪に触れた

そして、乱れた髪を直すかのように優しく撫でられる

 

「あ、あの……?」

 

突然の、反応にエリスティアが困惑した様にそっと顔を上げた時だった

 

「どうした?エリス」

 

「………………っ」

 

エリスティアは、思わず息を飲んだ

そこには、優しげな瞳でこちらを見つめる紅炎の姿があったのだ

 

吸い込まれそうな柘榴色の瞳が優しげにこちらを見ている

まるで、愛しいものを見るかのように――――……

 

思わず、エリスティアはその瞳から目が離せなくなった

知らず、頬が高陽していくのが分かる

 

自分が見つめられただけで赤くなっている事が恥ずかしくなり、エリスティアは思わず顔を押さえて視線を反らした

その反応に、紅炎がくすりと笑みを浮かべた

 

「どうした?」

 

そう言って、するりと自然な動作でエリスティアの顎をなぞる様に触れると、そのまま上を向かせた

 

「あ………」

 

「何故、視線を反らす」

 

「そ、れは――――」

 

恥ずかしいからなどと、口が裂けても言えずエリスティアは口籠った

その反応が、紅炎の嗜虐心を煽ったのか、微かにその口元に笑み浮かべると

 

「エリス」

 

不意に耳元で優しく囁かれ、エリスティアの肩がぴくっと揺れる

だが、紅炎はそんなエリスティアに構う事なく、くいっと彼女の腰を引き寄せた

 

「あ………」

 

不意に腰を抱き寄せられ、また彼女がびくりと肩を震わせた

 

「あ、あの…炎……っ」

 

溜まらず、エリスティアが声を発するが、紅炎は止めなかった

そのまま彼女を胸に掻き抱くと、ゆっくりとそのまま顔を近づけ

 

「どうした? 何故黙る。はっきり言わねば何も伝わらぬぞ?」

 

「………………っ」

 

目の前にある紅炎の顔を直視出来ず、エリスティアはぎゅっとそのアクアマリンの瞳を瞑っ

 

だが、それだけでは収まらなかっ

今にも口付けが出来るんじゃないかという位、間近に迫った紅炎の気配に、小さく抵抗の様に首を振る

 

小さな消えそうな声で「お願い……これ以上は……」と呟くが、紅炎にはまるで通じなかった

紅炎はその口元に笑みを浮かべると

 

「仕方ない…ならば、このまま俺の部屋に連れて行くか……女を吐かすには閨が一番早いからな」

 

「……………っ!」

 

流石のエリスティアも、その言葉にはぎょっとしたのか慌てて抵抗の意思を見せる

 

「な……っ、何言って―――――」

 

エリスティアのその反応が新鮮だったのか、ふいに紅炎がくっと笑い出した

 

「くくっ……ははははは!」

 

その反応で、からかわれていたのだと分かりエリスティアが、かぁーと顔を真っ赤にさせる

 

「もぉ! 炎の馬鹿!! からかうなんて酷いわ!!」

 

腹ただしそうに、叩いてくるエリスティアの反応がまた新鮮で、紅炎はくつくつと笑いながら

 

「いや? 半分は本気だがな」

 

そう言う紅炎に、エリスティアが尚も顔を赤く染め、ぷいっとそっぽを向いた

 

「だったら、なお悪いです!」

 

そう言って、むすっとするエリスティアが、何故か堪らなく可愛らしく思えて仕方なかった

 

今まで紅炎の周りにいたどの女達とも違う反応

その反応が、逆に紅炎の興味を惹いていたなどと、露程もこの時はまだ気付いていなかったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――東の平原

 

ザッザと、何十万もの兵士達が立ち並ぶ

天幕が幾つか立ち並び、物見櫓の上には巡回する兵士の姿も見て取れた

そして、その傍にはパタパタと何十本もの軍旗が風に吹かれて靡いている

その軍旗に刻まれた文字は“煌”

 

それは、煌帝国のものだった

 

一際大きな大天幕の入り口を見張りの兵士が立っている

1人の兵士がその見張りの兵士に礼をし、大天幕の中に入って行った

 

「伝令! 本陣営より西方五十里に異民族の集落在り。規模、百畝 人口百余名程!」

 

「我が隊の進軍経路上です。如何、致しましょう………白瑛様」

 

伝令のその言葉に、中央に座っていた女性がにこりと微笑んだ

 

「私が、参りましょう」

 

そう言って立ち上がると、そのままバサリッと天幕を開け放ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尺の都合上、アラジンの回は先送りになりました

しかし、次回は流石に入るなww

だって、たった50里しかないんだもーん 距離

 

しかし、ここから作中2日で終わる話だからな…(アラジンの方は)

話、切れないんだよー=夢主サイドが入れにくい 

 

2013/10/18