CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 4

 

 

青藍の丘

 

エリスティアは、毎日の様にこの丘に来ていた

これも全て、お世話になった蘭朱に恩返しする為である

 

早く、シンドリアに戻らなくてはいけないのは分かっているが

場所が遠すぎた

どう戻ればいいのか、皆目見当がつかない

 

シン…心配しているかしら……

 

チーシャンの街に行くまで3ヶ月を要した

一体、この煌帝国からシンドリアまで戻るのに、どのくらい掛かるのだろうか…

それに、戻る前に一度チーシャンにも寄っていかなければならない

 

アラジンと、アリババをそのままにしてきてしまっている

 

そうなると、航路は駄目だった

煌帝国から、シンドリアへ直に戻るなら航路が一番早い

しかし、チーシャンへ寄るなら陸路を通らなければならない

 

チーシャンは大陸の中央砂漠のど真ん中にあるオアシス都市だ

航路だと遠回りになる

 

一度、蘭朱のお母様の容体が落ち着いたら、帝都へ行くしかないかしら……

 

帝都ならば、少しぐらい情報が手には居る筈だ

だが、いかんせん持ち合わせがない

 

船に乗るにも、陸路を行くにも通貨が必要だ

だが、荷物はチーシャンのホテルにある

 

手持ちの通貨は少しだけだ

 

エリスティアは、小さく息を吐いた

 

身に付けている物を売るのも一つの手だった

だが、制御装置は売れないし、他に身に付けている物といったら――――……

 

そっと、耳飾りと髪飾りに触れる

同じ装飾をした二振りの飾りは、シンドバッドから贈られた大切な品だった

 

これだけは売りたくない

 

どうしよう……

 

考えても答えなど出てこなかった

どちらにせよ、一度ヤムライハと連絡を取った方がいいかもしれない

 

サクリ…と最後の一株を掘り起すと、籠の中に入れる

見ると籠の中は桔梗が幾つも入っていた

 

「今日は、この位でいいかな……」

 

そう思い、立ち上がるとふと森の方を見た

 

そういえば、あの日以来あの男に会ってない

もし、またあの男に会ったら――――

 

そう思っていたが、数日経ってもあの丘にも森にも男は姿を現さなかった

 

内心、ほっとしている己に気付き、エリスティアは小さく息を吐いた

もしかしたら、このまま二度逢わなくて済むのではないかと

そう思ってしまう

 

だが、反面逢いたい気持ちもあった

逢って、確かめたかった

 

この感じる“もの”は何なのかを――――

でも、それを知ってしまったら戻れなくなってしまう――――

 

そんな気もして、逢いたいような逢いたくない様な

そんな複雑な気持ちだった

 

エリスティアが小さくかぶりを振る

 

ううん、逢わないに越した事ないわ

 

逢えばきっと――――惹かれてしまう

それがどういった意味の感情かは分からない

 

ただ、人として惹かれる何かがあの男にはあった

少なくとも、シンドバッドとは違う“別の何か”なのは間違いない

 

私は、それを知りたいの―――?

 

知りたい様な、知りたくない様な

頭が混乱しそうになる―――

 

ただ、ルフ達がざわめく

あの日以来、ずっとエリスティアの纏うルフがざわめいている

こんな事、シンドバッドの初めて会った日以来一度だってなかったのに

 

ざわめきが止まらない

溢れて溢れて 止まってくれないのだ――――……

 

私は知っている―――……

これが、何を意味するのか―――……

 

ルフが“求めて”いるのだ

“彼”を

 

あの時と、一緒――――

 

その時だった

ピイイイイイイイイイと、辺りのルフが一斉にざわめいた

ザァァ…と風が吹き、エリスティアのストロベリーブロンドの髪がなびく

 

瞬間、ハッとして振り返った

 

「あ………」

 

立ち込める、ルフの鳴き声

彼を纏うルフ達が一斉に飛び立った

 

そこには、あの赤銅色の髪をした男が立っていたのだ――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――シンドリア・白洋塔

 

「シン」

 

不意に、ジャーファルがシンドバッドの政務室にノックをして入って来た

書類に目を通していたシンドバッドは顔を上げると

 

「ああ、ジャーファルか。どうだった?」

 

シンドバッドの問いに、ジャーファルは小さく頷いた

 

「ええ…貴方の仰る通り、エリスは迷宮(ダンジョン)を脱出している様です」

 

その言葉に、シンドバッドがニッと笑みを浮かべた

 

「そうか。それで、誰がジンを手に入れたか分かるか?」

 

「いえ、そこまでは……」

 

「ふむ……」

 

エリスティアではないのは間違いない筈だ

彼女はジンとは契約出来ない

 

ヤムライハの話だと二人の少年と一緒だったという

恐らく1人がエリスティアの探していた少年だとすると―――

 

「もう1人の方か……」

 

そう考えるのが、妥当だった

 

「それで、エリスとは話せるのか?」

 

ジャーファルは、エリスティアが迷宮(ダンジョン)を脱出したら例の水晶で交信出来るようにすると言っていた

だが、当のジャーファルは難しそうな顔をした

 

「それが、少々厄介な事になりまして……」

 

「厄介な事?」

 

まさか、エリスティアの身に何かあったのだろうか

そんな不安が脳裏を過ぎる

 

だが、ジャーファルの言う”厄介な事“はそうではなかった

 

迷宮(ダンジョン)を脱出後、場所や時間がずれる場合がるのは知っていますよね?」

 

「ああ」

 

何度も経験しているので知っている

互いの繋がりが薄ければ薄い程、それは“ズレ”を生じさせる

 

「それが――――」

 

ジャーファルが言いよどむ様に、口を籠らせた

はっきりしない、ジャーファルにシンドバッドが訝しげに顔を顰める

 

「どうした?」

 

シンドバッドの言葉に、ジャーファルが観念した様口を開く

 

「どうやら、エリスは今 煌帝国領内にいるみたいなのですよ」

 

「なに……!?」

 

煌帝国

それは、シンドバッドがずっと戦ってきた

そして、エリスティアをそこから護って来た“ある組織”と関わりを持つ大国の名だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ………」

 

ザァァァ……

風が吹く

 

その男は、ゆっくりとエリスティアに近づいて来た

エリスティアは、動けなかった

 

あの吸い込まれそうな柘榴石の瞳がこちらをじっと見ている

 

「今日も桔梗を採りに来ていたのか…?」

 

不意に、男から話し掛けられ、エリスティアはハッと我に返った

籠を持つ手に力が篭る

 

「そう、ですけど……」

 

エリスティアの問いに、男は少しだけ考えた後、不意にエリスティアの手を引いた

 

「え……!?」

 

いきなり手を引かれ、戸惑う間もなく歩きはじめる

 

「あ、あの……っ」

 

エリスティアがなんとか声を振り絞るが、男は振り返る事無くずんずんと歩き始めた

そして、そのまま森の中へと入っていく

 

ど、何処へ行くの……!?

 

男の行動の意味が分からず、エリスティアは混乱する頭で必死に考えた

だが、考えども考えども男の行動の意味が分からない

 

そうこうしている内に、開けた場所に辿り着いた

そこを見た瞬間、エリスティアはそのアクアマリンの瞳を大きく見開いた

 

そこは、とても綺麗な花の咲く薬草地だった

連銭草に紫花地丁、蒲公英や艾葉まである

 

「すごい……」

 

こんな場所が近くにあったなんて……

 

思わず男を見る

すると、男がふわりと優しげに笑った

 

「欲しいものがあるか?」

 

「ええ……これだけあれば、色々な薬が作れるわ……あ…でも…」

 

ここは、誰かの私有地ではないのだろうか

そう思って、男をちらりと見る

それで察したのか、男は少しだけ微笑んだ後

 

「別に、誰のものでもない。欲しければ採ればいい」

 

そう言って、木の幹に寄り掛かって腰を落とした

 

「……………」

 

そこで見ているとでもいうのだろうか

若干気になるが、目の前の薬草の方がやはり気になった

 

エリスティアが小さく頭を下げた後、1つずつ丁寧に薬草を積んでいった

男はその姿をぼんやりと眺めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、遠くの西日が傾きかけていた

思ったよりも、随分と時間を食ってしまった様だ

 

薬草で一杯になった籠に満足したのか、エリスティアは少しだけ笑みを浮かべた後、ゆっくりと立ち上がった

そして、振り返って男の方を見る

 

男はまた、すぅっと眠っていた

待たせすぎたのかもしれない

思ったよりも、つい集中してしまっていた

 

エリスティアは、そっと男に近づくとそのまますとんっと腰を下ろした

そして、じっと男の顔を見る

 

とても整った綺麗な顔をした男だった

それでいて、とても不思議な雰囲気だった

 

彼の周りのルフ達が喜んでいるのが分かる

 

「嬉しいのね……」

 

思わずそう呟いた時だった

 

不意に、男の手がぐいっと伸びて来たかと思うと、腕を引っ張られた

 

「きゃっ……」

 

余りにも急だった為バランスを崩してそのまま男の胸に倒れ込む

 

「あ………」

 

瞬間、目を開けていた男を目が合った

吸い込まれそうな柘榴石の瞳がこちらを見ている

 

エリスティアはごくりと息を飲んだ

 

離れなければ――――

 

そう思うのに、身体が思う様に動かない

ふと、男の形の良い唇が動いた

 

「お前、名はなんという?」

 

「え――――」

 

一瞬、何を問われたのか分からなかった

 

「な、まえ……?」

 

「そうだ、お前の名だ」

 

「あ……わ、たしは――――……」

 

逆らえない

何かに、縛られたかのように唇が勝手に音を紡いでいく

 

「エリスティア……」

 

「エリスティア……エリスか」

 

男が静かに呟いた

そして、不意に掴んでいた手を離すと、今度はエリスティアの腰に手を回した

びくりっとエリスティアが肩を震わす

 

「あ、あの……離し――――」

 

「俺の名は、練 紅炎」

 

“離して”と言う言葉は、音にはならなかった

 

練 紅炎……?

 

その名には聞き覚えがあった

この世界で、たったの2人しかいなという迷宮複数攻略者の1人

 

煌帝国の第一皇子で征西軍大総督

 

それが――――

 

「貴方が――――練 紅炎?」

 

エリスティアの言葉に、紅炎が一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた

 

「エリス、俺を知っているのか?」

 

「…………」

 

まさか、この男がシンドバッド同様、迷宮複数攻略者だったなんて……

どうりで、ルフ達が騒ぐはずだ

 

「エリス?」

 

反応のないエリスティアを不思議に思ったのか、不意に紅炎が顔を覗き込んでき

 

「……………っ」

 

ぎょっとしたのはエリスティアだ

顔を真っ赤にさせて慌てて離れようとするが、がっちり腰を掴まれていて離れられない

 

「ちょっと…離して―――っ!!」

 

思わず叫んでしまったエリスティアの反応に、紅炎がふっと面白いものを見た様に笑みを浮かべた

 

「はっ、…はははははは!」

 

そして、突然笑い出したのだ

驚いたのはエリスティアの方だ

いきなり笑い出した紅炎に、益々顔を真っ赤にさせて抗議する

 

「笑い事じゃないでしょう!!離してったら!!」

 

どんっと、紅炎の胸を叩くが一向に腰から手が離れない

それでも笑い続ける紅炎に、なんだか腹が立って来た

 

「もぅ!ちょっと!!紅炎さ―――― 「炎だ」

 

“紅炎さん!!”と叫ぼうとした瞬間、言葉を遮られた

 

「―――え?」

 

一瞬、何が?とエリスティアがその瞳に困惑の色を見せる

 

「炎と呼べ。お前になら許す」

 

「は?」

 

益々、意味が分からずエリスティアは首を傾げた

 

「炎だ、いいな?エリス」

 

それだけ言うと、すっとエリスティア頭に口付けを落とした

ぎょっとしたのは、エリスティアだ

 

「な、何を―――っ!」

 

瞬間、紅炎の手が離れた

エリスティアが脱兎のごとく紅炎から離れる

 

そして、わなわなと顔を真っ赤にさせて紅炎を睨んだ

 

「もう!貴方なんか知らないわ!!」

 

捨て台詞の様にそう叫ぶと、籠を持ったまま逃げる様にその場を駆け出したのだった

それを見ていた紅炎は、その柘榴石の瞳を瞬かせた後、くつくつと笑いだした

 

「エリスか……面白い女だ」

 

そう言われていた事を、エリスティアが知る由もなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅炎が紅炎っぽくない…!!

しかし、まぁ、こうなったww

 

多分、あの人興味がある事には結構積極的だと思う

それ以外は、ぼちぼちぐらいだよねー

 

紅炎の名を知っているか、知らないか悩みましたが

まぁ、普通なら知られてるよな…と、名はな 

 

2013/09/26