CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 32

 

 

それは、壮観な光景だった

煌帝国の軍事力を見せつけられている様だった

 

城の前には、遠征に向かう兵士たちがずらりと一同にならんでおり

その間を左右将軍の李 青龍と周 黒彪が見回る様に歩いている

 

そして、軍の先頭に位置する数段高い場所に紅炎とその4眷属が立っていた

 

「炎……」

 

これを見て改めて実感する

本当に、戦争に行ってしまうのか…と

 

「行く?」

 

紅覇が気を利かした様にそう尋ねてきた

 

「……………」

 

だが、エリスティアは答える事は出来なかった

もし、こんな軍事力のある国とシンドリアが戦争になったらどうなるか…

想像しただけでも、ぞっとした

 

でも――――

 

これを逃せば、もう紅炎とは逢えないかもしれない

そう思うと、ぎゅっと胸が締め付けられる様に苦しくなった

 

折角、紅覇が作ってくれた機会だ

 

これが、本当に多分最後……

きっと、もう逢う事はない

 

そう思ったら、今行かなければ後悔する様な気がした

 

「紅覇くん………」

 

エリスティアが、紅覇を見る

それで理解したのか、紅覇がニッと微笑んだ

 

「行って来いよ、エリス」

 

紅覇のその言葉に、エリスティアが小さく頷く

じゅうたんがゆっくりと高度を下げ始めた

 

が、エリスティアはすくっと立ち上がると

 

「大丈夫よ、これ位の高さだったら一人で行けるわ」

 

「え?」

 

それだけ言うと、ふわりとエリスティアがじゅうたんから身を乗り出した

 

「お、おい! エリス!!」

 

ぎょっとしたのは紅覇だった

慌てて止めようと手を伸ばすが、その手がエリスティアを掠める事はなかった

 

エリスティアは、にっこりと微笑んだ後

そのままゆっくりとじゅうたんから飛び降りた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅炎は、遠征に行く前の最終確認をしていた

青龍と黒彪が紅炎の元に戻ってくる

 

「紅炎様、準備完了です」

 

「ああ…ご苦労」

 

それだけ言うと、静かに辺りを見渡した

煌帝国最強を誇る、紅炎直属の軍

 

皆、一糸乱れる事無く整列しており、紅炎からの言葉を今か今かと待ちわびている様だった

紅炎は、立ち上がるとゆっくりと壇上の中央に躍り出た

その後ろに眷属達と左右将軍が続く

 

ずらりと並んだ、精鋭部隊に紅炎からの言葉が振り注ぐかと思われた時だった

 

「おい、あれなんだ?」

 

突然、ざわりと兵士達がざわめき始めた

 

「静かにせんか!」

 

黒彪がそう怒鳴るが、兵士達の動揺は収まらない

それどころか、ますますざわめき始めた

 

「も、申し訳御座いません! 紅炎様。直ぐに静めます故に――――」

 

青龍がそう言い掛けた時だった

突然、紅炎がそれを手で制した

 

と、思った瞬間、ふっとその表情を和らげたのだ

 

一瞬、その優しげに微笑む紅炎に青龍と黒彪が驚きの顔をする

が、それは直ぐに分かった

 

突然、上空から一人の女性が降って来たのだ

それは、以前会った事のある女性だった

 

「エリス―――――……」

 

紅炎が愛おしそうにそう名を呼ぶと、両手を広げた

瞬間、ふわりとエリスティアが紅炎の腕の中に着地する

 

「ありがとう、炎」

 

「いや…どうした? 危ない事はするな」

 

いつも以上に優しげな声音に、エリスティアが少し困った様に苦笑いを浮かべた

 

「ふふ…炎でも心配してくれるのね?」

 

そう言って、半分冗談めかして言うエリスティアは、いつも以上に可愛らしく思えた

だが、エリスティアは気にした様子もなく

 

「安心して? 浮遊魔法ぐらい使えるわ」

 

小さな声で「一応これでも“ルシ”ですから」と付け加える

しっと、人差し指を口に当ててそう言うと、エリスティアはそのままゆっくりと壇上に降り立った

 

紅炎の隣に降り立った美しい女性に、兵士達に動揺が走る

が、驚いていたのは兵士達だけではなかった

 

「エリス様―!!!」

 

紅炎の後ろに控えていた眷属達がエリスティアを見て駆け寄ってくる

特に、李 青秀などはかなりの興奮気味だ

 

「エリス様、どうしたんっすか!? あ! もしかして、紅炎様と一緒に行くんですか!!?」

 

青秀の言葉に、楽禁が呆れた様に溜息を付いた

 

「そんな訳ねーだろ、この蛇ガキが!! 少しは落ち着きやがれ」

 

そう言ってぽかっと青秀の頭を殴った

殴られた青秀は、コブになっているんじゃないかという箇所を押さえながら

 

「いてーっす! 楽禁殿ぉ!!」

 

「うるせぇ!」

 

そう言って、また楽禁がばきっと青秀を殴った

その様子がおかしくて、エリスティアがくすくすと笑いだす

 

「もー楽禁殿のせいで、エリス様に笑われちゃったじゃないっすかぁ」

 

「自業自得だ」

 

そう言ってもう一度殴ると、楽禁はエリスティアに向かって自慢の髭を摩りながら声を掛けてきた

 

「久しぶりだな、お嬢」

 

その言葉に、エリスティアが丁寧にお辞儀をする

 

「皆さまも、お元気そうでなによりです」

 

「まぁ、元気だけが取り柄って奴もいるがな」

 

がははははと笑いながら、楽禁はちらりと後ろで頭を押さえている青秀を見た

その様子がおかしくて、またエリスティアがくすっと笑みを浮かべる

 

「んん~? 若に、挨拶にきたのかい?」

 

楽禁のその言葉に、エリスティアは小さく「はい」と答えた

それから紅炎を見ると、紅炎は嬉しそうに微笑んだ

 

「……俺に逢いに来てくれたのか?」

 

「……紅覇くんが、気をきかせてくれたの」

 

「紅覇が?」

 

その時だった、じゅうたんから降りてきた紅覇が慌てて駆け寄ってくる

 

「ちょっと、エリス! いきなり飛び降りたら危ないじゃん!!」

 

「あ……」

 

そうだ

紅覇は、エリスティアが魔法を使えることを知らないのだ

 

すっかり失念していた事を思いだし、エリスティアは小さく肩をすくめた

すると、突然ぐいっと紅炎がエリスティアの腰に手を回したかと思うとそのまま抱き寄せた

 

ぎょっとしたのは、エリスティアだ

 

「ちょっ…ちょっと、炎……っ」

 

突然の抱擁にエリスティアが声を荒げるが、紅炎は気にした様子もなく

 

「……紅覇とは、随分と打ち解けた様だな?」

 

「え? そう、かしら…?」

 

確かに、紅覇は話しやすい

ついつい、彼の話に乗ってしまうそうになる

 

すると、紅炎は突然エリスティアの髪に口付けた

 

「え、炎……っ。 皆が見て―――っ」

 

紅炎のその行動にエリスティアが思わず頬を赤らめるが

周りは気にした様子もなく、微笑ましそうにこちらを見ている

それがますます恥ずかしくなり、エリスティアはとうとう俯いていしまった

 

すると、紅炎はエリスティアをかき抱いたまま、壇上から兵士達に語りかけた

 

「……勝利の女神は、我々の元に降り立った。 強靭な煌の兵達よ、その力を見せつけてやるのだ」

 

瞬間、「はっ!」という声が広場一体に響き渡った

その壮観な光景に、エリスティアが息を飲む

その時だった、腕の中のエリスティアに囁きかける様に紅炎が語りかけてきた

 

「エリス、祝福を皆にあたえてやれ」

 

「え……」

 

一瞬、何を言われているのか分からなかったが

次の瞬間、紅炎の言う意味を理解しその頬を赤く染めた

 

「こ、ここでやるの……?」

 

「…ああ、勝利の女神の祝福だ」

 

それが何を意味するのか、流石にエリスティアにも分かる

だが、こんな人前でそれをするのは、憚られた

 

その時だった、「エリス――――」と、突然紅炎が名を呼んだかと思うと、そのままぐいっと更に抱き寄せられた

 

「え、炎……っ」

 

「皆が待っている」

 

「……………っ」

 

エリスティアの顔が、益々赤くなる

だが、これ以上長引かせてもきっと紅炎は折れてくれそうにない

ならば、観念するしかないのかもしれない

 

エリスティアは、恥ずかしさのあまり叫びたいのを我慢する様に、声を洩らした

 

「~~~~っ、こ、今回だけ…だから……」

 

そう言って、そっと紅炎の頬に手を伸ばす

そして、そのままゆっくりと紅炎の唇に口付けた

 

それは、一瞬の出来事だった

だが、紅炎はそれで満足した様に、自身の唇に手を当てるとそのまま兵達に向かって手を掲げた

 

瞬間、おおおおおおおお!というけたたましい叫び声が一斉に木霊する

びりびりと身体が振動しそうになるほどの、雄叫びにエリスティアは煌帝国の強靭な兵士達の姿を見たと思った

 

「……凄いのね」

 

思わず感嘆の溜息を洩らすと、紅炎が満足気に頷く

 

「ああ、俺の兵だからな」

 

その時だった、突然楽禁がとんでもない事を言いだした

 

「んん~、若。 若からお嬢に旅の無事を願う”祝福“を与えてやったらどうですかねぇ~?」

 

「……俺から?」

 

「えっ…!?」

 

まさかの楽禁からの提案に、エリスティアがぎょっとする

慌てて紅炎から離れようとするが、腰をがっちり掴まれていてびくともしない

 

「あ、あの、要らないから――――」

 

慌ててそう言い募るが、それは遅かった

紅炎は、「そうだな」と答えたかと思うと、あっという間にエリスティアの唇を奪った

 

「え、ん―――――っ」

 

突然の口付けに、エリスティアが混乱した様に声を洩らす

瞬間、口付けが更に深くなった

「えんっ……待っ……あ」

 

口付けが更に深くなる

 

「エリス―――――」

 

囁かれた言葉は、脳を溶かす様に甘くエリスティアの思考を奪って行った

 

「待って……みな、が、見て………」

 

「気にする必要はない」

 

そう言って、開いた口から紅炎の吐息がかかり、エリスティアの思考を更に奪っていく

 

「エリス―――必ず迎えに行くから、待っていろ」

 

「え……?」

 

一瞬、何を言われたのかエリスティアには理解出来なかった

紅炎はゆっくりと唇を離すと、紅覇の方に向かって叫んだ

 

「紅覇、必ず無事に送り届けろ」

 

紅炎のその言葉に、紅覇はさも当然の様に

 

「分かってます、兄上。お任せください!」

 

そう言って、拱手の構えを取った

後ろの、麗々たちも頭を下げるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「なんか、すげーらぶらぶじゃん」

 

紅炎と別れ、じゅうたんで移動を始めたエリスティアに紅覇がニマニマ笑いながらそう語りかけてきた

 

先程の、口付けの事を言っているのだろう

あんな大勢の人前で、あんな事をするなんて…

思い出しただけでも顔から火が出そうだった

 

エリスティアは、顔を赤らめたまま

 

「言わないで、私、恥ずかしいのだから……」

 

そう言って、顔を手で覆う

すると、紅覇は小さく息を吐いて、エリスティアを見た

 

「エリスはさー何で帰るのさ? 炎兄の傍にずっといればいいじゃん」

 

紅覇がそう言うと、純々や仁々も「そうですよ!」と頷いた

 

「でも、エリスティア様と紅炎様が好き合っているのは、凄く分かりましたわ~~」

 

「らぶらぶー」

 

「そうですね、お二人ともとても自然体で良かったです」

 

と、麗々まで言う始末だ

エリスティアは更に顔を赤らめ

 

「……本当に、炎とはそういうのではないから……」

 

好き合っているとか言われても、困る

確かに、紅炎の事は好きかもしれないが…

自分にはシンドバッドがいる

 

だから、紅炎を選ぶ訳にはいかないのだ

 

ふと、右の小指に付けられた赤い柘榴石の指輪を見る

別れ際に、紅炎から渡されたものだ

 

紅炎は、迷宮道具(ダンジョンアイテム)を加工した物だと言っていた

紅炎の持つ指輪と同じ物だと

 

肌身離さず付けていろと言われたが、どんな効果があるかは教えては貰えなかった

左手の薬指には、シンドバッドから貰った指輪がはめてあり、それを除ける訳にはいかなかった

 

右と左

それぞれにはめられた指輪に、エリスティアは小さく息を洩らした

 

右の小指の意味は、“変わらぬ想い”

それが何を意味するかぐらい、エリスティアにも分かった

 

炎は………

 

応えられない自分を、変わらず想ってくれると言うのだろうか

 

どうしてそこまで――――………

 

紅炎の事は好きだ

でも、自分はシンドバッドを選んでいるのだ

それに、“ルシ”でもある

 

どんなに想ってもらっても、応えられない

 

もう一度、小指にはめられた指輪を見る

紅炎の瞳の色と同じ、柘榴石の指輪―――――……

 

炎………

 

その時だった

紅覇が今思い出した様に

 

「で? 何処に行けばいい訳?」

 

「あ……」

 

そういえば、行き先を言っていなかった

本当ならばシンドリアに直接帰りたいのだが…

流石に、それを言うのは憚られた

 

それに、途中で離れ離れになったアリババやアラジンの事も気になる

エリスティアは少し考え

 

 

「……チーシャンまで」

 

 

と、答えたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二夜、終了~~~(´∀`)

結局、あの二人って…という状態で終わりでっす!

 

これから、紅炎とは当分お別れ(?)ですねぇ~

その代り、バルバッド編に入ればシンドバッドが待ってますよー

シン様登場まで、あと少し

 

2014/05/21