CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 31

 

 

 

昨夜は、どうやって蘭朱の家に帰ったのかよく覚えていない

紅炎が、炎漣に乗せてくれた所までは覚えている

 

だが、紅炎の言葉とシンドバッドの言葉が頭の中をぐるぐる回って

一体、何をどうすればいいのかエリスティアには分からなかった

 

シンドバッドは“生”を

紅炎は“死”を

 

エリスティアにくれるという

共に生きる未来と、共に死ねる未来

一体、どちらが幸せなのだろうか

 

考えても、答えなど出てこなかった

 

「シン……」

 

もう、離れて何か月になるか……

こんな時、傍に居てくれたらきっとシンドバッドの事を迷わず選べるのに

傍に居てくれたのは、紅炎だった

 

シンドバッドと同じぐらい好きになりかけている人―――――

 

どうして、ルフは彼と自分を巡り合せたのだろうか

あの時、シンドリアを出なければ逢う事はきっとなかった

でも、逢ってしまった―――――

 

チーシャンで、アラジンを発見した時

アリババ達と迷宮(ダンジョン)に入らなかったならば、きっと運命は違っていた

 

今、煌帝国にいる事もなく

紅炎に逢う事もなかった

―――――惹かれる事もなかった

 

「そうしたら、こんなに迷わなくて済んだかもしれないのに……」

 

このまま帰ればきっともう紅炎には会えない

それでいいのだろうか?

 

でも、紅炎も今日から遠征に行くと言っていた

きっと今頃忙しい筈だ

 

「急に逢いにいったら…迷惑…よね」

 

それに、誤解を招きかけない

紅炎は、エリスティアに妃になって欲しいと言った

断った身で、今さらどんな顔して会いに行けと言うのだ

 

しかし、今日を逃せばもう逢えない

そう思うと、ぎゅっと胸の辺りが苦しくなった

 

最後にもう一度だけ紅炎に逢いたい

 

そう思ってしまうのは、罪な事だろうか

 

そっと、首元のルビーのチョーカーに触れる

あの時の、ヤムライハの言葉が脳裏を過ぎった

 

『エリスにとって、シンドバッド王はどういう存在?』

 

シンドバッド

バアルの迷宮から“外の世界”を教えてくれた人

初めて見た、真っ直ぐで澄んだルフを持った人

 

幼い頃からずっと一緒に旅をしていて

いつも一緒で、嬉しい事も楽しい事も悲しい事も、分かち合ってきた人

 

そして―――初めて惹かれた人

 

こんな気持ち、シンドバッド以外に抱く事はないと――――そう、思っていた

――――紅炎に逢うまでは

 

練 紅炎

強引で、強くて、美しい宝石の様な柘榴石の瞳を持った人

でも、本当は優しくて気を使ってくれる人

眩しい程の輝かんばかりの綺麗なルフを持った人

 

多くの部下に慕われ、皆を統率する立場にありならが、周りを 気にしない人

 

そして――――シンドバッド以外に初めて惹かれた人

 

短い間のたった数週間

それだけなのに、惹かれてしまった

それぐらい、紅炎は眩しくて強烈だった

 

惹かれてはいけないと頭では分かっているのに、惹かれずにはいられなかった

 

どちらかだけを選ぶなど、今のエリスティアには出来なかった

“ルシ”である以上、誰かを選ぶ事は出来ない

いや、“ルシ”でなくとも、きっと選べない

 

自分がこんなに優柔不断だったのかと思い知らされる

 

どちらも、捨てられないなんて――――

 

そこまで考えて、エリスティアは小さくかぶりを振った

 

違う

自分はシンドバッドを選んだのだ

だから、シンドリアに帰る事を決めた

 

これでいい

これでいいのだ

 

その時だった、トントンッと扉を叩く音が聴こえた

はっとして顔を上げると、扉の向こうから蘭朱の声が聴こえてきた

 

「エリス、起きてる? なんか、お迎えの人が来たよー?」

 

そうだ、確か紅炎が迎えを寄越すと――――

そう思い、荷物を持って部屋を出ると蘭朱が待っていた

 

蘭朱は、エリスティアを見るとにこっと微笑んだ

 

「お迎えの人…びっくりするよー」

 

うふふと、蘭朱が楽しそうに笑いながらそう言う

彼女の言う意味が分からず、エリスティアが首を傾げた時だった

 

「ちょっとーまだなの?」

 

聞いた事のない声が、外から聴こえてきた

エリスティアが誰だろうと首を傾げた時だった

突然、一人の女性が現れた

 

「勝手に入って申し訳ありません。エリスティア様ですか?」

 

女性は不思議な装飾を身体に施していた

腕に呪文の書かれた護符を纏っていたのだ

 

女性はにこっと微笑むと

 

「申し遅れました、わたしく麗々と申します」

 

麗々と名乗った女性は丁寧にお辞儀をすると、すっと出口の方を指した

 

「参りましょう。皇子様がお待ちです」

 

「え…皇子って……?」

 

予想外の言葉に、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

紅炎は確かに、国に帰るのに迎えを寄越すといっていた

だが、誰が来るとは聞いていない

 

紅炎自身は忙しいので来れないとは聞いていたので、てっきり部下の一人でも護衛に付けてくれるのかと思っていたが……

 

皇子様って……

 

まさか、迎えとやらは皇族なのだろうか

瞬間、全身に緊張が走る

 

皇族と言えば、紅炎の義弟の白龍には一度だけ会ったが、他の人には会った事はない

 

白龍様って事はない…は、よね

 

流石にそれは違う気がした

一体誰なのかと思いながら外へと続く扉をくぐった時だった

 

「遅いよ!」

 

突然、怒鳴られた

エリスティアが慌てて「すみません」と謝罪して頭を下げる

 

目の前には、見た事のない珊瑚色の髪をした少年と

また、不思議な装飾を施した女性が二人いた

 

少年は、「ふーん」と言いながら、エリスティアの周りをじろじろと見ながら回った

 

「あ、あの……?」

 

なんだか不安になり、エリスティアが声を洩らした時だった

 

「あんたが、エリス?」

 

突然、少年にそう問われた

 

「あ、はい」

 

エリスティアが小さく頷くと、少年はまた「ふーん」と言いながらエリスティアの顔をじっと見た

 

「…………」

 

少年の行動の意図が読めず、エリスティアが困惑した様に表情を変えると

突然、少年はにやりと笑みを浮かべて

 

「まぁ、これなら合格かなー」

「合格……?」

 

ますます意味が分からず、エリスティアが首を傾げる

すると、少年は後ろに控えていた女性達の方に向かい

 

「お前達はどう思う?」

 

少年がそう問うと、顔を護符で覆った女性がこくこくと頷きながら興奮気味に

 

「はい~~~とてもお綺麗な方です!!! わたしく、感動してしまいました~~~!!」

 

「うん、美人…」

 

隣りにいる、腰から下に護符を纏った小さい女性もこくりと頷いた

 

「麗々は?」

 

少年は麗々にそう振ると、麗々はにっこりと微笑んで

 

「はい、大変お美しい方かと。それにとても聡明そうで…紅炎様に相応しい方かと思われます」

 

麗々のその言葉に、満足したのか…

少年は、ニッと微笑むと

 

「だよね~肌も髪もしっかり手入れされてる感じだし? 結構思ったより美人じゃん。ま、お前達の方が綺麗だけど」

 

少年がそう言うと、3人の女性が「紅覇様~~~!!」と少年に飛びついた

少年はそれを気にした様子もなく、よしよしと頭を撫でていた

 

目の前で繰り広げられる、奇怪な光景に首を傾げつつ

エリスティアは、思い切って少年に声をかけた

 

「あの…貴方様は……?」

 

エリスティアの問いに、少年がきょとんと目を瞬かせる

 

「あれ? 炎兄から聴いてない?」

 

「炎から…ですか? 炎からは迎えが来るとだけしか……」

 

「僕がその“迎え”なんだけど」

 

「え……っ」

 

まさかの、反応にエリスティアが大きく目を見開く

てっきり部下の一人を寄越してくれるのだと、思ったのに…来たのは皇族だったのだ

驚きもするだろう

 

すると、麗々が丁寧に

 

「こちらの方は、煌帝国 第三皇子・練 紅覇様です」

 

「え……」

 

第三皇子!?

と言う事は、紅炎の弟という事だ

 

まさか、そんな身分の方を寄越すなど誰が予想しただろうか

だが、紅覇と紹介された少年は気にした様子もなく

 

「本来なら、僕が誰かの送り迎え何て絶対やだけど。 まぁ、炎兄の大事な人だって言うし? どんな女か気になってたってのもあるしぃ~? たまにはいいかなって思ってね」

 

そう言って、紅覇はニッと微笑むと

またじーとエリスティアを見た

 

「あんたが、炎兄の想い人? 結構、美人だし? 頭もいいって話だし? 僕的には合格点あげてもいいよ」

 

「え…あの……」

 

合格と言われても……

 

エリスティアが困った様に苦笑いを浮かべると、紅覇は気にした様子なく

 

「じゃ、行こうか」

 

そう言って3人の女性たちの元へ戻っていく

 

「あ、あの、お待ちください!」

 

エリスティアは慌てて叫んだ

紅覇が不思議そうな顔をして、振り返る

 

「何?」

 

「あの、お気持ちは嬉しいのですが…炎…いえ、紅炎様の弟君に送っていただくなど恐れ多く……」

 

そこまで言い掛けたエリスティアを制したいのは紅覇だった

 

「だーめ! 僕、炎兄に直々に頼まれたんだから。 あんたの意思は関係ないよ」

 

そう言って、くいっと顎をしゃくると3人の女性がわらわらとエリスティアの方へやってきた

 

「さ、参りましょう。エリスティア様」

 

麗々が丁寧にそう言うと、残りの2人がぐいぐいとエリスティアを押し始める

 

「ま、待って下さい……あの!」

 

エリスティアの抵抗も虚しく、あっという間に目の前に広げられているじゅうたんに乗せられてしまった

 

「あの、紅覇様っ!」

 

なおも抵抗しようとするエリスティアに、紅覇は気にした様もなく

 

「だから、あんたの意思は関係ないって」

 

「そういう訳には……」

 

「それよりいいの? あの女に別れの挨拶しなくてさ」

 

言われてはっと気付い

 

慌てて蘭朱の方を見ると、蘭朱はにっこりと笑いながら手を振っていた

 

「エリス、国に帰ったら手紙頂戴ね」

 

その言葉に、エリスティアがこくりと頷く

 

「蘭朱…色々と、ありがとう」

 

エリスティアのその言葉に、蘭朱は笑い出した

 

「お礼を言うのは私の方! エリスのお陰でお母さんの具合も大分よくなったし、ありがとう!」

 

「じゃ、行こうか」

 

紅覇がそう言うと、ふわりとその大きなじゅうたんが宙に浮きはじめる

 

「エリスー! 元気でねー!!」

 

蘭朱が大きく手を振って来るのを見て、エリスティアも手を振りかえした

そうこうしている内に、どんどん地上から離れていき

あっという間にじゅうたんが上空に飛び立った

 

その光景に驚いたのは他ならぬエリスティアだった

 

「これ…迷宮道具(ダンジョンアイテム)ですよね?」

 

「そうですよー我が国には沢山ありますから~」

そう言って、顔を隠した女性がにっこりと微笑んだ

 

「申し遅れました、わたしく純々と申します」

 

「仁々」

顔を隠した女性が純々と名乗ると、隣の小さな女性も仁々と名乗った

「純々様と、仁々様ですね? 私はエリスティアと申します」

 

エリスティアが丁寧にそうお辞儀すると、純々が慌てた様に口を開いた

 

「様だなんてとんでもない! わたくし達は紅覇様の従者に過ぎませんから!」

 

「え…ですが……」

 

すると、そこに口を挟んだのは紅覇だった

 

「いいんだよ、呼び捨てにしてやりなよ。 そっちの方がこいつらも喜ぶって」

 

あははと笑いながらそう言うが…

流石に、呼び捨てには出来ずに

 

「では、…純々さんと仁々さんと……」

 

エリスティアがそう言うと、紅覇が急に身を乗り出してきた

 

「で? 僕には挨拶無し?」

 

「あ…申し訳ありません。エリスティアと申します。どうぞ、エリスとお呼びください 紅覇様」

 

「ふーん、まぁ、いいけど。 ちなみに、炎兄の事は何て呼んでた訳?」

 

「え……っ」

 

突然紅炎の話を振られ、エリスティアがサッと頬を赤く染める

 

言っていいのかしら……

「紅炎様」と呼んでいたなら問題ないが、字で呼び捨てにしていたのだ

それを紅炎以外に言うのは、少々憚られた

 

「あの…それは――――……」

 

「あ~気にしなくていいよ? ただどれぐらい親しかったのか知りたいだけだから」

 

「……………“炎”…と」

 

エリスティアが観念した様にそう答えると、紅覇が面白いものを聞いた様に目をキラキラさせ始めた

 

「まじで!? あの炎兄が!!? あんた、すごいじゃん!!」

 

面白いものを見つけた様に、紅覇が笑みを浮かべる

が、エリスティアは慌てて口を開いた

 

「ち、違うのです…っ! 紅炎様がそう呼ばないと離して下さらなくて…それで――――」

 

そう、あれは仕方なくそう呼び始めたのだ

決して、エリスティアの意思からではない

 

だが紅覇は益々面白そうに笑だし

 

「あの炎兄がそこまでするなんてさ、あんたよっぽど炎兄に惚れられてるんじゃん!」

 

「惚れられてるって……」

 

なんだか、他者に改めてそう言われると恥ずかしい

しかも、紅炎の身内からだ

 

「国中探したって、炎兄をそう呼ぶのはあんたぐらいだよ! エリス」

 

「え……」

 

まさかの反応にエリスティアがアクアマリンの瞳を見開く

 

「そう…なんですか?」

 

「そうだよ? 僕だって、炎兄本人には“兄上”って呼ぶし?」

 

「…………」

 

やはり、普通では無かったのだ

エリスティアの顔色が益々青くなるのを見て、紅覇がぷっと笑みを浮かべた

 

「いいんじゃない? 別に。 炎兄がそう呼べって言ったんだろ? じゃぁ、そう呼んでやればいいじゃん。 あんた、炎兄に選ばれたんだよ? もっと、堂々としてればいいよ!」

 

そう言って、とんっとエリスティアの胸を叩いた

 

「僕の事は好きに呼んでいいよー」

 

紅覇がなんだか楽しそうに笑いながらそう言うが、

改めてそう言われると困る

 

「えっと…紅覇様以外と言う事でしょうか?」

 

「そそ! 敬語も無しでね」

 

理解の早いエリスティアの反応に、紅覇が満足そうに頷く

 

「それはちょっと……」

 

皇族相手に、敬語も無しは正直つらい

だが、紅覇は一歩も譲らなかった

 

「炎兄には、敬語なんて使ってなかったんでしょ? だったら、僕にもいらないって」

 

確かに、よくよく考えれば紅炎には敬語というものは使っていない

それは、出会いからして紅炎の行動が奇怪だったからであって…

ある意味、あれは特例だ

 

エリスティアは少し考え

 

「じゃぁ、紅覇くん…はどうかしら?」

 

改めてそう言うと、紅覇は嬉しそうに微笑んだ

 

「新鮮でいいじゃん~! 将来の義姉上にそう呼ばれるとは光栄だね」

 

「な…何言って……っ」

 

紅覇の言葉に、エリスティアが頬を赤らめる

義姉上って……

 

それでは、まるで自分と紅炎が結婚するみたではないか

 

それを聞いたエリスティアが慌てて訂正しようと口を開きかけた瞬間

 

「きゃぁ~~~やっぱり、紅炎様とエリスティア様はご結婚されるんですねぇ~」

 

と、純々が興奮気味に叫びだした

 

「あの……! ちが……っ」

 

「違う」と訂正しようとするが、今度は麗々と仁々に阻まれた

 

「お似合いですよね」

 

「うん、理想通り」

 

すると、それに便乗する様に紅覇まで

 

「お前ら、良い事言うじゃん! エリスなら炎兄任してもいいよな~」

 

「ですよね! ですよね~~~! お似合いですぅ~」

 

「エリスティア様は、私達の想像を遙かに超える素晴らしい方ですもの

 

「頭もいいみたいだし、性格も良さそう」

 

「だよな! 僕、エリスの事気に入っちゃった!」

 

どんどん飛躍する話に、慌ててエリスティアが口を開いた

 

「あ、あの! 待って下さい!!」

 

突然のエリスティアからの声に、4人がこちらを見る

 

「あの…お話が盛り上がっている所申し訳ないのだけれど…私、炎とはそういう関係では……」

 

一瞬、紅覇が目を瞬かせたかと思うと、次の瞬間ニッと笑った

 

「そうかな? いずれはなると思うけど? だって、炎兄に求婚されてるんだろ?」

 

「え!!?」

まさかの紅覇からの言葉に、エリスティアがさっと顔を赤らめる

それを肯定と取ったのか、紅覇が「やっぱりね~」と答えた

 

「炎兄、かなり本気っぽかったから。 エリス逃げられないよ?」

 

ニマニマと笑みを浮かべならそう言う紅覇に、エリスティアが益々顔を赤らめる

 

「そんな事言われても……困ります」

耳まで赤くなり、思わず手で顔を覆ってしまう

その様子をみて紅覇がくつくつと笑い出した

 

「そんな表情で言われても、全然説得力ないよ~エリス?」

 

「…………っ」

 

そう言われると、そうかもしれないが……

だからと言って、ここで頷く訳にもいかなかった

 

「もう、紅覇くん。からかわないで」

 

「からかってなんていないさ。エリスなら炎兄任してもいいと思うし、何よりもあの炎兄が本気だしね~! それに、僕もエリス気に入ってるし? エリスが義姉上なら大歓迎だよ」

 

その時だった、じゅうたんがぴたりと止まった

 

「あ、着いたみたいだよ?」

 

「え?」

 

一瞬、何処に? と、疑問に思う

が、下を見た瞬間「あ…」と声が洩れた

 

「炎兄に挨拶したいんじゃないかと思ってさ~。 僕に感謝してよ?」

 

そこには、遠征に出発前の紅炎がいたいのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

送り迎えの役目は、紅覇にしましたww

単なる、趣味です

 

さー第二夜も、もう終わりですよー

ささ、最後の32話へどうぞ~

 

2014/05/21