CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 3

 

 

 

「何なんだ、お前は!!」

 

ドルジがどんっと、顔を真っ青にさせながら思いっきり机を叩いた

ババとトーヤにしがみ付くアラジンが少しだけびくりと肩を震わせる

 

3人を取り囲む様に座っていた皆がざわざわとざわめく

 

「怪しげな化け物…まさか、煌帝国の斥候(スパイ)か!?」

 

すると、トーヤが少し困った様にアラジンの手を握りながら

 

「何言ってるの…こんな小さな子が敵の斥候(スパイ)な訳ないじゃない…」

 

「それも…そうだが……」

 

皆が顔を見合わせる

確かに、トーヤの言う通りこんな小さな子を煌帝国が斥候(スパイ)として放つだろうか

だが、まだ楽観視はできない

 

「名前は?なんであんな山裾なんかに1人でいたんだ?何処からどうやって来たんだ?」

 

仲間の1人が問う

すると、アラジンは小さく頷くと

 

「僕は、アラジンさ。チーシャンという街にいたんだけど…知らないかい?」

 

「チーシャン??」

 

ドルジだけではない

皆が互いに顔を見合わせて首を傾げた

 

聞いた事のない地名だった

 

その時だった

仲間の1人が何かを思い出したかのように

 

「そういえば…西方の商隊(キャラバン)から聞いた事あるぞ。西の彼方にあって歩くと2年は掛かると言ってたな」

 

その言葉に、アラジンがぎょっとした様に顔を真っ青にさせた

 

「ええ!?そんなに遠いのかい!!!?」

 

そして、がっくしとうな垂れる様に肩を落とした

アリババと一緒に旅をしようと約束したのに

いくらなんでも、遠すぎる

 

すると、その時だった

ババが、ほっほっほと笑いながらアラジンんの肩を叩いた

 

「大丈夫じゃよ。二週間後に春の定期市があるんじゃ。その時来る、西方の商隊(キャラバン)にの車に乗せてもらえばよい。そうすれば、速く帰れるよ」

 

「ほんとう!?良かったぁ!!」

 

ババの言葉に、アラジンが嬉しそうに顔を綻ばす

余りにも嬉しそうにするアラジンに、トーヤがくすりと笑みを浮かべた

 

「そんなに早く帰りたいの…?」

 

「うん…友達との約束があるからね」

 

アラジンは遠くの空を眺めながら微笑んだ

 

 

『世界中のワクワクするものを全部一緒に見に行こう!なぁ、アラジン 約束だぜ!』

 

 

うん、アリババくん

もう一度、キミに会いに行くよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜は、大騒ぎだった

皆が皆、思い思いに飲み食い、語り合う

 

その様子を、アラジンはババの隣で見ていた

 

「にぎやかだねぇ~」

 

「大家族じゃからのぅ」

 

そう言って、ババがほっほっほと笑みを浮かべる

 

「み~~~んな、家族なの?」

 

「そうさ。我ら黄牙の一族は何百年もの間、共に生き、死に、生まれ、互いを愛しみ続けてきた同じ血の流れる家族じゃ……」

 

「……フ~~~ン…家族かぁ…」

 

あの時、彼が何と言っただろうか…

 

『貴方に家族はいません』

『親もいません。貴方は他の人間とはまったく違う特異な存在なのです』

 

誰もいないと彼は言っていた

自分には親も兄弟も”家族”と呼べる人は誰も――――…

 

「家族か―――いいねぇ……」

 

ぽつりとアラジンがそう呟いた時だった

不意に、ババが笑い出した

 

「何を言っとる」

 

「え……?」

 

「草原の民は共に暮らせば一心同体。お主も、もう我らが家族………ババの子じゃ!」

 

そう言って、優しくアラジンの頭を撫でた

 

「……………」

 

一瞬、アラジンは何を言われているのか分からないという風に、目を瞬かせた

が、次の瞬間ぱぁっと嬉しそうに微笑み

 

「おばあちゃん、大好き――――!!!」

 

「ほっほっほっほ……ゴフッ…!!」

 

ぎゅーと、ババに抱きついたのだった

が、力強すぎてババの身体がゴキュ!と響く

 

ぎょっとしてトーヤが止めに入ったのは言うまでもない

 

だから、気付かなかった

その時、遥か東の地より大帝国の侵略の足音が村へと近づいていた事に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

ガシャンという音と共に、持っていた皿が音を立てて割れた

エリスティアは小さく息を吐くと、その皿の破片をひとつずつ注意しながら拾った

 

「はぁ……」

 

知らず、溜息が洩れた

 

失敗してしまった

貴重な桔梗なのに、目の前に散らばる粉末をみながらエリスティアはまた小さく息を吐いた

と、その時だった

 

バタバタと奥の方から1人の少女が姿を現した

 

「エリス? なんだか、凄い音が――」

 

「あ…ごめんなさい、蘭朱。少し失敗してしまっただけなの」

 

そう言ってまた残りの破片を拾おうと手を伸ばした

蘭朱と呼ばれた少女は、それを見てぎょっとした様に慌てて止めに入った

 

「ちょっと、エリス! 怪我するって!!」

 

蘭朱が破片を拾うエリスティアを寸前の所で止める

そして、箒と塵取りを持ってくると手際よく破片を集めだした

 

「もう、こういうのはこうするの!本当にエリスはこの手の事は全く駄目ね」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

蘭朱の言う通りだった

実際、料理・掃除・洗濯など色々チャレンジしたがどれも惨敗だった

今までそう言った事をした事が無かったし、する環境でもなかったので、どうやってよいのかがまるで分らなかったのだ

 

蘭朱は割れた皿を綺麗に片付けると、ふふっと笑みを浮かべた

 

「エリスが森で倒れてたのにはびっくりしたけれど、家事全般出来ない事にはもっと驚いたな」

 

「えっとその…ごめんなさい」

 

助けてもらってばかりなのに、何だか世話になってばかりで申し訳なくてエリスティアは小さく肩を落とした

その様子に、蘭朱が慌てて首を振る

 

「ああ!悪い意味じゃないって! だって、エリスってどこかのお嬢様とかでしょ? 見れば分かるよ。 だったら、出来なくても仕方ないじゃない? まぁ、あんな所に倒れてたのも何か事情があるんだろうし! それに、エリスには他の事でお世話になってるからね」

 

そう言って、にっこりと蘭朱が微笑む

 

そう、あの日、アモンの迷宮から脱出した時

エリスティアの目覚めた場所は、見知らぬ森の中だった

その時、たまたま通りかかったこの蘭朱が助けてくれたのだ

 

それで分かった、ここはチーシャンよりもずっと東の地

あの煌帝国内だったのだ

 

どうりで、見る物すべて見た事のないものばかりよね…

 

彼等の着る服も、調度品も、道具も、何もかもがエリスティアの知る物とは異なっていた

実際、家事全般出来ないのは道具を知らないからではないのだが…

 

それ自体は、シンドリアの王宮にいる時も、その前も一度としてした事が無かったので、勝手自体が分からないと言った方が正しい

だが、助けてもらった手前何かお返しをと思ってチャレンジしてみたのだが…逆に迷惑を掛ける羽目になってしまった

 

「それで、夜の薬は飲んでくれたかしら?」

 

エリスティアの問いに、蘭朱がにっこりと微笑む

 

「うん、お母さんもうぐっすり眠ってるよ」

 

「そう―――それなら、よかった」

 

そう言って、エリスティアがほっと胸を撫で下ろす

その言葉に、蘭朱がにっこりと微笑んだ

 

「本当に、エリスには感謝してもしきれないよ。こうしてお母さんが咳とかせずに穏やかに眠ってるのなんて久しぶりだもの」

 

蘭朱の母は病を患っていた

その病気は移るらしく、蘭朱は母と一緒に村から離れた森の近くでひっそりと暮らしていたのだった

そんな母を看病しながら、少しでも栄養を付けてもらおうと森の実などを取りに行ったときに、エリスティアを発見したのだという

 

最初に起きて、蘭朱の母を見た時、医者ではないエリスティアには何の病気かは分からなかった

それは、とても難しい病気で、治るかどうかも分からないのだと蘭朱は言った

だが、エリスティアはそんな蘭朱の母の病状を緩和する方法を知っていた

 

それが、この桔梗から作る薬だった

薬の処方はヤムライハなどから聞いて知っていたし、どんな症状に聞くかも知っていた

だが、肝心の桔梗は絶滅危惧種と言われる程貴重な種で、何処に咲いているか皆目見当もつかなかった

 

しかし、偶然にも桔梗の生息地が近くにあった

あったが、そこは地元人が近づかないとされる森の奥の毒草地だというのだ

 

「桔梗が薬だなんて絶対誰も知らないよ?」

 

蘭朱もそう言って、最初は戸惑っていた

だがエリスティアは蘭朱の目の前で煎じたその薬を飲んで見せたのだ

 

ぎょっとしたのは、蘭朱だった

地元人でも死人が出たとされる桔梗の花

その桔梗の根を煎じた物を彼女は飲んだのだ

 

だが、エリスティアは平然としていた

そして、エリスティアが危険をおかしてまで毎日桔梗を採りに行く姿を見て心が揺らいだのか

蘭朱は、彼女の作った薬を自分で飲んだのだ

そうすると、すっと気持ちが和らいだのだという

 

だから、母に飲ませる事にした

 

すると、母は、一日一日と咳をしなくなってきた

あんなに続いていた微熱も落ち着いて来て、食事さえとってくれるようになったのだ

 

「桔梗の根は生だと毒だけれど、ちゃんと湯煎して煎じればとても良い薬になるのよ、それに―――」

 

恐らく、死人が出たというのは桔梗ではない

実際、桔梗の生息するあの丘には桔梗に似た桔梗ではない花が多く咲いていた

きっとその花を口にしたのだろう

 

あの花は有毒植物の一種だった

若芽や茎汁を含む全草に、有毒な毒素が含まれている

勿論、上手く煎じれば薬にもなるが…毒ともなり中枢神経を刺激し、頭痛、嘔吐、下痢、呼吸困難・麻痺、心臓麻痺を引きおこし死亡に至ることもあるのだ

 

だが、見た目は桔梗以上に大変美しく、人を魅了する

 

「エリス?」

 

不意に、言葉を切ったエリスティアを不思議に思ったのか、蘭朱が首を傾げる

そんな蘭朱に、エリスティアは「何でもないわ」とだけ答えた

 

きっと、この事は言わない方がいいだろう

彼女を怖がらせて、疑心暗鬼にさせるだけだ

 

エリスティアは、すり鉢の中の粉末を袋に詰めると、蘭朱に渡した

 

「はい。これは、明日の朝の分と、昼の分」

 

「ありがとうー」

 

蘭朱が嬉しそうに、その薬を受け取る

それは嬉しくて、エリスティアも嬉しそうに顔を綻ばせた

 

明日はもう少し多めに取ってこないと―――……

 

先程、落としてしまった分を補充しなければいけない

でなければ、明後日の薬が無くなってしまう

 

明日…か

明日もあの人来るのかしら……

 

今日出逢った、赤銅色の髪をした不思議な雰囲気の男

 

出来ればもう会いたくなかった

 

会ってはいけない――――そんな気がするのだ

 

だって……

 

エリスティアは、ぎゅっと自身の腕を掻き抱いた

 

あの人に逢うと、シンドバッドに初めて逢った時と同じようにルフ達がざわめく

身体中の血が沸騰する様に、脈打つ

 

こんなの……シン以外知らない

 

今まで誰に会ってもなかった感情

シンドバッドにだけしか感じなかった“それ”をあの男から感じるのだ

 

危険だと…

何かが“警告”する

 

“近づいてはいけない”と―――

 

 

でなければ、きっと私は――――

 

 

 

    この気持ちを押さえられなくなる――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄牙と、煌帝国内でお送りしておりますー

と考えると、意外と近い所にいるよね?二人ともww 

 

2013/09/26