CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 27

 

 

 

ぱしゃん…と冷たい水で顔を洗って鏡を見る

鏡に映った自分を見て、エリスティアはふっ…と微かに笑みを浮かべた

 

「酷い顔……」

 

あれから、数日

あの日、朝紅炎に送られて蘭朱の家に帰った

それから、紅炎には会っていない

何でも、近々遠征にまた出るとかで準備に追われているらしい

 

だが、エリスティアには逆に会えない事の方がほっとした

今、会ってもどんな顔で会えばいいのか分からない

 

もう少ししたら、私も国に帰る

炎も遠征に出る

 

これでいいのだ

これ以上、紅炎と関わりを持ってはいけない

 

ぎゅっと、持っていた布を握り締める

 

私には、シンがいるもの

たとえ、紅炎が想いを寄せてくれたとしても、応える事は出来ない

 

ううん……

シンドバッドの件がなくとも同じ事だ

 

私は、“ルシ”だ

決して、誰かと共に歩む事は許されていない

 

鏡を見た

ずっとここ最近寝不足で、目の下に隈ができている

顔色も血の気がないくらい白くなっているし、とても人前に出られる顔じゃない

 

「……今回は、後 何年……それとも、何十年……」

 

そこまで言い掛けて、エリスティアは小さく首を振った

 

考えては駄目だ

“ルシ”は、“ルシ”の使命の事だけ考えればいい

きっと、シンドバッドも尽力してくれているし、近い未来 きっと“組織”は無くなる

そうすれば…私は――――……

 

 

「………………」

 

 

ぱしゃん…と、水が跳ねた

 

そうしたら…シンはどうするだろう……

私が居なくなった時、シンは――――………

 

考えたくなかった

でも、これが現実だ

 

いずれ、きっと私はシンよりも先に逝く

その時、シンドバッドはどうするだろうか……?

 

ふと、あの時のシンドバッドの言葉が脳裏を過ぎった

 

 

『俺が、お前を護ってやる!! “ルシ”の使命からも! “組織”からも!! 俺が何とかしてやる!! だから、お前は俺を信じろ!!』

 

 

もし、本当にそれが可能ならどんなにいいか…

信じれるものなら、信じたい

 

でも………

 

「私は、“ルシ”なのよ……」

 

その兆行はすでに出ている

現に、身体の成長は10年前に止まってしまった

 

鏡をみると、そこには10代の若い娘の姿の自分が映っていた

その姿が余りにも滑稽すぎて、笑みすら浮かんでくる

 

「これで、シンと2つ違いだなんて誰も信じないわね……」

 

シンドバッドは、よく“おじさん”と言われて嘆いているが

エリスティアから言わせれば、普通に歳を取って行ける彼が羨ましい

 

恐らく、エリスティアの身体の成長はもう進まない

死ぬまでこの姿のままだ

 

そして、“使命”を果たした時、この命は――――……

 

ばしゃん!と、水桶を叩いた

水が飛び散り、ポタ…ポタ…と、零れ落ちる

 

「……私……“ルシ”になんて、生まれたくなかった……っ!!」

 

そうすれば、こんなに苦しまなくて良かった

苦しむ事もなかった

 

シンドバッドと一緒に、歳を取っていけた

同じ、“時”を歩めた

 

そうすれば、紅炎の事でこんなにも悩まなくて済んだ

 

でも、これが現実

 

私は、世界唯一の“ルシ”で、“ルシ”の“使命”を果たすまで死ねない

そして、“使命”を果たした時、この命は終わる

 

それは、何年後か、何十年後か

それとも、何百年後か

その時、シンドバッドは? 紅炎は?

 

 

「―――――……っ」

 

 

私は――――1人だ………

 

その時だった

 

「エリス?」

 

不意に名を呼ばれ、はっとして振り返ると 驚いた顔の蘭朱が立っていた

 

「蘭朱……?」

 

「もー何やってるのよー!!」

 

エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせていると、蘭朱がずかずかと入って来た

そして、びしょ濡れになったエリスティアを見て、持って来た新しい布で拭きはじめる

 

「まったく、エリスは本当にこういう事は出来ないんだから!!」

 

そう言って、濡れた手や身体を丁寧に拭いて行く

エリスティアは、反論する事もなくただ大人しく拭かれていた

 

「蘭朱……」

 

「なぁに?」

 

蘭朱が、エリスティアのストロベリーブロンドの髪を拭きながら答える

 

「……私、そろそろ国に帰らないといけないの…」

 

「やっと帰る気になったのね、いいんじゃない」

 

そう言いながら、丁寧に髪を拭いて行く

蘭朱のあまりにも淡泊な答えに、エリスティアは少し戸惑いを見せながら

 

「その…お母様の事は途中になってしまうのだけれど……」

 

瞬間、ぴたっと髪を拭いていた蘭朱の手が止まった

それから、じっとエリスティアを見つめて

 

「その事なんだけれど、実は紅炎様がね……」

 

「え……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリスティアは、森の中を走っていた

先程の蘭朱の言葉が脳裏を過ぎる

 

『紅炎様が、いいお医者様を紹介してくれるっていうの』

 

そんな話し、聞いていない

 

『うちには、治療費が無いっていったら、自分が立て替えてくれるって――――……』

 

どうして……

 

『だから、これから働いて少しずつ返してくつもり』

 

どうしてそこまでしてくれるの!?

 

ドレスが木に引っ掛かって刷れる

それでも、エリスティアは青藍の丘に向かって走った

 

ザァ……

 

瞬間、視界が開けて紫の花々が一斉に視界に入ってくる

 

「はぁ……はぁ……」

 

エリスティアは、ドレスが汚れるのもお構いなしに花畑の中に足を踏み入れた

どんどん、奥へと入っていく

 

いつも、紅炎と会っていた場所

別に、約束などしていない

途中からは、紅炎が迎えに来るようになって一緒に向かう様になった

 

紅炎と二人だけの時間の場所――――

 

ザァ……と、風が吹いた

エリスティアの、ストロベリーブロンドの髪が風になびき揺れる

 

「……いない、わ…よね……」

 

居る筈が無い

今頃、宮中で忙しく準備をしている筈だ

 

ここに、来るはずがない

 

瞬間、足ががくっと崩れたかと思うとその場に、へなへなとへたり込んだ

 

会ってどうしようというのか……

紅炎の想いに、応えられないのに会ってどうしろと……

 

「……何、やっているのかしら…私」

 

滑稽すぎて、乾いた笑みしか浮かばない

そのまま、エリスティアはゆっくりと身体を横に倒した

 

とさ…と、小さな音がし、視界が一気に反転する

目の前に広がる紫の花

空は青く、鳥が飛んでいる

 

 

このままここで眠っていたら、この身を滅ぼす事が出来るかしら……

 

 

 

そんな事を思い、すぅっと息を吸うとゆっくりと瞳を閉じた

夢を見た

 

シンドバッドの横に立ち、一緒に微笑む夢

その腕には、小さな赤子の姿

 

赤子が笑うと、嬉しくて幸せな気持ちになる

そっと、シンドバッドが肩を抱き、慈しむ様に赤子に話し掛けた

 

変な夢だ

そんな事、ある筈が無いのに…

 

私は、シンの妻じゃない

妻にはなれない存在

 

その私が、シンとの子をこの腕に抱くなどあり得ない

 

そして、それを傍観している自分がいた

 

ふと、振り返ると紅炎が立っていた

その横には、やはり自分の姿があった

 

赤い衣に身を纏い、紅炎と並んで歩く

ああ…これは、婚礼の儀式の風景だろうか

 

紅炎が笑うと、ほのかに頬が熱くなる

彼の手が、腰にまわり抱き寄せられる

 

やっぱり、変な夢だと思った

 

一方では、シンドバッドとの幸せな家庭

一方では、紅炎との婚礼

 

どちらも、エリスティアの中には“あり得ない未来”だった

 

もし、“ルシ”ではなかったら、どちらかの“未来”を歩んでいたのだろうか……

分からない…

でも、きっと“ルシ”でなければ、彼らに会えなかった

惹かれる事はなかった

 

そう思うと、やはり自分は“ルシ”でなくてはならなかったのだ

 

皮肉な話だ

“ルシ”である為に、“同じ時”を歩めないのに

“ルシ”でなくては、“出逢えなかった”などと……

 

神様は意地悪だ……

 

その時だった

 

 

「……エリス」

 

 

不意に、名を呼ばれた気がした

一瞬、気のせいかと思いつつも、ゆっくりと重い瞼を開ける

 

と、その時だった

 

「起きたか、エリス」

 

いつの間に来たのか、直ぐ傍に紅炎が座っていた

ぎょっとして、慌てて起き上がると髪やドレスなど、身なりを整える

 

「……起きるのか?」

 

「え、ええ……」

 

なんだか、寝顔を見られた恥ずかしさで、頭がパニックになりそうだった

 

どうして、炎がここに……!?

 

頭が混乱して、思考が追いつかない

紅炎が立ち上がり手を伸ばしてくる

少し躊躇いがちに、エリスティアはその手に自身の手を重ねた

 

ゆっくりと紅炎に引き寄せられる

そのまま立ち上がると、辺りは既に真っ暗だった

 

日は沈み、空には月と星が浮かんでいる

 

「炎…? どうしてここに……?」

 

一番疑問に思った事を口にすると、紅炎は微かに笑みを浮かべると

 

「……ん? ああ、エリスに逢えるかもしれないと思ったからな」

 

「え……」

 

一瞬、何を言われているのか分からず、エリスティアが小さく首を傾げた

その様子が可愛らしく思えて、紅炎がそっとエリスティアの頬に手を伸ばしてきた

 

「……不思議だな…。ここに来れば、逢える気がしたのだ」

 

「え…ん……?」

 

いつもと違う雰囲気の紅炎に、エリスティアが息を飲む

 

「ここ数日、お前に逢えなくて気が狂いそうだった」

 

「……………っ」

 

瞬間、エリスティアの顔が熱を帯びていった

 

「な、何言って……」

 

慌てて視線を反らす様に、下を向くがそれは紅炎によって阻まれた

そのままついっと、上を向かされたかと思うと紅炎の美しい柘榴石の瞳と目が合った

 

「あの…離し……っ」

 

なんだかそれが恥ずかしくなり、慌ててエリスティアがそう口にするが

紅炎は、くすりと笑みを浮かべて

 

「……嫌だといったら、どうするのだ?」

 

「~~~~~っ、意地悪…」

 

むぅ…と膨れてそう言うエリスティアに、紅炎がくすりと笑みを浮かべた

すると、そのまま腰をぐいっと抱き寄せられた

 

「ちょっ……」

 

慌てて抵抗しようとするが、がっちり掴まれていてびくともしない

その様子に、紅炎がまたくつくつと笑い出した

 

「……逆効果だな。そう抵抗されると、逆に離したくなくなる」

 

「もぅ…! 炎!!」

 

更にふくれっ面になったエリスティアを見て、紅炎はやはり笑っていた

 

「その顔も反則だな」

 

そう言って、優しくエリスティアのストロベリーブロンドの髪に口付けを落とす

瞬間、かぁっ…とエリスティアがますます頬を赤らめた

 

「あ、あの…! そういうのは――――」

 

「……駄目か? 愛しいお前に触れたいと思うのは仕方のない事だ」

 

そう言って、更に瞼に口付けられた

 

「……………っ」

 

「エリス――――……」

 

甘く名を呼ばれ、頭の中がとろけそうになる

このまま流されてはいけないと分かっているのに、流されそうになる――――

 

「だ…め………」

 

何とか、精一杯の抵抗を示すが

それは、再び降ってきた紅炎の口付けによってかき消された

瞼に落とされた口付けは、甘く

とても、エリスティアでは太刀打ち出来そうになかった

 

なんだか、いつも以上に甘い紅炎に違和感を感じ、エリスティアは小さく首を傾げた

その時、ふとある事に気付いた

 

「炎…少し飲んでる……?」

 

それは、シンドバッドがよく匂わせている酒の香だった

エリスティアの問いに、紅炎が微かに笑みを浮かべ

 

「…ん? ああ…少しな」

 

どうりで、いつのも紅炎らしからぬ行為の筈だ

だが、そこまで酔っているという風ではない

 

「…今日は遠征前の宴だったからな」

 

「え……っ」

 

宴って…

 

遠征前の宴なら、紅炎は主賓ではないだろうか

そんな重要な宴を抜け出して来てしまって良かったのだろうか…?

 

そう思うも、紅炎はさほど気にしている様子は無かった

 

「……戻らなくていいの?」

 

エリスティアが、そう尋ねると紅炎は小さく首を傾げた後、何でもない事の様に

 

「……ん? ああ…構わん」

 

「でも……」

 

そこまで言い掛けた時だった、不意に、エリスティアを抱きしめる手に力が篭った

 

「お前が居ない宴など、居てもつまらんだけだ」

 

そう言って、また髪に触れてくる

 

「そう言われても…」

 

エリスティアは部外者だ

宴に出席出来る訳がない

 

エリスティアが小さく息を吐いて、紅炎を見ると

紅炎の美しい柘榴石の瞳と目が合った

 

すると、紅炎はついっとエリスティアの顎を持ち上げ

 

「俺にとっては、遠征前の貴重な時間はお前といる方がずっと有意義だ―――エリス」

 

瞬間、すっと紅炎の顔が近づいて来た

どきっと、エリスティアの心臓が大きく鳴り響いた

 

そのまま、どんどん紅炎の顔が近づいて来て―――

 

口付けされる―――――……

 

そう思った時だった

ぐらりと紅炎の身体が揺れたかと思うと、そのままエリスティアに向かって圧し掛かって来た

 

「きゃっ…!」

 

いきなり襲ってきた重圧に耐えられず、エリスティアがそのまま花の中に倒れ込む

 

「ちょっ……炎!?」

 

なんとか、紅炎をどかそうと身体を揺さぶってみるがまったく反応がない

完全に、寝ている……

 

「嘘でしょう……」

 

一体、どれだけの酒量を飲んできたのだろうか

エリスティアは小さく息を吐くと、そのまま空を眺めた

 

空は星がいっぱいで、とても綺麗だった

 

なんとか、紅炎の下から這い出るとそのまま彼の頭を膝に乗せる

紅炎の寝顔を見るのは、これで3度目だった

 

よくよく考えると、よく寝ている姿を見ている気がする

 

そっと、赤銅色の髪に触れてみると柔らかくとても綺麗だった

 

「……びっくりしたのよ?」

 

こうして見ると、きっとずっと政務で疲れていたのだというのがよく分かる

その合間に、来てくれていたのだ

 

なんだか、申し訳ない気持ちにさせられる

それでも――――

 

逢えて嬉しいと思ってしまうのは…

罪…なのかもしれない――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ紅炎様にも決めて頂かないと!

でも、酒の勢いはだーめーよー

シラフでね!

 

もう少しで煌帝国ともオサラバですな!

 

2014/04/12