CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 28

 

 

 

ザァ……

 

風が吹く

エリスティアの、長いストロベリーブロンドの髪が風に揺られてさらさらとなびく

 

顔に少し掛かった髪を避けながら、エリスティアは膝の上で気持ちよさそうに寝ている紅炎を見た

 

そっと、髪に触れてみる

柔らかい、赤銅色の髪がエリスティアの指からすり抜けていく

 

「綺麗な髪……」

 

端正な顔立ち

すっと通った鼻も、形の良い唇も

なにもかも、洗礼された美しさを持っていた

 

エリスティアは、そっと紅炎の頭を撫でながら一度だけそのアクアマリンの瞳を瞬かせた

 

「どうして―――……」

 

蘭朱のあの言葉が脳裏を過ぎる

 

『紅炎様が、いいお医者様を紹介してくれるっていうの』

 

「どうして、そこまでしてくれるの……?」

 

紅炎にとって、蘭朱は関係のない事だ

なのに、医者を紹介して

尚且つ、治療費まで立て替えてくれるという

 

どうして、そこまで心を砕いてくれるのか――――……

 

ザァ……とまた風が吹いた

 

 

「私―――…帰るのよ……?」

 

 

そう、もう少ししたらシンドリアに帰る

待っている人がいる

 

もう何か月も触れ合ってない、大切な人――――……

 

確かに、紅炎の事も好きになりかけている

一緒に居られたら、楽しいだろう

 

でも……

 

「私はね…炎………」

 

さらりと、紅炎の髪を撫でる

 

「貴方の事も好きだけれど…やはり、シンが一番好きなのよ――――……」

 

瞬間、ザァ…と今までにない位強い風が吹いた

紫色の花弁がくるくると空中に舞っていく――――……

 

まるで、エリスティアの言葉をかき消すかのように、その花弁は上空に舞い上がると白いルフと一緒に降り注いできた

 

それは、雪の様にキラキラと輝いていた

 

「綺麗……」

 

ルフが喜んでいるのが分かる

紅炎とエリスティアの回りのルフが喜んでいる

 

エリスティアは、ゆっくりとアクアマリンの瞳を閉じた

感じる

 

風や木、花や空気

 

沢山のルフ達が謳っている

喜びを謳っている

 

「ふふ……」

 

エリスティアも何だか嬉しくなり、思わず笑みが零れた

その時だった、ふと下から手が伸びてきたかと思うとエリスティアの頬に触れた

 

はっとして、下を見ると紅炎がいつの間に起きたのかエリスティアの髪で遊ぶ様に指を絡ませていた

 

「炎…? 起きたの?」

 

「……エリス―――……お前は、帰るのか…?」

 

「え……」

 

ああ…

きっと、先程の言葉が聴こえていたのだ

 

エリスティアは少しだけ寂しそうな顔をした後、小さく頷いた

 

「ええ……待っている人達がいるの」

 

そう―――待っている人達がいる

シンドバッドだけではない

ヤムライハやピスティや、他の八人将

そして、シンドリアの民

 

皆、エリスティアの帰りを今か今かと待ちわびている

 

そうだ―――私には帰る場所がある

たとえ、シンドバッドと死に別れたとしても、自分にはシンドリアがある

この命尽きるまで、シンドリアを見守り続けなければならない

 

それが、シンドバッドの――――シンドリアの“ルシ”としての義務だ

ううん、義務だからじゃない

エリスティアが、そうしたいのだ

 

何を迷っていたのだろう……

シンドバッドの愛するシンドリアがある限り、私はそれを見守り続けるだけだ

 

その時だった、ゆっくりと紅炎が起き上がった

 

「炎……?」

 

紅炎は少しだけ頭を押さえた後、ゆっくりとこちらを向いた

 

「―――エリス」

 

「え……?」

 

「明日、もう一度この時間にこの場所に来てほしい」

 

「明日……?」

 

エリスティアの言葉に、紅炎が小さく「ああ…」と答えた

 

「俺は、明後日の明朝にはここを発つ」

 

ザァ…と風が吹いた

 

「……戦争に…行くの……?」

 

エリスティアの問いに、紅炎は頷くでもなく否定するでもなく、小さく微笑んだ

 

「東方の異民族が少々暴れている様なのでな、出立を早めた」

 

「でも……」

 

“戦争”と聞いて、いいイメージはしなかった

ふと、紅炎の手が伸びてきたかと思うと、そのままエリスティアの頬に触れた

 

「以前話しただろう? 世界を一つにする為の戦だ」

 

以前、紅炎が禁城で話してくれた話

世界を一つにするという話

 

もし、それが出来たらどんなに素晴らしい事か――――……

 

「でも…戦は人の命を奪うわ……」

 

“戦争”とは、”命の奪い合い“だ

出来る事ならば、誰にも傷付いて欲しくない

 

もし、紅炎の身になにかあったらと思うと、安心できない

 

それを察したのか、紅炎が微かに笑みを浮かべた

 

「……俺の身を案じてくれているのか…? 安心しろ、俺は死なぬ」

 

そう言って、優しく頬を撫でた

それから、名残惜しそうにその手を離すと、紅炎はそのまま森の奥へと消えて行った

 

残されたエリスティアは、ただただその背中を見送る事しか出来なかった――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、エリスティアは眠れなかった

紅炎のあの言葉が脳裏を過ぎる

 

 

 『明日、もう一度この時間にこの場所に来てほしい』

 

明日……

話が…ある、の、よね……?

 

一体、何の話だろうか……

でも……

 

私も言わなければ

 

もう、心は決まった

私は、シンドリアに帰る

シンドバッドの元に帰る

 

そう決めたのだ

 

紅炎も、明後日には遠征に出る

エリスティアも国に帰る

 

これでいいのだ

 

そう――――これで、いいのよ……

 

 

そのままゆっくりと目を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリスティアは、朝からぱたぱたと忙しく動いていた

国に帰ると決めたからには、やれる事は全部やっておかなければならない

 

朝早く、蘭朱の家を出ると紅炎に教えてもらった薬草の生えている森へと急いだ

そして、取れるだけの薬草や桔梗を採ると、足早に蘭朱の家に戻った

 

「あ、エリス? おはよう。早いね」

 

蘭朱が井戸で水を汲みながら挨拶してくる

どうやら、朝食の用意をしている様だ

 

「え? ええ、おはよう蘭朱」

 

挨拶もそこそこで、エリスティアはそのまま部屋に戻った

蘭朱は、不思議そうに首を傾げていたが、時間が惜しかった

 

部屋に戻るなり、薬の調合を始めた

 

作れるだけでも作っておかないと

 

蘭朱の母は、医者に診てもらえるから、薬も処方してもらえるだろう

だが、万が一の時の為に、作り置きの薬を作っておこうと思ったのだ

 

せかせかと、食事も取らずに薬を作るエリスティアを見て、蘭朱が心配そうに何度か声を掛けてきたが、今は調合する事で頭が一杯だった

そうこうしている内に、日が沈み夕方になっていた

 

「出来た……」

 

エリスティアは満足気にそう口にすると、額の汗を拭った

今、調合した薬を籠いっぱいに入れると部屋を出た

 

「蘭朱! 蘭朱!」

 

夕食の用意をしていた蘭朱は、やっと部屋から出てきたエリスティアを見て、「あ!」と叫んだ

 

「エリス! やっと部屋から出てきたー! もう、何してたのよ!!」

 

蘭朱がそう叫びながら近づいてくる

 

「これ」

 

エリスティアは、そう叫ぶ蘭朱の目の前にどさりと大量の薬を置いた

突然置かれた、いつもの何倍の量もある薬を見て蘭朱が目を瞬かせる

 

「どうしたの? この大量の薬。もしかして…ずっとこれ作ってたの?」

 

蘭朱の言葉に、エリスティアがこくりと頷く

 

「蘭朱…私、国に帰ろうと思うの」

 

「え?」

 

突然のエリスティアの告白に、蘭朱が目を瞬かせる

が、次の瞬間にっこりと微笑むと

 

「そっか、やっと決めたんだね」

 

そう言って、ぽんっとエリスティアの肩を叩いた

 

「心配してたんだよー? エリス一向に帰るって言わないからー」

 

「ご…ごめんなさい」

 

エリスティアが、小さくなってそう言うと蘭朱はぷっと笑い出した

 

「やだなぁ…別に、怒ってないって!」

 

そう言って、くつくつと笑い出した

そして、目の前の大量の薬を見て

 

「だから、いっぱいあるのね」

 

「うん、作れるだけ作ったから。使って?」

 

エリスティアのその言葉に、蘭朱がにこっと微笑む

 

「ありがとう、エリス! 凄く助かる」

 

その言葉に、エリスティアがほっと胸を撫で下ろして

次第に表情に笑みが浮かんでくる

 

「それにしても、急に決めたね。あ、急って訳でもないかな? 以前、帰るかも的な事言ってたもんね」

 

蘭朱が夕食の準備に戻りながらそう言う

すると、エリスティアは少しだけ頬を赤らめ

 

「その…国に待っている人が…いるから……」

 

「………………」

 

そう言うエリスティアを見て、蘭朱が小さく息を吐いた

 

「やっぱりねーそうかなぁって思ったんだ」

 

「蘭朱?」

 

「ほら、以前紅炎様の話をした時さ、ちょっと困ってる風だったから、もしかしたら別に好きな人がいるのかなー?って」

 

「え……っ」

 

瞬間、エリスティアの顔が真っ赤に染まる

そして、慌てて首を横に振ると

 

「そ、そんなんじゃ……っ」

 

慌ててそう言い繕うが、後の祭りだ

これでは、肯定している様なものである

 

両手で口元を押さえて、真っ赤な顔を俯かせてしまったエリスティアを見て、蘭朱がまたくすくすと笑い出した

 

「はいはい、よっぽど好きなのねーごちそうさま」

 

「ら、蘭朱!」

 

「いいじゃん、隠さなくったって! ね、エリスの好きな人ってどんな人?」

 

「だ、だから好きとかじゃ……」

 

「いいからいいから!」

 

興味深々にそう聞いてくる、蘭朱にエリスティアは少しだけ困った様に顔を俯かせ

 

「どんなって……普通の人だけれど……」

 

そう答えながら、脳裏にシンドバッドを思い浮かべる

どんな人かと問われると、よくよく考えた事なかった

 

何故なら、シンドバッドだと分かると皆理解してくれたからだ

でも、蘭朱には相手がシンドバッドだとは言っていない

 

別に隠している訳ではないけれど……

 

変に、驚かす必要もないだろう

 

「その…強くて…真っ直ぐで…自分の意思をしっかりと持っていて……」

 

「うんうん」

 

「優しいけれど…その、ちょっと仕方ない所もあって、放っておけない人…かな」

 

エリスティアの話を聞いていた蘭朱が、にまぁ~と笑みを浮かべる

それを見て、思わずエリスティアが首を傾げる

 

「な、何?」

 

「ううん、別に~」

 

にまにまと笑みを浮かべたまま蘭朱は話を聞いていた

そして、作り終えた料理を机に並べながら

 

「エリスはその人の事、凄く大切なんだなぁ~って思って。なんか、嬉しくなっちゃった」

 

瞬間、かぁ…とエリスティアの頬が朱に染まる

 

「だ、だから、大切とかそういうのじゃ……っ」

 

「照れない、照れない」

くつくつと笑いながら蘭朱が料理を並べる

 

「でも、その人の所に帰りたいって思ったんでしょう?」

 

「…………っ、うん」

 

そうだ、シンドバッドの元に帰りたいと思った

だから、帰ると決めたのだ

 

きっと、これ以上ここに居てはいけない…

 

「だったらいいじゃん」

 

これ以上ここに居たら、きっと帰れなくなる―――――……

瞬間、脳裏に紅炎の姿が過ぎった

だが、それを振り払う様に小さく首を振る

 

「そっか、いつ発つの?」

 

「えっと…急で申し訳ないのだけれど…明日の朝には……」

 

「そう…寂しくなるね」

 

「その…お母様の事はごめんなさい。こんな形になってしまって…」

 

エリスティアが、申し訳なさそうにそう言うと、蘭朱は気にした様子もなく

 

「大丈夫 大丈夫! エリスは十分してくれたよ! その気持ちだけで嬉しい」

 

「蘭朱……」

 

「でもさ、紅炎様はどうするの?」

 

ぴくりと、エリスティアの肩が揺れた

 

練 紅炎

エリスティアの事を想ってくれている人

 

「あ……その…炎とは…、これから会う約束があるの……」

 

「そっか……」

 

蘭朱はそれだけ言うと、すちゃっと自分の席に座った

そして、エリスティアにも着席を進め

 

「ほら、座って座って。食べよ?」

 

「え、ええ…」

 

言われてエリスティアも席に座る

 

「食べたら、お風呂入って綺麗にして行かないとねー」

 

「え…? 別に、そこまでしなくても……」

 

「だーめ! エリス朝からずっと採取とか調合とかしてたんだよ? ちゃんと綺麗にしていかないと!」

 

びしっと強く言われて、エリスティアは「は、はい…」としか言えなかった

自分ではそんなに汚れている様には思えないのだが…

そんなものなのだろうか…?

 

エリスティアは、小さく息を吐くとゆっくりと箸を進めた

 

 

 

 

 

            約束の刻限まで、あと少し――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、帰ると決意いたしました

話がやっと進むぜ……

 

次回、紅炎の回です

やっと、書きたかったシーンが書けるー♪

 

2014/04/21