CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 26

 

 

 

その日は、とてもよく晴れた日だった

“今日”という日に相応しいほど、天高く昇った太陽は新たに生まれるこの国を照らしていた

 

「いい天気……」

 

エリスティアは、城のテラスから大空を眺め大きく息を吸った

 

少しだけ潮の香りを含んだ、心地の良い風

眩しい程の太陽の光

溢れんばかりの緑

微かに聴こえる波の音

 

ここが、とても城の一角だとは思えない程の“空間”がそこには広がっていた

 

エリスティアは、目を閉じた

頬を撫でるそよ風が、心地よい

 

さらり…と、彼女のストロベリーブロンドの髪が風になびき 揺れた

 

周りのルフ達が喜んでいるのが分かる

皆が、祝福してくれている

“今日”という日を、称えてくれている

 

「ふふ……」

 

思わず、口元に笑みが浮かんだ

ルフが喜んでくれると、こちらまで嬉しくなる

 

その時だっ

 

「エリス」

 

不意に名を呼ばれ、振り返ると王の装飾を身に纏ったシンドバッドがこちらに向かって歩いて来ていた

 

「シン……っ!」

 

まさかの、シンドバッドの登場に嬉しさが込み上げてくる

“今日”は、シンドバッドはいわば“主役”だ

忙しくて、朝からずっと別行動だった

 

もう、式典まで会えないと思っていたのに、まさかその前に会えるとは思っておらず

知らず、頬が緩んだ

 

破顔して駆け寄ってくるエリスティアを見て、シンドバッドも嬉しそうに顔を綻ばせる

 

「シン、準備はもう終わったの?」

 

嬉しそうにそう尋ねてくるエリスティアに、シンドバッドはくすりと笑みを浮かべると、そっとその頬に手を伸ばした

 

一瞬、その手がくすぐったくて、エリスティアがどきりと息を飲む

すると、するっと顔に掛かっていた彼女のストロベリーブロンドの髪をそっと横に避けてやると、シンドバッドは「ああ、大体な」と答えた

 

「あ……」

 

顔に掛かっていた髪を直してくれたのだと気付き、思わずその頬が微かに朱に染まった

 

「ありがとう」

 

「いや、髪が顔に掛かっていたら、お前の可愛らしい顔が見られないからな」

 

そう言って微笑むシンドバッドに、思わずエリスティアの頬が赤くなる

 

「な、何言っているのよ…もう」

 

顔が熱い

思わず、両頬を手で押さえて照れるエリスティアに、シンドバッドは嬉しそうにまた微笑んだ

 

あ………

 

ふと、まだきちんと挨拶していない事に気付き、エリスティアはすっと一歩だけ下がった

そして、ドレスの裾をついっと両手で持ち上げると、ゆっくりと頭を垂れた

 

「本日という素晴らしい日に、お喜び申し上げます。シンドバッド王よ」

 

シンドバッドが少しだけ驚いた様に、その琥珀の瞳を一度だけ瞬かせた後、またゆっくりと微笑んだ

 

「わたくし、エリスティア・H・アジーズも王の“ルシ”として、精一杯 王を支えていきたいと思います」

 

「―――ああ」

 

エリスティアからの言葉に、シンドバッドが力強く頷く

ゆっくりと顔を上げると、シンドバッドの綺麗な琥珀の瞳と目が合った

 

思わず、嬉しくなり顔が綻んでいく

 

「おめでとう、シン」

 

にっこり微笑んでそう言うエリスティアに、シンドバッドが顔を綻ばせると、ゆっくりと手を伸ばしてきた

 

「エリス――――」

 

そして、そのまま抱き寄せられると甘く名を呼ばれた

 

「ありがとう、エリス。お前からの言葉が一番何よりも嬉しいよ」

 

そう言って、優しくエリスティアのストロベリーブロンドの髪に口付けを落とす

 

「お前も、その恰好。凄く綺麗だ―――俺好みでそそられる」

 

そう言って、開いている背中に手を伸ばすと、ゆっくりと撫でた

 

「あ……」

 

直に触れられて、一瞬ぞくり…と背筋に緊張が走る

 

「ちょっ…ちょっとシン…! 駄目……だ…ってば……あん」

 

生肌に触れられる感触がぞくぞくと神経を感じさせて、思わず声が洩れた

瞬間、首筋にシンドバッド唇が触れてきた

 

「このまま、お前を抱いてしまいたいよ―――」

 

そう言って、そのままキスの雨が上へと昇ってくると、あっという間に唇を塞がれた

 

「ん――――シ…ン……っ」

 

甘い口付けに、エリスティアが思わず声を洩らす

それが、さらにシンドバッドを刺激した

 

「だめ…だって、ば………んっ……はぁ……」

 

ぴくんっと可愛らしく反応するエリスティアに気分を良くしたのか、シンドバッドが甘く囁く様に「エリス―――」と名を呼んできた

 

その声が余りにも優し過ぎて、エリスティアの頬がどんどん高陽していく

思わず、ぎゅっとシンドバッドの背に回した手に力が篭る

 

「やっぱり、お前は可愛らしいな」

 

そう言って、最後にちゅっともう一度口付けを落とした後、シンドバッドは嬉しそうに微笑ん


「もう―――何言って……え…?」

 

一瞬、頭と耳に違和感を感じ、思わず手繰り寄せてみる

すると、そこには同じ装飾の耳飾りと、髪飾りが飾られていた

 

「シン―――これ……」

 

「俺からの、祝いの品だ」

 

「え……?」

 

祝いの品……?

 

一瞬、何故?という疑問が浮かぶ

あげても、貰うのは逆ではないだろうか……?

 

「シン……?」

 

不思議に思い、シンドバッドを見ると

シンドバッドは今までにない位 真面目な顔で真っ直ぐに、こちらを見ていた

 

「エリス―――いや、エリスティア」

 

瞬間、ルフ達が一斉にシンドバッドから溢れ出てきた

美しい、真っ直ぐな白いルフ

 

「俺は、今日からこの国の王となる」

 

「………はい」

 

一歩、シンドバッドが近づいてくる

 

「何もない所から国を建てたんだ。これからが一番肝心になるし、大変だろう」

 

その意見には、エリスティアも同意見だった

この国を護っていく為にも、建てる時よりも、建ててからの方が大変だ

 

それは、エリスティアも重々承知していた

その為に、皆、一丸となって王を支えていくつもりだ

 

ふと、シンドバッドの手がエリスティアの頬に触れた

 

「エリス――――俺は、この国を支えていくのに、俺一人では成しえないと思っている」

 

その言葉に、エリスティアが小さく頷く

そして、頬に触れたシンドバッドの手に自身の手を重ねた

 

「分かっているわ。皆、貴方と一緒にこの国を支え、護っていくつもりよ。―――勿論、私も」

 

ゆっくりと、そのアクアマリンの瞳を閉じると、その身をシンドバッドに委ねた

 

「シン―――貴方は、一人ではないわ」

 

「ああ―――。皆が支えてくれるのは嬉しい。だが、エリス―――俺はお前に一番近くで、一番の支えになって欲しい」

 

その言葉に、違和感を感じエリスティアが大きくそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

 

「シン……?」

 

「エリス――――俺と同じ目線で俺と共に歩んでほしい」

 

「え……」

 

今、何て――――……?

 

「俺の後ろではなく、俺の隣で、俺の妻として―――共にこの国を支えて欲しい」

 

「シ…ン………?」

 

すると、シンドバッドはゆっくりと胸に手を当てて頭を垂れた

 

「エリス―――結婚して欲しい」

 

「―――――………っ」

 

エリスティアが、その瞳を大きく見開いた

 

あ………

 

シンドバッドの真髄で綺麗な琥珀の瞳がこちらを見ている

どくん…と、大きく心臓が跳ねた

 

結婚……って……

 

瞬間、ぐっと涙が込み上げてきそうになっ

 

“嬉しい”と、全身が言っている

嬉しくて死んでしまいそうなぐらい―――――

 

このまま首を縦に振れば、私はこの人の――――

 

その時だった

頭にあの声が響いた

 

 

“忘れるな―――使命を果たせ”

 

 

あ――――………

 

 

そうだ……

自分には、“ルシ”には大事な使命がある

その“使命”を果たすまで、この命は――――

 

 

「………………」

 

 

 ダレノモノニモナレナイ……

 

 

「………………」

 

 

  ダレカノ、モノニナッテハイケナイ

 

「………………」

 

     ワタシハ――――………

 

ぐっと、息を飲む

シンドバッドの熱がここまで伝わってくる

 

頷きたい

首を縦に振りたい

 

けれど―――――

 

「…………っ、ごめ……な、さ………い」

 

「エリス?」

 

尋常でないエリスティアの様子に気付いた、シンドバッドが顔を上げる

エリスティアの小さな身体は震えていた

 

泣いては駄目だ

 

目じりにいっぱいの涙を浮かべて、エリスティアは吐き捨てる様に「ごめんなさい…っ」と言葉を口にした

 

「エリス…? 一体、どうし――――」

 

シンドバッドの優しい手がエリスティアに触れてくる

それでも、エリスティアは首を横に振った

 

「駄目なの……っ、駄目なのよ……!!」

 

「落ちつけ、エリス」

 

「だって……っ、だって、私が“ルシ”である限り、私は誰かとは――――っ」

 

 

 

      “オナジ ジカンハ、アユメナイ”

 

 

 

この人とは、同じ時間は歩めないのだ

 

先に死ぬかもしれない

永劫とも呼べる長い時間を一人で生きなければならないかもしれない

 

全ては、“ルシ”として生を受けた日に決められた事――――……

 

どんっと、思わずシンドバッドを突き飛ばした

一歩、後退る

 

「シン……シンの気持ちは凄く嬉しい。私もなれるならシンの隣に立ちたい。でも―――」

 

ぐっと、胸元を押さえる

私は――――……

 

 

「私は、“ルシ”。“ルシ”の使命がある限り、私はシンとは同じ時間を共に歩む事は――――」

 

 

「そんなの俺がどうにかしてやる!!!」

 

瞬間、シンドバッドが叫んだ

 

「俺が、お前を護ってやる!! “ルシ”の使命からも! “組織”からも!! 俺が何とかしてやる!! だから、お前は俺を信じろ!! ――――傍に」

 

ぐっと、シンドバッドがエリスティアの両肩を掴んでくる

そして、懇願する様にその胸に顔を埋めた

 

 

「――――傍に、居て欲しいんだっ……」

 

 

「……シン…」

 

「俺の傍にいてくれ――――エリス」

 

「……………」

 

ああ…神様……

どうして―――――――

どうして、私はこの人の願いを叶えてあげられないのだろうか――――……

 

「シン……」

 

そっと、シンドバッドの背に手を回す

 

「私には、先の“時”をあげる事は出来ないけれど、それ以外は全て貴方に捧げるわ――――。だから、今はそれで許して…」

 

ピクリと微かにシンドバッドの肩が揺れた

 

「シン―――お願い」

 

今のエリスティアに出来る事は、これしかないのだ

“組織”が在る限り

“ルシ”である限り

 

これ以外の“こたえ”は出せないのだ

 

その時だった、シンドバッドのエリスティアを抱きしめる手に力が篭った

 

 

 

「――――“同じ時間”は歩めないけれど、ここにいる限り傍に―――いるわ。この命続く限り――――……」

 

 

 

それが、今のエリスティアの精一杯の“こたえ”だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時、頷けていれば……

今とは違う形になっていたのだろうか……

 

けれど、私は“ルシ”だ

“ルシ”の“使命”がある限り、誰とも同じ時を歩んでいく事など出来ない

 

分かっていた

分かっていた事なのに――――……

 

 

『エリス――――俺と同じ目線で俺と共に歩んでほしい』

『俺の隣で、俺と同じ目線で共に歩んでほしい』

 

シンドバッドと紅炎の言葉が重なる

二人とも、“同じ時間“を求めている

この先に続くであろう“未来”の“時”を求めているのだ

 

でも、それだけは…

他の何を捧げても、それだけは約束出来ない(・・・・・・・・・・・)

 

共に歩む事など出来ないかもしれないのに

約束など出来ようか 出来る筈が無い

 

駄目なのよ……

私が“ルシ”である限り、それだけは約束出来ないのよ―――――

 

ぎゅっと、エリスティアは自身の両腕を握り締めた

 

心が痛い

引き裂かれてしまいそうだ

 

紅炎にも はっきりと言えなくて

言い出せなくて、ずるずると引っ張ってしまっている

 

私は、“時”以外の全てをシンに捧げると誓ったのよ

なのに……

 

紅炎の事も、嫌いになれず

それどころか、好きかもしれないなんて……

 

「何考えているのよ…私……」

 

その時だった

あの時のヤムライハの言葉が脳裏を過ぎった

 

 

 

『エリスの中で、シンドバッド王はどういう存在?』

 

 

 

シンドバッドの存在

それは――――………

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

             シンは…私にとっての――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンドバッドの例のシーンです

前々から、ちらちら出ていた例のシーンの真相です(※回想)

 

さて、夢主が出す答えはなんですかねー?

 

2014/04/07