CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 25

 

 

もう、認めるしかなかった

 

私は………

 

認めざるを得なかった

 

ぐっと、胸の奥が苦しいぐらいに締め付けられる

こんな感覚、味わった事がない

 

シンドバッドと同じぐらいに

 

苦しい……

息が出来なくなるくらい、苦しい……

 

この冷たく見えるけど、本当は優しいひとを

 

好きになりかけている――――……

 

馬鹿な話だ

シンドバッドがいるのに、他の男性にも心惹かれているなどと…

 

こんなの、許される筈が無い

そう――――許される筈が無いのだ

 

だとしても、どうしていいのか分からない

どうすればいいのかも、分からない

 

だが、偶然などない

あるのは、必然だけ

 

エリスティアは、ルフに導かれてあの地に降り立った

ルフの導きによりチーシャンの第七迷宮・アモンから、煌帝国領内に飛ばされた

 

 

それは、必然だったから

 

 

“それ”が無ければ、きっとこんな遠くに飛ばされたりしない

全ては、ソロモン王の導きのままに

 

 

そして――――紅炎と出逢った

 

 

“偶然”の様な“必然”

それは、何故

 

どうして、こうなると分かっていてルフはエリスティアを紅炎に逢わせたのか

そう――――全てはルフの導きだった

 

初めて出逢った時から、周りのルフが煩い位にざわめいていた

あの時と一緒だった

 

シンドバッドに出逢った、第一の迷宮・バアル

 

あの時もそうだった

周りのルフというルフがざわめいて、止まらなかった

シンドバッドがバアルに足を踏み入れたであろう瞬間から、鳴り響いていた

 

だから、興味がわいた

惹かれもした

 

だが、紅炎は違う

出逢った瞬間に、ルフがざわめき始めた

それは、突然だった

 

こんな事もう二度とあり得ないと思った

思っていたのに、起きた

 

シンドバッドの時と同じぐらい、ルフ達は囁いていきた

“受け入れろ”と―――――……

 

こんなの、おかしいわ……

 

そうだ、おかしい

二人を同じぐらい好きかもしれないなんて――――おかしい

 

でも、「そんな筈は、ない」と言い切れない

実際、シンドバッドに触れられるのも、紅炎に触れられるのも同じぐらい熱を感じる

全身の血が沸騰しそうなぐらい熱くなり、神経という神経が張り詰める

 

緊張と安心

眩暈と心臓の高鳴り

双方が重なり合い、エリスティアの全身を支配する

 

思わず怖くなり、知らず身体が震えた

瞬間、そっと紅炎の手が伸びてきたかと思うと、そのまま腰を抱き寄せられた

 

「あ……」

 

不意に抱き寄せられた手は優しくエリスティアを包み込んだ

 

「寒いか?」

 

優しげな声音でそう尋ねられ、瞬間的に頬が熱くなる

が、エリスティアは小さく首を横に振ると

 

「そんな事は、ない…けれど……」

 

そこで言葉が途切れた

なんと言っていいのか思い浮かばなかった

 

が、紅炎は怒るでもなく優しく微笑むと

 

「けれど…なんだ?」

 

「あ…その………」

 

続きを求められても困る

自分でもどうしていいのか分からないのに

 

「その……え、炎が優し過ぎるから……」

 

そうだ

今日の紅炎は酷く優しい

もっといつもは強引で自分勝手なのに

それなのに、今日はいつもと違い過ぎて調子が狂う

 

エリスティアの苦し紛れのその言葉に、紅炎が一瞬だけその柘榴石の瞳を瞬かせた後、微かに笑み浮かべて

 

「そうかもしれないな」

 

そう言って、エリスティアを抱く手に力を込めた

 

「俺は今、少し緊張しているのかもしれんな」

 

紅炎の意外なその言葉に、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせた

 

「緊張…? 炎が……?」

 

何故、紅炎が緊張するのだろうか

だが、驚いた様に目を瞬かせるエリスティアを見た紅炎は、くすりと笑みを浮かべて

 

「おかしいか?」

 

「え…、それは、その……」

 

ここで、「おかしい」と言ってしまえたら楽なのに、何故か言えなかった

すると、紅炎が苦笑を浮かべながら

 

「自分でもそう思う」

 

「え……」

 

「だが、不思議と嫌な気分ではない」

 

そう言って、エリスティアの顎をついっと持ち上げた

 

「本気で惚れた女に触れているのだ。緊張もするだろう」

 

「あ……」

 

惚れたって……

 

知らず、自分の頬が高陽していくのが分かる

そうだ、先程はキスされた事で混乱していてよく聴いていなかったが

この男は、自分に「愛している」と囁いたのだ

 

今まで、半分冗談の様に聞き流していたが、今度という今度は聞き流すには無理があった

 

「え、炎…私は……っ」

 

「ん?」

 

「わたし、は………」

 

言えない

少し前までなら、自分が好きなのはシンドバッドであって貴方ではないとはっきり言えた筈なのに

紅炎の事が好きかもしれないと気付いてしまった今、もう口にする事は出来なかった

 

それを察してか、紅炎は一度だけエリスティアを見た後、静かに口を開いた

 

「……先程、白龍に会っただろう」

 

「え…?」

 

突然の問いに、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

 

白龍というと、昼間ジュダルに紹介された青年の事だろうか

確か、彼は練家の者だった

 

「あれは、俺の義弟に当たる」

 

「え…。そう、なの?」

 

「ああ、他に俺のすぐ下に右腕と呼べる紅明と、腹違いの紅覇という弟もいるな」

 

「紅明様と、紅覇様……?」

 

「他にも、義弟妹が複数いて……」

 

「ちょっ、ちょっと待って…!」

 

永遠と続きそうな弟妹の紹介に、慌ててエリスティアが口を挟んだ

 

「ど、どうしてそんな話を私に…?」

 

いきなり始まった、弟妹達の話

何故、自分にしてくるのか分からなかった

だが、紅炎はさも当然の様に

 

「いつか、お前に紹介したいと思っている。嫁いだ妹達もいるから全員は無理だがな。きっと弟妹達もお前の事を気に入るだろう」

 

紹介って……

それではまるで――――……

 

「ま、待って、炎。家族に紹介して頂くなんてそんな恐れ多い事――――」

 

「だが、いずれは必要になってくる」

 

「必要って……」

 

話が飛躍しすぎて、ついていけない

紅炎は、一体何の話をしているのだろうか

 

「時にエリス、お前はこの世界をどう思う?」

 

「え……?」

 

この世界……?

この世界は、ソロモン王の―――――

そこまで考えて、エリスティアは小さく首を振った

 

いいえ、もう「この世界」に「ソロモン王」はいない

今は、「この世界の住人」のものだ

 

 

「俺は、王は一人でなくてはならないと思っている」

 

 

「え……?」

 

それはどういう――――

 

「一国に限らず、世界には……ただ一人の王が必要だ……」

 

「たった一人の王……?」

 

 

瞬間的に、エリスティアの脳裏にあの光景が思い出された

皆の喝采を受ける「王」と「妃」

誰もが彼を慕い、彼を「王」にと誘った

そして、三人のマギに選ばれし者―――

 

 

 

その名は―――――

 

 

 

不意に、紅炎は懐から小さな巻物を取り出した

そして、それをエリスティアに見せる様に広げて見せる

 

「“王の器”とは()なのか……? 俺はずっと考えていたのだ…」

 

その巻物には、びっしりと埋め尽くされたトラン語が刻まれていた

 

これ……

 

それを見たエリスティアは大きく目を見開いた

そこに描かれていたのは、「あちらの世界(・・・・・・)」の話だったからだ

 

「お前には、これが何と書いてあるのか読めるのだろう?」

 

「…………」

 

エリスティアには、答える事が出来なかった

紅炎はその巻物に目を落とすと静かな声で

 

「かつて…“マギ”に選ばれた者が、王となり…俺達も今、それと同様に…大きな力をふるって歴史を作ろうとしている。―――誰が作ったかも分からない、“金属器”の力で…」

 

「……………」

 

「それは、ソロモン王が作ったものだと“ジン”たちは言った。では、ソロモン王とは何者か?」

 

「……………」

 

「お前には見えるか? このトランの碑文には、かつてどこかに“世界”があり、そこで人々は多種多様な言語を話しており、散り散りに暮らしていた。それが原因で、異なる信仰や思想が生まれ、それぞれが無数の王を立て、争い、やがて滅びてしまった……」

 

「それは……」

 

あれは、どうしようもなかった

どうにもならなかった

全ては上手くいく筈だったのに……

 

「では、それはいつ、どこの世界の話だ? 俺には、碑文の世界は俺達の世界と完璧に断絶されている様に思える。しかし……」

 

紅炎は、その巻物を見た

 

「トラン語はある…世界中に。そして、“迷宮(ダンジョン)”の中にも……」

 

そう、トラン語はこちらの世界にも存在する

 

トランの民、迷宮(ダンジョン)の中、碑文

 

世界のあちらこちらに点在している

 

「ここからは、俺の推測なのだが…俺達は何故、一つの言語を有しているのだろうな。そこから派生した文字はあれど、世界が交差する以前から、俺達はたった一つの言葉を持って生まれてきた。それは何故か」

 

それは――――

 

 

 

「「……滅びぬために」」

 

 

 

 

「!?」

 

エリスティアと、紅炎の言葉が被った

思わず、エリスティアが紅炎を見ると、紅炎は嬉しそうに顔を綻ばせた

 

「やはり、エリスは聡いな。俺の見込んだ通りだ」

 

「聡いって……」

 

違う、私は最初から“知っていた“から

ソロモン王が作りしこの世界の理を知っているから――――……

 

「俺もそう思う。通じ合えず、分断され、争いの末に死に絶えぬ様に。かつての世界とは違う…世界を一つにする為に」

 

そこまで言って、紅炎はエリスティアを見た

そして、その力強い柘榴石の瞳で真っ直ぐに見据え

 

 

「その為には一人の王が、世界を統べねばならない」

 

 

「!?」

 

「エリス」

 

不意にエリスティアを抱く手に力が篭った

 

「俺は、その世界をお前と共に、俺の隣で見て欲しい」

 

「え、炎……?」

 

「まだ、この志が正しいかは分からない、だが、俺は謎を解き明かし…お前と共に“たった一つの世界”を見たいと思っている」

 

「あの……」

 

 

 

 

「俺の隣で、俺と同じ目線で共に歩んでほしい」

 

 

 

「―――――……っ」

 

 

 

 

瞬間、脳裏にあの人の言葉が過ぎった

 

あの日、あの式典の日シンドバッドが言った言葉――――……

 

 

 

 

   『エリス、俺と同じ目線で俺と共に歩んでほしい』

 

 

 

 

「はい―――」と、言えなかった

本当はあの時、泣きたいほど嬉しかったのに、どうしても首を縦に振れなかった

 

どうして……

どうして、紅炎はシンドバッドと同じ言葉をくれるのだろうか

 

心が苦しい…

応える事が出来なくて、心が――――痛い

 

「エリス?」

 

紅炎の優しい問いに、エリスティアは首を横に振った

知らず、涙が零れてくる

 

「どうした? エリス」

 

突然泣き出したエリスティアに、紅炎が一瞬戸惑った様にその柘榴石の瞳を瞬かせる

 

「……すまない、これも急な話だったな」

 

「…………っ」

 

エリスティアは、また首を横に振った

 

違う

そうじゃない

 

 

私は――――……

 

 

そんなエリスティアを介抱する様に、そっと紅炎の手がエリスティアの肩に掛けられた

 

「もう、夜も遅い。部屋に送ろう」

 

そう言って、ゆっくりと歩き出す

その間、エリスティアは涙を止める事は出来なかった――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この話は、原作では白瑛とかにしている話です

でも、あえて夢主に聞かせたかったんです

紅炎の考えを


ついでに、あんな事言ってますけどねー

まだだよ、まだ! もう少し、待て!! ステイ!!

 

2014/03/24