CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 24

 

 

練 紅炎

 

煌帝国第一皇子で、シンドバッドに次ぐ複数迷宮攻略者だ

それが、エリスティアの相手だというのか…

 

ヤムライハには俄かに信じがたかった

 

「……練 紅炎って…あくまでも可能性…です、よね?」

 

そもそも、エリスティアが何故 紅炎と一体どうやって出逢うというのだ

彼女の“恩返し”の相手が、禁城に関わりがあったとでもいうのだろうか

よほどの“偶然”でも重ならない限り不可能だ

 

ヤムライハの言葉に、シンドバッドは静かに頷いた

 

「確かに、あくまでも可能性の話だ。だが、エリスが俺を裏切ったと思わせる程の男になると、奴以外はいないだろうな」

 

「……男とは限らないんじゃないんですか?」

 

そうだ

シンドバッドは男だと断定しているが、そうとは限らない

 

だが、シンドバッドは小さく首を横に振った

 

「いや、相手が男なのは間違いない」

 

「何故ですか!?」

 

納得がいかなかった

そこまで、エリスティアを信用していないという事だろうか

 

すると、シンドバッドはとんとんっと自身の頭を指で叩いた

 

「俺の勘がそういっている」

 

「勘で話していい話じゃありません!」

 

なんだか、不愉快だ

エリスティアを信じて欲しいのに、シンドバッドは疑っていると言っているのだ

 

だが、シンドバッドはふっと微かに笑みを浮かべると、そのまま腕を組み

 

「落ちつけ、ヤムライハ。別に、エリスを信じていない訳じゃない。信じているからこそ、男以外にあり得ないんだ」

 

意味が分からない

 

「どういう事ですか?」

 

「結果論から言おう。まず、エリスがどんな取引や脅しを掛けられても、シンドリアの不易になる様な事は、絶対に口外する事はないだろう。 口外するぐらいなら死を選ぶ。 エリスはそういう女だからな」

 

「……不吉な事言わないで下さい」

 

「だが、エリスは死んでいない。それも、かなり自由に動けている。 それが答えだ」

 

どういう意味だろうか

ごくりと、ヤムライハは息を飲んだ

 

「そうなると、俺を裏切ったと思うという事は、結果から言うとただ一つ。 誰かに何かをされた、もしくはされかけた。 だが、エリスがそうそう気を許す筈が無い。無理矢理などではないだろう」

 

「じゃぁ……」

 

「そういう事だ。 エリス自身、かなり気を許している相手…という事だ。 そこまで俺以外にエリスが惹かれてもおかしくない相手――――そうなると、練 紅炎以外に考えられん」

 

「………………」

 

シンドバッドの言葉には説得力があった

信じたくはないが、もしそうなのだとしたら…

 

それで、エリスは泣いていたの……?

一人で、全部抱え込んで……

 

どれほど辛いだろう

きっと、エリスティアは苦しんでいる筈だ

 

それなのに、何の力にもなってあげられなかった

その事が悔しい

 

「……王は、それでいいんですか?」

 

シンドバッド以外の男に、エリスティアがなびいたとして

それで、シンドバッドはいいのだろうか

 

だが、シンドバッドは至って冷静だった

 

「よくはないな。エリスは俺のものだ。たとえ練 紅炎相手でも渡す気は無い」

 

「それなら……!」

 

迎えに行くのか

そう思ったが、シンドバッドの回答は違った

 

「だが、同時に俺はエリスを信じている。必ずエリスは俺の元に帰って来る。エリスが、俺以外を選ぶ筈が無いからな」

 

絶対的な自信

その自信は一体どこからくるのか…

 

それとも、それほど二人は深い絆で結ばれているという事だろうか

だが、その意見にはヤムライハも素直に納得してしまった

 

「そうですね…。私も、エリスがシンドバッド王以外を選ぶとは思えません」

 

「そうだろう?」

 

ヤムライハの言葉に、シンドバッドが笑みを浮かべる

 

そうだ

エリスティアが、シンドバッド以外を選ぶとは思えない

きっと、彼女は帰って来る

 

 

ヤムライハは、窓の外を見る様に遠くを見た

 

 

エリス、私待ってるから……

 

きっと、帰って来るのを―――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリスティアが、愕然としたまま通信の切れたルビーを見ていた

 

ヤムライハは最後になんと言っていただろうか…

 

『エリスの答えが楽しみだわ』

 

“答え”というのは、エリスティアにとってシンドバッドがどういう存在か…という、あの問の答えだろうか…

 

「そんなの……」

 

決まっている

自分にとってシンドバッドは絶対的な存在だ

彼の為に、彼の望む事を現実にするだけ

 

シンドバッドがたとえ誰を選ぼうとも、彼に尽くすだけだ

 

だが、きっとヤムライハのいう“存在”はそういう意味ではない

もっと、別の意味だ

 

エリスティアにとってのシンドバッド

その答えを求められているのだ

 

「……………」

 

考えたことも無かった

シンドバッドの為に存在している様なものなのに

そうではなく、自分にとってもシンドバッドはと問われると分からない

 

「私にとっての…シンの存在……?」

 

その答えを見つけた時、この苦しみからも解放されるというのだろうか…

それが、“答え”だというのだろうか…

 

だが、今のエリスティアにその“答え”を見つける事は出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠れない……」

 

夜も更けた頃、エリスティアは眠れずにいた

この硬い寝台が慣れないせいだろうか…

 

シンドリアのベットは柔らかく、ふかふかだったが

煌帝国の寝台と呼ばれるものは、固くごつごつしていた

 

蘭朱の家でも慣れるのに苦労したが、禁城の寝台はまた質が違うのか

どうも、エリスティアには合いそうになかった

 

でも、きっとそれだけではない

ヤムライハに言われた言葉が、頭にこびり付いて離れない

 

エリスティアにとっての、シンドバッド

 

それは一体どういうものなのだろうか…

何度考えても、その答えは導き出せなかった

考えながら何度も寝返りをうつたびに、すっかり目が覚めてしまった

 

エリスティアは、ごそりと寝台から起き上がると夜着の上に表着を羽織った

そして、そのまま廊下へと出る

 

ひゅう…と冷たい風が頬を撫でた

一瞬、ぷるっと身震いをしてエリスティアは、表着を深く羽織ると、小さく息を吐いた

 

城内は静粛に包まれていた

しん…と静まり返った廊下にぽつ…ぽつと外灯の灯りが照らしている

不思議な空間にいる様な、感覚に囚われそうになる

 

エリスティアはその廊下を一歩一歩ゆっくりと歩いた

庭を見ると、手入れされた花や木が綺麗に並んでいた

 

「綺麗……」

 

シンドリアとは異なるその、幻想的な風景に心奪われそうになる

庭に降りてみると、灯籠の灯が道を照らしていた

 

エリスティアは、ゆっくりとその道を奥へと進んでいった

美しい花々が、まるで出迎えてくれている様なその幻想的な風景に、エリスティアの表情が次第に微笑みに変わっていく

 

ふと、先に東屋とおぼしき建物が見えてきた

エリスティアが、その東屋に足を踏み入れると、その場にあった椅子に腰かけた

 

不思議な感覚だった

あれだけ悩んでいたのに、この花と光の闇の幻想的な風景を見ていると心が洗われていく様だった

ここを見ていると、答えが浮かんできそうになる

 

 

「シン……」

 

 

シンドバッドにも見せてあげたい

そんな風に思ってしまう

 

もし、一緒に見る事が叶ったならば、自然と答えが導き出されそうな―――そんな気持ちにさせられる

それぐらいこの風景は魅力的だった

 

そっと、手を伸ばし池の水に触れてみる

冷やりとしたその水に、指先がつーんと張りつめた様に研ぎ澄まされる

 

その時だった

 

 

 

「エリス?」

 

 

 

突然、木々の向こうから声が聴こえ、エリスティアは慌てて立ち上がった

振り返ると、そこには夜着姿の紅炎が立っていた

 

「炎……」

 

はっとして、慌てて表着を深く羽織る

知らず、頬が赤くなった

 

それを見た紅炎が、ふと微かに笑みを浮かべる

そして、ゆっくりとエリスティアに近づくと すっと手を伸ばしてきた

一瞬、びくっとエリスティアが身を縮こませる

 

すると、紅炎は優しく微笑みながらそっとエリスティアの頬に触れてきた

 

「冷えているな……」

 

「あ……」

 

まるで、エリスティアの体温を確認する様に優しく触れると、そのまま頬をそっと撫でられた

紅炎の長い指に触れられた所が、どんどん熱を帯びていく

意識がそこに集中する様な感覚に囚われる

 

知らず、頬が高陽していくのが分かった

それを見た、紅炎は微かに笑みを浮かべると一度だけその美しい柘榴石の瞳を瞬かせた

 

そして「エリス…」を優しげに名を呼ぶと、そのままエリスティアの腰に手を回して抱き寄せてきた

 

「あ……」

 

瞬間、びくんっとエリスティアの身体に緊張が走る

だが、それすらも紅炎にとっては些細な事だった

 

「あ、あの……っ」

 

慌てて抵抗の意を示す様に、エリスティアが声を上げる

だが、身体は囚われた様に動かなかった

 

拒まなければ……!

 

そう思うのに、身体がいう事を聞かない

まるで、全身が紅炎を受け入れてしまったかの様に拒否する事を拒んでいた

 

それを見た紅炎は、ふと笑みを浮かべると優しげな声音で

 

「どうした? 今日は抵抗しないのだな」

 

紅炎のその言葉に、かぁっと頬が熱くなる

 

「そ、それは………っ」

 

慌てて抵抗の意を示そうと、声を荒げて顔を上げる

瞬間、口付けできそうな位 間近に迫った紅炎の美しい瞳と目が合った

 

知らず、かぁーと頬が熱くなる

エリスティアが慌てて顔を背けると、それを見た紅炎が嬉しそうに顔を綻ばせた

 

「俺を意識してくれているのか? エリス」

 

「ち、違っ……!」

 

紅炎の言葉に、エリスティアの頬が更に高陽していった

頬が熱い

身体中の血が沸騰しそうぐらい、熱を帯びていくのが分かる

 

こんな感覚、シンドバッド以外でなったことがない

今までもそうだったし、これかもそうだと思っていた

なのに…どうしてか、紅炎に触れられると熱くなる

熱を帯びていくのが分かる

 

 

これじゃぁ、炎の言う通りだわ……

 

 

まるで、全身で「貴方を意識しています」と宣言している様なものだ

 

駄目なのに……

こんなの、許されないのに……

 

なのに、身体が自分の物じゃない様に言う事を聞かない

全身が、ルフが、紅炎を「受け入れろ」と囁く

 

 

私……

 

 

ザァ……

 

 

風が吹いた

エリスティアのストロベリー・ブロンドの髪が揺れる

 

「エリス」

 

その時だった、不意に名を呼ばれたかと思うとそっと紅炎の羽織っていた表着を掛けられた

 

「え、炎?」

 

突然の出来事に、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

だが、紅炎は何でもない事の様に

 

「羽織っておけ」

 

「でも……っ」

 

このままでは、紅炎が風邪を引いてしまうかもしれない

エリスティアが慌てて脱ごうとした時だった

すっと伸びてきた紅炎の手が、その動きを止める

 

「構わん、着ておけ」

 

「でも、それじゃぁ炎が……っ」

 

「俺は鍛えているからな。それより、お前の身の方が大事だ」

 

「―――――…っ」

 

嘘だ…

と、エリスティアは思った

 

本当は、紅炎だって寒い筈だ

なのに、エリスティアの身を案じてくれているのだ

 

ぎゅっと胸の奥を締め付けられる感覚に囚われる

 

ああ…やっぱり

 

もう、認めるしかなかった

 

 

私は、この人を――――……

 

 

 

シンドバッドと同じぐらいに

この冷たく見えるけど、本当は優しい紅炎(ひと)

 

 

 

            好きになりかけているのだと――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、本格的に泥沼状態になりそうですよー

でも、どろどろにはならないと思いますけど…

だって…ねぇ?

 

しかし、やっとここまで来たよ

目標半分は達成です

 

後は…あれだけだ 

 

2014/03/07