CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 20

 

 

エリスティアが通された部屋は、今まで見た事も無い位豪華な部屋だった

調度品も装飾も赤で統一され、洗礼された雰囲気が漂っている

 

だが、とても生活感のない部屋だった

唯一あると言えば、机に無造作に広げられた書物や竹簡の数々だけだった

 

ここで誰かが生活しているとはとても思えなかった

 

紅炎は、そんな部屋にノックもせずに立ち入るとそのまま真っ直ぐに続き部屋の方に入って行った

エリスティアもそれに続くと、開けた部屋に大きな長椅子が二つ

そして、見事な装飾の机が置かれていた

 

紅炎はその長椅子にどかりと座ると

 

「エリス」

 

そう言って、傍に来るように手招きしてきた

一瞬、躊躇するもエリスティアは躊躇いがちに紅炎の側に寄った

 

「座るがいい」

 

そう言って、着席を促されるが…

そこで、エリスティアは困った

この場合、下座に座るのが道理なのだが…

 

先程侍女が用意していった茶と菓子の配置が完全に紅炎が座った側に寄っていたのだった

あれでは、傍に座らなければ茶を茶杯に注ぐ事すら出来ない

しかも、いかにもここに座れという風に紅炎が片手を大きく長椅子に掛け広げていたのだ

 

まさか…あそこに座れって意味じゃない…わ、よね

 

シンドバッドなら、恐らく迷わずあの場所に仕方ないと思いつつも座るだろう

だが、相手はこの煌帝国の第一皇子 練 紅炎だ

馴れ馴れしく、そんな事出来る筈もなく…

 

結局、エリスティアが選んだのは紅炎の前の長椅子に座る事だった

一瞬、紅炎が訝しげに眉を寄せるが、気付かない振りをする

 

エリスティアは、とりあえず茶を注ごうと紅炎の目の前に用意された茶海から茶杯を一式自分の方に持っていくと、そのまま茶杯に茶を注ぐ

 

香しい香りが部屋いっぱいに漂ってきた

入れた茶杯を紅炎に渡そうした瞬間、突然紅炎が席を立った

 

「炎?」

 

折角茶を淹れたのに席を立たれエリスティアが、置き場を失ってしまった茶杯を持ったまま戸惑った様にそのアクアマリンの瞳を瞬かせた

だが、あろう事が紅炎はそのままエリスティアの座っている長椅子に腰かけると、手を伸ばしてきた

 

「……………っ」

 

そのまま、紅炎にぐいっと腰を掻き抱かれ、エリスティアが困惑した様に息を飲む

 

「ちょ、ちょっと…炎」

 

「エリス、茶を」

 

抗議する間も無く茶を所望され、エリスティアは諦めにも似た溜息を洩らした後、淹れたての茶杯を紅炎に渡した

紅炎がそれを受け取ると、そのままゆっくりと口付ける

 

その飲み方も、とても優雅で思わず見惚れそうになるのをエリスティアは否定する様に首を小さく振った

 

抱かれている手が気になるが、言った所で離してはくれないのは経験上よく分かっていたので、もうそこに付いてあえて気付かない振りをしながら、エリスティアも茶に口付けた

 

すっと、茶の甘味が喉の奥に通って行く

 

「……美味しい…」

 

今まで飲んだどの茶よりも、格段に美味しかった

流石皇族とでもいうのだろうか

それとも、煌帝国自体が茶には力を入れているからだろうか

 

シンドリアに持って帰りたいぐらいだった

 

「気に入ったか?」

 

紅炎がふっと柔らかく笑みを浮かべてそう尋ねてくる

一瞬、どきりとするが、エリスティアは素直にこくりと頷いた

 

珍しく素直に反応を返したエリスティアに満足したのか、紅炎は愛おしそうに目を細めると

 

「ならば、茶葉をいくらか包んでやろう」

 

「え…いいの?」

 

「構わん」

 

まさかの申し出に、エリスティアが嬉しそうに笑みを零す

 

「ありがとう、炎! 嬉しいわ」

 

そう言って破顔するぐらい嬉しそうに微笑むエリスティアを見て、紅炎は くっと笑い出した

 

「え、炎?」

 

突然笑い出した紅炎に、エリスティアは意味が分からないという風に首を傾げた

 

「いや、この程度でそこまで喜ばれるとは思わなかったからな」

 

紅炎の感覚では、女は簪や耳飾りなど装飾を贈れば喜ぶ―――――

そういう感覚だった

 

とりあえず、それでも贈っておけばよかった

 

しかし、エリスティアは違った

こんな茶葉一つであそこまで喜ばれるとは誰が思っただろう

 

だが、そうとは知らないエリスティアは、首を傾げたまま不思議そうにしている

そんなエリスティアが愛おしくて堪らなかった

 

「エリス―――――」

 

ふいに、紅炎がエリスティアの名を呼んだ

 

「え?」

 

突然名を呼ばれ、エリスティアが振り返ろうとした瞬間、紅炎の手がそっとエリスティアのストロベリーブロンドの髪に触れた

さら…と絹糸の様な髪が紅炎の手から零れ落ちていく

 

「……お前の髪は美しいな」

 

「え………」

 

突然褒められ、エリスティアが瞬間的に頬を赤く染める

そして慌てた様にパッと視線を反らした

 

「な、何を突然――――……」

 

「髪だけではない、肌も瞳も美しい」

 

「あ、あの…炎…その………」

 

突然、この人は何を言い出すのだろうか

エリスティアの顔が益々赤くなる

 

すると、紅炎はひと房エリスティアのストロベリーブロンドの髪を手に取ると、その髪に口付けをした

 

「え、炎!?」

 

ぎょっとしたのは、エリスティアだ

だが、紅炎は止まらなかった

そのまま、エリスティアを抱き寄せるとその腕に閉じ込める

 

「あ、あの……っ」

 

突然の抱擁に、エリスティアが戸惑った様に声を上げる

だが、抵抗しようにも手に茶杯を持ったままなので抵抗できない

 

「ちょっと、あの…離し――――」

 

それでも、なんとか抵抗しようとした時だった

 

「エリス―――」

 

愛おしそうに名を呼ぶと、紅炎はそのままエリスティアの瞼に口付けた

 

「……………っ」

 

ぴくんっと、エリスティアが肩を震わす

 

「あ……」

 

そのまま、口付けは頬へおりてきて、そして――――

 

「ま、待っ………」

 

「エリス―――……」

 

そのまま、紅炎の顔が近づいてくる

口付けされる――――

 

エリスティアが、ぎゅっと目を閉じた時だった

突然、持っていた茶杯が音を立てて手から零れ落ちた

 

「……熱っ!」

 

瞬間、手に茶が掛かりぴりっと痛みが走る

 

「エリス?」

 

エリスティアの異変の気付いた紅炎が、その動きを止めた

手を押さえたまま顔を顰めるエリスティアを見て全てを察したのか、紅炎が不意にぐいっとエリスティアの手を引っ張った

 

「いたっ」

 

一瞬、エリスティアが顔を顰める

茶の掛かった場所が赤くなっていた

 

エリスティアは慌てて手を引っ込めようと力一杯手を引いた

だが、紅炎に掴まれた手はびくともしない

 

「あ、あの! 大丈夫だから!!」

 

何とかそう言い繕うが、手がじんじんして痛みで涙が出てきそうだ

それを察してか、紅炎は小さく息を吐くと、腰に下げていた剣を鞘ごと半分抜いた

そして、剣の飾りをかざすと

 

「癒せ、フェニクス」

 

そう言った瞬間だった、ぱぁっと温かい光がエリスティアの手を包み込んだ

瞬間、すっと痛みが引いて行く

 

「あ………」

 

気が付けば、赤くなっていた場所はすっかり元通りに直っていた

紅炎が直してくれたのだ

だが――――……

 

「………ごめんなさい」

 

エリスティアが、小さくうな垂れる様にしょんぼりと頭を下げた

それを見た、紅炎は一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた後

 

「……何故、謝る」

 

「だ、だって…こんな事にジンの力を使わせるなんて――――……」

 

ただの軽い火傷だ

それも、自分の不注意から招いたものだ

 

それに貴重な魔力(マゴイ)を使わせてしまったのだ

それも、煌帝国の人間でもない自分に―――――

 

もう、申し訳ない気持ちで一杯だった

 

だが、紅炎はさほど気にした様子もなく、さも当然の様に

 

「お前の美しい肌に傷が残ったらどうする」

 

「え…別に、これくらい……」

 

「……俺には、エリス。お前に傷が残る方が問題だ」

 

「………………」

 

そこまで言われると、なんだかこちら間違っているのかと錯覚しそうになる

紅炎にとって、エリスティアなど何の関係も無い女な筈なのに

何故、そこまでしてくれるのか

 

たかが、火傷一つの為にフェニクスの力を使って癒してくれるのか

エリスティアには、どうしても分からなかった

 

ちらりと、紅炎を見る

紅炎の吸い込まれそうな柘榴石の瞳がこちらを見ている

 

なんだか見られているのが恥ずかしくなり、エリスティアは思わず俯いていしまった

 

お礼…言わなきゃ駄目…よね

 

「あ、のね…炎」

 

「………ん?」

 

「その…ありが、とう」

 

なんとか、その言葉を絞り出す

すると、紅炎は今までに見た事ない位優しげに微笑むと、「気にするな」 と言った

そして、エリスティアを抱き寄せ髪に口付ける

 

流石のエリスティアも、その行為に今回ばかりは抵抗する事は出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしよう……」

 

あの後、呼びに来た部下に連れられて紅炎は部屋を出て行ってしまった

ここは、自由に使っていいとは言われたが…

誰の何の部屋かもわからない場所で、自由に――――と言われても困ってしまう

 

きょろきょろと辺りを見渡すと、机の上に乱雑に置かれた書物が目に入った

すると、何の書物か興味が湧いてくるのが人の性というもので…

 

エリスティアは、そっとその書物を一冊手に取った

ぱらりと頁を捲ってみる

 

それは歴史書だった

 

他の書物や竹簡もみる

どれも、古代の歴史書だ

半分近くトラン語で書かれている

 

「これ………」

 

その中に見覚えのある書物があった

あの日、紅炎が読んでいた書物だ

 

もしかして、ここは紅炎の部屋なのだろうか……?

そう考えると、全てに納得いく気がした

 

生活感が無いのも当然だ

紅炎は、殆ど遠征に出ていて禁城にはいない筈である

今はたまたまいるだけで、遠からずまた遠征に出るのだろう

 

だから、この部屋は使われている形跡が少ないのだ

 

と、そこまで考えると、自分は紅炎の私室に一人でいるのか…

という事実がなんだか、恥ずかしくなってきた

 

男の私室に入るなど、今までした事など一度として無い

シンドバッドの場合、エリスティアとの共有スペースなので、別であるが…

それ以外で入ったのは、せいぜいジャーファルの部屋に仕事の書簡を届けに行くぐらいだ

 

なのに、自分は今紅炎の私室に一人でいるのだと考えると、何だかひどく緊張した

 

「落ちつかない……」

 

なんだか、無駄にそわそわしてしまう

 

エリスティアは机の上の書物を片付けると、そっとその部屋を出た

廊下に出ると、誰も居ない

 

好きにしていいって言っていたし…いいわ、よね…?

 

自分にそう言い聞かせると、エリスティアはそのまま回廊を歩き始めた

綺麗な回廊だった

 

赤で統一された装飾に、金の射し色が使われた灯籠がいくつもぶら下がっている

そこから見える庭も、とても綺麗に手入れされており大切にしているのが分かる

 

紅炎は、こういう所で育ったのだろうか……

 

シンドバッドと12歳の頃から冒険に明け暮れていた自分とは大違いだとエリスティアは思った

それ以前の事は、思い出したくもない……

あの人がいなかったら、今でも私は―――――……

 

自分をあの場所から連れ出してくれた人

名前はもう思い出せないが、優しい瞳をした人だった

 

彼は言っていた

 

 

『きっと、君を助けてくれる人に逢えるよ』 と

 

 

そして、事実本当にシンドバッドに出逢った

それは、偶然だったのか、必然だったのかは分からない

でも、シンドバッドに出逢えたからこそ、今の自分がある

 

 

シン……

 

 

まさか、自分が今煌帝国の中心・禁城にいると知ったら何と言うだろうか…

そもそも、話すとは言ったが…紅炎の事をどう話せばいいのだ

 

そんな事を考えながらぼんやり庭を眺めていた時だった

 

「エリス? オマエ、なにやってんの?」

 

突然、聞き覚えのある声が上から聴こえてきて、エリスティアが慌てて上を見ると――――

そこにいたのは

 

「ジュ…ジュダル!?」

 

そこにいたのは、いつもシンドバッドと衝突していたジュダルという男だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪我ネタは、紅炎はあまり向かないなと思いましたww

だって、全部フェニクスで片付くもんー

 

さて、ジュダル登場ですね

ささ、次へどうぞー 

 

2014/02/10