CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 19

 

 

 

――――煌帝国・禁城

 

「そうか……」

 

紅炎は、部下からの伝言を聞くと小さく頷いた

紅炎の前に頭を垂れた部下は、もう一度退出時に拱手するとそのまま室を後にした

 

ばたん…と閉められた部屋には、紅炎とその眷属とおぼしき四人

そして、左右将軍の二人が控えていた

 

その中、何故かエリスティアは紅炎のすぐ後ろに立たされていた

その後ろに眷属達

左右に左将軍と右将軍

その中央に、紅炎がどっかりと椅子に座っていた

 

まるで場違いなその場所に自分がいる事に、エリスティアは居心地の悪さを感じていた

この場所はまるで、紅炎の次に位置する場所だ

 

眷属達や左右将軍よりも、上の地位だという事になる

 

確かにシンドリアにいる時は、シンドバッドのすぐ後ろに一歩控えて立つことが多かった

しかし、それはシンドバッドのルシであるからであって、王妃だからとかそういう意味ではない

 

だが、今回は違う

紅炎とは何の関係でもないし

そもそも、自分がこの場にいてあの報告を一緒に聞いている方がおかしいのである

 

しかも、その事に付いて何も追及してこない眷属達や、左右将軍が酷く不気味に感じる

 

「ふむ…呂斎も馬鹿な男だったな…」

 

「うむ…」

 

左に控えていた左将軍がそう呟くと、

右に控えていた右将軍が静かに頷いた

 

すると、エリスティアの後ろの控えていた眷属の内人一人、蛇の様な頭をした青年が

 

「しかし、白瑛様を亡き者にしようとは、不貞野郎ですね!ね、お三方」

 

と、他の眷属達に同意を促した

すると、豚の様な容姿をした一人が、自慢の髭を触りながら

 

「んん~まぁ、これが若に手出ししようものだったら、あの程度じゃすまなかったけどな」

 

「それは、当然だろう」

 

と、獅子の姿をした男が頷くと、竜の姿をした男がそれに同意する様に

 

「愚問だな」

 

と答えた

 

話が良く見えないが

 

どうやら、白瑛という女性を呂斎という男が殺そうとしたという事らしい

話の流れから、白瑛という女性は相当身分が高いとみえる

 

だが、それを問うて良いのか今のエリスティアには判断つかなかった

少なくとも、部外者である自分が聞いてよい話では無い様な気がした

 

何故、紅炎は自分もここに連れて来たのだろうか……

 

あの場合、紅炎一人で城に戻れば良かった筈である

だが、紅炎はそうしなかった

何故か、エリスティアを伴った

門番や、城の者が驚いていたのは記憶に新しい

 

それはそうだろう

煌帝国の第一皇子である紅炎が見知らぬ女を連れて城に戻って来たのだ

普通ならば、何事かと思う

 

しかも、風体からいって明らかに異国人であるエリスティアを――――だ

 

その上、紅炎自らの手で皆の前で馬から降ろし、こうして重要な報告にまで同席させている

普通なら、何者かと疑問に思われても不思議ではない

 

だが、何故か誰もそれを追及してこない

眷属達も、エリスティアを見て最初は驚いた表情を見せたが、これと言って止めたりもしない

むしろ、エリスティアが紅炎の隣にいるのが当たり前の様に扱い、後ろに控えた

 

左右将軍もそうだ

エリスティアを伴って現れた紅炎に驚きもせず、そのまま二人を守る様にがっちりと左右を固めている

 

それが余計に、エリスティアの中に違和感を覚えさせた

 

普通ならば、ここで追及してくるべきではないのだろうか

百歩譲って、エリスティアを城にまで連れて来たとしても、別室で待機させておくべき筈だ

だが、紅炎はそうしなかった

 

当たり前の様にエリスティアを伴い

当たり前の様にそこに座す事を示した

 

確かに、それにのこのこ付いて来てしまった自分もどうかとも思うが…

勝手が分からない場所な以上、紅炎に付いて行くしかない

 

エリスティアが、何とも言えない居心地の悪さを感じている時だった

左将軍がふと、紅炎に話し掛けた

 

「それで、紅炎様。呂斎の処分は如何なさいますか?」

 

「そうだな、仮にも白瑛様を亡き者にしようとした者。軽い処罰では済まされませんぞ」

 

左右将軍のその言葉に、紅炎は静かに息を吐いた

すると、ふとエリスティアの方を見て

 

「エリス」

 

「え……? あ、はい」

 

突然名を呼ばれ、エリスティアがハッと我に返る

すると、紅炎の吸い込まれそうな柘榴石の瞳と目が合った

一瞬、どきりと心臓が鳴る

 

エリスティアは息を飲み、次の言葉を待った

だが、紅炎はじっとエリスティアを見たまま、何も発しなかった

 

 

…………?

 

 

不思議に思い、エリスティアが首を傾げる

 

「あの……、え…」

 

「炎」 と、いつもの様に呼ぼうとして慌てて口を手で覆う

 

いけない

こんな場所で、部外者の自分が気安く 「炎」 などと呼んでいい筈が無い

 

「紅炎様、如何なされました?」

 

エリスティアは言い慣れない言葉に違和感を感じつつ言い直した

すると、紅炎が驚いた様にその瞳を瞬かせたかと思うと――――

 

「く……は、ははははは!」

 

突然笑い出した

驚いたのは他でもない、眷属達だ

 

特に蛇の頭の青年は、「紅炎様が笑っておられる!?」 と声を大にして叫んでいる

だが、エリスティアは違った

 

笑われた事に、思わずむっとしてしまう

いつもならば、思いっきり殴ってやっている所だ

 

だが、流石にこの場でそれをするのは憚られた

そんな事をすれば投獄されかねない

 

何とか怒りが込み上げてくるのを我慢する様に、ぐっと手に力を込める

引き攣る顔を何とか平常心で保つ

 

その様子を見た紅炎が、また くつくつと笑い出した

 

何だか、どんどん怒りが込み上げてくる

思わずキッと紅炎を睨みつけた

 

すると、紅炎は面白いものを見た様にまた 「エリス」 と名を呼び、手招いた

 

傍に来いというのか

 

む~~~とふくれっ面のエリスティアが、それに反抗する様にふいっとそっぽを向いた

瞬間――――

 

「きゃっ……!」

 

突然伸びてきた紅炎の腕が、ぐいっとエリスティアの腰に回されたかと思うとそのまま引き寄せられた

流石のエリスティアもこれには黙っていなかった

 

「ちょっと炎!! 何するのよ! 離して!!」

 

そう言って、どんっと紅炎の胸を叩く

だが、紅炎は気にした様子もなくそのままエリスティアの耳に自身の唇を寄せると

 

「エリス、いつもの様にしていろ」

 

「…………!? 出来る訳な―――――」

 

そこまで言い掛けて、はっとした

恐る恐る後ろを見ると、口をあんぐりあけて驚いた様な顔をしている眷属達

左右将軍ですら、その難しかった表情を変えていた

 

―――――やってしまった

 

つい、いつもの癖で紅炎に対して馴れ馴れしくしてしまった

怒鳴るどころか、叩くまでしてしまった

 

しかも、「紅炎様」 ではなく 「炎」 とも呼んでしまった

 

終わったかもしれない……

 

きっと、このまま投獄されて尋問されるか

処断されるのだ

 

エリスティアが、諦めた様にその表情を曇らせた時だった

突然、左右将軍が大笑いしだしたのだ

 

「え……?」

 

驚いたのは他ならぬエリスティアだった

 

「あ、あの……?」

 

すると、眷属達も面白いものを見たという風に

 

「すげぇ! 本当に紅炎様に怒鳴ってますよ」

 

と、蛇の頭の青年が横にいる豚の容姿の男に言う

すると、その男も面白いものを見たかの様に髭を触りながら

 

「んん~~~、流石は若が見込んだ女性ですなぁ~」

 

「そうだな」

 

「うむ」

 

と、傍にいた獅子と竜の男も頷いた

 

「え? え?」

 

意味が分からないエリスティアは、そのアクアマリンの瞳を瞬かせながら首を捻った

 

「あ、の……?」

 

すると、左将軍がエリスティアの前に拱手の構えを取り頭を垂れる

 

「お初にお目に掛かりますエリスティア様。私は征西軍左将軍を務めさせて頂いております、周 黒彪と申す」

 

大きな身体の黒彪に頭を下げられて、エリスティアが慌てて頭を下げる

 

「あ、はい…私は、エリスティアと申します。どうぞエリスとお呼びください」

 

そう挨拶すると、今度は右将軍が拱手の構えを取った

 

「私は、征西軍右将軍を務めている、李 青龍と申す。お噂はかねがね聞いておりますぞ」

 

「エリスティアです」

 

噂……?

一体何の噂だろうか……?

 

エリスティアが首を捻っている時だった

今度は、後ろに控えていた眷属達が名乗りを上げた

 

「エリス様!俺、李 青秀っていいます。宜しくお願いします! 俺達、紅炎様の眷属なんです。ね! お三方!」

 

と、蛇の様な頭をした青年が元気よく挨拶してくる

すると、豚の様な容姿をした男がばしっと青秀の頭を叩いた

 

「なんでおめーが仕切ってんだよ! この蛇ガキが!!」

 

「いってーす、楽禁殿ぉ~!」

 

と、青秀が抗議するが、楽禁と呼ばれ豚の様な男は気にした様子もなく

 

「んん~わしは楽禁だ。宜しく頼むよお嬢」

 

「お、お嬢…?」

 

言われ慣れないその呼び名に、エリスティアが目を瞬かせる

 

すると、今度はずいっと獅子の姿の男と、竜の姿の男が前に出てきた

 

「周 黒惇だ」

 

「炎彰と申す」

 

「あ…えっと…エリスティアです」

 

挨拶をされたからには、挨拶を返さなければならない

エリスティアが慌てて頭を下げると左将軍の黒彪がうんうんと頷いた

 

「紅炎様、よい女子を見つけられましたな」

 

「うむ…礼儀もわきまえておるようだしな」

 

と、右将軍の青龍までもが頷いた

事態が上手く掴めないエリスティアは首を傾げながら

 

「あの…炎…?」

 

と、紅炎を見た

すると、紅炎が 「ああ…」 と小さく頷く

 

「……俺の眷属と、左右将軍だ」

 

「えっと…うん、それは分かるのだけれど――――……」

 

そうではなく

先程から、彼らはエリスティアの事を疑問に思っていな事が不思議でならなかった

まるで、最初から話が通っている様な感じだ

 

すると、それに気付いた紅炎が 「ああ…」 と声を洩らすと

 

「皆、俺の腹心だ。お前の事は話してある。だから、気にせずいつも通りにしていろ」

 

「え……?」

 

話してある……?

 

最初に浮んだのは、“何故“という疑問だった

紅炎と何の関係も持っていない自分が、腹心に紹介される理由が分からない

それに、何と言って話しているのかも気になる

 

だが、周りの目もある今 それを問いただす事が出来ずエリスティアはなんだかもやもやした気分で一杯だった

 

いつも通りにしていろって言われたって……

 

出来る筈が無い

相手は、曲がりにもこの煌帝国の第一皇子なのだ

いつも、二人で会っている時とは訳が違う

 

ここは、煌帝国の中心・禁城内なのだ

そんな場所で、紅炎に怒鳴りつけたり殴ったりしていたら…極刑じゃすまないかもしれない

 

そう思うも、よくよく考えればもう既にしてしまっている事に気付き、逆にどうしようという気持ちで一杯になる

 

「エリス?」

 

エリスティアが悶々と考えている時だった、不思議に思った紅炎が覗き込む様に顔を近づけてきた

 

「……………っ」

 

いきなり紅炎の端正な顔が間近に迫り、エリスティアがぎょっとして後ずさろうとする

が――――腰をがっちり掴まれていて離れられな

 

「ちょっと! 離してったら!!」

 

顔を真っ赤にしてそう抗議するエリスティアに、紅炎がくっと笑い出す

その様子に、エリスティアがむっと頬を膨らませたのは当然だった

 

どんっと紅炎の胸を叩くと

 

「炎の馬鹿! いい加減に離し―――――」

 

そこまで言い掛け、思わずいつもの様に怒鳴ってしまった事にはっと我に返る

慌てて口を塞ぐが、遅かった

 

また、青秀が面白いものを見たという風に 「本当に、紅炎様を殴っておられるー!」 と大はしゃぎだ

その青秀を 「おめーはいちいちはしゃぎ過ぎだ!!」 と楽禁がばしっと叩いた

左右将軍も、エリスティアを咎めるでもなく微笑んでいる

 

「な……」

 

どうして皆、笑っているの……?

 

普通なら逆鱗に触れると事じゃないだろうか……?

だが、周りの反応は真逆で微笑ましく見守っている感じだった

 

ふと、紅炎がエリスティアの腰に回している手に力を込めるとそのまま抱き寄せた

 

「ちょっ……」

 

流石のエリスティアも、周りの目も気になり顔を真っ赤にさせる

だが、この場で抵抗していいものか迷い、上手く身体を動かせない

 

すると、紅炎がとんでもない事を言いだした

 

「エリス、お前なら呂斎という男の処分をどうする?」

 

「え?」

 

突然何を言い出すのだろうか

そんな事、自分が決められる筈がないじゃないか

 

そう言ってやりたいが、周りの目が気になり言い返せない

 

エリスティアが押し黙ったのを見て、紅炎が 「ああ…」 と声を洩らした

 

「周りは気にするな。お前の意見が聞きたい」

 

「……………」

 

何故、自分の意見が聞きたいのだろうか…

判断に迷っているという風でもない

それに言っていいのか迷う

 

だが、もし自分ならどう判断するだろうか……?

 

話を聞いた限り、呂斎という男は出世欲の塊だった男だ

そして、戦を好む

 

ただ、一つ分からない事がある

“白瑛” という女性の立場だ

 

周りの言葉から発するに、かなりの地位の方だと見受けられるが―――

 

「あの、炎? 白瑛様というのは……?」

 

エリスティアのその言葉に、紅炎が 「ああ…」 と答えた

 

「俺の義妹だ」

 

「え?」

 

その言葉に補足する様に、黒彪が

 

「白瑛様は、紅炎様の義妹君と同時に、この煌帝国の第一皇女にあらせられます」

 

「え……」

 

では、呂斎という男は上司で皇族である白瑛を殺そうとしたというのか

皇族殺しは重罪だ

死刑を言い渡されてもおかしくない

 

でも……

 

「あ、あくまでも一般論としてだけれど…私ならば千人長の位をはく奪。降格処分にするわ。 そして、戦とは無縁の職を与えるの。それが、彼にとって死するよりも苦痛なんじゃないかしら…」

 

出来る事なら、人の死は見たくない

甘い考えだと言われても、これだけは譲れなかった

 

すると、紅炎は優しくエリスティアを抱き寄せると、その髪に口付けを落とした

ぎょっとしたのは、エリスティアだ

 

慌てて離れようと暴れだす

 

「ちょ、ちょっと炎――――」

 

こんな場所で、こんな人前で、一体この人は何を考えているのか!

かーと赤くなる頬を押さえられずに、エリスティアはそのまま顔を俯かせた

 

周りの視線が痛い…

は、恥ずかしい……!!

 

だが、そんなエリスティアとは裏腹に紅炎は黒彪見ると

 

「呂斎の処分は決まった。千人長から一兵卆に降格。極東に送れ。ただし、監視は怠るな」

 

「は…」

 

紅炎の言葉に黒彪が拱手の構えを取る

そしてそのまま退出していった

それに続く様に青龍も退出していく

 

驚いたのはエリスティアだ

その処分はエリスティアが言ったものだったからだ

 

エリスティアは慌てて顔を上げると、紅炎を問い詰める様に

 

「ちょっと、炎、いいの!? 私の意見よりもっと――――」

 

「他にあるのでは―――」という言葉は、紅炎によって遮られた

紅炎は、ふっと笑みを浮かべたまま

 

「いや…お前と俺は考え方が似ている様だな…・」

 

「え……?」

 

どういう事だろうか…?

考え方が似ている……?

 

エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせた時だった

紅炎の言葉を補足する様に楽禁が、自慢の髭を触りながら

 

「んん~~つまり、若はお嬢と同じ考えだったという事だ」

 

―――――え

 

エリスティアが信じられないものを見る様に紅炎を見た

すると、紅炎は一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせ

 

「ああいう男は死罪にするよりも、流刑にした方が効果的だからな」

 

そう言って静かに息を吐いた

 

「炎……」

 

 

その言葉に片隅に紅炎の優しさが見えた気がして、エリスティアは思わず笑みを浮かべるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呂斎の処分の話と、夢主を部下&眷属にお披露目の回でしたww

 

しかし、青龍と黒彪の資料も少なすぎて…(-_-;)

あの人たち、一人称なに!?

 

私が思うに、シンドバッドと紅炎って行動とか考え方が似てると思う

 

2014/01/28