CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 16

 

 

白瑛は、馬を走らせた

青舜も白瑛に続く様に馬を走らせる

 

何としても確かめなければならなかった

 

自軍に射られたという黄牙一族の矢

しかし、白瑛には黄牙の民が争いを起こそうとしているとは思えなかった

 

ババの存在もあるが

なによりも、あの不思議な少年の言葉が気になった

 

「姫様、そんなに急いでは馬が潰れます!!」

 

今にも泡を吹きそうな位 鞭を撓らせる白瑛に、青舜が声を掛ける

だが、白瑛にはそんな余裕はなかった

 

馬が潰れようとも、急がなくてはならなかった

 

「黄牙の一族が、戦を起こしたがっているとは思えません!」

 

白瑛の言葉に、一瞬 青舜がその瞳を瞬かせる

 

「なぜです?姫様」

 

「それは…昨晩、不思議な少年に話を聞いたからです……」

 

昨夜、天幕に現れた不思議な少年

そう、アラジンといったか…

 

あの少年が言ったのだ

 

 

『僕に、家族を教えてくれた大好きな人達なんだ。殺さないで』

 

 

そう―――彼は“殺さないで”といった

それは即ち、黄牙の民に争いの意思はないという事ではないだろうか

 

果たしてその黄牙の民が、煌帝国の軍に矢を放つだろうか…?

 

話を聞いた青舜は、ハッと何かに気付いた

 

「その少年、迷宮(ダンジョン)攻略者なんでしょうか?」

 

その言葉に、白瑛は小さく首を振った

 

「わからない。でも、彼の言葉は信用できる気がしました!」

 

白瑛の言葉に、青舜が頷く

 

「もしかしたら、姫様と何か通じるものがあったのかもしれませんね、“同じ攻略者”として――――……」

 

「…………」

 

そうなのだろうか……

そんな気もするし

違う気もした

 

だが、今はそれ所ではない

 

「とにかく、黄牙の一族と話し合いましょう!」

 

もう日が高くなってきた

あれから、大分時間も経っている

 

とにかく、急がなくてはならなかった

急がないといけない

急がなければ、最悪の事態が起こる

 

 

そんな気がしてならなかった

 

 

そして、それは渓谷に差し掛かった時に起きた

渓谷内に馬を走らせた瞬間――――

 

 

 

   ヒュン!

 

 

 

「!!?」

 

瞬間、ヒヒーンッと白瑛の乗っていた馬が嘶いた

慌てて白瑛が手綱を引っ張る

 

それと同時に、目の前に一本の矢が撃ち込まれてきたのだ

ハッとして渓谷の上を見ると、そこには黄牙の戦士達が馬に乗り弓を構えて待ち構えていたのだ

 

気が付けば、上だけではない、前も後ろも挟み撃ちにされ

皆、武器を手にしてこちらを睨んでいた

 

「………………」

 

白瑛は、ごくりと息を飲むと馬を降りた

 

「姫様!?」

 

青舜が止めようとするが、白瑛はそのまままっすぐ黄牙の民の方に歩いて行った

 

自殺行為だった

武器を持ち殺気立った黄牙一族の前に、馬を降りて歩み寄るのは自殺行為以外のなにものでもなかった

 

「昨日はよくも村の者達を傷つけてくれたな……!!もう、お前の綺麗事には絶対騙されないぞ!!」

 

「そうだ!よくもババ様を!!」

 

黄牙の民達が血を吐く様に叫ぶ

 

「!?」

 

これは、一体どういうことなのだ……!?

 

ババ様……?

村の者を傷つけた…?

 

彼らは何の事を言っているのだ

 

とにかく、落ち着かせなければ

 

「落ち着いてい下さい、我々は交渉しに参ったのです」

 

「ふざけるな!!」

 

白瑛の言葉に、戦士の一人が叫んだ

 

「昨日は交渉する振りをして奴隷狩りをし、ババ様を闇討ちまでしたじゃないか!!もう、騙されないぞ!!」

 

奴隷狩りにババの闇討ち

まったく、身に覚えのない事だった

 

彼らの怒りは凄まじく、とても言葉だけでは通じる状態では無かった

 

その時だった

黄牙の民の一人が叫んだかと思うと大きく剣を振りかざしてきた

 

「姫様!!」

 

青舜が叫ぶのと、その剣が白瑛に向かって振り下ろされるのは同時だった

が――――――……

 

 

 

  ズバンッ!!

 

 

 

「なっ!?」

 

白瑛は避けなかった

彼女の髪がひと房パサリと地に落ちる

頬からつぅ…と血が流れ落ちていた

 

「……な、なんで避けない」

 

本当なら避けられた

白瑛の腕ならば、避ける事など容易い事だった

だが、この場を収める為には、戦意無しと示すには避ける訳にはいかなかった

 

たとえ、斬られようとも避ける訳にはいかなかったのだ

 

白瑛は真っ直ぐに前を見据えた

足からも血が流れ落ちる

 

だが、白瑛はそれを拭こうともしなかった

ただただ、真っ直ぐに黄牙の民を見据えたまま

 

「我々に戦意はありません。事件の真相を探る為にも…交渉の席をどうか!」

 

そう言って、拱手の構えを取った

 

白瑛の気迫に、黄牙の民に動揺が走る

まさか、白瑛が避けないとは思わなかったのだ

 

むしろ、剣を抜いてきたならば迷うことなく攻撃出来たものを…

白瑛は、剣を抜くことすらせず

それ所か、こちらの攻撃すら避けようとはしなかったのだ

 

一族の誰もが互いに顔を見合わせた

それぐらい、白瑛の神髄な意思が伝わって来たのだ

 

だがしかし

事実、トーヤ達を奴隷狩りしたのも、ババを闇討ちしたのも煌帝国なのだ

 

昨日も安心させるような事を言っておきながら、あの仕打ち

また同じ手かもしれない

 

 

「う……」

 

 

一族間に動揺が走っていた時だった

若い一人が叫んだ

 

「だ…騙されるな!昨日と同じ手だ!!」

 

その言葉に、他の皆も賛同しだす

 

「そうだ!やっちまえ!!」

 

「そうだ!そうだ!!」

 

 

一触即発になる―――――……

 

 

そう思われた時だった

 

 

 

 

 

  「やめんか、馬鹿共ッッ!!!」

 

 

 

 

 

聴こえる筈のない怒声が渓谷に響き渡った

ハッとして一族が声のした方を見ると、前からゆっくりとアラジンに支えられたババが歩いて来たのだ

 

「バ…ババ様……」

 

黄牙の民に更に動揺が走る

白瑛もはっとしてババの方を見た

 

ババは、ガンッと杖を強く打ちつけると叫んだ

 

「情けない真似をするな!お主ら、それでも黄牙の戦士か!!?」

 

ババがゆっくりと黄牙の民の間を通っていく

その背中からは、血がボタボタと流れ出ていた

 

「……見誤るな。己が本当に守るべきものを。その為に、どんな戦い方をするべきかを……」

 

ゆっくり、ゆっくり歩いて行く

アラジンの支える手が、真っ赤に染まっていく

それでも、アラジンにはババを止める事など出来なかった

 

ババは、その場にアラジンを留めると一人白瑛の前にゆっくりと歩み出た

そしてその膝を折ると

 

「我が一族は、煌帝国の傘下に降ります」

 

「………!」

 

「バ、ババ様…っ!?」

 

黄牙の民にどよめきが走る

 

「傘下……!?」

 

「しかし、ババ様…あんな奴らに降ったら、家族は皆殺しにされてしまいます……っ」

 

一族の言葉に、ババは小さく息を吐いた

 

「……ご覧の通りです、姫様」

 

ゆっくりとババは立ち上がった

そして、真っ直ぐに白瑛を見据え

 

「我が一族は、永きに渡る侵略と奴隷狩りで心身共に傷付き果てております。私は、これ以上家族が傷付くのは許せません。故に、一度は御国と戦う事さえも覚悟しておりましたが…」

 

「……………」

 

「しかし、ある子供が私に言うのです。敵国の将たる貴女が我が一族を滅ぼす事はない信用できる人物じゃと…」

 

その言葉に、白瑛はハッとして先にいるアラジンを見た

 

「それゆえ、私は貴女に従おうと思ったのです……」

 

そう言うババの身体からどんどん血の気が消えていく

傷が開いたのだ

もう、ババの立っている所は真っ赤な血で染まっていた

 

「……しかし、貴女のその傷は尋常ではありません。やはり、我が軍の矢で……」

 

そう言い白瑛も思わず手を伸ばし掛ける

瞬間――――

 

 

 

「姫様!!」

 

 

 

ババの声に、伸ばし掛けた白瑛の手が止まる

ババはまるで気迫せまる様な瞳で

 

そんな事(・・・・)はどうでも良いのです。村長一人と、村人全員の命。どちらが大事か、貴女ならわかろう?」

 

「…………っ」

 

ババの意思は揺るぎないものだった

本当なら今直ぐにでも医療班を呼び手当を施したい

しかし、それはババの意思ではない

 

ここで、ババの意思に背くは、ババの想いを無駄にする事になる

それぐらい、白瑛には痛い程伝わって来た

 

白瑛はぐっと堪える様に息を飲むと、ゆっくりと手を合わせて拱手した

 

「……分かりました。貴女の意思、確かに受け継ぎました……」

 

そして、バッと手を大きく広げると叫んだ

 

「これより!!黄牙の一族は煌帝国及び、練 白瑛の名の下に安全を保障します!!」

 

白瑛のその言葉に、一族の者達が力なく肩を落とした

ずっと守り続けてきた物が…

黄牙の誇りが……

 

「……ついに、誇りを捨てて他国に降るのか…」

 

その時だった、ドルジが叫んだ

 

「関係ないだろ、そんな事!!」

 

ハッと皆がドルジの方を見る

 

「誰に降ろうが、誇り高く心を持ち続ければいいだけだろ!!ババ様の様に……、それがまだ分からないのか!?」

 

「ドルジ……」

 

ドルジの言葉に、トーヤが涙ぐむ

傍にいた若い連中もうんうんと頷いた

 

 

 

「どうじゃ、黄牙の者達よ!!己が意思を示せよ!!」

 

 

 

ぐっと、一族の皆が涙を堪える様に息を飲むと、次々と武器を手放して行った

そして、白瑛の前に膝を付いたのだ

 

その様子をアラジンはただ見ている事しか出来なかった

ぎゅっと笛を握り締める

 

 

「すごいね、ウーゴくん…みんな、未来の為に何をすべきかを選ぶ勇気を持っている…僕らには、何もすべき事が無かったよ……」

 

ザァ…と風が吹いた

 

朝日が昇る中

 

   黄牙一族は、煌帝国に降ったのだった――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ババのゲルには村人全員が集まっていた

 

皆、「ババ様!」「ババ様!」と声を掛けるが、ババはもう虫の息で手の施しようがなかった

 

「ババ様、しっかり!」

 

「おばあちゃん!!」

 

ドルジやトーヤがババの手を握ってそう訴えるが……

もう、ババには返事をする気力もなく、ただ何かを呟いているのが精一杯だった

 

「ババ様は、最後の力を振り絞って俺達を諌めて下さったのだ……」

 

「おばあちゃん…」

 

ボロボロと、皆の目から涙が零れ落ちる

皆が泣き崩れる中、アラジンは後ろの方でただそれを見ている事しか出来なかった

 

 

その時だった

 

 

「どうした?アラジン。こんな後ろに一人でいてからに……」

 

ハッとしてアラジンが振り返ると、そこにはあそこで眠っている筈のババがにっこりと微笑みながら座っていた

それで分かった

 

「……おばあちゃん……死んでしまったんだね………」

 

もう、ババは死んでしまったのだ……

 

アラジンはちらりと後ろを見た

皆、泣いていた

ボロボロと涙を流して、泣いていた

 

「みんな泣いてるよ…おばあちゃんの事、大好きだったんだね…」

 

その言葉に、ババはほっほっほと笑みを浮かべながら

 

「他人事の様に言いなさる。アラジンはどうなんだい?」

 

「僕だって、おばあちゃんの事大好きさ。でも……僕は、みんなより思い出が少ないからね…」

 

ババの事は大好きだ

アラジンに家族を教えてくれたのはババだった

 

でも、みなよりずっとずっと思い出が少ない

だから、あの輪の中には入れなかった

 

まるで、アラジンの想いを見透かした様にババはにっこりと微笑んだ

 

「そんな事はないじゃろう?ワシらの思い出も沢山あるよ」

 

「………っ……うん……」

 

そんな風に言われたら、堪えていた物が溢れ出てきそうになる

だが、ここでどうすればいいのかアラジンには分からなかった

 

ただ、何かがじわじわと胸の奥でざわめいていた

 

「のう、アラジン……お主は、本当は自分が独りぼっちだと思っておるじゃろ?」

 

「え……」

 

瞬間、アラジンの表情が見透かされた様に強張る

だが、ババはにっこりとやはり微笑み

 

「そんな事はないよ。この姿になった今、ワシはやっとお主の事が分かったんじゃ」

 

「……え?…」

 

「………あれをごらん」

 

ババが何かを指さす

その先を見ると―――――………

 

ババの亡骸にすがる様にして泣くトーヤやドルジの姿があった

そんな彼らの身体からボォォ…と何か金色の光の様な物が溢れ出ていた

 

 

ルフだ

 

 

「生きとし生けるものは個……しかし、その源泉はすべて一つに集約されておる…すべての生命の魂を繋ぐ世界の血潮(・・・・・)……それが“ルフ”。そして、その全ての人々を繋ぐ“ルフ”に愛され、力を借りる事が出来るお主は――――……」

 

ドルジ達から溢れたルフが集まっていく

それと同時に、徐々にババの身体が薄れていった

 

 

「―――お主は”マギ“。幾億の生命と共に生き、彼らを導いて世界を創る者。……だから、お主は独りではないんだよ?」

 

 

そう言って、ババは優しくアラジンの頭を撫でた

瞬間、ババの身体がどんどん形を失っていく

 

 

そして、他のルフと共に天高く昇って行ったのだ

 

 

 

     “愛しいソロモンの子よ……いつも味方でいるよ…”

 

 

 

 

「―――――……っ」

 

 

 

アラジンの瞳から、知らず涙が零れ落ちた

 

これが“悲しい”のだと初めて知った瞬間だったのだった―――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ハッと、エリスティア息を飲んだ

 

顔を上げ、辺りを見渡す

 

「エリス?」

 

突然手を止めたエリスティアを不思議に思い、紅炎がゆっくりとエリスティアに近づいて来た

瞬間、ルフがピイイイイイイとざわめいた

 

 

「あ………」

 

 

ボゥ…と紅炎の持つ金属器の八芒星が光りだした

 

「俺の金属器が……」

 

紅炎もハッとして自身の持つ3つの金属器を見た

 

駄目……

 

ここで、気付いては紅炎に知られてしまう

エリスティアは、紅炎の金属器に気付かない振りをして西の方を見た

 

今、西の地で誰かがルフに還って行った――――……

 

 

それが、アラジンにとって重要な意味を持つ人だとはその時のエリスティアには気付くよしも無かった――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ…ババ様がついに…!!

後1話ぐらいでアラジン編は終わりですねー

白瑛の魔装のを書いたら終わりです

 

モルジアナ編はまだ少し後…

その間に、夢主編入りますww

 

2014/01/15