CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 11

 

 

 

「何やっているのかしら…私……」

 

エリスティアは、顔を覆いながら寝台に突っ伏した

 

昨日の今日でこれだ

紅炎とは距離を置かねばと思っているのにも関わらず、何故か強く出る事が出来ない

挙句の果てに、蘭朱の追及にもはっきり言い返す事も出来ずに

本当に、自分は何をしているのだろうと思う

 

こんなんじゃ、シンに顔向け出来ないわ……

 

顔が熱い

紅炎に触れられた箇所が熱を帯びたまま、消えてくれない

あの大きな手が、自分に触れていると言うだけで頬が熱くなる

 

駄目なのに…

どんなに想ってくれても、応えられないのに……

 

蘭朱の言葉が脳裏を過ぎる

 

『紅炎様は、エリスの事が好きなのよ!』

 

炎が私を……?

 

そんな筈―――――

ある筈ないと思いたいのに、思えない

 

ルフが求めてくるのだ

彼の纏うルフが、自分を求めているのが分かる

 

エリスティアの手では抱えきれないぐらい、彼の“想い“が伝わってくる

 

欲しい――――と

エリスティアが“欲しい”と求めてくる

 

でも…私は………

 

脳裏にシンドバッドの顔が過ぎる

 

駄目、シンは裏切れない

私の心はシンに捧げると誓ったもの

 

あの日

シンドバッドからの申し出を断った日

エリスティアは、彼に言った

 

「先の“時”はあげられないけれど、それ以外は、全て貴方に捧げるわ――――」と

 

心も身体も、全てシンドバッドに捧げると誓ったのだ

その代り、未来は約束出来ない――――と

 

彼は、「今はそれでいい」と言ってくれたけれど…

本当に彼が欲しかったものは、「共に歩く未来」だというのは痛い程伝わって来た

 

でも

それだけは、約束出来なかった

出来ないのだ

 

だから、紅炎に惹かれるなど、あってはならないのだ

求められても、応える術がない

 

共に歩めない自分は、応える資格がない

 

シンドバッドだからじゃない

誰であろうとも、応えられないのだ

 

でも――――

 

そっと、紅炎に口付けされた髪をなぞる

あんな風に求められて、嫌だとは思わなかった

ルフが惹かれている

彼のルフに惹かれている己が、痛い程分かる

 

きっと、私は拒めない

 

シンドバッドの時同様、拒む事など出来はしないのだ

 

どうかしていると思う

 

今でもシンドバッドを一番に想っているのに、紅炎を拒めない

彼に触れられて、嬉しいとすら感じる時もある

 

 

これではまるで――――……

 

 

その時だった

ルビーのチョーカーがぽぅ…と光った

 

「え!?」

 

昨日今日で!?

まさかの反応に、エリスティアがぎょっとする

 

嫌だわ…

 

きっと、シンドバッドもいる

こんな状態で、逢いたくない

 

でも、ここで拒否したら余計に不振に思われる

 

エリスティアは、観念した様にチョーカーを外して寝台に置くと、小さく呪文を唱えた

すると、ルビーがパァッと光だし何も無い空間に何かを映しだす

 

碧色の髪をした、女性―――ヤムライハだ

 

「ヤム……」

 

ヤムライハの顔を見た瞬間、思わず涙ぐみそうになりエリスティアが弱々しくヤムライハの名を呼んだ

 

「エリス……ごめんね?昨日から立て続けに連絡して」

 

なんだか、ヤムライハも申し訳なさそうにうな垂れる

瞬間、エリスティアははっとして慌てて首を横に振った

 

「う、ううん、大丈夫だから!」

 

慌てて、何でもない事の様に微笑みながらそう言う

だが、ヤムライハには通用にしなかった

 

空元気とも呼べるそのエリスティアの反応に、ヤムライハが首を傾げる

 

「エリス? 何かあった……?」

 

「え………」

 

瞬間、どきりとエリスティアが驚いた様な顔をした

が、次の瞬間何でもない事の様ににっこり微笑むと

 

「ど、どうして? 何も無いわよ?」

 

「そう……ならいいけど……」

 

なんだか、腑に落ちないのか

ヤムライハが少し納得いかないと言う風に首を傾げならがそう言った

 

「それで、ヤム。何か急用?」

 

こんな短時間に連絡を寄越すなんて何か問題でもあったのだろうか

そちらの方が気になる

 

すると、ヤムライハは少し困った様な顔をして

 

「えっと……その、ね」

 

「ヤム?」

 

何故か言い淀むヤムライハに、エリスティアが首を傾げた時だった

ヤムライハが、一瞬だけ後ろを見た後こそっと内緒話をする様に

 

「ちょっと、貴女、シンドバッド王になにかしたの?」

 

「え……?」

 

一瞬、何を問われているのか分からずに、エリスティアが首を傾げる

 

「何かって……どういう意味?」

 

「分かんないけど、王が貴女と話したい事があるからて…それで、今日も連絡したのよ」

 

「え!?」

 

ヤムライハからのまさかの回答に、エリスティアの顔が一瞬強張る

シンドバッドから話したい事

 

思い当たる項目は一つだけだ

昨夜の、エリスティアの反応を見て、不審に思ったのだろう

 

「………………」

 

黙り込んでしまったエリスティアを見て、ヤムライハが小さく息を吐いた

 

「なんだか、思い当たる事あるみたい…ね?」

 

「あ……うん」

 

思い当たる事…あり過ぎて返答出来ない

だが、ここで、紅炎の事を話す訳に行かない

 

「その…ヤム、今度相談あるのだけれど……」

 

エリスティアのその言葉に、何かピンッと来たのか、ヤムライハが小さく「今度ね」と呟いた

つまり「今」は駄目だと言う事だ

 

「分かったわ、今度その話はしましょ」

 

「うん、ごめんね?」

 

しゅんっと…うな垂れてそう言うエリスティアに、ヤムライハは小さく首を振ると微笑んだ

 

「いいのよ、エリスからの相談なんて、私嬉しいし! 王のいない時にゆっくり話しましょ?」

 

と、後半は小さな声でそう言ってくれるヤムライハに、エリスティアが小さく頷く

すると、それとほぼ同時にヤムライハが「じゃあ、シンドバッド王に変わるから」と姿を消す

数秒もしない内に、今度はシンドバッドの姿が映し出された

 

「シン……」

 

シンドバッドの姿を見た瞬間、ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚に囚われる

と、同時に紅炎との事が罪悪感の様に、ズキズキと痛みだした

 

それを知らないシンドバッドは、エリスティアの顔を見ると嬉しそうに微笑んだ

 

「エリス、昨日振りだな」

 

「……ええ、そうね。まさかこんな短期間で連絡する事になるとは思わなかったから少し驚いたわ」

 

「そうか?俺的には、数時間おきに連絡したいぐらいなんだがな」

 

と、冗談めかして言うシンドバッドに、思わずくすりと笑みを浮かべてしまう

後ろでその台詞にジャーファルがうんざりしているのが見えた

 

「それは、遠慮したいわ。シンと話しをしていたら何も出来ないもの」

 

エリスティアのその言葉に、シンドバッドがむっ…と少しだけ頬を膨らませた

 

「なんだ? エリスは俺に連絡されると困る事でもあるのか?」

 

その言葉に、エリスティアが一瞬表情を強張らせる

が、次の瞬間何でもない事の様ににっこりと微笑んだ

 

「そう言う意味じゃないわ。私にもやる事があるし、シンも政務があるでしょう?」

 

そう言って、話を逸らそうとするがシンドバッドはその一瞬の反応を見逃さなかった

 

「エリス」

 

不意に、シンドバッドの声音が変わった

その声に、エリスティアがどきりとする

 

「俺に隠し事をしていないか?」

 

「……………っ」

 

核心をいきなり突かれ、エリスティアの表情が明らかに変わる

その反応だけで、シンドバッドには十分過ぎる答えだった

 

「あ、あの、シン……」

 

エリスティアが、思わずそう口を開いた時だった

不意に、シンドバッドの纏う空気がふっと和らいだ

そして、ふわりと優しく笑みを浮かべると

 

「悪い、問い詰める様な言い方をして」

 

そう言って、謝罪してきたのだ

シンドバッドのその対応に、エリスティアは胸が締め付けられるような感覚に囚われた

そして、小さく首を振ると

 

「ううん、ごめんなさいシン……っ、今は、その…まだ言えないの……」

 

ぎゅっと手を握ってそう言うエリスティアに、シンドバッドは小さく笑みを浮かべた

 

「いつかは、教えてくれるんだな?」

 

「う、うん……」

 

出来れば、言いたくないが……

きっと、それは無理だろう

 

遅かれ早かれ、いつかは気付かれる

なら、自分の口で言った方がましだ

 

でも、今は―――――………

 

ぎゅっとシンドバッドの好きなアクアマリンの瞳を閉じたままのエリスティアに、シンドバッドは愛おしそうに彼女を見て微笑むと

 

「エリス、俺は、お前を世界中の誰よりも愛している。お前は俺を愛してくれてるか?」

 

「………………っ」

 

突然の告白に、エリスティアがかぁ…っと顔を真っ赤にさせる

心臓がバクバク煩い位に鳴り響いた

 

「あ、あの……っ」

 

言い淀むエリスティアシンドバッドが「ん?」と笑みを浮かべる

 

この場で返せと言うの

二人っきりならいざ知らず、後ろにはジャーファルもヤムライハもいると言うのに

 

案の定、後ろに控えているジャーファルは、相変わらず…という風に溜息を付いているし、ヤムライハなど、顔を真っ赤にさせている

尚も、戸惑いを見せるエリスティアに追い打ちをかける様に

 

「どうした?言ってはくれないのか?」

 

「あ、あの、ね…シン…今―――言わないと駄目…なの?」

 

何とか回避しようと試みるが、それはシンドバッドの「駄目だ」で一刀両断にされた

 

「~~~~~っ」

 

エリスティアが顔を更に赤くさせて、小さな声で何かを呟いた

 

「…………る、わ」

 

勿論、シンドバッドには聴こえたが、それでは納得しない

更に笑みを深くさせると

 

「なんだ? 聴こえないぞ?」

 

嘘だ…と、エリスティアは思った

誰よりも、エリスティアの声に対しては耳が良いシンドバッドが聴こえていない筈が無い

 

つまりは、後ろの二人にも聴こえるぐらいの声で言わなければ納得してくれないのだ

 

頬が高陽する

身体中が熱を帯び、熱くなる

心臓が早鐘の様に鳴り響き、耳に響いてくる

 

「シン……」

 

でも、言わなければ…きっと、退いてはくれない

 

「ん?」

 

「あ、の………」

 

声が震える

こんなに遠く離れているのに、シンドバッドのルフを感じる

 

全身で「愛している」と伝わってくる

 

シンドバッドの気持ちには応えられない

応えられないけれど――――

 

「わ、私も……あい、し、てるわ………」

 

それだけ言うので、精一杯だった

これで聴こえていなかったらどうしよう…という思いで一杯になるが

今度はきちんと聴こえたらしく、シンドバッドが満足そうに微笑んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シン、人が悪いですよ」

 

通信が切れた途端、ジャーファルがはぁ…と溜息を付きながらそう言った

ジャーファルからの言葉に、シンドバッドは何でもない事の様に

 

「何がだ?隠し事の件について問い詰めなかっただけましだろう?」

 

当初の予定では、その“隠し事”を聞き出そうと思っていた

だが、エリスティアの反応を見て止めた

 

なんだか、今は何を言っても言ってくれない気がしたからだ

 

「だからって、エリスが人前でああいう台詞を言うのを嫌がるのを貴方は知っているでしょう!」

 

「だからだろう?」

 

と、シンドバッドはさも当然の様に言い切った

 

「お前と、ヤムライハが証人だ」

 

そう言って悪びれも無にっこりと微笑むと、そのまま室を後にしていった

その後ろ姿をみながら、ジャーファルがまた溜息を付いたのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらあら

シンドバッド、言わせる の回でしたww

 

さて、そろそろ本編進めますよー

次回よりアラジンターンが多くなりそうね!

 

2013/11/28