CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第一夜 創世の魔法使い 18

 

 

 

シンドリア・白洋塔の一室

 

しん…と静まり返った一室の中にヤムライハは無言のまま俯いていた

ヤムライハの前に座るピスティはうずうずしながら、先刻までシンドバッドとジャーファルの座っていた一角を見る

それから、再度ヤムライハを見てむぅ…と頬を膨らませた

 

「もう、ヤム…落ち込み過ぎだよー」

 

ピスティの言葉に、ヤムライハが小さく息を吐いた

 

「だって、私…エリスとの約束破ってしまったもの……」

 

先刻、エリスティアの出奔の真実をシンドバッドとジャーファルに全て話した

本当は、秘密だとエリスティアに言われていたのに…

話さなくてはならないと思ったのだ

 

エリスティアの為にも、シンドバッドの為にも

 

だが、やはりエリスティアとの約束を破ってしまった事実は変わらない

彼女は黙っていて欲しいと、ヤムライハを信じて彼女にだけは話してくれたのだ

ピスティも一緒である

 

エリスティアは、ヤムライハとピスティにだけ真実を話した

その上で、出て行ったのだ

 

全てはシンドバッドの為

黙っていくのも全て、シンドバッドとこのシンドリアの為だった

 

なのに、あの時のシンドバッドを見た時

“話さなくてはならない”と思った

 

何かかそう囁いた

この人は知っておくべきだ――――と

 

それに、遅かれ早かれいつかは知れたことだった

 

だから、話した事に後悔は無い

無いが――――

 

“約束を守れなかった”

それだけが、ヤムライハの心にしこりを残した

 

だが、ピスティは違った

むしろ話して良かったと思っていた

 

ずっと、ヤムライハはこの事で悩んでいた

シンドバッドの事は王として尊敬しているし、エリスティアは親友も同然の仲だった

そんな二人の間で板挟みになり、ずっと悩んでいたのをピスティは知っている

 

だからこそ、今回話せて逆にすっきり出来たのではないかと思うのだ

これで、ヤムライハが息苦しい思いをしなくて済む

 

ピスティは小さく息を吐くと、ぽんぽんっとヤムライハの肩を叩いた

 

「ほら、気にし過ぎだってヤム!エリスだって話した事には怒らないよー。エリスがそう言う子だってヤムが一番知ってるじゃん?」

 

ね?と、ピスティはにっこりと微笑んだ

 

「ピスティ……」

 

ようやっと顔を上げたヤムライハが今にも泣きそうな顔をしながら、ピスティを見た

ピスティはにこっと微笑むと、ヤムライハの前に紅茶を差し出した

 

「ほらほら、これでも飲んで落ち着いて」

 

「うん……」

 

ヤムライハは、こくりと頷くとそのカップを受け取った

そして、ひとくち口に含む

 

口の中に、じんわりと紅茶の甘味が広がっていく

その甘さが、酷くヤムライハの胸を締め付けた

 

「甘い…」

 

「でしょー?柘榴の砂糖漬け入れてるんだー、美味しいでしょ?」

 

そう言って、ピスティも横の小瓶から宝石の様な赤い粒を取り出すと、ぽちゃん…と自分のカップの中にも入れた

じわりと、中の紅茶を混ざり合っていく

 

それを一口飲むと、満足そうに頷いた

 

「うん、やっぱりこれ入れなきゃねー」

 

「……ピスティの淹れる紅茶はいつも甘いわね……」

 

「えーだって、女の子だもん」

 

ピスティがふふんっと当然の様に言い切った

その様子が可笑しくて、ヤムライハは思わず くすりと笑ってしまった

 

「そういえば…エリスも好きだったわね…ピスティの紅茶」

 

「うん、よく飲みに来てたよー」

 

つい最近の出来事なのに、酷く昔に感じる

いつも、こうして集まる時は決まってエリスティアもいた

だが、もういない

 

「エリス……いつ帰って来る気なのかしら……」

 

ふと、ヤムライハがそう呟いた

 

もし、このまま一生帰ってこなかったら……?

そんな不安が押し寄せる

 

エリスティアに会うまで、ヤムライハには友達と呼べる人はいなかった

自分の周りに居たのは大人ばかりで、ずっと魔法ばかりだった

養父だった人は、ヤムライハの恩師でもあったし、その影響もあって同年代からは遠巻きに見られていた

 

自分だけが浮いている

そう感じたのはいつからだろうか

 

ヤムライハはそれでもよかった

大好きだった養父が、変わってしまう前までは――――……

 

あの事件が起きなければ、きっと今でもヤムライハはあの場所にいたのかもしれない

でも、逆にそれがあったからヤムライハはシンドバッドやエリスティアに会えた

 

特に、エリスティアは初めて出きた女の子の友達だった

嬉しかった

ヤムライハの魔法の話も、研究の話も、楽しそうにきいてくれる

そして、エリスティアもルシという役目から、ヤムライハと同じく法則は違えど 魔法を使っていた

同じだと思った

 

天才とはいえ魔導士とルシでは格が違う

だが、同じだった

エリスティアは、ヤムライハと同じだったのだ

 

エリスティアがシンドバッドに救われた様に、ヤムライハもシンドバッドとエリスティアに救われた

 

嬉しかった

だから、彼女の頼みなら何でも聞いてあげたかった

黙っててほしいというならば、黙っていようと思った

 

でも、今日の…いや、エリスティアがいなくなってから今日までのシンドバッドを見て思った

きっと、シンドバッドは気付いていた

 

ヤムライハが、エリスティアと何か約束をしていた事に

知っていてあえて、黙っていた

黙って、ヤムライハが話してもいいと思えるまで待っていてくれたのだ

 

そして、シンドバッドの言葉を聴いて思った

話さないといけない――――と

 

だが、それは同時にエリスティアとの約束を破る事になる

でも、きっとエリスティアはヤムライハがいずれ話す事になるだろうという事には気付いていただろう

それでも、約束を言ったのは少しでも時間稼ぎをしたかったのだ

 

せめて、“4人目かもしれないマギ”の正体を見つけるまでは――――

 

エリスティアの話では、目星は付いているといっていた

という事はそろそろ帰って来るということだろうか……?

 

「ねーヤム」

 

不意に、ピスティが足をぶらぶらさせながら話し掛けてきた

 

「え? 何?」

 

「すっっっっごく気になってた事があるんだけどさー」

 

なんだか、深刻そうな話にごくりとヤムライハが息を飲む

 

「あの話って、本当の話なの……?」

 

「あの話……?」

 

とは、何の話なのだろうか?

ヤムライハが首を傾げていると、ピスティがじれったく身をよじった

 

「だから~!あの話!!」

 

「……ごめんなさい、ピスティ。 何の話か分からないわ…」

 

何となく、話の流れからエリスティアにかかわる話であろう事は予想付くが…

本当に何の話か分からない

 

「だから! エリスが王サマ振ったって話!」

 

「え……?」

 

エリスが、シンドバッド王を振った……?

 

ヤムライハは益々首を傾げた

私室すら繋ぎ部屋で、夜も一緒の寝台で寝ており

それ以外の殆どの時間を一緒に居たあの2人の関係を見て、何故そういう話が上がって来るのだろうか

 

むしろ、何故結婚しないのかと王宮の七不思議になっているほどまでなのに……

 

と、そこまで考えて、ふと ある1件を思い出した

 

「もしかして……、あの事?」

 

「それだよ!!」

 

ピスティが、ビシィ!と指さした

ヤムライハは、少し考えた後

 

「あれは別に、振ったとかじゃないと思うけれど……?」

 

「えーでも、断ったって話じゃん!!」

 

「まぁ…結果的にはそうだけれど……」

 

あの時、エリスティアは泣いていた

ヤムライハの前で涙を流していた

 

あの時のエリスティアを見る限り、とても嫌で断ったとは思えない

むしろ、断るしか選択肢が残されていなかった――――そういう雰囲気だった

 

「エリスも…断りたくて断ったんじゃないと思うわ」

 

「えーそうなの?」

 

「うん……」

 

少なくとも、誰もがあの建国式典の日

王妃の座に座るのはエリスティアだと疑わなかった

 

だが、現実は違った

あの日、その席は用意されなかった

エリスティアは王の横に着飾って立ったままで、決して席には座らなかったのだ

ただただ、シンドバッド王の“ルシ”としてそこにいた

 

だが、周りは時間の問題だと思った

いずれは、シンドバッドもエリスティアと結婚するのでは――――

そう囁かれていたが……

 

1年経っても、2年経っても…

そんな気配は微塵も無かった

それ所か、シンドバッドは生涯妻を娶る気は無いと言い出し、エリスティアも誰とも一緒にはなる気は無いと言い出した

 

驚いたのは、周りの人間だった

だが、2人の関係は相変わらずだし、実際一緒に居ない所を見ないぐらいだ

 

結局の所、あの2人の関係ってなに!?

というのが、現在の見解だ

 

シンドバッドは相変わらずの酒癖と女癖とだし

エリスティアは、よく怒るし

かと思えば、仲良く一緒にいたりするし、夜を共にしたりする

 

はっきりって、不思議な関係である

 

以前、シンドバッドの事をどう思っているかさりげなく聞いた所、彼女から帰って来た言葉は……

 

「シンのルフは愛しているけれど、シン自身を愛している訳じゃないわ」

 

と、しごく平然とした顔で言い切っていた

そこで、ルフは…とでるのはなんともルシらしいともいえるが…

その例えはどうなのだろう……

返答に困ったのは、記憶に新しい

 

だが、実際 シンドバッドが酒を飲んで女癖の悪さを発揮すると怒るし、何だかんだで シンドバッドに触れられても文句を言いつつも嫌がらない

シンドバッドも、それを楽しんでいる節もある

 

何よりも、私室スペースがほぼ一緒で、寝室も一緒

夜すら共にしているのは周知の事実であり、エリスティアも、シンドバッドといる時は嬉しそうだ

あれで「愛していない」と言われても説得力が無い

 

結局は、2人が一緒にならない理由は謎のままなのだ

 

「エリスはさー王サマの事好きなんだよね?」

 

ピスティの言葉に、ヤムライハがくすりと笑みを浮かべた

 

「ピスティから見たらどう見える?」

 

「えー? そりゃぁもう、どうみても……」

 

と、その時だった

 

「何だよ何だよ、美味そうなもん飲んでるじゃねぇか!!」

 

と、どこからともなくスパルトスを連れたシャルルカンが乱入してきた

そして、ひょいっとヤムライハの持っていたカップを取るとそのままぐいっと飲み干す

 

「ちょっと!!」

 

流石の所業に、ヤムライハが怒鳴った

だが、シャルルカンは悪びれた様子もなく

 

「いいじゃねーか、別に減るもんでもねぇし」

 

そう言って、おかわりを所望する様にピスティにカップを渡す

ピスティは、「もう、仕方ないなぁ…」といいながらそのカップに紅茶を注いだ

 

「ちょとピスティ!!この馬鹿男に淹れる事なんてないわよ!!大体、そのカップは私が使ってたのよ!!」

 

激怒するヤムライハに、シャルルカンは笑いながら

 

「相変わらず頭ガッチガチだなぁ~バカ女」

 

「なんですってぇ!この筋肉脳!!単細胞!!」

 

と、喧嘩が始まったのでピスティはさらっと流すとスパルトスに座る様に促した

 

「はい、こっちはスパルトスにねー」

 

そう言って、新しいカップに紅茶を注ぐ

 

「ああ……頂こう」

 

そう言って、一口飲むと ふと、スパルトスが口を開いた

 

「そういえば、話の途中だったのではないのか?」

 

「あーまぁ、そうなんだけど……」

 

そう言ってちらりとピスティがヤムライハの方を見た

もうこっちは眼中にないのか……

ヤムライハとシャルルカンは、お互いに「バーカ」「バーカ」と言い合いながら喧嘩している

最早、あそこまでいったら止められるのはエリスティアか怒りのジャーファルだけだ

 

「あそこも、相変わらずだな……」

 

「まぁ、シャルが絡む理由は分かるけど――……」

 

あははははと、苦笑いを浮かべるピスティに、スパルトスが首を傾げた

 

シャルルカンには可哀想だが…

ヤムライハの好みは年上で、後“ ヒゲ面”の男性である

シャルルカンとは程遠いい

 

「何の話をしていたのだ?」

 

「え?あーエリスの話をちょっとね……」

 

「エリスティアか……」

 

エリスティアの出奔の真実はまだごく一部しか知らない事だ

同じ八人将とはいえ、まだシャルルカンやスパルトスには話すには早い

 

「エリスティアは、王に立腹して出て行ったみたいだが……真実はどうなのだろうな」

 

「え……あーそう、だね」

 

鋭い……

なんだか、普段はぼうっとしている雰囲気なのに、こういう時は鋭いから困る

 

「で、でもさ! エリスは王サマ嫌いになったんじゃないと思うし!!」

 

その場を取り繕の様に言った台詞に、スパルトスがきょとんっと目を瞬かせた

そして、さも当然の様に

 

「エリスティアが、王を嫌いになる筈がないだろう」

 

「スパちゃん………」

 

スパルトスの言葉に、ピスティがじぃぃんと感動する

そして、よしよしとスパルトスの頭を撫でた

 

「スパちゃんはいい子だねー」

 

「……意味が分からん」

 

いきなり年下に頭を撫でられて、スパルトスが首を傾げた

そんなスパルトスを余所に、ピスティはいまだに喧嘩を続けるヤムライハとシャルルカンを見て一言

 

「早く、エリス帰って来ると良いなぁ……」

 

心底そう思ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ…?

シンドリア編だけで終わったよー(-_-;)

 

すません……

 

アモン、宝物庫突入編は次回へ持越しですww 

 

2013/08/09