CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第一夜 創世の魔法使い 16

 

 

――――シンドリア・白洋塔

 

シンドバッドは執務室の机に座ったまま、書類の整理をしていた

その横で、ジャーファルが各国からの書簡を片付けている

 

ふと、ジャーファルがシンドバッドを見た

今日はめずらしく政務に没頭しているのか、こちらの視線に気付いていない

 

ふぅ…と、ジャーファルは小さく息を吐いた

 

エリスティアがシンドリアを出てから早3か月

シンドバッドは一切、酒を飲んでもいつもの酒癖に悪さを出さなかった

普段ならば、現地妻が出来る程 酒を飲むと女癖が悪くなるし、よくどこでも寝てしまう

その事で、いつもエリスティアと口論になっていたのは、つい最近の事だ

 

事実、3か月前 シンドバッドとエリスティアは大喧嘩をした

正確には、シンドバッドの女癖と酒癖の悪さに、ついに堪忍袋の緒が切れたという感じに、エリスティアが一方的に怒りだしたが正しい

 

だが、シンドリアではそれはどちらかというと日常風景の一つで、ジャーファル達も「またか…」と思っていた

しかし、この時は違った

 

なにやらエリスティアの逆鱗に触れたらしく、彼女の怒り様は半端なかった

何がそこまでエリスティアを怒らせたのかは分からない

分からないが――――いつもの口喧嘩とは違っていた

 

そして、翌朝―――いつも居る筈のエリスティアはシンドバッドの横には寝ていなかった

シンドリアから置手紙一つで出て行ってしまったのだ

 

シンドバッドが直ぐに探しに行こうとするのを、ジャーファルやシャルルカン、果てはドラコーンやヒナホホなど八人将総出で止めたのは記憶に新しい

 

それからだろう

浴びる様にシンドバッドは酒を飲んでいた

流石の、ジャーファルもこの時は止める事はしなかった

 

だが、酔えないのか…飲んでも、飲んでも シンドバッドが酔っていつもの酒癖を出す事は無かったし

女も一切近づけなかった

 

このままでは、政務に支障をきたしてしまう

そう思った、ジャーファルは1週間だけシンドバッドを休ませることにした

その代り、1週間経ったらいつも通りの姿を見せて下さいという約束で

 

そんな状態のまま、1週間が経過した

シンドバッドはジャーファルとの約束通り、何事も無かったかの様に政務に没頭しはじめた

ジャーファルとしては仕事がはかどるので助かるが、内心複雑だった

 

そして、先程

事情を知っていたであろうヤムライハとピスティから、エリスティアがシンドリアを出た本当の理由を聞いた

 

すべてはシンドバッドの為だった

やはり、彼女にとってシンドバッドは唯一の存在なのだと思い知らされた

 

黙っていた事に、頭を下げるヤムライハとピスティに対し

それをシンドバッドは怒る事も、嘆く事もしなかった

ただ笑って「そうか、ありがとう」とだけ言った

 

そのまま、シンドバッドの政務室に戻って数時間…

シンドバッドは、相変わらず政務を黙々としていた

 

はっきり言って、不気味すぎる

 

エリスティアの居場所も目的も分かった今、今までのシンドバッドなら速攻追い掛けていただろう

だが、それをしない

 

逆に、真面目に仕事されるのが不気味すぎて、ジャーファルは何とも言えない不快感を感じていた

 

「あの、シン……?」

 

たまらずジャーファルがシンドバッドに声を掛ける

ジャーファルの声に、シンドバッドが「ん?」と声を洩らして顔を上げた

 

が、ジャーファルを見た瞬間、何か面白いものを見た様に、ぷっと吹き出した

 

「どうした?ジャーファル。顔が変だぞ」

 

「失礼ですね!私は、ただ……っ」

 

そこまで言い掛けて言葉が詰まる

言ってしまったら最後の様な気がして、言うに言い出せない

 

だが、シンドバッドには全てお見通しなのか…くすりと笑みを浮かべて

 

「お前のことだから、どうせ俺が何故エリスを追い掛けないのか不思議なのだろう?」

 

「……………そうですよ」

 

もう、この際なので全部ぶちまけてしまおうかと思った

 

「今までの貴方なら、直ぐにでもエリスの所に行こうとしているでしょう!? でも、貴方はこうして仕事を今までと同じ様にしている…正直、不気味です」

 

ジャーファルの言葉に、シンドバッドが笑い出した

 

「はははは、不気味か!そうか!」

 

「笑い事じゃありません!!」

 

心外だと言わんばかりにジャーファルが叫んだ

だが、シンドバッドは くつくつと笑みを浮かべた後、静かにペンを置いた

 

「―――俺の為に、俺に近づけていい“もの”なのか確認する為に そして、このシンドリアの内情を知っているからこそエリスは1人で行ったのだろう…?その俺が、エリスの元へ行けると思うか?」

 

シンドバッドの言う事は正しい

 

シンドバッドに危害があるか分からないものを近づけたくない

そして、シンドリアの守りも強固にしておかなければならない

その一心で、エリスティアは1人で行く道を選んだ

 

それなのに、大元のシンドバッドが出向けば本末転倒である

 

「シン……」

 

本当は今すぐにでも飛んでいきたいだろう

こんな長期間、2人が離れているのを見た事など無いジャーファルにでもそのくらい分かる

それぐらい、2人は常に一緒だった

 

それは、契約主とルシだからではない

もっと別の繋がりがあった

 

シンドバッドの隣にはエリスティアがいる

それが、このシンドリアでの当たり前の風景で、冒険していた頃からの風景だった

 

本当ならば、あの時エリスティアが「YES」と言っていれば、今の様な状況にはなっていなかったかもしれない

だが、彼女は「YES」とは言わなかった

 

誰もが、そうなると思ったのに

だが、現実は違った そうはならなかった

 

何が、彼女とシンドバッドの間にあるのだろうか

その事を知る者は誰もいなかった

 

知っているのは、エリスティアとシンドバッドのみだった

 

――――が

ジャーファルは知っている

シンドバッドがここで引き下がる男ではないという事を

 

「……シン、夜中にこっそり追い掛けて、陰でエリスを見守る気でしょう?」

 

「何故わかった!?」

 

ズバリ、言い当てられてシンドバッドが驚いた様にその琥珀の瞳を大きく見開いた

 

やっぱり……

 

余りにも予想通り過ぎて泣けてくる

ジャーファルが、はぁ~~~~~~~と重い溜息を洩らす

 

「“何故わかった”じゃありませんよ!!何年、貴方に付き合っていると思ってるんですか!?そんなのお見通しに決まってるでしょう!!」

 

バンッと勢いよくシンドバッドの政務机を叩く

 

「いや、しかし、せめて一目……」

 

「だ・め・で・す!!」

 

「そこを何とか!何か月、エリスを抱いていないと思ってるんだ!!?このままでは、一生エリスに触れられなくなってしまうじゃないか!!」

 

余りにも、欲望むき出しのシンドバッドの台詞にジャーファルの額にびきっと縦筋が入った

 

「シン様?一目会うのに、”抱く“は関係ないと思いますが?」

 

恐ろしい位の笑顔全開で、ジャーファルが微笑んだ

余りにも恐ろしいその笑顔に、流石のシンドバッドもびくりと身を強張らせた

 

「いや、あの……ジャーファル君。話し合おう」

 

「話し合いなどありません!」

 

はぁ…とジャーファルがまた溜息を洩らした

それが何だが恐ろしく感じるのは気のせいだろうか

 

「“一目見る”だけでよろしいんですね?」

 

「会いに行ってもいいのか!?」

 

まさかの、ジャーファルからのお許しに、シンドバッドが立ち上がる

そして、ジャーファルに手を握ると笑顔全開で

 

「やー、やっぱり、ジャーファルは話が分かる奴だと思てたんだ」

 

と、うきうきで行く気満々なのだが、当のジャーファルは冷めた様に

 

「は? 何言ってるんですか? 良い訳ないでしょう」

 

と、ズバッと言い切った

ジャーファルのその言葉に、シンドバッドが「え?だって今お前……」と、言い掛けるが、ジャーファルは小さく息を吐いて

 

「今は迷宮(ダンジョン)内にいるそうですから、無理ですが……エリスなら直に出てくるでしょう。 その後、ヤムライハが交信していた水晶を使えるように手配しておきます。 それで今は我慢して下さい」

 

それが、ジャーファルに出来る精一杯の譲歩だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りは、しーんと静まり返っていた

アラジンは黙ったままのエリスティアを見るが、エリスティアは静かに瞳を閉じたまま動こうとしない

 

「……………」

 

今度はじっと、赤髪の少女――――モルジアナを見た

だが、モルジアナも無言のまま一切アラジンと目を合わせようとはせず、背を向けたままだった

 

「やあ、またまた会ったね おねいさん」

 

そう言って、アラジンが声を掛けるも―――モルジアナはむすっとしたまま振り向こうともしなかった

エリスティアも相手にしてくれない

モルジアナも相手もしてくれない

 

アラジンは手持無沙汰になり、きょろきょろと辺りを見渡した

だが、これと言って何もない

 

思わず顔をぐいーと横に引っ張ってみる

手を離した瞬間、ぼよよ~んと顔が戻った

 

だが、2人とも反応が無い

 

今度は顔を縦に引っ張ってみた

再度手を離し、ぼよ~んと顔が元に戻る

 

やはり、モルジアナの反応はなかった

今度はしゅるしゅると頭のターバンを巻き直した

 

一瞬、モルジアナがその赤い瞳を開ける

 

アラジンはそのまま顔をくいっと横にひっぱると――――

 

「領主さま」

 

言われて流石のモルジアナも気になったのか振り返った

が―――振り返った先にいたのは、ジャミルの物真似をしたアラジンだった

 

「……………っ」

 

それが余りにもそっくりで、思わず口元が笑いそうになる

が―――瞬間、ハッとして慌てて口元を押さえた

 

が、モルジアナが笑った事が嬉しかったのかアラジンが嬉しそうに飛び跳ねた

 

「ワーイ、やっと少し笑ったね!おねいさん」

 

「笑ってません………」

 

モルジアナが視線を反らして、そう答える

 

「おねいさんって、笑うと美人さんだよね~」

 

言われて、モルジアナがぷいっとそっぽを向く様に後ろを向いた

だが、アラジンは負けじとモルジアナに話し掛けた

 

「でも、ちょっと変わったお顔をしているね?“あんこくたいりく”から来たからかい?」

 

アラジンがポスンとマットの上に腰を下ろす

アラジンの言葉に、モルジアナは小さく息を吐き

 

「暗黒じゃない……」

 

「?」

 

「“暗黒大陸”は、“レーム帝国南方属州以南は未開発”という意味で付けられた私の故郷“カタルゴ”の蔑称です。やめてください」

 

「へぇ~未開発の土地なのかい?」

 

「未開発なんかじゃないです。……本当は、国もあるし 村もあるし……太陽は綺麗だし、大地は広いし、大きな動物も沢山…おいしい果物も沢山あるんですから…」

 

モルジアナの話に、アラジンは嬉しそうに顔を綻ばせた

 

「いいなぁ…太陽に果物に動物かぁ……おねいさんの故郷って、なんだかとっても楽しそうな所だね…」

 

アラジンの言葉に、モルジアナはぎゅっと後ろで握っていた拳に力を入れた

 

そうよ…きっと楽しい所よ…

本当は、あんまり覚えていないけど……

でも――――………

 

「僕の知らないどこかの国で、綺麗な太陽と、広い大地で、楽しく暮らしている人達が沢山いるんだね……会ってみたいなぁ~…」

 

そう言って、モルジアナを見た

 

「行きたいなぁ……おねいさん、連れて行ってよ。おねいさんの故郷に」

 

一瞬、モルジアナの大きな赤い瞳が見開かれた

が、次の瞬間、ぎゅっと閉じられ

 

「それは…無理です……」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……私は奴隷ですので、逃げられません」

 

モルジアナの言葉に、アラジンはにっこりと微笑んだ

 

「逃げられるよ。この間みたいに鎖を切れば―――」

 

「貴方は、何も分かっていない。領主様はとても恐ろしい方。鎖を切ったぐらいでは絶対に逃げる事など出来ない」

 

そう言って、ぎゅっと拳を握りしめた

 

逃げられるのなら、あの市場(バザール)で鎖を切ってもらった時点で逃げられた

でも、逃げられなかった

それが、奴隷というものだ

 

「え?できるよ」

 

「できません」

 

「なんで…?」

 

「なんでもです」

 

正直、イラっとした

純粋に聴いてくるアラジンに苛々する

 

「なんで、なんで?」

 

「なんでもです!!できないものは、できないんですっ!!!」

 

気が付けば叫んでいた

叫ぶつもりなどなかったのに、気が付いたら叫んでいた

 

「アラジン、それぐらいにしてあげて」

 

不意に、今まで黙っていたエリスティアが声を掛けてきた

ハッとして、エリスティアの方を見る

 

瞬間、モルジアナの赤い瞳と、エリスティアのアクアマリンの瞳が重なり合う

それだけでエリスティアの言わんとする事が分かったのが、フイッとモルジアナが視線を反らした

 

それを見ていたアラジンは一度だけその大きな瞳を瞬かせた後

 

「そっか……おねいさんにそこまで言わせる見えない鎖を領主様はもっているんだね……」

 

しんっ……と、辺りが静まり返る

 

辺りが沈黙の波に閉じ込められそうになった時だった

 

「……おねいさん、アリババくんはどこ?」

 

不意に発したアラジンの言葉に、モルジアナがハッとした

何かを思い出した様に黙り込む

 

「どこ?」

 

もう一度アラジンが尋ねた

モルジアナは、ふいっと視線を反らすと

 

「貴方のご友人は大馬鹿な人です。めちゃくちゃです。意味不明です」

 

その時だった、ぱらぱらと何かが上から落ちてきた

石の欠片だ

 

ふと、その事に気付いたエリスティアが上の方を見る

 

「立場もわきまえず無茶をして…自分も助けられないのに、人を助けようとして……そのせいでご友人は……ご友人は……」

 

あれは……

 

エリスティアの口元に微かに笑みが浮かぶ

 

やっぱり見つけたのね…アリババくん

瞬間、モルジアナの声が響いた

 

 

 

   「ご友人は、死んでしまいましたよ……っ」

 

 

 

 

 

衝撃の言葉に、アラジンが大きく目を見開くのは同時だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日2本目ー

初っ端から、シンドリア組からお送りいたしましたww

なんか、口喧嘩の原因は!?といいたい所ですが…なんですかねー(笑)

しかも、「YES」とかって、何の話よ!!

とか、お思いかもしれませんが…

その内出て来るよw

 

さて、アモン側はそろそろ宝物庫に行けるぞv

後、モルさん名前一杯出たねー 

 

2013/07/30