CRYSTAL GATE

    -Episode ZERO-

 

 

 太陽の彼方 1

 

 

――――シンドリア王国・白洋塔

 

「シン、エリオハプトからの書簡が届いています。目を通しておいて下さい」

 

「………………」

 

ジャーファルが、パタパタと忙しそうにシンドバッドの前を通り過ぎていく

手には大量の書簡を持ち、次々と処理していく

 

窓の外から夏の陽射しが入って来て、じりじりと室内を照らしている

 

「こっちも、お願い」

 

そう言って、今度はエリスティアがシンドバッドの机の上にどっさりと書類を置いて行く

 

「………………」

 

そのままエリスティアはシンドバッドの茶を淹れ直した後、再び書簡整理に取り掛かった

目の前に置かれたグラスの中には、ひんやりと冷えた筈のカルカデが入っていたが、室内の温度のせいか、直ぐに温くなってしまった

 

「エリス、市街地の件はどうなりました?」

 

「それならもうあそこにまとめてあるわよ。後でジャーファルの部屋に持って行っておくわね」

 

「エリスは仕事が早くて助かります」

 

「…………………」

 

ジャーファルが、手に書簡を持ったままシンドバッドの政務室を出ようとする

それに続く様に、エリスティアがシンドバッドの処理が終わった書類を持ち 続く

 

「私は、これを黒秤塔に持っていくから――――」

 

「分かりました、では私は一度政務室に戻り――――」

 

 

 

 

「―――――――い」

 

 

 

 

 

「は?」

 

「え?」

 

突然、口を開いたシンドバッドに、エリスティアとジャーファルの二人が目を瞬かせる

だが、振り返ってみてもシンドバッドは下を向いたまま顔を上げなかった

 

思わず、二人が顔を見合せる

エリスティアは、小さく小首を傾げた後 そのままシンドバッドに近か付いた

 

「どうかしたの? シン」

 

そっと、俯くシンドバッドの覗き込む様に伺う

俄かにシンドバッドは震えていた

 

それに気付いたエリスティアは、ハッとして慌てて持っていた書簡を机に置いた

そして、そのままシンドバッドの背に手を置く

 

「シン? 具合が悪いの?」

 

心配そうにそう尋ねるエリスティアに、微かにシンドバッドの手が動いた

机に置かれたエリスティアの手に自身の手を重ねると

 

 

「―――――いんだ」

 

 

「え?」

 

「シン?」

 

尋常でないシンドバッドの様子に、ジャーファルも慌てて駆け寄ってくる

 

「エリス、シンをお願いします。すぐに医者を――――」

 

「―――――ジャーファル!」

 

医者を手配しようとしたジャーファルを、突然シンドバッドが叫んだ

 

「は、はい」

 

突然の剣幕に流石のジャーファルもたじろく

 

が………

 

 

 

 

「暑いんだ」

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

一瞬、何を言われたのか理解出来なかったのか

ジャーファルが、その瞳を瞬かせる

 

「えっと…シン? 今なんと……?」

 

「だから、暑いんだ」

 

「「……………………」」

 

シ―――――ン

 

辺りが、一瞬にして静まり返る

窓の外の太陽の照り返しだけが、じわじわと政務室の中を照らしていた

 

 

 

「…………暑い?」

 

 

 

「ああ!」

 

ジャーファルの問いに、シンドバッドはさも当然の様にきっぱりと頷いた

 

「まぁ、夏ですから」

 

それはそうだ

季節は夏

しかも、このシンドリアは南国の国

 

温暖地域にあるこの国は、一年通して温かい

その上夏なのだから暑くて当然である

 

何を突然言い出すんだこの王は…

 

という様な微妙な顔をしたジャーファルがあからさまに顔を顰めた

 

「まさか……とは思いますが、それだけですか?」

 

訝しげに問うジャーファルに、シンドバッドは当然の様に

 

「何を言う!この暑さは異常だぞ!!」

 

確かに、今日はいつにもまして暑い

シンドバッドが愚痴を零したくなるのを分からなくはない が……

 

 

はぁ~~~~~~と、ジャーファルが重苦しい溜息を付いた

 

「それぐらい我慢して下さい。暑いのは皆同じです」

 

もっともな意見だ

だが、シンドバッドも折れなかった

 

「我慢にも限界がある!!」と言い切ったのだ

それを聴いていたエリスティアは、小さく溜息を洩らした

 

「確かに…シンの言う通り今日は暑いけれど――――……」

 

「ほらみろ!」

 

「“ほらみろ!”じゃありません!!エリス!貴方も、同意しない!!」

 

「すみません…」

 

ジャーファルの剣幕に、思わずエリスティアも謝罪の言葉を述べた

だが、実際今日はいつのも増して暑かった

 

エリスティアは ふーと息を吐くと纏っていたドレスを少しだけずらす

 

「でも、実際ここまで暑いと仕事に身が入らないのも仕方ないかも……」

 

エリスティアの言葉に、シンドバッドがうんうんと頷く

 

が、そこで「じゃぁ、今日の仕事はキャンセルしましょう」とならないのが、エリスティアである

 

エリスティアは、にっこり極上の笑みを浮かべると

 

「シン、後で特別にサービス位するから、今は仕事してね」

 

と、語尾にハートマークでも見えるんじゃないかというぐらい最上の微笑みでそう言い切ったのだ

 

「エリス!?裏切るのか!!?」

 

非道だ!と言わんばかりに訴えるシンドバッドに、エリスティアは心外だと言わんばかりに

 

「失礼な言い方しないでよ。それはそれ、これはこれよ。仕事終わったら、涼んでいいから」

 

と、見事なまでに一刀両断したのだった

そして、何事も無かったかのように

 

「じゃぁ、黒秤塔に行ってくるわね」

 

「分かりました、私も政務室に―――――」

 

と、シンドバッドを残して会話が繰り広げられる

 

 

「お前ら……」

 

シンドバッドがわなわなと震えた

そして、ガターンと思いっきり立ち上がると

 

 

「ええい!もう我慢ならん!!八人将召集だ!!!」

 

 

と、叫んだのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海宴祭(シーヴァーハ)を決行する!!」

 

「「海宴祭(シーヴァーハ)!?」」

 

召集を掛けられたかと思ったら、シンドバッドは突然、海宴祭(シーヴァーハ)をすると言いだした

驚いたのは、他ならぬジャーファルだった

 

「何を言いだすんですか!貴方は!!」

 

もっともな、突っ込みに思わず一同頷く

が、一部はシンドバッドの提案に嬉しそうに騒ぎ出した

 

「えーそれって、海の謝肉祭(ヴァハラマハラガーン)みたいな感じだよねぇ!楽しそう!!」

 

「だよなぁ~!絶対、楽しいと思うぜ!」

 

と、ピスティとシャルルカンは乗り気だ

しかし、スパルトス至って冷静だった

 

「王よ、正確には何をする祭りなのだ?」

 

スパルトスの問いに、シンドバッドは大きく頷く

 

「良い質問だ。これを機にシンドリアでビーチを解放しようと思う」

 

「「ビーチ?」」

 

ピスティとシャルルカンがぐぐっと身を乗り出す

 

事前に話を聴いていたエリスティアは、小さく息を吐き

 

「つまり、観光客や国の人達が海で泳いだり遊んだり出来る様にビーチを開くとういう事みたいよ。海宴祭(シーヴァーハ)はその海開きのお祭りみたい」

 

「ほぅ…面白そうじゃないか」

 

「うむ」

 

と、何故かヒナホホとドラコーンが賛同してしまった

 

「シンドリアは、南海の国だが周りを岩肌で囲まれてるからな、今まで海で遊ぶという発想はなかったなぁ」

 

「言われてみれば…そうっすね」

 

ヒナホホが楽しそうに語る言葉に、マスルールが頷く

だが、一つだけ気がかりな事があった

 

「ですがシンドバッド王よ、シシンドリアは南海に浮ぶ孤島の国。海で遊ぶにはいささか海域が深すぎると思います」

 

「そうですよ!海を開けるなら浅瀬がなければ無理です!!」

 

ヤムライハとジャーファルの意見はもっともだった

海で遊ぶには、シンドリアの周りの海域では深すぎる

海のど真ん中にある国なのだ

しかし、ビーチするには浅瀬が必要である

 

だが、シンドバッドはそれを分かっていたかのように

 

「エリス」

 

呼ばれてエリスティアが「はい」と答える

そして、しゅんっと一度だけ手を振ると、皆の目の前に大きな球体を出現させる

 

そこには、シンドリア全体が写っていた

 

「これは、シンドリアの防壁の魔法を反作用して見せているの」

 

そう言って、視界を数か所に集中させて映し出す

 

「この果樹園と森の奥、そして城の裏手の寺院の側。この3か所は実は浅瀬になっています」

 

おおー!!と、声が上がる

 

「ほぅ…そんな所があったのか」

 

スパルトスが感心したような声を上げる

驚いたのは、他ならぬジャーファルだった

 

「わ…我が国に、そんな場所があったなんて……」

 

「はっはっは、ジャーファルは知らなかった様だな!」

 

と、勝ち誇った様にシンドバッドが笑い出す

それを見たエリスティアは呆れた様に溜息を洩らした

 

「何言っているのよ、シン。貴方はよく城の裏手の浅瀬に行っているでしょう」

 

「「え!?」」

 

エリスティアの言葉に、一同がシンドバッドを見る

が、シンドバッドは何でもない事の様に

 

「エリス、いつもお前も一緒だろうが」

 

シンドバッドのその突っ込みに、エリスティアが微かに頬を赤く染める

 

「それは――――そう、だけれど……」

 

えええええ!!?

 

まさかの、シンドバッドとエリスティアの密会の場に使われていたとは誰が思っただろうか

時々、二人が姿を眩ますと思ったら…そんな所にいたのか……

と、ジャーファルが思ったのはいうまでもない

 

「でもいいんっすか? シンさんの秘密の場所じゃないんっすか?」

 

マスルールの言葉に、シンドバッドは小さく頷いた

 

「構わんさ! これで皆が楽しめるならな」

 

「「王サマ……」」

 

じーんとピスティとシャルルカンが感動した様に、目を潤ませる

が、そこへジャーファルの突っ込みが入った

 

「いえ、それは止めておきましょう」

 

「え!?ジャーファルさん!?」

 

 

「ええええー!!」

 

 

ジャーファルからの反対にシャルルカンとピスティが驚く

反対のジャーファルに、ヒナホホが小さく息を吐く

 

「しかし、ジャーファル。 観光客が増えるのはシンドリアにとっては良い事じゃないか? お前がいつも言っている財政も潤うぞ?」

 

ヒナホホの意見はもっともだった

貿易の他に、観光でも売っているシンドリアにとって観光客の増加はありがたい

しかし、ジャーファルは難しい顔をしたまま

 

「ええ…それは分かっています。 観光客が増えるのは純粋に嬉しいです。 シンドリアの良い所を皆に見ていただけるのですから。 ビーチ解放は良い ”売り” になるでしょう。 何より、国の財政が潤います。ですが……」

 

「ですが……?」

 

「人が増えれば治安も整えなければなりませんし、海と海へ続く道の整備も必要です! 何より、ホテルの増改築! 人員確保!! 問題が山積みです!!」

 

確かに……

と、一同が納得しそうになるが……シンドバッドは何でもない事の様に

 

「大丈夫さ、俺たちならな。 何より、ジャーファルならやってくれると信じているしな!」

 

「全部、私に投げやりですか!!」

 

可愛そうな、ジャーファルさん……

と、皆が思ったのは言うまでもない

 

ジャーファルは、はぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~と、超重苦しい溜息を付いた後

 

「ええ…ええ…分かっていますよ。 貴方は言い出したら梃子でも動かない人だ。 それは、この国を建てる前からよ~~く分かってます。 貴方とエリスだけは、人の都合などお構いなしだ」

 

「えっと…私も入っているの?」

 

思わず、エリスティアが突っ込む

それに反応したのが、何故かシンドバッドだった

 

「何を言う、無茶なのはエリスの方だろう?」

 

「ええ!!? シン!…変な誤解を生む様な事言わないでよ!!」

 

「両方ですよ!!!」

 

ジャーファルの叫びに、皆がうんうんと頷く

 

それに納得いかないのか、エリスティアが「ええー」と声を上げた

だが、ジャーファルはまた溜息を洩らすと

 

「……はぁ……分かりました、やればいいんでしょう、やれば!!」

 

「ジャーファル…!」

 

ようやく折れたジャーファルに、シンドバッドが歓喜の声を上げる

 

「お前なら分かってくれると思ってたんだ!」

 

「いいの? ジャーファル」

 

シンドバッドとは裏腹に、心配そうにするエリスティア

だが、ジャーファルは「構いません」と頷いた

 

「しかし、やるからには徹底しますよ!! 特に、治安と整備は急務を要します!! 直ぐに案件を立案しなければ…! これもすべて、シンドリアの財政の為!!

 

それが本音か…と、皆が思ったのは言うまでもない

 

「ですが、開放するのは果樹園と森のビーチだけにしましょう」

 

「え?なんでですか!?」

 

ジャーファルの言葉に、シャルルカンが首を傾げる

それは、シンドバッドも同じだった

 

「そうだぞ?ジャーファル。3つとも解放してもいいんだぞ?」

 

シャルルカンとシンドバッドの言葉に、ジャーファルは小さく息を吐いた

 

「城の裏手は位置的に一般公開するには無理があります。 それに―――そこは、我らが王とルシの秘密の場所の様ですしね。 触らぬ方が良いでしょう」

 

「……………っ!」

 

ジャーファルの気遣いに驚いたのは、他ならぬシンドバッドだった

エリスティアなどは、顔を真っ赤にさせ俯いてしまった

 

「じゃぁ、そこは王サマのプライベートビーチって事でいいんじゃない?」

 

「だな!」

 

と、ピスティとシャルルカンも賛成の様だ

 

「だそうだ、シンドバッド。 今までと同じくエリスと二人っきりになれそうだぞ~」

 

「よかったな」

 

と、ヒナホホとドラコーンまでもが頷いた

 

「も、もう、止めて下さい! お二人とも!!」

 

ヒナホホとドラコーンの言葉に、エリスティアが顔を益々真っ赤にさせる

すると、不意にシンドバッドの手がエリスティアの腰に回された

 

「あ……っ」

 

何故かそのまま引き寄せられる

 

「ちょ……ちょっと、シン!」

 

エリスティアが慌てて抵抗しようとするが、がっちり掴まれていて離れられない

すると、シンドバッドはそのままエリスティアを抱き寄せたままその髪に口付けを落とす

 

「安心しろ、エリス。 誰が居ようとも最後に俺が帰る場所はお前の元だ」

 

「な……っ、何言っているのよ!!」

 

シンドバッドの熱い告白に、ヒナホホが笑い出す

 

「はっはっは!お前ら、早く結婚しろよ。 いつまで俺達を待たす気だ?」

 

「そうだな。皆、それを望んでいる」

 

「もう! だから、お二人とも止めて下さい! シンも離れて!!」

 

ヒナホホとドラコーンの言葉に、エリスティアが顔を真っ赤にして抗議したのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

「さぁ!海宴祭(シーヴァーハ)の幕開けだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続きます…すみません

終わらんかった…!!

 

事の発端は、半月前

シンドバッドの番外編が読みたい!という、とあるご要望より始まりました

ええ…リクエストが海だったので……

何をどうしてか、祭りになったww

 

そもそも、あの地形で海水浴って難しいと思うんだー

という思いを、無理矢理捻じ曲げ浅瀬偽造ww

しかも、続くというwww

 

すみません……

という訳で、次回へ続くv 

 

2013/09/14