CRYSTAL GATE

  -The Another Side 紅-

 

 

 黄昏の乙女 5

 

 

ぱらりと手の中にある古文書の頁を捲る

何気ない、いつもの動作

 

だが、今日は決定的に何かが違った

 

彼女は――――エリスティアは、この古文書をあっさりと読み解いた

それも、見たのは恐らくほんの一瞬

 

その一瞬で、これが歴史書だと気付いたのだ

――――トラン語で書かれたこの古文書を――――

 

「……………」

 

紅炎は小さく息を吐くと、また頁を捲った

 

“ルシ”というのは、トラン語まで読めるものなのか……?

 

それともそう“教育”されてきたのか…

 

トラン語は、高等教育だ

普通、トラン語が読めると知れると、皆 不思議に思う

それぐらい、トラン語は難解な上に、高い教育知識を必要とする語学なのだ

高等学問を習わなければ、本来トランの民でもない限り読める筈が無い

 

故に、トラン語が読めること自体稀なのだ

 

だが、エリスティアはあっさりとそれを読み解いた

まるで、頭の中に解読書でもあるかの様にさらりと

 

どちらにせよ、彼女にはトラン語すら解読する能力が備わっているという事に他ならない

 

ふと、微かに紅炎の口元に笑みが浮かんだ

 

また、エリスの新たな一面を知る事ができた

そう思っただけで、知らず笑みが零れ落ちた

 

その時だった、ふと視線を感じて顔を上げると

先程、同行を求めてきた弟の紅覇がじっとこちらを見ていた

 

紅炎は、一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた後、小さく息を吐くとぱたんと書物を閉じた

 

「紅覇、気が散っている様だな……」

 

紅炎の言葉に、紅覇が、「あー」と苦笑いを浮かべた

どうやら、この弟気が散漫になっているらしく、持っている書物をぱらぱら捲るだけでまったく読んでいない

それ所か、先程からちらちらとこちらばかり気にして一向に書物に集中していない

 

その時だった

 

「あの、兄上……」

 

紅覇が、少し控えめな声音で紅炎を呼んだ

やっと、話す気になったのかと思い紅炎が、小さく息を吐く

 

「……なんだ?」

 

そう応えてやると、紅覇は少し安心した様に顔を綻ばせた

そして、もう一度紅炎を見た後

 

「近頃何か、楽しい事ありましたか?」

 

「………楽しい事?」

 

唐突な問いに、紅炎が一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた

 

それが何を意味する問だったのかは分からない

分からないが、今、一番“楽しい“と思える事は一つだけ――――……

 

ストロベリー・ブロンドの髪がなびき

アクアマリンの瞳がこちらを見て微笑んだ時、何とも言えない高揚感を感じる

彼女の麗しい唇から紡がれる言葉は、紅炎の中で波紋の様に広がっていく

彼女の口から 「炎」 と呼ばれる度に、自分の中にこんなにも熱いものがあったのかと思い知らされる

 

もっと、呼ばれたい

もっともっと、呼んで欲しい

 

彼女に――――エリスに、名を

 

そう思うと、知らず口元に笑みが浮かんだ

 

「………ああ、そうだな」

 

「!?」

 

その答え…というより、反応に紅覇は驚いた

それもそうだろう

国でも、炎帝と恐れられている紅炎がここまで柔らかく優しげに笑うのを見た事があっただろうか

いや、紅覇たち弟妹ですら見た事なかった

その紅炎が、笑ったのだ

それも、何かを愛おしそうに想い出して――――

 

紅覇はごくりと息を飲んだ

紅覇の中に一つの可能性が浮かんでくる

 

だが、相手は紅炎だ

万に一つもあり得るとは思えない

思えないが――――それ以外で、紅炎がここまで柔らかく微笑むとは思えなかった

 

「兄上……もしかして………」

 

「……ん?」

 

「…………………」

 

気になる女性でも出来た?

という言葉は声には出せなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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紅覇はそっと書庫の扉に手をかけた

ぱたん…という音はほとんど聞こえなかったが、恐らく書物を読みふけっている紅炎には気付かれているだろう

 

紅覇は静かに扉を閉めた後、顔がどんどんにやけていくのを抑えきれなかった

 

う~わ~~~~

僕、とんでもない事知っちゃったかも~~~!!!

 

まさかの、あの紅炎に想い人発覚とは、誰が想像するだろう

 

思わず、紅炎と話す時自分の顔がにやけてなかったかと危惧してしまう程に、紅覇は顔が笑うのを止められなかった

 

と、その時だった

 

「紅覇? 貴方は、何を廊下でにやけているんですか?」

 

突然話し掛けられ、ぎくーんとするが

それが、兄の紅明だと分かり、ほっとしたのもつかの間

また、顔がにやけだしてきた

 

「紅覇?」

 

余りにも、挙動不審な紅覇に紅明が顔を顰める

が、紅覇はにやにやとしつつも、言いたくて 言いたくて仕方なかった

 

が、これは紅炎の重大な秘密なのだ

言ってはいけない

と思うも、どうにもこうにも口元が笑ってしまう

 

それを見た紅明は、呆れにも似た溜息を付くと紅覇の立っている場所を見た

よく見れば、いつも紅炎が私用で籠る書庫の前ではないか

それだけで何かを悟ったのか、紅明はまた小さく溜息を付くと

 

「ちょっと、来なさい。紅覇」

 

「え!? ちょっと、明兄!?」

 

有無を言わさず、紅明は紅覇の襟首をむんずと掴むと、そのまま引っ張った

 

「痛っ…! 痛いってば!!」

 

「いいから、来なさい」

 

そのまま、ずるずると紅明に引きずられる様に、紅覇は連行されていったのだった

その様子を一部始終、紅炎が見ていたとも知らずに――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ…っ」

 

どんっと適当な部屋に押し込まれた紅覇は、躓きつつも何とか倒れないように体制を保った

瞬間、がちゃっと錠を掛ける音が聴こえる

 

あまりにも横暴な紅明の対応に、紅覇がむっと頬を膨らませた

 

「ちょっと、明兄! いくらなんでも、酷いんじゃない!?」

 

そう抗議すると、紅明は はぁ…と溜息を付きながら頭をかいた

 

「貴方が私をどう思おうとも勝手ですけどね、あんな所でにやつかれて兄上にあらぬ噂が立てられても困りますので」

 

「う……っ」

 

紅明のもっともな意見に、紅覇が思わず口籠る

 

「だ、だって、あれは、つい……」

 

「はいはい、貴方はついでにやけるんですね」

 

「し、仕方ないじゃんかー! だって、炎兄に好きな人がいると思ったら……あっ!」

 

思わず言ってしまった紅炎の秘密に、紅覇が慌てて口を押える

が、紅明には驚いた様子はこれっぽっちもなく、「ああ…あの話ですか」 とか言いつつ、頭をかいていた

その反応に、紅覇が大きな目を瞬きさせる

 

「………もしかして、明兄…知ってた?」

 

「……ええ、お相手もどなたか存じていますよ」

 

その言葉に食い付いたのは、他ならぬ紅覇だった

がばっと身を乗り出すと、紅明に食って掛かる様に

 

「え!? だ、誰!?」

 

あまりの食いつきっぷりに、紅明は、また大きく溜息を付いた

そして、やれやれと言う風に

 

「…………エリスティア嬢ですよ」

 

「…………エリスティア…? って、誰? っていうか、その名前この国の人じゃない…よね?」

 

紅覇の、斜め上の回答に紅明は一度だけ目を瞬かせた後

 

「おや? ご存じない? それは、仕方ないですね…紅覇はもう少し他国の事も勉強した方がいいですね」

 

やれやれとわざとらしく溜息を付くと、紅明は持っていた羽扇をばさりと揺らした

だが、言われた当の本人は意味が分からず、更に首を傾げていた

 

「他国って…何? その、エリスティア…って女、有名なの?」

 

ますます分からないと言う風に首を傾げる紅覇に、やはり紅明は重い溜息を付いた

 

「有名どころの話じゃない御仁ですね。 諸国の要人なら皆知っているであろう名ですよ」

 

「ええ!?」

 

余りにも突飛なその言葉に、紅覇が驚愕の顔をする

だが、もっと意味が分からないのか…どんどん不思議そうな顔に変わっていった

 

「え…そんなに有名人が、なんで炎兄と知り合ったの…???」

 

問題はそこだ

何か各国の要人を招いた催しがあった訳でもなく、いたって平穏な毎日だった

紅炎は、ただふらっといつも何処かへ出かけていただけで…

そんな有名人と出逢うきっかけなど、ありそうにもない

 

紅覇の疑問に、紅明は頭をかきながら

 

「さぁ…そこまでは」

 

「明兄も知らないの?」

 

「ええ…分かっているのは、偶然が重なっただけとしか…言いようがありませんね」

 

「偶然…」

 

その言葉に、何やら紅覇がきらきらとした眼差しで紅明を見た

一瞬、紅明がたじろぐ

 

「な、なんですか…?」

 

突然、発せられた弟からのきらっきらの眼差しに、紅明は訝しげに顔をしかめた

すると、紅覇はずずいっと前に身を乗り出し

 

「だって、偶然だよ!? すごいじゃん!! これって、運命かも!! そのエリスティアって人は、炎兄に会う運命だったんだよ!!」

 

と、何やら感動に極みらしい

うっとりする紅覇を余所に、紅明はまた はぁ…と溜息を付いた

 

「運命だかなんだか知りませんけどね…。 まぁ、偶然は必然ともいいますが…」

 

「でしょ! 僕、その人に会ってみたいなぁ~どんな人だろう。 肖像画とかないの?」

 

「そんなものありません」

 

「えー」

 

期待と希望を膨らまして聞いたが、紅明に一刀両断にされてしまった

肖像画があれば、そのエリスティアという人物がどんな人が見れたものを…

 

しゅんっと、落ち込んでしまった弟に紅明は、また溜息を洩らした

 

「まぁ…一応、噂伝えでは聞き及んでおりますよ。 長いストロベリー・ブロンドの髪と、アクアマリンの瞳を持つ大変美しい女性だそうです。 恐らく、見れば一目で分かるでしょう」

 

紅明のその言葉に、また紅覇がうっとりとした顔になる

 

「美人なんだ…やっぱ、炎兄の相手なら美人じゃなきゃだめだよね。でも、馬鹿な女だったら僕は反対するよ?」

 

と、念押しする紅覇に、紅明は頭をかきながら

 

「薬草を煎じたり、色々知識も豊富だと伺ってますから、馬鹿ではないでしょう。噂だと、大変な才女とも聞きますしね」

 

紅明のその言葉に、紅覇がにかっと笑った

 

「じゃぁ、炎兄の相手に申し分ないじゃん!! うわ~会ってみたいなぁ~」

 

嬉しそうにそう言う紅覇に、紅明はやれやれとやはり溜息を付くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

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紅覇が出て行った後、一人部屋に残った紅明は はぁ…と溜息を付いた

 

「盗み聞きは感心しませんね、兄上?」

 

ごほんっと、咳払いをしてそう紅明が言うと、部屋の反対の扉から紅炎が現れた

 

「俺の噂をしておいて、よく言う」

 

「兄上が、うっかり顔に出すからじゃないんですか?」

 

そもそも、紅覇が気付いたのは紅炎の態度を見てからだ

きっと、顔に出ていたのだろう事は、容易に想像付く

 

紅炎は、くっと喉の奥で笑うとそのまま部屋の中に入らずに扉に寄り掛かった

 

「紅明、良い事をおしえてやろう」

 

「はい?」

 

紅炎が、口元に笑みを浮かべて

 

「エリスは、賢く美しいだけではない。気も強いし、自分もしっかり持っている。そしてなにより――――俺のする事にいちいち反応する仕草がたまらなく可愛いいのだ」

 

それだけ言うと、くくっと笑いながらそのまま去って行った

残された紅明は、頭をかきながら

 

「……はぁ…結局、惚気ですか……」

 

と、ぼやいていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、こっちを先に進める事にしました…

「明けの明星」は、もう少し進んだら書きます はい

 

今回は、兄弟の語らい編

 

2014/06/27