紅夜煉抄 ~久遠の標~

 

 第1話 -信乃と荘介- 7 

 

 

「……乃。信乃?」

 

ふと、膝に重みを感じ、真夜がそちらを見る。

すると、いつの間にか信乃が真夜の膝の上で、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

どうやら、疲れたようである。

 

無理もない。

 

今朝は早くから驚かせてばかりだったし……。

それに、いくら本人が違うと言い張っても身体は子供。

疲れやすいのだろう……。

 

真夜はくすりと笑みを浮かべると、信乃の柔らかい髪を撫でた。

 

「……」

 

その様子を、相席しているあの青年が微妙な顔つきで、じっ……と見ていた。

その視線に気づいた真夜が、訝しげに青年を見る。

 

「何か……? 言いたげな顔をしているようですけど」

 

真夜にしては珍しく不愉快そうに青年を見た。

その真夜の鋭い琥珀の瞳に気押されて、青年がたじろぐ。

 

「え……あ、いや……」

 

どう切り替えしてよいのか分からず、青年が口籠った。

 

「その……キミは、私の事が気に入らないようだが、私はキミに何かしたかな?」

 

青年のその言葉に、真夜は答えることなく、大きく溜息を洩らした。

そして、ふいっと窓の外の方を見る。

外はもうすっかり雪の気配は消え、雨だけが降っていた。

 

「……こんな男の為に、自らを犠牲にする必要なんてないのに……」

 

「え……?」

 

一瞬、青年がぎくりと顔を強張らせる。

そう言った真夜の表情が、氷の様にとても冷たいものに見えたからだ。

 

すると、真夜はもう一度溜息を洩らし、

 

「雪、相手は選んだ方がいいわよ」

 

まるで“何か”に問いかける様にそう呟いたのだ。

 

「真夜……?」

 

それまで様子を見ていた荘介が、不思議そうに真夜に声を掛けた。

だが、真夜はそれに答えようとはしなかった。

 

それとは裏腹に、大きく目を見開いて驚いた表情を見せたのは、他ならぬ目の前に座る青年だった。

強張ったように顔を固まらせ、

 

「キミは――何、言って……」

 

そう声を震わせながら、真夜に問いかける。

が――真夜はそれに答える気はないのか……。

窓の外を見たまま、一度だけ視線を青年に向けただけだった。

 

青年は息を吞んだ。

真夜の綺麗な琥珀の瞳が、一層冷え冷えとしたものに見える。

 

な……なん、なんだ……? この女は―――。

 

今、確かに彼女は「雪」と言った。

いや、真夜だけじゃない。

真夜の膝で眠る少年……信乃の方を見る。

 

この子供……。

この子供の意志に「雪」は従った。

 

そもそも“私”と同じ空間にいて何故、彼らは何も感じない?

目の前で本を読む荘介も、窓の外を眺める真夜も平然としている。

 

「……」

 

青年が試しに、ふっ……と車両の窓に息を吹きかけた。

瞬間――パキパキィ……と“その場所”が凍り付く。

夏だというのに、まるでそこにだけ、“冬”が訪れたかの様に―――。

 

寒いだろ!? フツ――!!

 

青年がそう思うも、やはり真夜も荘介も平然としていた。

青年にはそれが信じられなかった。

 

“これ”のせいで、親しかった友人も、恋人も――皆、離れていった。

それなのに、目の前の彼らは逃げる所か、まったく気にした様子もなかった。

今の青年にとってそれは不可解な事であり、信じられないものでもあった。

それに……。

 

ちらりと、青年が“ソレ”を見る。

そこには赤く大きな目をくりくりさせた、普通の大きさではない“まりも”が一匹……。

 

得体の知れない、この生き物!!!!

思わず、書物を持つ手が震える。

 

すると、荘介が「ああ……」と声を洩らし、立ち上がった。

 

「大分縮みましたね。信乃に見つかると今度こそ捨てられますよ?」

 

そう言うと、躊躇いもなく“まりも”を手で鷲掴みにすると……。

ぎゅうう~~~。

 

「~~~~~~っ!!」

 

今度こそ、青年は声にならない叫び声をあげて、後退った。

なぜなら、荘介がその“まりも”を「まだ大きいな」とぼやきつつ、素手で絞ったからだ。

すると、“まりも”が手のひらサイズになったのをいいことに、荘介は“ソレ”を空いた菓子袋に詰め込む。

 

「荘介、そのまりもさん……持っていくの?」

 

流石の真夜も怪訝そうにそう尋ねた。

すると荘介は「仕方ないでしょう?」と、さも当然の様に答える。

 

「こんなところに、捨てていくわけにもいかないでしょう」

 

「それは……まぁ、そう、ね……」

 

一応、ここは一等車両とはいえ、公共の乗り物の中。

こんなところに、ポイ捨ては良くない。

その時だった。

 

 

シャン!!!

 

 

遠くで錫杖の音が聴こえた――気がした。

はっとして、真夜が顔を上げる。

 

「夜刀?」

 

真夜がぽつりとそう呟く。

まるで“何か”に“反応”したような彼女に、荘介が首を傾げた。

 

「真夜? どうし―――」

 

荘介が、そう尋ねようとした時だった。

 

 

 

 

 

「ここかぁ!!! 妖共!!! このゝ大がとっとと退治してくれるわ!!」

 

 

 

 

 

突然、何の前触れもなく、車室の扉がまた乱暴に開けられたかと思うと、謎の法師が「ははははは」と笑いながら乱入してきた。

が……。

 

真夜や荘介、青年の対応は冷たく……逃げるどころか、驚いた様子もなかった。

 

「……ん?」

 

妙に冷たいその空間に、ゝ大と名乗った法師はわなわなと震えあがり、

 

「四人か……人に化けるとはこれまた面妖な―――ん”ん”!?」

 

その時だった、“それ”が起きたのは……。

ゆらりと、青年の背後から冷気が漏れ出したかと思うと、ヒュウウウウウ……と冷たい風が吹き始めたのだ。

 

「ぬ!! 正体を現しおったか!! 化け物め!!」

 

ゝ大が錫杖を構える。

が―――。

 

 

 

スドドドド!!! と、どこからともなく出現した氷柱がゝ大を襲う。

 

 

 

「ぬを!!!?」

 

氷柱の刃がゝ大の法服を捉える。

身動きの取れなくなったゝ大に追い打ちを掛ける様に、青年の後ろから現れた影が襲い掛かった。

その影が、フッ……と息を吹いた瞬間―――。

 

 

 

パキイン……。

 

 

 

瞬く間に、ゝ大が大きな氷と化したのだ。

最早、抵抗する事すら敵わなかった。

 

それは、あっという間の出来事だった。

さらに、攻撃しようと影が動く。

が……。

 

 

 

「雪!! 駄目よ!!!」

 

 

 

不意に、真夜の声が響いた。

影が真夜を見る。

 

真夜は、まるで知り合いに声を掛ける様に、

 

「雪、それ以上やったらその人は死んでしまうわ」

 

だから、駄目だと。

そう諭すように、言う。

 

と、その時だった。

 

「雪……? ……雪姫……?」

 

もそりと、今まで真夜の膝の上で寝ていた信乃が起きてきた。

すると、その声に呼応するかの様に、それまで影でしかなかったそれが、美しい女に変わったのだ。

白い着物に、氷のような蒼い髪と蒼い瞳、そして雪の様に白い肌のその女は、信乃を認識すると、にっこりと微笑んだ。

 

そして、すっと手を伸ばすと、信乃の瞼にそっと優しく口づけを落としていく。

瞬間、ぱぁっと信乃が嬉しそうに微笑んだ。

 

「やっぱり、雪姫だ! わーい、久しぶり~~~!!」

 

そう言って懐かしむように、彼女――雪姫に抱き付いた。

横にいた真夜も、嬉しそうに微笑むと、

 

「雪、元気そうでよかった。心配したのよ?」

 

そう言って雪姫に声を掛けると、雪姫はにこっと微笑んでこくりと頷いた。

だが、それらを見て、驚いたのは他ならぬ青年だった。

 

「……ちょ、……ちょっと待った!! キミ、どーして彼女に触れる!? と、ゆーかキミら知り合い!!?」

 

「ああ、前に雪ん中、森で遭難しかかってるところ、助けてもらった。それ以来、毎年冬が来るとよく遊ぶ」

 

「私は、ちょっと事情が違うけれど……雪には色々とお世話になっていたの」

 

その時だった。

一等冷え冷えした声で、

 

「……へぇ――森で雪の中遭難。……それは初耳ですね」

 

荘介の言葉に、信乃がぎくっとする。

そして、慌ててその場を誤魔化すよ様に、

 

「ゆ、雪姫!! いや――こんなトコで会えるなんて、ビックリ!! さ、最近、姿見ねーなって!! 森のヌシ様も心配してたぜ!? どうしてたんだよ?」

 

信乃が口早にそう言うと、雪姫はにっこりと微笑んで、信乃達の前の座席に座る青年と自分を指差した。

そして、ふわりと青年の傍に近寄ると、そのまま青年の首に手を回して抱きしめたのだ。

 

それを見た、信乃は納得いった様に、

 

「へぇーそいつと一緒にねぇ」

 

信乃のその言葉に、こくりと雪姫が頷く。

だが、真夜は納得いかないのか、複雑そうな顔で信乃達のやり取りを見ていた。

 

その時だった。

青年がしぶ~~~い顔をして、

 

「あ――まぁ、いや、それなら話が早い。……是非とも頼みがある!!」

 

一瞬、何事かと真夜と信乃が顔を見合わせる。

すると、青年が懇願するように、

 

「頼むから!! 彼女に私から離れる様に説得してくれないか!? 頼む!!!!」

 

「え……?」

 

「ハァ?」

 

真夜と信乃がそう言ったのは同時だった。

だが、青年の雄叫びは続いた、

 

「もー限界だ!!! 彼女が憑りついてからこっち、友人も恋人もみんな気味悪がって離れていくし!! 冬は勿論! 夏でも私の周りはこんな寒さだ!!」

 

「あ――」

 

言われてみれば、青年は夏だというのにコートを羽織っているし、中も厚着している。

 

「身体も寒いが、心はもっと寒い!!!!! こんな生活もうイヤだぁ―――――!!!」

 

切々にそう訴えてくる青年だが……。

それをバッサリと切ったのは他ならぬ信乃だった。

 

「そりゃ、ムリ」

 

「何故!!!?」

 

すると、真夜が小さく息を吐き、

 

「雪がね、この季節に人前に出る事なんてまずないのよ。よっぽど貴方を護りたいのね……」

 

真夜的には不愉快な話だが、それが事実だ。

 

「それに――」

 

真夜の言葉に、信乃が決定的な一言を告げた。

 

「雪姫が離れたら、アンタ死ぬ」

 

「んなっ!!!?」

 

ガーンと、ショックを受けたように青年が驚愕の顔をする。

だが、信乃は至って冷静に、

 

「どーせ、雪ん中死にかかってる所を助けて貰ったんだろ? 諦めろよ」

 

信乃の言葉に、青年は言葉も出ない様だった。

唖然として、がっくりと肩を落とす。

 

「じゃ、じゃぁ……私は一生このまま……」

 

 

 

 

「……自分だけがそうだと思わないで!!」

 

 

 

 

突然、真夜が声を荒げる様に叫んだ。

それには、信乃も荘介も驚いた。

 

静かに怒りはせども、怒鳴ることなど、真夜らしからぬことだったからだ。

だが、真夜には今の青年の言葉は許しがたき事だったのだろう。

琥珀の瞳が青年を睨む。

 

初めて会った時からの、イライラ感。

この青年に対する怒りが、真夜の心を支配する。

 

「貴方を生かす代わりに、雪もその代償を払ったのよ。妖が“たかが”人の子の命を助ける為に。少なくとも、彼女は―――」

 

「え……?」

 

初めて聞くその言葉に、青年が大きく目を見開く。

 

瞬間、はっとした雪姫が真夜の傍に飛んできた。

そして、しっ……と真夜の唇の前に人差し指を出す。

雪姫のその行動に、真夜が言葉を詰まらせた。

 

雪姫は、にこっと微笑んで自身の唇にも人差し指を当てた。

まるで、「秘密」だという様に。

 

それを見た真夜が、一瞬何か言いたそうに口を開きかけるが――。

諦めたのか、小さく息を吐くと、

 

「…………わかったわ」

 

雪姫の言わんとする意味が分かり、真夜が渋々言葉を切る。

どうやら、彼女は青年に“その事を知られたくない”らしい。

 

二人のやり取りを見ていた、青年が雪姫と真夜を交互に見た。

すると、雪姫は青年の方を見て、柔らかく微笑んだ。

 

なんだか、追求してはいけない領域な気がして。

青年はそれ以上、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――帝都

 

 

ようやく帝都につき、信乃が「んんー」と背を伸ばす。

荘介はてきぱきと荷物と降ろすと、そのまま信乃と真夜を連れたって青年のいる車室を後にした。

正確には、ゝ大が凍る氷の塊と「目玉……目玉……」と、うなされる飲んだくれ親父を放置して。

 

その様子を、車室の窓から青年はぼんやりと眺めていた。

すると、心配そうに雪姫がそっと青年の頬に触れる。

 

「ん? ああ、平気だよ、姫。寒いのには……もう慣れた」

 

そこまで言いかけて、青年は雪姫に向かって優しく微笑んだ。

 

「私は……姫に命を拾ってもらっていたんだね。ありがとう」

 

一瞬、雪姫が驚いたようにその蒼い瞳を見開く。

が、次の瞬間、嬉しそうに微笑んだ。

 

「あ……それより、見送らなくていいのかい? せっかく、久しぶりに友人に会えたんだろう? 珍しいね、姫に人間の友人とは――」

 

青年のその言葉に、雪姫がにこりと微笑む。

 

「あ! しまったな、名を聞くのを忘れてしまった……っ!」

 

そう言って、慌てて車室の窓を開ける。

そして―――。

 

「なぁ! ちょっとそこの三人!! 大きいのと、小さいのと、気が強いの!! ちょっと待ってくれ!!」

 

駅の出口に向かって歩いていた真夜達を青年が呼び止めたが……。

 

「大きいの?」と、荘介。

「……小さいの……」と、顔を引きつらせる信乃。

 

そして―――。

 

「気が強いのって……」

 

どういう意味か、今すぐ問いただしに行きたい気分の真夜。

の三人が振り返った。

 

すると青年は、声を張り上げて、

 

「私は、道節!! 犬山道節!! キミらは?」

 

そう尋ねる青年――道節の表情は、何かが吹っ切れたように清々しかった。

これでは、怒るに怒れない。

 

すっと、荘介が顔を上げ、

 

「俺は……犬川荘介」

 

「犬塚信乃」

 

そう言って、信乃も顔を上げて、名を伝える。

が、怒れないのはともかく、納得いかない真夜はむっとした様に、視線を逸らしたまま、

 

「……真夜です」

 

とだけ答えた。

すると、信乃はニッと笑って、

 

「じゃぁ、またな雪姫。道節も!」

 

そう言って、手を振ってくる。

手を上げて返事をしつつも、「呼び捨てかよ……」と道節が思ったのは言うまでもない。

 

すると、「あ……」と信乃が何かを思い出したように右手をかざし、

 

「挨拶! 村雨もだって!!」

 

そう信乃が言った瞬間、信乃の腕の中から真っ黒な烏――村雨が姿を現した。

 

『ユキ―――!!』

 

そう挨拶する村雨に、雪姫がにっこりと笑って手を振るが……、道節がぎょっとして、ガタガタガタと窓から遠ざかり、

 

「腕からカラス……!! 腕からカラス!!?」

 

と叫んでいたのはお約束である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真夜」

 

駅の構内を歩く真夜に、荘介が問いかけてきた。

 

「気になっていたことがあります」

 

「……?」

 

何の事だろうと真夜が首を傾げる。

すると、荘介は、

 

「雪姫が彼を助ける為に、払った代償とは?」

 

「…………それは……」

 

言いかけて信乃を見る。

言っていいものか、悩んでいる様だった。

 

すると、信乃は何かを思い出すように―――。

 

「――綺麗な」

 

「え?」

 

「綺麗な声をしていたんだ。――いつも詠ってて……大好きだった」

 

信乃の言葉に、真夜が静かに琥珀の瞳を伏せた。

 

「雪の降る季節しか聴けない……子守唄みたいで……」

 

でも、もう……。

 

 

  二度と聴けない―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詠が……聞こえる。

透き通るような、綺麗な綺麗な詠声が―――。

 

雪の中、その詠声だけが……響いていた。

 

「……綺麗な、詠だ……」

 

ぽつりと、道節は呟いた。

もう意識も薄れて……このまま目を閉じれば、楽になれるのではないかと……。

そんな気がした。

 

そんな中で、雪の中聴こえる詠声だけが、辛うじて道節を現実に引き止めていた。

 

『生きたいか……?』

 

声が……聞こえる。

誰かもわからない綺麗な声が―――。

 

その時だった、どこからともなく美しい女が姿を現した。

 

真っ白な雪のような肌に、白い着物。

氷のような蒼い髪に、蒼い瞳の美しい人が……。

 

「それは……もち、ろん……死にたく、ない、よ……」

 

道節は、朧気な意識の中そう答えた。

 

『何故、生きたいと願う……?』

 

何故かって……?

そんなの……。

 

道節は手のひらの中の、紅い髪止めを握り締めた。

 

「妹が……妹が、いるんだ……。子供のころに……別れた、きり、だ、けど……。ああ、キミのような美人ではないけれど……とても可愛い……」

 

自分は誰と会話しているのか。

それでも、道節はぼんやりとする頭の中で答えた。

 

「たった一人の妹……」

 

そう、たった一人の小さな妹。

 

「小さな彼女と……たった一つの約束を、して……」

 

 

 

――“絶対に、迎えに行く”……。

 

 

 

「まだ、それを果たして、な、い……」

 

ぎゅっと、髪飾りを持つ手に力が籠もる。

 

「不肖の兄だけど……大きくなった、姿を見たい……。迎えにいって、遅くなってゴメンと謝って……それから…………」

 

ぐっと、道節の瞳から涙が零れ落ちた。

 

「生きて……傍に、いてやり、たい―――」

 

その言葉に彼女――雪姫は、はっとした。

 

 

 

 

 

『ただ生きて……傍にいてあげられれば、それだけなのに―――』

 

 

 

 

 

 

あの時も、“彼女”は泣きながらそう訴えた。

琥珀の瞳に大粒の涙を流し、

“彼女”は、哀しんでいた―――。

 

 

“傍にいてあげたい”。

 

 

それだけが願いなのに―――。

 

ふわりと、雪姫が道節の頬に触れる。

 

『―――お前は、妾の友と同じことを言う。

 

 

    ならば、その命……助けてやろう―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新:2025.05.18

旧:2017.11.07