◆ 第１話 －信乃と荘介－ ３
―――――あの時
俺達は選ばなくてはならなかった――――……
燃えさかる炎
赤く染まる視界
真夜が死に、俺達まで死んだら浜路が一人になってしまう
「いやあ！！ 信乃兄さま！！ 壮介！！ 浜路を一人にしないで！！！」
泣き叫ぶ浜路の声が
遠く、響く――――――………
「二人まで死んじゃうなんで、絶対いや！！ それなら、浜路も一緒に逝く！！ 浜路も死ぬ！！」
――――妹みたいな浜路
大事な大事な可愛い妹
それは、絶対ダメだっ……！！
いつだって一緒だった
四白と壮介も死ぬなんて、絶対許さない
真夜も、壮介も、四白も、浜路も――――……
どうして
どうして……俺達はなにも悪くないのに―――――……
どう、して―――――……
『では、選べ――――』
声が……
聴こえた―――――――
チチチチ
鳥のさえずりが聴こえる
信乃は、んんーと大きく背伸びをした
欠伸を噛み締める
「ん？」
あれ？
いつもならまず朝には村雨が『出してー 出してー』と窓をコツコツしているのに
その筈の村雨が“出ていない”
「………村雨？」
ふと、右腕の紋様に気付く
そこには、村雨が静かに“収まったまま”だった
「オハヨー」
ダイニングにいくと、浜路と壮介が外で朝食の用意をしていた
「何だよ、こんな天気なのに外で朝メシ？」
そう尋ねると、壮介は苦笑いを浮かべて
「そうですよ。 気分だけでも…ね」
ふと、浜路が信乃の腕に気付いた
「信乃？ その腕……村雨が出てこれないって、相当ね」
浜路が溜息を洩らしながらそう言う
だが、信乃には何の事だかさっぱり分からなかった
「え？ ナニナニ？ どーゆうこと？」
信乃がそう尋ねた瞬間――――……
キィイイイイイイイ―――――……ン……
一瞬にして、起きた“異変”に信乃と壮介がはっとする
その時だった
「どーもこーも、先手打たれましたネ」
と、庭の方から先生と神父が歩いて来た
「じーちゃん！ 先生！！」
先生は、ふむっと…少し考えながら
「私や、蜑崎神父など敵わない相手です。 いや、見事というか…神技というか……」
先生の言う意味が分からない
これが“何なのか”は“分かる”
だが、その仕組みなどは信乃にはさっぱりだった
「教会を含む、この森全体が五か所の守からなる結界で完全に外から閉じ込められちゃって」
あはははは～～～
どうしましょ～～～～～～
と、呑気に笑っている
それにすかさず浜路がぼそっと「役立たず…」と突っ込んだのは言うまでもない
その時だった
いつの間に“いた”のか
目の前に五体の狐面を被った“人ならざる者”が立っていた
「おや、もうおいでなすったようですね……例の出迎えの方々が」
先生が、ふむっとそちらを見る
すると、脳に響く様に声が聴こえた
『犬塚 信乃、犬川 壮介。 主の命によって迎えに来た。 今すぐ出立の用意を』
「……………」
これらを見た瞬間、信乃と壮介は思った
コレと歩くのか……
嫌だなぁ と
すると、その内一体が突然くすりと笑った
そして
『奇妙だな』
すると、他の四体も『奇妙じゃ』と言い出した
『たかが人の子じゃろう』
『しかし、しない』
『しない、人の匂いが』
『何故？』
『あれは我らと同じ――――』
『そう――――…我らと同じ匂いがする』
『二つで一つの命…一つは犬か』
その言葉にカチンとくる
「何だと！？ この狐野郎！！！」
「信乃！！」
信乃が今にも食って掛かりそうなのを、壮介が制する
そして、先生たちを見て
「これが、教会本部のお出迎えとはね…到底思えませんが？」
そう尋ねるが、流石に先生もはっきりとそうだとは言えないのか
肩をすくめた
『おお…こちらの子供は我らと同じ…』
『お主、何と命を共にした？』
『臭う、臭うぞ……』
『お主、それと共に時を止めたな。 何故なら我らも時とは無縁』
『その姿のままで、お主はそれと共に生き続ける』
そう言って、五つの指が信乃を指さした
『主が知りたがっている』
『“それ”は何なのかと―――……』
『何故、お主らはその様にして生きるかと――――』
『だから迎えに来た。 さぁ…』
瞬間、信乃が「けっ」と笑った
「“コレ”が何か“知りたい”って？ いいぜ、教えてやるよ―――なぁ？ “村雨”」
信乃がそう言った瞬間それは起きた
突然、信乃の周りに突風が吹きはじめる
刹那、信乃のかざした右腕にギロリと赤い目が姿を現
黒い紋様が一瞬にして現れたかと思うと、そこからバキバキバキという音と共に、羽根の様な形の“モノ”がバサリッと羽ばたいた
『！！？』
狐面達が、一瞬にして動揺する
信乃の口元がにやりと笑った
瞬間、その姿を現した一羽の烏が大きく鳴くと、そのまま一気に狐面達に向かって飛び込んでいった
バサバサバサ
瞬く間に狐面達の間を通り抜けていく
すると、狐面達は驚いた様に消えていった―――面を残して
瞬間、パリ――――ン と張られていた“結界”が破れる
「あ」
「良かったですね。 壊れたみたいですよ、結界」
そして、何事も無かったかのように壮介はぽんっと手を叩いて
「さて、朝食の支度が途中でした」
「アラ、いっけない！ お茶っ葉、放置したままだったわ」
そう言って、二人とも平然と朝食の準備の続きを始める
その様子に、先生は「はぁ…」と頭を抱えた
「蜑崎神父…」
「うむ？」
「今のは……見間違いじゃなければ“尾崎家”の“五弧”だと思うのですが…」
先生がそう尋ねると、神父は顔色一つ変えずに
「そうじゃな…」
「そうじゃな……って…！」
ふぅ…と神父は信乃と村雨を見て呟いた
「まったく…えらいのに目を付けられたものだよ」
と――――……
＊＊＊＊ ＊＊＊＊
―――――昼
壮介が昨日壊された窓を補強している時だった
突然、ばたばたと健太が教会に駆け込んできた
「壮兄！！」
その余りにも慌てた声音に、不思議に思い壮介が振り返ると
健太は走ってきたのか、肩で息をしながら
「村で騒ぎになっててさ、知らせておこうと思って…」
その様子に思わず、本を読んでいた信乃も顔を上げる
「何かあったんですか？」
壮介がそう尋ねると
「昨日の夜から、村の若い男が三人 家に帰ってこないって…親たちが騒いでる。……教会の仕業じゃないかって」
健太のその言葉に、壮介や信乃だけでなく浜路も顔を見合わせる
「若い男が三人って…どんな人達？」
「年齢は壮兄ぐらい…。 ロクデナシで、働かずに遊んでばっかだったんだけど…教会の裏の森でたまに見かけてたから……」
壮介と浜路が顔を見合わせると、壮介が頷いた
「……先生を呼んでくるわ」
そう言って、浜路がダイニングから先生を呼びに出て行く
それを見送った後、健太は言い辛そうに壮介と信乃を見て
「あの、さ、信乃…昨夜、森にいたか？」
「はぁ？」
健太からの唐突な質問に、信乃が顔を顰める
だが、反応したのは信乃だけでは無かった
「森？」
訝しげに、壮介がそう尋ねる
すると、健太は慌てて手を振って
「あ、いや！ オレ、入ってねーから！！ ただ……」
そこまで言い掛けて、一旦言葉を切る
そして、息を飲み
「昨夜さ、帰りに見ちまったんだ……。 着物着た赤いリボンしてる女の幽霊がスゥーと、森の奥へ入っていったんだよ」
「………それが何で俺？」
「あ、あーいや…なんか、雰囲気が信乃に似てた気がして……」
「似てる？」
「うん…なんか、髪の長い子でさ…着物なんか着てるし……もしかして、オレ、見ちゃっ…た？」
瞬間、ばたんっと信乃が本を閉じた
そして、冷たそうに
「お前、もう帰れ」
一瞬、何を言われたのか分からず、健太が「は？」と声を洩らす
だが、信乃は構わず
「んで、もう二度とここに来るな。 森にも近づくな」
「え……？」
健太が戸惑っていると、今度は壮介まで
「そうですね…。 関わり過ぎた様です」
「ハ……？ な、なんだよ…何急に訳わかんねーこと言ってんだよ…っ」
健太が信乃を見る
だが、信乃は目も合せてくれなかった
壮介も、怖い顔をしてこちらを見ていた
「信乃……？ 壮兄も……」
壮介は、ふっと視線を反らし
「…信乃の言う通りだからです。 もう、ここに来てはいけません。 森も…。 金輪際、俺達に関わらないで下さい」
「……………」
健太が何か信じられないもを見る様にその瞳に戸惑いの色を見せた
だが、信乃も壮介も健太と拒絶する様に視線を反らしたまま、こちらを見ようともしない
「……………っ」
ぐっと、健太が拳を握りしめた
今にも泣きそうなのを堪えると、吐き捨てる様に
「…………っ、訳わんね……っ！ 二度と来るか、こんなとこ！！」
そう言って、バンッと扉を開けて駆け出した
「健太！！」
遠くで、壮介が自分を呼ぶ声が聴こえた気がした
だが、健太は構わず走った
瞬間、胸元に掛けてあったロザリオが視界に入った
あの時の壮介の言葉が蘇る
『神様は信じてなくても…“友達”の俺の事なら信じてくれるだろ？』
そう言ってくれた壮介
でも――――………
「…………っ、クソ、こんなものっ！！」
ロザリオの紐を引きちぎると、その場に投げ捨てた
ぎゅっと唇を噛み締める
「……“友達”って、言ったのに………」
嬉しかったのに
なのに……なんで―――………
＊＊＊＊＊＊＊
「信乃、俺が戻るまでここで大人しくしていてくださいね」
「……………」
信乃は答えなかった
すると、壮介は沈黙を肯定と取ったのか…そのままダイニングを出て行く
「……………」
その背を見送った後、信乃は小さく息を吐いた
瞬間
「――――まぁ、子供は鋭いモンじゃが、あの坊はちと難儀じゃのう」
「ん……？ って、うわぁ！！」
突然 声を掛けられて、信乃が ぎょとする
いつの間にそこにいたのか…
目の前の椅子に蜑崎神父が紅茶を飲みながら座っていた
「じ、じーちゃん、いつからそこに……！！？」
「儂や、ずっとここにいた」
「もっと何かアクションねぇのかよ！！」
思わず、信乃が突っ込む
だが、神父は気にした様子もなく紅茶に口付けると
「あの坊はちと、近づき過ぎた……。 お前達に近づくという事は、“境界線”に近づくのと同じ。 ―――向こう側には格好の“エモノ”じゃからな」
「………………」
その時だった
「信乃」
浜路が先生を連れて戻ってきた
その先生の手にあったのは………
「今、外でこれを見つけたんですが……」
それは、壮介が健太に渡したお守りのロザリオだった………
＊＊＊＊ ＊＊＊＊
「え？ 戻ってない？」
「ああ、まーたどっかほっつき歩いてんだろ。 相変わらず、ガッコは行かねえしよ」
壮介が健太の家を訪ねると
健太の父はそう言いながら、畑仕事をしていた
おかしい
あの後、すぐ健太を追いかけた筈なのに…追いつくどころか、姿すら見なかった
「そう…ですか……」
……すれ違いになっただけなのだろうか
それだけならいいが…
壮介が、難しそうな顔をしていると、健太の父はあっけらかんと
「腹が減ったら戻ってくるだろ」
と答えた
その時だった
「ちょと、あんた！！」
不意に声を掛けられ、顔を上げると
そこには少し身なりの良さ気な女が壮介を見るなり突っかかって来た
「アンタ、教会んとこのヤツだろ！！？ うちの息子たちを一体どうしたんだい！！」
「息子さん？」
一瞬、何の話か分からず壮介がそう尋ねると
女はヒステリックに
「とぼけるんじゃないよ！！ ちゃんと見たって人がいるんだから！！ 教会にある森の方に入って行ったきり、昨夜から戻んないんだよ！！？」
瞬間、先程の健太の話を思い出す
そう健太は言っていた
「昨日の夜から、村の若い男が三人 家に帰ってこないって…」と
「……いえ、お姿は一度も拝見していませんが…」
「そんなハズないだろ！！？ こ…の、嘘付き！！！」
今にも、飛びかかってきそうな女を健太の母が「まぁまぁ、奥さん」となだめる
「そんなに言うなら、後で村の皆で探しに行きましょや。 勿論、教会の方にも。 な、いいだろ？ 壮介」
そう、健太の父が言うので、壮介は小さく息を吐くと
「……どうぞ、お好きなように」
と答えるしかなかった
＊＊＊＊＊＊＊
「――――…。 健太君は？」
教会に戻るとダイニングには浜路だけがいた
浜路が健太を心配してそう尋ねるが
「いえ、追い掛けたんですが…家には帰ってなくて…」
壮介がそう答えると、浜路は少し言いにくそうに
「実は……信乃がこれを見て、慌てて飛び出していったの…これ、壮介が健太君にあげたものよね…？」
「――――……っ」
浜路の持っていたものは、健太にあげた筈の“お守り”だった
一瞬にして、壮介の顔色が変わる
「すみません、ちょっと出てきます！！」
「あ、壮介！！」
壮介は、浜路の制止も聞かずにそのまま慌ててダイニングを飛び出した
そのまま森の方へ走って行く
外は夕暮れ 逢魔ヶ時
“人ならざるモノ”が活動を始める時間――――……
「まったく…二人ともこんな所まで似なくていいのにっ…！！」
だから言ったのに
この手の類は“守備範囲外”だと――――……
瞬間、壮介の駆ける姿が四白の姿に変わっていく
そのまま、四白の姿の壮介は森の奥へと走って行った
健太と
健太を追いかけた信乃を見つける為に――――…………
この時、まだ誰も気付いていなかった
“運命”音を立てて回り始めていた事に……
やっぱり、案の定…帝都までは行けませんでしたなぁ…(；・∀・)
いや、もう２話目で予測付いたけどなｗｗｗ
多分？ 次回？ 行ける？？？ かなぁ？？？
2017/03/19