紅夜煉抄 ~久遠の標~

 

 第1話 -信乃と荘介- 2 

 

 

し―――――ん…と静まり返った礼拝堂の中に、静かにあかりが灯る

信乃はその一番前列に座らされていた

目の前には、別に信じてもいないが神様の像がある

その礼拝堂の中で、ひときわ似つかわしくない表情をした青年が腕を組んで信乃を睨んでいた

 

壮介である

 

「先日、一人で森の奥まで行かれたとか?」

 

壮介の言葉に、信乃がぎくりと顔を強張らす

 

「ひ…ひとり!!?」

 

声が思わず裏返る

すると、横に居た村雨が羽根をバタつかせながら

 

『違ウ、村雨もイッショ!』

 

「そ……そう!! 村雨も一緒!! な?」

 

そう言って、なんとかその場を言い繕おうとする

が――――……

 

そんなもの、壮介には通用しなかった

一際、底冷えする様な低い声で

 

「俺、言いましたよね? 一人であそこには立ち入るな…と」

 

「う………」

 

言われていた事なだけに、言い返せない

 

「健太には注意しましたが…。 あそこは元々闇が濃くて、それに惹かれて立ち入っては なにが起きるか分かりません。 そういうのは、いくら俺でも手に負えませんからね」


すると、責任転換する様に信乃がウガ―と吠える

 

「健太のヤロー!! チクリやがって!! すっげー生意気だぞ!! 子供のくせにすげー可愛気ね――――!!!」

 

すると壮介が、嫌味の様ににっこりと微笑んで

 

「よかった。 二人とも気が合いそうで――――」

 

 

 

 

「合うか――――――!!!」

 

 

 

 

信乃が抗議したのは言うまでもない

 

「ま、何にしても…あの“闇”に惹かれて立ち入る人間なんて、まず“普通”じゃないですし…」

 

「………健太は? 見た所、普通のガキだけど?」

 

「……………」

 

信乃のその言葉に、壮介が神妙な顔をしたまま黙ってしまった

 

「? 壮介?」

 

「――――いえ、すみません。 もしかして、俺が近づき過ぎたせいかもしれません」

 

その言葉に、一瞬信乃が渋い顔をする

 

「……ふーん。 あいつが、“お前に”だろ…」

 

ぼそっとそう呟く

不貞腐れた様にそう言う信乃を見て、壮介がくすっと笑みを浮かべる

 

「俺としては“誰かさん”に性格が似ている所が気になっただけです。 クソ生意気なトコロとか」

 

「さらっと、無礼だなオマエ」

 

「壮介は、子供・年寄りキラーだからなぁ…ナニ、タラシこんでんだよ!」

 

嫌味の様な信乃の言葉に同調する様に、村雨が『タラシ―――!』と言う

すると、壮介は苦笑いを浮かべて

 

「そういうつもりは全くありませんが…」

 

「壮、言っておくけどな――――」

 

信乃が偉そうにふんぞり返ると、キッと壮介を睨み

 

「―――“俺”は“年相応”の性格してんだよ。 クソ生意気なのは見た目も中身もガキンチョなあいつの方だろうが!! わかったかよ!?」

 

「………………」

 

信乃のその言葉に、壮介が一瞬黙る

が―――……

 

一秒と待たずに

 

「ええ、見た目も中身もガキンチョですね。 二人とも」

 

「コイツ、ホント ムカつく……(怒)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健太は森の近くを村に向かって走っていた

気が付けば、夜はすっかり更け辺りは真っ暗になっていた


別段、こんな時間に森の近くを通るのは怖くはないが―――……

夕方、壮介に注意されたばかりで、なんだが気が引けた

 

だが……

 

この道通った方が一番近いんだよなぁ~

 

と自分を納得させる

それにしても……

 

「やっべ…あいつ、今頃怒られてっかなあ」

 

そう言いながら、帰り際の壮介と信乃の様子を思い出す

十中八九、今頃お説教だろう

 

信乃には悪いが、ここは逃げるが勝ちである

あのままあそこに居たら、自分まで壮介に説教されかねなかった

それだけは、勘弁願いたい

そう思いながら、家路への道を急いでいる時だった

 

 

 

 

―――――――………

 

 

 

 

「え……?」

 

ふと、誰かに呼ばれた様な気がした

思わずその足を止めて、“そちら”を見る

“見てはいけなかった”のに――――………

 

「あれ……?」

 

そこには、着物姿の美しい少女が立っていた

漆黒の流れる様な髪に、琥珀の瞳

髪に付けている緋色の結い紐が印象的な、とても美しい少女だった

 

「お、おい、あんた。 ―――そこ危ないぜ?」

 

一応、善意の言葉からそう忠告する

けっして、やましい心は無い(はず)

 

一瞬、少女の瞳が揺れた様な気がした

すぅっと少女が健太に向かって手を伸ばす

そう―――まるで手招きするように………

 

「……………?」

 

そのまま、少女がすぅ…と森の奥に消えていく

 

「お、おい!」

 

慌てて健太が追い掛けようとするが――――……

少女が“いた”筈の場所には、誰もいなかった

 

「きえ、た……?」

 

ま、さか――――………

 

あの時の壮介の言葉が脳裏を過ぎる

 

『……そういった“こちら側”の“モノ”なら、まだいいんですけどね』

 

“こちら側”の“モノ”と相反する言葉

それは……

 

「ま、まさか…ユウレイ……」

 

…………

…………………

……………………

 

 

 

「うわあああああああ!!!!!」

 

 

 

 

そう叫ぶな否や、健太は猛ダッシュでその場を駆け出したのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****   ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「召喚状?」

 

机には一通の手紙が置かれていた

後生大事に、教会の正式な“朱印”が押されている

 

「俺ならともかく、なんで信乃に?」

 

壮介の問いに、先生は小さく首を振った

 

「判りません。 しかし、印もサインも本物」

 

「……ンなもの、無視しちまえは?」

 

あっけらかんと信乃はそう言うが、そういう問題では無かった

正式な“召喚状”ともなると、安易に無視する訳にもいかない

それに―――……

 

「………教会本部は“村雨”を探している筈ですから」

 

そういって、信乃の膝に乗っている村雨を見る

村雨はくりっと首を傾げただけで、何も言わなかった

 

「ということは、“教会”は“村雨”が“ここ”にあると知って……?」

 

壮介の問いに、やはり先生は首を振り

 

「判りません。 ――――ですが、その“可能性”が高いですね。 それに、本部はあの“大塚村”の生き残りの者も探しています―――…」

 

「それなら、5年前のあの時に話が出来た筈だろ? なんで、今更……」

 

「5年の時を経たからこそ、気付く事もある。 特に、信乃、壮介。 貴方達の“それ”は“あの時”では”気付けなかった“―――……」

 

しん………

 

と、深刻そうに皆黙りこくってしまった

その時だった

 

 

 

 

  ガシャ――――――ン!!!

 

 

 

 

 

突然、窓ガラスが割れた

ぎょっとしてそちらを見ると―――そこに居たのは

 

赤い大きな目

いや、目だけではなく…大きな巨大な黒い物体だった

 

それを見た瞬間、信乃が顔を顰める

いかにも、見たくないものを見た という風に

 

「こ、こいつは……っ!!」

 

間違いない

今朝、村雨が攻防していた”アレ“を思い出す

 

「今朝の黒まりも!!!」

 

うあ―――――と、信乃が顔を背ける

こういう“気持ち悪い物”は苦手だ

 

信乃の反応に、壮介が一瞬、言葉を濁らせつつ

 

「えっと……お友達、ですか?」

 

「随分変わった“お友達”ねえ?」

 

浜路が淡々とそれに突っ込む

その言葉に、信乃は はぁ~~~~~とうな垂れて

 

「俺…ちゃんと、捨てたのに……」

 

「……窓の修理代、支払ってくれますかね…この方」

 

と先生が、言ったのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ◆             ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――帝都

 

「莉芳!!」

 

突然、何の前触れもなくばんっと扉が開けられる

入ってきたのは、金髪の美しい面持ちをした青年だった

青年は何か紙をちらつかせながら

 

「オモシロイ報告書が届いたよ!」

 

そういって、うきうきとした顔で青年がそちらを見る

そこに居たのはその青年よりもずっと綺麗な顔をした金髪の男と、美しい漆黒の髪の少女がいた

 

「あ………」

 

少女に気付いた青年が、声を洩らす

そして足取り軽やかに、少女の方に近づいた

 

「真夜! いたんだ?」

 

“真夜”と呼ばれた、琥珀の瞳の美しい少女は青年を見るなり、静かに頭を下げた

その所作が余りにも綺麗で、思わず見惚れてしまう

すると、それを見ていた莉芳と呼ばれた綺麗な顔の男が小さく息を吐き

 

「何の用だ、要。 仕事の邪魔だ」

 

冷たくそうあしらうが、要と呼ばれた金髪の美しい青年はさほど気にした様子もなく

 

「相変わらず冷たいなあ、莉芳は。 真夜に挨拶ぐらいさせてよ」

 

そう言って、要は真夜の手をすっと取るとその甲に口付けを落とした

いつもの事なのか…

真夜は特に気にした様子もなく、にっこりと微笑む

 

その笑顔が見られただけで嬉しいのか、要が上機嫌で

 

「相変わらず、真夜は綺麗だね。 そろそろ、僕の所に来る決心はついた?」

 

そう冗談っぽくいつもの口上を述べる

その言葉に、真夜が少し困った様に

 

「私が要様の所に行ってしまっては、莉芳の世話をする者がいなくなります。 それに―――きっと“夜斗”と“五弧”さん達は合わないかと……」

 

すると、要はにこっと笑って

 

「馬鹿だなあ……夜斗君に莉芳の世話を任せて、真夜は身一つで僕の所に来てくれればいいんだよ」

 

そう言って、真夜の両手をそっとその手に取った瞬間

ばしっと、莉芳のなげた本が要の手に当たった

 

「いたっ! ちょっ…痛いじゃないか、莉芳!!」

 

要が抗議するが、莉芳はくだらないものを見たという風に息を吐くと

 

「用件を言え」

 

淡々とした声でそう促され、要がむぅ…と頬を少し膨らます

 

「まったく、莉芳はせっかちさんだなあ……実はさ、数年前から子供のまま姿の変わらない男の子と、犬へと変身する青年の話なんだけど…何か興味そそられない?」

 

「成長不良の子供と人面犬の話か?」

 

「あのね……」

 

莉芳的冗談だというのは分かるが、真面目な顔で言うものだから、知らない人が聞いたらびっくりするだろう

 

「犬塚 信乃、犬川 壮介。 後、浜路って女の子。 三人ともあの“大塚村”の生き残りらしいよ。 二人には教会本部が動いてる。 召喚状出してるらしい。 ―――5年前の大塚村っていったら、キミ担当だったよね?」

 

「そうだったか?」

 

「またまたとぼけちゃって! あの村から“村雨”が行方知れずになっちゃって、アンタ 上から大目玉くらったの、僕知ってるんだからね」

 

要がそう言うが、特に莉芳は気にした様子もなく

淡々と目も合わせず書類を眺めていた

その様子に要は、小さく息を吐き

 

「ま、僕は僕で好きにするから。 とりあえずコレ、置いておくから 興味あったら見てみてよ」

 

そう言って、持っていた書類を莉芳の机に置いた

そして、横にいる真夜の方を見ると、にっこりと微笑み

 

「じゃあ、真夜。 さっきの話、今度こそ真剣に考えておいてよ。 僕はいつでも待ってるよ」

 

そう言って真夜の美しい漆黒の髪をすくうと口付けを落とした

それだけすると、「じゃあね」と手を振って部屋を出て行く

 

「…………莉芳。 要様は本当に嵐の様な方ですね」

 

ぽつりと真夜がそう呟く

真夜のその言葉に、莉芳が小さく息を吐き

 

「真夜」

 

「はい?」

 

「………少しは、要からの“行為と言動”に“警戒心”を持て」

 

莉芳がそう促すが、当の本人は不思議そうにその琥珀色の瞳を瞬かせ

 

「警戒? 要様を…ですか?」

 

と、答えた

 

「……………………」

 

どうやら、要の“好意“はまったく通じていない様である

哀れというか、なんというか……

 

莉芳は、また小さく息を吐くと持っていた書類を置いた

そして、ちらりと要が置いて行った書類を見る

 

犬塚 信乃

犬川 壮介

 

あの“大塚村”の生き残り―――……

それはつまり……

 

真夜を見る

真夜はその書類に目も向けなかった

 

だが、その背が明らかに動揺しているのが見て取れた

 

「気になるか?」

 

そう尋ねるが、真夜は小さくかぶりを振り

 

「……いえ」

 

と答えた

だが………

 

真夜がゆっくりと莉芳を見て

 

「莉芳……お願いがあるのですが―――……」

 

 

 

******

 

 

 

 

真夜が頭を下げて退出していく

ぱたん…と静かに閉められた扉を確認してから、莉芳は例の書類を手に取った

そして、小さく息を吐き

 

「…………まったく、ただ“生きる”事もままならんとはな…」

 

そう言って、その書類を手から離す

ひらり…と書類が机に落ちた

 

 

「―――――気の毒に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜が自室の扉を開けようと手を伸ばす

すると、真夜が触れる前にそっと長い指が伸びて来てドアノブを捻った

 

「どうぞ、真夜」

 

開いた扉を見て、その手の先にいる人物を見る

真夜と同じ漆黒の髪をした美しい青年だった

 

「夜斗……」

 

夜斗と呼ばれた美しい青年は、真夜に向かって一礼する

真夜は「ありがとう」と言い、そのまま部屋に入った

 

中に入ると、いつの間に用意されたのか温かい紅茶がテーブルに置かれていた

そっと手を伸ばし、そのティーカップに口付ける

 

「温かい……」

それは、酷く落ち着く味だった

真夜の好きなアッサムの紅茶

 

「お代り入りますか?」

 

夜斗がそう言って、ティーポットにナプキンを添えて持つ

その言葉に、真夜は小さく首を振った

 

「いいえ、大丈夫。 ありがとう……」

 

そう言うが、その表情はとても“大丈夫”そうには見えなかった

ティーカップを持つ手に力が籠る

 

さっき要が話していた書類

一瞬視界に入った名前……

 

「………………」

 

真夜が溜まらず顔を伏せる

 

生きていた……

生きていてくれた……

 

 

『真夜ねーさまあああ!!!』

 

 

今でも脳裏の残る、あの血を吐く様な叫び声

燃えさかる炎

赤く染まる視界

 

 

 

「―――――………」

 

 

 

 

信乃、壮介、浜路………

 

声にならない、嗚咽が洩れる

 

生きていてくれた

それだけで…こんなにも………

 

瞬間、ふと夜斗の手が真夜の肩に添えられた

それだけで、不思議と安堵する

真夜はぐっと、涙を堪えて

 

「夜斗、明朝発ちます。 ―――準備をお願い」

 

真夜がそう言うと、夜斗はすっと手を胸に添え頭を垂れた

 

「畏まりました」

 

そう言って、部屋を静かに出て行く

一人残った真夜は、ティーカップとソーサーをテーブルに置く

手が…知らず震えていた

 

信乃達は生きていてくれた

でも、“私”は………

 

「―――――………」

 

静かの窓の外を見る

外は夜の帳が降り、静かな風が少しだけ吹いていた――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ◆             ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――夜の森の中

 

ずる…ずる…

と、何か普通でない“モノ”がうごめく

 

ジワリと、地面が真っ赤な血で染まっていく

 

「あ…ああ……」

 

男はガタガタと震えながら、木の幹に恐怖のあまりへたり込んだ

逃げたいのに、足が動かない

 

「ああ…ああああ………」

 

ずる…ずる…と、“ソレ”が近づいてい来る

”ソレ“が銜えているのは、先程まで一緒に居た人であった ”モノ“

 

ずるり……

 

    ずるり……

 

 

「あ……ああ……」

 

もう逃げる事すら叶わない

もう――――“ソレ”から逃れる事すら―――……

 

 

  ずるうり……

 

 

 

 

 

 

 


     「う…あ…あああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべえ……これ、帝都に行くのに3話じゃ足りなかったかも…(;・∀・)

な、雰囲気がぷんぷんしますよ~~~

 

それにしても……

要がすこぶる動かせやすくて助かりますwww

逆に莉芳! ちっとも動かねぇwww

 

2017/03/19