Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 9

 

 

 

「八乙女くん、機嫌悪いね……」

 

ひそひそと、スタッフが話しているのが聞こえてくる。

が、楽は気づかない振りをしながら、ピアノの練習用の鍵盤を叩いていた。

 

あの日――。

仕事が終わった後、一人 白閖邸に行ってみたが……。

 

案の定、門前払いを食らった。

その後、何度となく足を運んでみたが、梨の礫だった。

 

逢えなければ、逢えないほど想いが募る。

 

逢いたい、と。

あやねに逢って話がしたい。

 

だが、それは叶わなかった。

 

こんな感情、今まで一度として味わったことはなかった。

誰かに酷く逢いたい――なんて不可視なもの。

 

だが、どうしてかあやねに対してだけそう想ってしまう。

それに……。

 

ちらりと、鞄を見る。

中には“あの楽譜”が入っていた。

 

これも、返さねぇと。

あんなに探していたんだ、きっと大事なものなのだろう。

 

だが、このメロディ。

 

かさっと、楽がその楽譜を取り出した。

軽く口ずさむ。

 

綺麗な曲だった。

繊細で、美しいメロディ。

 

あやねが持っていたという事は、あやねが書いたのだろうか。

 

そういえば、監督が言っていた。

彼女の専攻はピアノ科だと。

 

なら、やはり あやねが……?

 

そんなことをふと思っていた時だった。

 

「八乙女さーん」

 

スタッフの一人が呼びに来た。

 

どうやら、次は自分の撮影の様だった。

今日、初めて監督の前でピアノを弾くシーンを撮影することになっていた。

正直、流石の楽もあまり自信はなかった。

 

作曲家の方が出してきた曲が、かなり難易度が高いのだと、ピアノを教えてくれている先生が言っていた。

その先生ですら、弾くのに一苦労していたところだ。

それを自分が?

 

果たして、弾けるのか。

そんな不安が押し寄せる。

 

だが、楽はかぶりを振ると、両手で頬を叩いた。

 

今までだって、難しい事も何でもこなしてきた。

ここにきて、ピアノは代役が――などと、言われたくない。

 

ぐっと、拳を握ると。

 

「よし」

 

やれるだけやるだけだ!!

 

そう気合を入れると、楽は撮影場所の音楽室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

「宜しくお願いします!!」

 

音楽室に入るなり、楽が監督やスタッフに挨拶する。

その時だった、見慣れない男性が1人いた。

 

品の良いスーツに、洗礼された佇まい。

それは、誰かを思い出させた。

 

誰だ……?

 

そう思うも、今の楽はそれどころではなかった。

目の前には大きなグランドピアノがあった。

 

ごくりと、息を呑む。

 

この怪物を弾きこなさなければならないのだ。・

鍵盤にそっと触れる。

 

 

ぽ――――ん……。

 

 

と、綺麗な音が響いた。

 

「八乙女くん、準備はいいかな? とりあえず、リハするよ?」

 

「あ、はい! お願いします!!」

 

「シーン45 スタート」

 

カチンと、カチンコの音が鳴る。

 

すっと、楽の表情が変わった。

八乙女楽から、久我志月の顔に変わる。

 

楽――志月がゆっくりとした足取りで、目の前のグランドピアノに触れる。

まるで、慈しむ様に……。

 

そして、ゆっくりと鍵盤に触れた。

 

ぽ―――――ん……。

 

と、先程とはまるで違う優しい音が聴こえた。

それを見た、あの見知らぬ男性が「ほぅ……」と声を洩らす。

 

それから、志月はゆっくりとした動作で、ピアノの前に座った。

そして、その長い指で音を奏でだす。

 

「これは……」

 

監督や演出家が、少し驚いたように声を洩らした。

 

曲は、リストの「愛の夢」 第3番 変イ長調 S.54。

いきなり、美しいサビのメロディから始まる曲だ。

 

リストの「愛の夢」は3曲からなる曲である。

特にこの第3番は特に美しい曲で、リストを代表する曲の一つだ。

それを、感情を乗せて奏でていく。

 

楽としてはもう、指がつりそうだった。

 

だが、志月として今自分はいる。

だから、この曲は楽ではなく志月が弾いているのだ。

 

志月なら弾ける曲だ。

 

そう自分に言い聞かせる。

 

「これはこれは、予想外に……」

 

演出家がそう洩らす。

 

それもそうだろう。

今、楽が志月として弾いているリストの「愛の夢」第3番といえば、難易度的にはEクラス

つまり、上級者向けなのだ。

(Fクラスが上級の更に上となる)

 

まず、ピアノに触れた事のない楽がすぐ弾こうとして、弾けるような曲ではないのだ。

ピアノは弾けばいいだけではない。

音に感情が、心が籠らなければ意味がない。

 

楽は続けてそのまま、次の曲を弾き始めた。

曲名は「ラ・カンパネラ」 (パガニーニによる大練習曲集 S.141から第3番)。

 

跳ねる様に弾いていく。

そう――まるで鐘の音の様に。

 

だが、徐々にその速度を上げていった。

 

「ラ・カンパネラ」には弾き手によって、解釈が異なるのか、終盤が大きく変わるのが特徴だ。

ゆっくり、滑らかに弾く者もいれば、力強く早弾きの様に弾く者もいる。

どちらが難しいとか簡単とかはない。

 

どちらも難しいのだ。

そして楽の――志月の弾く「ラ・カンパネラ」は力強く、どんどん早くなる方だった。

 

流石の監督も演出家もこれには驚いた。

あの短期間で、ここまでこの曲を弾きこなすとは。

 

最後まで何とか弾き切ると、楽――志月は天を仰いだ。

 

ゆっくりと瞳を閉じる。

 

まるで、何かを思い出すように。

 

誰しもが、魅入っていた。

約1名を除いては……。

 

瞬間。

辺りがし――――んと、静まり返る。

 

リハなのに、あまりにもカチンコの音が聞こえなくて、楽が思わず監督を見る。

瞬間、監督がはっとし、慌ててカチンコを鳴らせた。

 

「OKでーす」

 

その声に、楽がほっとする。

なんとか、弾き切れたようだった。

 

もう、手が震えてがくがくしていた。

 

「す、すごいよ 八乙女くん! まさか、ここまで弾くなんて!!」

 

わっと、監督達が楽に駆け寄って賛美する。

だが、楽は笑ってはいるものの、心の中では笑えてなかった。

 

こんなんじゃ駄目だ……。

 

この程度の音なら――きっと、この学院の生徒なら弾けるだろう。

だが……。

 

それでは駄目なのだ。

それでは、“久我志月”になれない。

 

その時だった、遠目にその風景を見ていた男性がふいに、こちらに近寄ってきた。

 

「君が、八乙女楽君かい?」

 

不意に、話しかけられ「は?」と一瞬思うが、

その男性から敵意などは感じられなかったので、「はい……」と、答える。

すると、その男性はふっと微かに余裕じみた笑みを浮かべ、

 

「そうか、君だったのだね」

 

そう言って、懐から、1つのデモテープを取り出した。

 

「これを聴いてごらん」

 

そう言われて、そのデモテープを渡される。

 

「私に言わせれば、まだ全然駄目だけれどね。少なくとも今の“君の音”と比べたらましな方だと思うよ」

 

まるで喧嘩を売られている様だった。

だが……事実、楽も自分の音に納得出来てないので、反論は出来ない。

 

楽はそのデモテープをプレイヤーに入れると、イヤフォンを耳に当てた。

そこから流れてきたのはピアノの音だった。

 

それも、今楽の弾いた「愛の夢」と「ラ・カンパネラ」。

他の曲も入っている。

 

全然、違った。

楽の弾いたピアノの音とまるで違う。

もっと、こう叙景が浮かぶような――そんな繊細かつ大胆な音だった。

 

「こ、れ――誰が……」

 

誰が弾いた音のか。

 

すると、その男性はくすっと笑みを浮かべた。

 

「単なる学生が弾いた音だよ、ここのね。でも、私的にはまだまだ“あの子の本気の音”じゃないから、納得いかないけれど」

 

「がく、せい……?」

 

それは誰なのか。

少なくとも、楽の求める志月の音は、自分の弾いた今の音より、このデモテープから流れる音の方が近いと思った。

 

「白閖さん、まさかこの曲を弾いたのは……」

 

一緒にデモテープを聴いていた監督がそう声を発した。

瞬間、楽は「え」となった。

 

今、監督は何と言ったか。

 

 

 

「白閖」

 

 

 

そう言わなかっただろうか。

 

「まさか、あんた……あやねの……?」

 

すると、白閖と呼ばれた男性はにっこりと微笑んで、

 

「自己紹介がまだだったかな。私は白閖秋良。君の言う“あやね”の父だよ。君には随分と“うちのあやね”が世話になったようだね。八乙女君」

 

そう言って、白閖の総帥はその口元に笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ、こんなことになっているのか。

楽は秋良と一緒にリムジンに乗っていた。

 

その間、終始 秋良は笑顔を絶やさなかった。

それが、余計に怖すぎる。

 

仮にも、自分の愛娘に手を出しかけた男。

しかも、接触まで禁じた男にこうも笑顔で対応出来るのが、とにもかくも怖い 怖すぎる。

 

横にいる、監督が何かと気を逸らそうと話題を振ってくれるのはいいが……。

そんなもの、微塵も頭に入らなかった。

 

そうこうしているうちに、リムジンはある屋敷の門をくぐった。

その屋敷には見覚えがあった。

 

間違いない。

白閖邸だった。

 

接触を止めている本人が、わざわざあやねのいる屋敷に楽を連れてくるのが、最早 理解の範疇を超えていた。

もう、処刑台の目の前に立たされている気分だった。

 

「や、八乙女くん? 顔色冴えないけど、大丈夫かい?」

 

監督が心配してそう話しかけてくれる。

楽はなんとか「だ、大丈夫です」と答えた。

 

屋敷の入口にくると、リムジンが横に止まった。

運転手が、さっと周りリムジンのドアを開ける。

 

秋良が降りた瞬間。

 

「お帰りなさいませ、旦那様」

 

という、声が響いた。

はっとして、楽がそちらを見ると、びしっと執事服にバッチを付けている男性が一礼していた。

 

この屋敷のハウス・スチュワードだった。

つまり、バトラーのトップであり、この屋敷の家令だ。

 

最早、世界が違いすぎる。

 

今にも卒倒したい気分なのを、楽はぐっとこらえた。

すると、秋良は何事もなかったかの様に、

 

「紹介しよう、八乙女楽君と、彼が今度 出演する映画の監督さんだ。彼はうちのハウス・スチュワードの穂波だよ」

 

秋良がそう言うと、穂波と紹介された彼は、楽に向かって頭を下げた。

 

「穂波と申します。お二方様ようこそ、白閖邸へ」

 

秋良は当たり前の様に、荷物を穂波に預けると、

 

「あやねは、どうしている?」

 

「あやねお嬢様は、本日も部屋からはお出になられてはおりません」

 

「そう――それはいけないね」

 

「ピアノは?」

 

「時折……」

 

「そう――か……」

 

そんな会話をした後、ふいに秋良が楽を見た。

そして、穂波に「彼らを来客用の部屋へ」と、申し付けると、自身はそのまま2階へと繋がる螺旋階段を上がっていった。

 

外も凄かったが、屋敷の中も凄かった。

何を見ても、高級そうで壊したら大変な事になりそうだった。

ここにいるだけで、精神がすり減りそうだ。

 

すると、ハウス・スチュワードの穂波がさっと右手をある一方へ向けた。

 

「お二方は、どうぞこちらへ」

 

どうしていいのかわからないので、言われるままに穂波に続く。

案内された部屋は、また無駄に豪勢な部屋だった。

 

出されティーカップやソーサーも見るからに高そうで、喉は乾いているのに、壊しそうで触りたくない。

もう、何もかもが分けわからなかった。

 

その時だった。

 

 

 

 

ぽ―――ん……

 

 

 

 

何処からともなく、ピアノの音が聞こえた気がした。

 

楽がはっとする。

 

「この、音――」

 

「え? 八乙女くん?」

 

監督には聴こえなかったのか、不思議そうに楽を見ている。

 

「いや、今ピアノの音が……」

 

「ピアノ?」

 

「……」

 

もう一度、耳を澄ます。

微かにだが、ピアノの音がする。

 

「あの、このピアノは……」

 

楽が堪らず穂波に話しかける。

すると、穂波はしっと人差し指を口元にあてた。

 

はっとして、楽が言葉を呑む。

瞬間――。

 

流れる様なピアノの音が響き始めた。

 

「こ、れ……」

 

それは、楽が先ほど弾いたリストの「愛の夢」第3番だった。

 

でも、全然違った。

自分の音と、このピアノの音は全然違う――。

 

まるで、自分の弾き方を全否定され様な錯覚に襲われる。

こんな音――聞いたことない。

 

繊細で、触れたら壊れてしまいそうな硝子の様な音。

それでいてかつ、音を聞いているだけなのに、込み上げてくるものがあった。

 

「あ……」

 

知らず、楽は涙を流していた。

 

知っている。

この涙の理由は楽が一番わかっていた。

 

 

 

 

その名は――“感動”。

 

 

 

 

“TRIGGER”である自分たちを見て、歌を聞いて涙するファンと同じ。

そこには、魂が宿っていて、なにものにも代えがたい“心”があり、“気持ち”があり、“愛しさ”がある。

 

そうだ。

ピアノも、“TRIGGER”として歌う自分たちの“歌”も、皆同じ。

 

全て繋がっているんだ。

 

自分は、ピアノは難しいと勝手に思い込み、なんとか形にしたくて必死だった。

けれど――違う。

形だけに囚われては、歌も音も終わりだ。

 

形だけ整え、満足して終わったら、何も伝わらない。

伝えたいんだ――俺たち“TRIGGER”が伝えてきた様に。

この映画の志月も伝えたくて弾いているんだ……ピアノを。

 

何度も何度も弾いて、それでも満足できなくて、足掻いて 足掻いて。

そして、“ましろ”の“音”に出逢った。

 

それが――“久我志月”の求めていたもの……。

 

「監督……」

 

弾きたい。

 

「俺、今、めちゃくちゃピアノが弾きたいです……」

 

弾かずにはいられない気持ちになる。

それが、“ましろ”の“音“。

 

「このピアノみたいに、うまくは弾けないけれど……それでも、弾きたい――」

 

弾きたいんだ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ・・・・・・?

アイドルの話なのに、クラシックの話になってるwww

クラシックは奥が深いよ~~

こう、女性ピアニストより、力強い感じで弾く男性ピアニストの音の方が好み

※夢主は今回名前だけ~~ゴメンナサイ

 

 

新:2024.01.21

旧:2020.09.25