Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 8

 

 

―――夜・白閖邸

 

 

あの後――。

姉鷺のお説教が深夜遅くまで続きそうと判断した天と龍之介に送られて、タクシーで白閖の屋敷に帰ってきたのだ。

帰ってきてからは、大変だった。

 

送迎を命じられていたSPや運転手は、あやねを見失ったとして懲罰を受ける一歩手前だったし、

事情を知った父・白閖秋良が激怒して八乙女楽――ひいては“TRIGGER”との接触と、当面の外出を禁じてきたのだ。

その時、「よくわからない言葉」を発していたが、今となっては最早それはどうでもよかった。

 

結局のところ、あやねに拒否権はなく、父に従うしかないのだ。

 

仕方ない。

言い方を変えれば、それは当然の処置とも取れた。

でも……。

 

私の意思は、そこにあったのだろうか……。

 

そんな疑問が浮かんでくる。

 

いや、そんなもの始めからないのかもしれない。

 

声が出なくなった時の秋良の憔悴ぶりは、見ていて痛ましかった。

その時の後ろめたさと、加えてそこまで秋良に負担をかけてしまった事への後悔が、

あやねが秋良の言葉には反論することを、躊躇わせる様になっていった。

 

だから今回の件も、反論する気は起きなかった。

 

事実、秋良には心配をかけてしまった。

その所為で、運転手やSPが懲罰を受けるのもおかしな話だ。

全て、あやねの身勝手な行動のせいなのに……。

 

でも……。

 

今日の一件で“TRIGGER”の方々には、多大な迷惑を掛けてしまった。

特に、楽には何度となく助けられた。

お礼を言いたいとも思うが、最早それも叶いそうになかった。

 

それに……。

 

未だかすかに残る、唇の感触。

あやねはそっと、自分の唇に触れた。

 

あれは……。

 

脳裏に過ぎるのは、楽の灰青の美しい瞳。

 

「……」

 

キス……された、の、よね……?

 

あの後は動転して頭がよく回ってなかったが……。

よくよく考えたら、楽にキスされた挙句、楽の部屋でシャワーまで借りて。

 

「……っ」

 

今更、思い出して恥ずかしくなる。

真っ赤に染まっている自分の顔が鏡に映り、あやねは更に顔を赤くさせた。

 

わ、私……。

 

自分以外ここには誰もいないのに、恥ずかしさで顔が上げられない。

 

これでは、姉鷺や秋良に怒られても仕方ない。

いや、むしろ怒られて当然である。

 

楽とは出会ってまだ数回なのに……。

いくら何でも、キスだなんて。

 

考えただけで、卒倒しそうだった。

 

それとも、自分の感覚がおかしいのだろうか。

今時のアイドルにとっては、キスなどもしかしたら挨拶程度の様なものなのかもしれない。

 

だから……?

 

海外の風習は知っている。

頬にキスやハグなどは、挨拶の様なものだ。

それ位なら、あやねも知っているし、それなりに慣れている。

だが……。

 

多分、さっきのキスは違う、わ、よね……。

 

では、あれは何だったのか。

あやねが楽の前で泣いてしまった事への、慰めなのだろうか。

 

それならそれで、少し寂しい気もした。

 

しかし、考えても答えなど出てこなかった。

 

どちらにせよ、もう関わることはないだろう。

秋良からも接触禁止と言い渡されたし、そもそも明日からいつまでかはわからないが、屋敷から出る事は叶わない。

 

そうよ、もう関わることはない。

だから、もう忘れたほうがいい。

 

忘れよう――。

 

まるで、自身に暗示を掛けるかのようにそう呟くと、あやねは静かにその深海色の瞳をゆっくりと閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? 休み?」

 

楽屋で台本を読んでいた楽の耳に入ったのは、予想外の言葉だった。

姉鷺が少し心配そうに「ええ……」と答えた。

 

どうやら、あの日以来あやねが学院を休んでいるのだという。

 

あの日は雨が降っていた。

もしや、あの雨で体調を崩しているのだろうか。

 

そんな考えが頭を過ぎる。

 

だとしたら、俺のせいだな。

あの時、すぐに温かいミルクなり、ココアなりを出していればもしかしたら防げたかもしれない。

それをあんな薄着で――。

 

「……」

 

そこまで考えて、少し思考が停止する。

が、すぐさま誤魔化す様に咳払いをすると、

 

「姉鷺、この後の予定だが――」

 

楽がそこまで言いかけた時だった。

姉鷺がまるでそれを予測していたか様に、

 

 

「駄目よ」

 

 

きっぱりはっきりそう言われた。

いきなり、まるで楽の言葉を遮るかの様にそう言った姉鷺に、一瞬 違和感を覚える。

 

「……? 姉鷺?」

 

不審に思いそう尋ねると、姉鷺は観念したかの様に、はぁ~と重いため息を洩らした。

そして、少し困ったように、

 

「ダメなのよ……。ごめんなさいね、アタシの力だけじゃどうにもならないの」

 

その言葉が、あまりにも不自然で、楽は顔を顰めた。

 

「……何かあったのか?」

 

「それは……」

 

姉鷺が言い辛そうに、言い淀む。

この様子からすると、仕事のスケジュールが――という理由では無さそうだった。

 

まさか……。

 

脳裏に浮かぶのは、自分と同じ顔をした男。

 

「まさか、親父の奴がなにか――」

 

そこまで言いかけた時だった、不意に控室の扉が開いた。

 

「違うよ」

 

はっとしてそちらを見ると、撮影を終えた天と龍之介が入ってきた。

 

「お疲れ様、2人とも」

 

姉鷺が傍にあった2人のミネラルウォーターを渡す。

それを素直に受け取って喉を潤す天を見て、楽が訝しげに顔を顰めた。

 

「天、なんか知ってんのか?」

 

そう問われてミネラルウォーターを飲んでいた天が、楽の方を見る。

それから小さく息を吐くと、持っていたミネラルウォーターを置いた。

 

「そんなこともわからない? やっぱり楽はお坊ちゃんだね」

 

「は!?」

 

天の言葉に、楽が怒りを露にする。

すると、慌てて龍之介が二人の間に入った。

 

「ちょっ……! 二人とも落ち着いてっ」

 

すると、見かねた姉鷺がぱんぱんっと手を叩いて、

 

「はいはーい、じゃれ合うのもそこまでにして頂戴」

 

「じゃれ合ってねぇ!!」

「じゃれ合っていません」

 

見事にハモった。

それを見た龍之介が「仲良いね」と言ったものだから、

まさしく、火に油を注いだかの様に、二人の鋭い視線が龍之介に向けられる。

だが、向けられた本人はまるで理解しておらず、笑ったまま首を傾げた。

 

それを見た楽が「はぁ……」と溜息をつき、そのまま元の椅子に座る。

 

「で? 結局のとこ何が起きてるんだよ」

 

楽のその言葉に、天はやはり呆れたように息を吐いた。

 

「楽……キミさ本当に分からないの?」

 

「はぁ? 分からないから聞いてるんだろ?」

 

若干、苛々した風な楽のその物言いの、天は面倒くさそうに、

 

「よく考えれば、すぐ分かると思うけど?」

 

そう言って、さっさと着替えを始めてしまう。

 

訳が分からない。

天は一体、何を言っているのだ。

 

あやねは、あの雨で体調を崩しているからではないのか?

それとも何か別の……。

 

こうも真実がわからない事にもやもやするなんて。

ずっとすっきりしないままで、仕事に集中なんて無理だった。

 

がたんっと楽は立ち上がると、持っていた台本を鞄に仕舞う。

それを見た姉鷺が慌てて、

 

「ちょっ……ちょっと、楽!? アンタ、一体どこに行くつもり――」

 

今にもどこかへ行きそうな楽を見て、姉鷺が声を荒げた。

すると、楽はさも当然の様に、

 

「あやねに、会ってくる」

 

そう言って、楽屋のドアノブに手を掛けた時だった。

 

「無駄だよ」

 

着替え終わった天が、腕を組んでそう発してきた。

 

「……なに?」

 

無駄?

何が無駄だというのだ。

 

楽が訝しげに見ると、天は呆れたように、はぁ……とため息を洩らし、

 

「楽、キミも馬鹿じゃないんだから分かるでしょ? 姉鷺さんやボクがどうして、無駄だって言ってるのか」

 

「……」

 

それはつまり、

白閖邸に行っても無駄足になる――という意味にも取れた。

 

「……そんなに重いのか?」

 

まさか、体調が悪くてどこかへ入院しているのだろうか。

だが、そう心配する楽とは裏腹に、返ってきた答えはもっと残酷なものだった。

 

姉鷺が「はぁ……」と溜息を洩らし、

 

「違うわよ、楽……落ち着いて聞いて」

 

「……なんだよ」

 

「本当は、楽には言わないつもりだったけど……止められてるのよ」

 

「止められてる?」

 

何を? という前に楽の脳裏にある事が浮かんだ。

まさか……。

 

「……今回の件でね、白閖の総帥。つまり、あやねちゃんのお父様ね。止められたのよ……今後一切の接触を」

 

「なっ……」

 

「その上、当面の間あやねちゃんは外出禁止らしいの。……だから楽、屋敷に行っても逢えないのよ」

 

「……」

 

楽は少し考えると、再びドアノブに手を掛けた。

それを見て、姉鷺が慌てて口を開く、

 

「ちょ、ちょっと、今の話聞いてたでしょ!? 白閖邸に行ってもあやねちゃんには……」

 

「だから何だっていうんだ!!?」

 

そう言うなり、だんっと楽が壁を叩いた。

瞬間、姉鷺が楽の気迫に押されてぐっと押し黙る。

 

「……とにかく、少し時間くれ」

 

それだけ言うと、ばたんっと扉を閉めて出ていった。

 

「もう……」

 

はぁ……と、溜息を洩らしながら姉鷺が溜息を洩らす。

 

「なに? 楽、本当に白閖さんの所に行ったの?」

 

天がそう尋ねるが、姉鷺は少し困った様に、

 

「分からないわ。玉砕しなければいいけれど……」

 

そう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

あやねは部屋の窓からぼんやり外を眺めていた。

あれから、数日が経過した。

 

外出禁止を言い渡されているので、学院へ行くことも叶わない。

別段、これと言って学院に思い入れがあるわけではないので、行かなくても支障はないといえばない。

ただ……。

 

結局、楽さんお礼……言えてないままだわ……。

 

何度も助けられたのに、きちんとお礼を言えていない。

それが、気がかりだった。

 

だが、今はもうそれは無理なことだった。

秋良が“TRIGGER”と関わることを禁じたからだ。

 

お父様の意見はもっともだわ。

 

すべて、自分が招いた種――反論は出来ない。

かといって、秋良にこの件に関してどうこう言おうという気にもならない。

 

言われた通り、屋敷で静かに過ごすだけだ。

 

脳裏に浮かぶのは、

ノースメイア人である、母が亡くなった時。

そして、春樹からの国際電話の後から、あやねの声が出なくなった時……。

 

お母様が亡くなった時、もうお父様にはこんな辛い思いはさせない様によう。

 

そう誓ったのに。

 

結局。

春樹の時も、今回の楽の時も、同じ顔をさせてしまった。

 

駄目ね、私。

 

秋良に心配をかけてばかりだ。

秋良にだけは、これ以上心配かけたくない。

 

それに……。

 

楽には言うつもりだった。

あの人は、私の大切なものを奪う“音楽”を愛する人。

 

そう――“音楽”。

音楽は嫌い。

 

音楽は、いつも私から大事なものを奪っていく。

 

だから。

 

これでよかった。

そう、これでよかったのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事態は予想外??(予想内か?)な展開へwww

まぁ、当然の処置と言えば当然なんですけどねー

 

続きは……まて次回!(笑)

 

新:2024.01.21

旧:2020.05.24