Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 4 

 

 

逃げてしまった……。

あの人は何も悪くないのに。

 

そうだ。

あやねを助けてくれた、ホワイト・スモークの髪の青年は何も悪くない。

むしろ、彼は命の恩人だ。

 

なのに、私は……。

 

「歌」と、聞いた瞬間、反射的に身体が動いた。

逃げなければ――と何かが囁いた。

 

関わってはいけない。

 

そんな気がして、咄嗟に逃げた。

なんて、不義理な事をしてしまったのだろうか。

 

「お礼、何も出来ていないのに……」

 

だが、お礼したくとも彼がどこの誰か分からなかった。

まさか、こんな事に白閖の力を使うわけにはいかない。

 

はぁ……と、小さく溜息を洩らし鞄の中を見る。

 

「あ、れ……?」

 

ない。

あやねは、慌てて自身の鞄の中身をベッドの上に全部出した。

 

ない……っ。

 

「嘘……」

 

ない、ない ない ない。

そこには、あるはずの物がなかった。

 

鞄をもう一度見る。

しかし、何も入ってない。

 

ベッドの上に広げた鞄の中身も もう一度見る。

しかし、やはり“それ”はなかった。

 

「う、そ……」

 

とこかに落とした?

それとも、どこかに置き忘れてきた?

 

一番、可能性が高いのは――。

 

 

「あの交差点……」

 

 

事故に合いかけた交差点。

あそこしか、考えられなかった。

 

窓の外を見る。

まだ、日は暮れきってない。

 

「……っ」

 

あやねは、すぐさま鞄に必要最低限の物だけ入れると部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

犯人は現場に戻るという。

 

「だから、彼女もここに来るかもって? 安直じゃない?」

 

ワゴンの中で、溜息を付いたのは、現代の天使こと九条天だった。

 

「だったら、なんで付いてきたんだよ!」

 

そう言ったのは、ワゴンのカーテンの隙間から数時間前に事故にあった交差点を見ている楽だった。

仕事が終わりの帰り道、マネージャーの姉鷺カオルに頼み込んで、寄ってもらったのだ。

 

「その子、来るといいねぇー」

 

龍之介がにこにこしながら言う。

すると、運転席に座っていた姉鷺が、

 

「言っておくけど、アンタ達はワゴンから出るんじゃないわよ? こんなことでゴシップでも書かれたら面倒なんだから!」

 

「わかってるって!!」

 

先程から、何度も言われているのだろう。

若干、楽がイライラ声で返事をする。

 

それでも、視線はカーテンの外を見たままだった。

そんな、楽を見て姉鷺が溜息を洩らす。

 

女に関しては淡白に近い楽がここまで気にする子というのに、姉鷺自身も少し興味はあった。

 

それはそうだろう。

曲がりにもこの「八乙女楽」は有名な某雑誌の「抱かれたい男ランキング」で毎月1位を取っているのだ。

 

それは、楽の魅力でもあり、紛れもない実力だった。

誰しもが、楽を一目見れば熱い視線を送る――。

 

その、筈なのに……。

楽の話だと、その子は彼が「八乙女楽」だと気づいてないという。

 

正直、楽より姉鷺の方がショックだった。

 

未だ、楽を知らない女がいたなんて……っ。

姉鷺カオル、最大の失態である。

 

というわけで、今回どんな野暮ったい子かと思い、気になったのだ。

 

だが、天と龍之介の話だと、楽はかなりその子のことを気にしている様だという。

 

ますます、気になるわっ!!

 

楽……ひいては“TRIGGER”に悪影響を及ぼすような子なら、楽から離さなければ。

そう姉鷺が使命感に燃えている時だった。

 

 

「あっ!!」

 

 

楽が叫んだ。

 

「あいつだっ!!」

 

思わず、全員が身を乗り出して交差点の方を見る。

そこには、帰宅中のサラリーマンやOLに混じって、一人の少女が走っていた。

 

日本人離れした、フェミニン風のキャラメルブロンドの髪。

雪のように白い肌。

そして、深海のような瞳。

 

間違いなく、その場に似つかわしくない雰囲気をまとった美しい少女だった。

思わず、楽以外の全員が息を呑む。

 

その時、ふと 姉鷺が洩らした。

 

「あら? あの子、どこかで……」

 

その言葉に、楽が反応する。

 

「知ってんのか!?」

 

知っているかと問われると自信はないのだが……。

 

「直接的には知らないわよ。でも、何処かで――」

 

見たような気がした。

だが、それが何処かと問われると、思い出せない。

 

ワゴンのカーテンから交差点の方を見ると、その少女が人垣の合間から何かを探している素振りをしていた。

楽が、我慢できないという風に、ワゴンの扉を開けようとする。

 

「ちょっと!! アンタ達はワゴンから出ないって約束でしょ!!」

 

慌てて姉鷺が楽を止める。

 

「でも、あいつは――!!」

 

楽が反論しようとしたその時だった。

 

 

 「や、やめて下さい……っ!」

 

 

ワゴンの外から彼女の声が聴こえてきた。

 

慌ててカーテンの外を見ると、彼女がチャラそうな男たち数人に囲まれていた。

それを見た楽が、居ても立っても居られなくなったのか、ついにワゴンから飛び出した。

 

「あ!! ちょっと、楽!!」

 

背後から姉鷺の慌てた声が聴こえてくるが、構っている余裕など無かった。

彼女が危ない目にあっているのを、見過ごすことなんて――楽には出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、これから俺らとどっか遊びにいかね?」

 

「は、離し……っ」

 

無理やり手首を掴まれて引っ張られる。

あやねは、なんとか抵抗を試みるが、まったく腕が解ける気配はなかった。

 

そうこうしている内に、あやねを囲むように男たちがにやにやしながら、逃げ場を無くしていく。

 

ど、どうすれば――。

 

今、こんな時間に一人で出てきたことを後悔した。

だが、どうしてもじっとしていられなかった。

 

隙間から周りを見るが、誰も助けようとはしてくれない。

それはそうだろう。

巻き込まれたくないのは皆同じだ。

 

だからと言って、このまま連れて行かれるわけにはいかない。

 

なんとかしければいけない。

でも、どうすればいいのか、あやねには分からなかった。

 

その時だった

 

 

「そいつから、手を離せ!!」

 

 

聞き覚えのある声が聴こえてきた。

あやねが、はっとしてそちらを見ると――。

 

そこには、数時間前 事故に合いかけた自分を救ってくれた青年が立っていた。

 

「あ……」

 

まさか、先程の青年が現れるとは露とも思わなかった。

しかし先程逃げた手前、あやねは気まずそうに視線を逸らした。

だが、その青年は構うことなく、あやねと男たちの間に割って入ってきたのだ。

 

「ど、どうして――」

 

「……俺の後ろにいろ」

 

ぼそりと、あやねを自身の背でかばうように男たちの前に立つ。

 

どう、して……?

 

あんな失礼な態度取ったのに。

どうしてこの人は、二度も助けてくれるのか。

 

だが、男たちはその程度では引き下がらなかった。

胸元からナイフを取り出してくる。

 

瞬間、周りから悲鳴が上がった。

 

男はナイフをちらつかせながら、あやねたちの方に近づいて来る。

 

「……っ」

 

びくっと、あやねが反射的にかばってくれている青年の服を掴んだ。

それに気づいた青年は、あやねを安心させるかの様にその手をぎゅっと握ると、

 

「……大丈夫だ、俺がついてる」

 

そう、優しく語り掛けてくれる。

何故だろう。

そう言われると、酷く安心できた。

 

ナイフをちらつかせていた男が、青年を見て「ああ、あんた……」と、何かに気付いたかの様に声を洩らした。

 

「知ってるぜ、なんとかってグループのアイドルだろ? いいのかよー、アイドル様がこんな所に出てきて。騒ぎ起こしたらマズイんじゃねーの?」

 

そう言って、にやりと笑う。

だが、青年は平然としたまま、

 

「ご心配どうも」

 

だが、それを聞いたあやねは「えっ……」と、声を洩らした。

 

「あ、あの……私は、大丈――」

 

「大丈夫です」と言おうとした瞬間、握っていた手に力が籠められた。

まるで、何があっても離さない――そう言われている様だった。

 

何故。

どうして。

 

そんな言葉ばかり浮かんてくる。

 

どうしてこの人は、見ず知らずの自分の為にここまでしてくれるのか。

それとも、自分を白閖の人間と知って、利益の為に助けてくれるのか。

 

そんな思いが浮かんできて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

が、それと同時に、

 

“この人は大丈夫”

 

そんな思いも浮かんできた。

 

何故、そう思ったのかは分からない。

分からないが……何故か、そう思わずにはいられなかった。

 

それを見たナイフを持った男は面白くなさ気に、ナイフをくるくると回すと、

 

「んだよ、俺達はそこのキレーなおねーさんとお茶しようって誘っただけだぜ? アイドル様は呼んでねーんだ……よっ!!」

 

そう言うが早いか、男がナイフで切りかかってきた。

きゃ――!! と、周りから悲鳴が上がる。

 

「きゃっ……」

 

あやねが悲鳴に似た声を上げそうになる。

だが、あやねを庇ってくれていた青年は、軽々とそのナイフを避けると、同時に右足をさっと出した。

 

「おわっ……!!」

 

勢い良く切り掛かった男が、その長い右足に引っかかって転ぶ。

 

「てめぇ!! なにしやがる!! アイドル様がいいのかよ!?」

 

男の仲間と思しき奴らが叫んだ。

だが、青年は平然としたまま、

 

「ああ、悪い。足、長いんで」

 

と、答えた。

 

「んだとぉ!!」

 

「やっちまえ!! 顔ねらえ! 顔!!」

 

「そのおキレイな顔、ぐちゃぐちゃにしてやるよ!!」

 

わっと、男たちがこちらに向かって襲いかかって来る、その時だった。

 

 

 

「おまわりさん!! こっちです!! こっち!!」

 

 

 

誰かが警察を呼んだのか、そんな声が聞こえてきた。

 

ぎょっとしたのは男達だ。

「ちっ」 と、舌打ちすると、

 

「おぼえてろよ!! 次は容赦しねぇからなぁ!!」

 

それだけ言うと、仲間を連れて逃げていった。

それを見て、青年がはっと息を吐き、

 

「それは、こっちの台詞だっつーの」

 

と、ぼやいた時だった。

 

「ちょっとぉ!! アンタ、急にワゴンから飛び出すから びっくりしたじゃない!!」

 

と、男か女か分からない、オネエ言葉の人が溜息を洩らしながらやってきた。

その後ろから、女性と見劣らないレベルの綺麗な顔をした天使のような少年と、優しげだが少し怖そうな青年が歩いてくる

 

「楽!! 急に飛び出すからびっくりしたじゃないか!!」

 

少し怖そうな青年が、あやねを助けてくれた青年にそう声を掛けながら駆け寄ってくる。

 

「警察呼んだのか? 龍」

 

楽と呼ばれた青年がそう尋ねると、龍と呼ばれた青年が、

 

「そんな、面倒なことしないよ! 姉鷺さんが、機転を利かせてくれただけだよ」

 

それを聞いた楽と呼ぼれた青年は「へぇ……」と、声を洩らし、

 

「姉鷺、やるじゃねえか」

 

と、オネエ言葉の男性に語りかけると、姉鷺と呼ばれた人は、ふふんと得意げに、

 

「当然でしょ? “TRIGGER”を守れなくてマネージャーが務まるもんですか」

 

そう言うが、誰も聞いておらず……。

もう1人の天使のような顔の少年が「大丈夫?」と、声を掛けてくれた。

 

その言葉に、あやねが「は、はい……」

と、申し訳なさそうに答えた時だった。

 

「ちょっと!! アンタ達まで出てきたら騒ぎに――」

 

姉鷺と呼ばれた人が、そう叫んだ時だった。

 

「ねぇ!! あれ、やっぱり“TRIGGER”だよ!!」

 

「うそぉ!! 3人ともいる――!!」

 

「本物!!?」

 

と、周りがざわめき始めた。

「ほら、言わんこっちゃない!!」と、姉鷺が叫ぶのと、

龍と呼ばれていた青年が、「あ、ドラマの撮影なんで気にしないでくださいー!」

 

と、叫びながら楽と呼ばれた青年の背中を押す。

 

「お、おい! 龍!!」

 

「いいから! ほら、君も乗って!!」

 

「え……。あ、あの……っ」

 

楽と呼ばれた青年と一緒に、何故かあやねまでワゴンに押し込まれた。

そして、全員が乗ったのを確かめると、姉鷺がアクセルを吹かせてその場から走り去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ワゴン・車内

 

「ごめんねー、楽かどうしても君に逢いたかったみたいで」

 

何故か、申し訳なさそうに龍と呼ばれた青年に謝罪された。

 

「おい! 龍!!」

 

と、楽と呼ぼれている青年があやねの横で抗議している。

あやねは、3人と運転席の姉鷺と呼ばれた人を見た。

 

「あの、皆様は……」

 

「どなたですか?」と、聞く前に運転席側から声が聞こえてきた。

 

「アナタ、“TRIGGER”を知らないの?」

 

と、問われた。

だが、あやねは不思議そうに首を傾げ、

 

「トリ、ガー……ですか?」

 

と、答えた。

正直に答えると、知らない名前だった。

 

あやねが、返答に困ったように俯いてしまう。

すると、見かねた龍と呼ばれた青年が、

 

「じゃあ、自己紹介しないとね! 俺は、十龍之介。あっちが、俺達のセンターの九条天。  で、君の隣に座っているのが――」

 

そこまで言いかけた、龍之介と名乗った青年の言葉を遮るように、

 

「自己紹介ぐらい、自分でする!!」

 

と、あやねの隣に座っていた青年が叫んだ。

そして、あやねの方を真っ直ぐ見て、

 

「八乙女楽だ」

 

そう答えた。

 

「八乙女……さん?」

 

「楽でいい」

 

「え……、ですが……」

 

いきなり、名前で呼べと言われても困る。

すると、見かねた龍之介が、

 

「呼んでやってよ、ね?」

 

そう頼まれると、助けた貰った手前断り辛い。

 

あやねが少し恥ずかしそうに俯いて、それから少し躊躇いがちに、

 

「あ、その……楽、さん……?」

 

そう言うと、楽が嬉しそうに笑った。

その笑顔があまりに嬉しそうで、名前を呼んだことが恥ずかしくなる。

 

知らず、顔が紅潮していくのが分かった。

顔が熱い。

 

恥かしさの余り、思わず俯いてしまう。

すると、ふいに楽の手が伸びてきて、そっとあやねの頬に触れて上を向かされた。

 

「あ……」

 

ぴくっと、あやねが反応する。

 

「な、お前、名前は?」

 

そう問われて、一瞬名乗るか悩む。

が、ここまでしてもらっているのに名乗らないわけにはいかなかった。

 

「……白閖あやね、です」

 

観念してそう名乗ると、それに反応したのは楽でも龍之介でもなく、運転中の姉鷺と呼ばれていた人だった。

 

「白閖って……アンタ、まさか あの白閖財閥の!?」

 

「はい……すみません」

 

そう言われると、頷くしかない。

 

「何、謝ってんだよ、あやね」 

 

「え……」

 

そう言った楽に、ぽんっと頭に手を乗せられるが、あやねはそのこと以前に彼の言葉に顔を更に赤く染めた。

 

“あやね”

 

彼はそう呼んでいた。

 

まさか、急に名を呼ばれるとは思わず、

慣れてない所為もあり、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。

 

「どうした?」

 

急に俯いたあやねに、楽が心配そうにそう尋ねてくる。

だが、あやねは顔が上げられなかった。

 

「あ、その、名前……」

 

そこまで言いかけたあやねの反応で気づいたのか、楽が、

 

「悪い……。つい、名前で呼んじまったけど……駄目か?」

 

「あ、その……駄目というか、慣れてないだけで……」

 

そう――。

あやねの周りで、あやねを呼び捨てにするのは父である秋良ぐらいだ。

 

皆、親しくても「あやねさん」とか「白閖さん」としか呼ば無い。

初めて会う相手だと、大概「あやね様」や「白閖様」だ。

学院でも「あやね」と呼ぶ人はいない。

 

それを見た姉鷺と呼ばれていた人が、

 

「なに? 名前呼ばれたぐらいでそんなに恥ずかしいの? 抱かれたい男No.1の楽に呼ぼれたのよ? もっと、喜びなさい」

 

と、言われるが何のことだがさっぱりだ。

 

「抱かれたい……?」

 

意味が分からず、あやねが首を傾げると、楽が誤魔化すように、

 

「そこは、忘れていい!! 姉鷺! 余計な事言うなよな!!」

 

と、叫んた。

叫ばれた姉鷺と呼ばれた人は、「はいはい」 と、気にした様子もなく、

 

「ちなみに、アタシは姉鷺カオルよ“TRIGGER”のマネージャーをやってるの。よろしくね」

 

と、答えた。

 

 

  それが、あやねと“TRIGGER”との初めての出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、探しに来たものは見つからず…

また変なのに絡まれる

 

お約束ですね~~~

 

どうやら、姉鷺氏はご存じかも……???

 

 

新:2024.01.21

旧:2019.02.24