Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 3

 

 

「はぁ……」

 

あやねは、公園のベンチに座ったまま溜息を洩らした。

どうしてこんなことになっているのだろうか。

 

単に、学院から帰宅していただけなのに。

交通事故というのか、正確には交通事故に合いかけた が、正しいのかもしれない。

 

赤信号の横断歩道で待っている時に、誰かから押された気がした。

いや、もしかしたら、単に人混みに押されただけかもしれない。

 

なぜなら、誰かに故意に押される理由が見つからないからだ。

逆ならわかる。

助けて、あやねの父・秋良に恩を売るのだ。

 

だが、助けてくれたのはそれとは無関係そうな青年だった。

よく、確認していないが……。

 

その時だった。

こんっと、頭の上に何かが置かれた。

 

上を見上げると、先程助けてくれた綺麗なホワイト・スモークの髪をした青年が立っていた。

 

「ほら、コレでも飲んで落ち着けよ」

 

そう言って、あやねの頭の上に乗せていたホットココアを手渡される。

 

「……ありがとうございます……」

 

そのホットココアを受取り、そっと握る。

酷く緊張していたのか、初夏なのにその暖かさが心地よかった。

 

すると、青年があやねの隣に座って、はぁ……と溜息を洩らした。

 

「悪かったな、なんか変なことに巻き込んじまってよ」

 

その言葉に、あやねは小さくかぶりを振った。

 

「いえ……こちらこそ、助けて頂いたのに、まだお礼も言っておらず。大変失礼いたしました。危ないとこを助けて頂き、ありがとうございます」

 

そう言って、深々と頭を下げた。

その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。

すると、青年はくっと笑って、

 

「ふつーだろ? お前も、気にするなよ」

 

そう言って、そっとあやねの頬に触れると、その手で涙を拭ってくれた。

その行為があまりにも自然だったので、思わず反応が遅れる。

 

ぽかんと、驚いたように大きくその深海のような海色の瞳を瞬かせた。

それから、された行為が次第に恥ずかしくなり、その白い頬がかぁ……と朱に染まるのに時間は掛からなかった。

 

どう言葉を発して良いのか分からず、あやねは俯き両の手で自身の頬を抑えた。

 

「あ、あの、そのようなことは……初めてお会いした方にされるには、いささか恥ずかしく……」

 

もう、自分で何を言っているのか分からなかった。

しどろもどろになりながら、なんとか言葉を発すると、

 

そういう風に恥ずかしそうな反応が返ってきたことが、青年に取っては予想外だったのか。

少し、びっくりしたようにその灰青の瞳を瞬かせ、

 

「あ、ああ、わるかったな。 つい……その、手が動いちまった」

 

そう――いつもなら、誤解を生むのでしない。

だが、彼女にはなぜか自然と手が伸びたのだ。

 

涙目になる彼女を放って置けなかった。

が、正しいかもしれない。

 

話題を変えようとして、青年は「あー」と声を洩らした

 

「その、怪我とかなかったか? もし、あれだったら病院に連れてってやる」

 

青年の気遣ってくれるその言葉に、あやねは小さく頷き、

 

「大丈夫です……貴方様が助けてくださったので。そういう、貴方様はお身体大事ないですか?」

 

「ん? 俺か? 俺は男だからな。それに、一応ジムにも通って鍛えているから平気だ。まぁ、龍の筋肉には負けるがな」

 

冗談めかしてそう言うと、あやねは不思議そうにちょこんと小首を傾げ、

 

「龍……さん?」

 

と、尋ねてきた。

 

その言葉に、青年が少し驚いたように目を見開く。

 

「ああ、俺と一緒に歌ってる奴の一人なんだけど――」

 

そこまで話を聞いた瞬間、あやねの表情が強張った。

 

「……どうした?」

 

すぐそれに気づいたのか、青年が尋ねてくる。

だが、あやねは「あ、いえ……」とだけ答えた後、黙りこくってしまった。

 

なんだ……?

 

青年が首を傾げる。

先程までは普通だったのに、「歌」と聞いた瞬間あやねの表情が変わった。

なにか、気に触ったのだろうかと、不安になる。

 

すると、突然がたんっと、あやねが立ち上がった。

そして、青年に向かって、

 

「あの……助けて頂いて、本当にありがとうございました。失礼しますね」

 

それだけ言うと、まるで逃げるかのように去っていったのだ。

 

あまりにも突然の展開に、青年――八乙女楽は、唖然としてしまった。

 

まさか、あそこで彼女に逃げられるとは思わず。

そして、楽自身、何が彼女の機嫌を損ねたのか分からなかった。

 

残されたのは、彼女が落としていった楽譜だけだった。

 

名前、聞きそこねたな……。

 

また会えるかどうかは定かではない。

だが、多分……いや、彼女は事故にあっても自分の身よりこの楽譜を気にしていた。

 

ならば、探しに来るかも知れない。

 

我ながら、邪な理由で彼女の大切なものを使うのもどうかと思ったが、あの反応から察するに、彼女は自分たち――“TRIGGER”の存在を知らない様だった。

勿論、自分が“TRIGGER”のリーダーの八乙女楽ということも。

 

それはそれで、少しショックだが。

 

それでも、彼女のことを知りたい――。

 

初めてだった。

こんなにも、誰かのことを知りたいと思ったのは。

 

それぐらい、彼女は魅力的だった。

今まで会った誰よりも魅力的で、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

―――某・TV局内楽屋

 

「で?」

 

ソファに座り足と腕を組んだ天使のような顔をした少年が、ぎろりと悪魔のような目で楽を見ていた。

 

彼の名は、九条天。

“TRIGGER”のセンターだ。

 

「ボクは君になんてお願いしたか覚えてる? 楽」

 

「……“虎屋のドーナッツが食べたいから今から買ってきて”」

 

「だよね? それで? 君は何を買ってきたの?」

 

楽の手にドーナッツは、なかった。

 

「悪い、途中までは持ってたんだが……」

 

楽のその言葉に、天は「へぇ……」と、声を洩らし、

 

「じゃあ、途中まで持ってた物を君はどこに置いてきたわけ?」

 

にっこりと、天使スマイルで微笑みながら毒を吐く。

これが、世間では“現代の天使”と呼ばれている九条天の正体だ。

 

「しかたねーだろ! 交通事故に巻き込まれてたんだ!!」

 

楽がそう叫ぶ。

嘘は言ってない。

 

その言葉に反応したのは、他ならぬもう1人のメンバー 十龍之介だった。

 

「え!? 楽、交通事故に合ったの!!? 怪我は!? どこか痛いとことか無い!!?」

 

これが普通の反応だ。

だが、天は違った。

 

「交通事故? ふぅん、その割には平気そうな顔してるけど?」

 

「何言ってんだよ、天!! 交通事故だよ!? 楽、すぐ病院行こう!!」

 

龍之介が、心配そうにそう言う。

だが、当の本人は「いや……」と首を横に振った。

 

「俺は大したこと無いんだ。事故っていっても、俺は助けただけだからな。むしろ、あいつの方が……」

 

「あいつ?」

 

天が訝しげに尋ねてきた。

 

「……名前は、知らねえ。聞く前に逃げられたからな」

 

「は?」

 

「逃げられたって、どういうことだい?」

 

天と龍之介がそれぞれ聞いてくる。

楽は事の顛末を話した。

 

ドーナッツを買って赤信号で信号待ちをしていたら、後ろから伸びてきた手が楽の前にいた女子大生を突き飛ばした事。

咄嗟に彼女を助けた事。

その所為で、周りに八乙女楽だと気づかれて彼女を連れて逃げた事。

公園で何かが彼女に気に触ったのか、急に逃げるように去られた事。

 

そこまで説明して、ドーナッツは人混みに揉まれて事故現場に置き去りになった事を言った。

 

話を聞いていた天と龍之介の反応は見事なまでにバラバラだった。

 

「楽、人助けしてたんだ、えらいぞ!」

と、感動する龍之介とは裏腹に、

「つまり、ボクのドーナッツは道路に忘れ去られる程度のものだったんだ」

と、毒を吐く天。

 

いや、あの状況でドーナッツを重要視するのはおかしいだろ!?

と、突っ込みたくて仕方がない。

 

「で、なんでその子は逃げたの? 君、抱かれたい男No.1じゃなかったっけ?」

 

「その下りはいい! 俺が聞きたいぐらいだ!」

 

嫌がられることはしていない――筈だ。

 

「楽、その子になにかしたのか?」

 

龍之介が恐る恐る尋ねてくる。

 

「何って……別に、何もしちゃいねーよ! 申し訳ないって泣くから……、涙拭いてやったぐらいだ」

 

「どうやって? ハンカチ?」

 

「どうって……」

 

その時のことを思い出す。

恥ずかしそうに、両の手で朱に染まる頬を抑えていた彼女の事が脳裏を過った。

 

「こう、手で……」

 

と、涙を拭く仕草をしてみせる。

それを見た、天と龍之介は「うわぁ……」と、口を揃えて言った。

 

「楽、すごいキザだね……」

 

「今時、そんなことするのはドラマか映画だけかと思ってたよ。びっくり通り越して尊敬する」

 

と、返された。

 

そんなにおかしな事だっただろうか?

楽も驚くぐらい気がついたら手が出ていたのだ。

仕方ない。

 

「それが、原因じゃない?」

 

「え!?」

 

まさかの、天の発言に楽が唖然とする。

そう、な、のか……?

 

「楽……きっと、警戒されちゃったんだね……」

 

と、龍之介からも、哀れみの言葉が出てきた。

ショックのあまり、楽が壁に手を当てて沈み込む。

 

「鬱陶しいから、そこで落ち込まないでくれる?」

 

天からのトドメに楽が更に落ち込んだのは言うまでもなく……。

すると、見かねた龍之介が「まぁ、まぁ」と、仲裁に入った。

 

「幸い、楽はその子の名前とかも知らないみたいだし、もう会うこと無いんじゃないかな?」

 

「わかんないよ、向こうはボク達を知ってる可能性が高いんじゃない? 出待ちとかはごめんだよ」

 

天がそういうが、楽は「いや……」と首を振った。

 

「あいつ“TRIGGER”のこと知らないようだった。俺のことも、多分誰か知らない。それに、出待ちとかするような女じゃなかった」

 

そう言う楽はどことなく寂しそうだった。

 

「なに? 楽は自分のことを知られてなくてショックだったんだ?」

 

「俺は――」

 

ショックだったのか……?

彼女が俺のことを知らなくて。

 

「天。言い過ぎ! 知られてないのは楽のせいじゃないんだから! 俺達もまだまだってことかな」

 

「……」

 

天の言葉に黙りこくってしまった楽に、龍之介は優しく微笑み、

 

「楽は、その子の事、気になってるんだね」

 

「そ、それは……っ」

 

直球にそう言われ、楽がさっと顔を赤くする

 

「そ、そんなんじゃねえよ。俺は――」

 

「うんうん、楽が一目惚れするぐらいきっと素敵な子だったんだね」

 

「なっ! ち、ちがっ……!!」

 

楽がますます赤くなる。

が、それは逆効果で、

 

「へぇ……楽、その子のこと好きになっちゃったんだ?」

 

「龍! 変なこと言うんじゃねぇよ!!」

 

と、抗議するが、

 

「え? 俺何か間違ったこと言ってるかな?」

 

「間違ってないよ」

 

「だよね? だって、楽はその子に逢いたいと思ってるんでしょ?」

 

「そ、それは……」

 

思っている。

今からでも追いかけて、探しに行きたいぐらいだ。

 

 

だが

“自分が思う”のと“誰かに言われる”のは大きな違いだ。

 

 

違う。

俺は……。

 

「あいつの忘れ物を預かってるから、返してやりたいだけだ……」

 

そうだ。

彼女は楽譜を事故にあった直後に探していた。

それは、多分 楽が拾った物の事だ。

 

 

 だから、返してやりたい。

 

 

   そうた、ただそれだけなんだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3話目

 

TRIGGERの話がメインかな……???

IDOLiSH7はまだ出てきませんよ~~~

 

だってこれ、楽夢だもーん

 

あ、ちゃんと、出てきますよ

その内……

 

新:2024.01.21

旧:2019.02.19