Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 23

 

 

「はぁ……」

 

楽が疲れ切った様に、移動中の車内で頭を抱えて溜息を洩らす。

 

正直な話、あの高嶺陽子が現れてからというもの、気が休まる事がなく、ストレスが溜まる一方だった。

冗談抜きで、早く解放されたくて仕方ない。

 

あやねに逢いたい……。

逢って、この手で彼女を抱き締めたい。

 

思わず、そんな事すら考えてしまう。

そんな楽の様子に、隣に座る監督が苦笑いを浮かべていた。

 

「八乙女君。モテる男は大変だね」

 

そう半分冗談まがいに言いつつ、監督は2本の指を立てた。

 

「今回の問題を解決するには最低2つはクリアしなきゃいけない。分かるかな?」

 

「……2つ? ですか?」

 

監督にそう言われて、楽は少し考え込んだ。

1つは分かる。

“高嶺家”が、本格的に圧力を掛けてくる前に、“ましろ”役を決めてしまう事だ。

そうすれば、高嶺陽子を“ましろ”役に宛がう事は叶わなくなる。

 

だが、本当にそれで解決するのか?

たとえ“ましろ”役を決めても、“高嶺”よりも力のない存在なら、向こうからすれば挿げ替えろと言うのは、簡単ではないだろうか……。

 

と、なると――。

 

「“ましろ”役を先に決めてしまうのは分かります。でも、多分“高嶺”の圧に耐えられない子なら、きっと“高嶺”から降ろされますよね?」

 

「そうだね。そこで2つ目だよ」

 

つまり……。

 

「“高嶺”よりも、強い力を持つ存在が、“ましろ”をバックアップする必要がある……?」

 

楽がそう答えると、監督はにっこりと微笑み、

 

「ご名答。それを今から頼みに行くんだよ、白閖氏にね。白閖氏なら、八乙女君にも好意的だし、何よりも“TRIGGER”を全面的にバックアップすると言ってくれたんだろう? なら、可能性はゼロではない。少なくとも“逢坂”よりも確率は高いと思っているよ」

 

「え……っ。何でその話を――」

 

その話はあの日、秋良が八乙女事務所で内々に話した話だ。

勿論、そんなあっちこっちに話す内容では無いので、楽も監督には言っていなかった。

 

楽が監督が知っている事に驚いていると、監督は笑いながら、

 

「蛇の道は蛇ってね。この業界、案外狭いもんだよ」

 

「は、はあ……」

 

何と言うか。

中々この監督も侮れない人だと、楽は思った。

 

「あやね君の事は、八乙女君に任せるから。頼んだよ」

 

そう言って、ぽんっと肩を叩かれる。

 

正直どう話を切り出していいのか……まだ考えがまとまっていないが。

だが、もう形振り構っている場合ではないのだ。

 

楽が、ぐっと握っていた拳に力を籠めると、

 

「……はい」

 

と、答えたのだった。

 

そうこうしている内に、白閖邸の門の前に着いた。

運転手が、門の外に設置してあるモニターから話をしている。

楽と監督は、中からの返答を待った。

 

事前にアポイントメントを取っていたとはいえ、今日の今日で忙しい白閖秋良に会えるかどうかの保証はなかった。

会えなかった場合、出直すしかない。

そうなると、“高嶺”のリスクの方が高くなる。

 

楽としても、監督としても、一刻も早く秋良に会う必要があった。

 

と、その時だった。

モニターから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『総帥が、少しのお時間で宜しければ、会う事が可能だと仰っています。門を開きますので、そのままお入りください』

 

そう聞こえたかと思うと、大きな門が勝手に開いた。

運転手が少し戸惑っていると、監督は小さく頷く。

 

そのまま、楽と監督を乗せた車は、白閖邸の門を通り抜けた。

少し行ったところで、人影が見えてきた。

 

運転手が車を止めると、楽と監督が降りる。

そして、その人物の方を見た瞬間、2人はぎょっとした。

 

てっきり、以前案内してくれた、ハウス・スチュワードの穂波かと思ったが……そこにいたのは、白閖秋良その人だったのだ。

まさかの、総帥本人の出迎えに、楽と監督が慌てて頭を下げる。

 

すると、秋良はにっこりと微笑みながら、

 

「ああ、堅苦しい挨拶はいいよ。よく来たね、八乙女君と――確か、『スノードロップ』の監督さんだったかな」

 

そう言って、すっと手を上げると、何処からともなくバドラーが現れて、運転手に指示を出していた。

そのまま車を移動させていく。

 

すると、秋良は何でもない事の様に、

 

「じゃあ、2人はこちらへ」

 

そう言って、歩き始めた。

楽と監督は顔を見合わせると、とりあえず秋良に付いて行くしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

秋良に案内されたのは、庭園にあるガゼボだった。

そこには、穂波がいた。

 

穂波が秋良を見ると一礼し、椅子を引く。

秋良がそこへ座ると、楽と監督にも椅子に座る様に促した。

 

すると、穂波が2人の椅子を引いた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

楽が礼を言うと、その様子を見ていた秋良がくすっと笑う。

突然 笑われたことに、楽が首を傾げていると、秋良がくつくつと笑いながら、

 

「いや、昔のあやねを思い出してね」

 

「え……、あやね――さん、ですか?」

 

まさかのあやねの名前に、楽がどきっとする。

すると、秋良は昔を懐かしむ様に、

 

「あの子も、そうやって最初は皆に礼を言っていたんだよ。その姿が可愛らしくてね」

 

何だかその姿が想像出来てしまい、楽の表情が次第に柔らかくなる。

その様子を、秋良は満足そうに見ていた。

 

そうしている内に、メイドが紅茶を運んできた。

秋良はその紅茶に、一口だけ口付けると、

 

「それで、君達の今日の用件は――“高嶺”の事かな? 色々、話は聞いているよ」

 

流石――と言うべきか、全てお見通しの様だった。

だが、事情を知られているなら、逆に話がしやすいとも取れた。

 

「そこで、白閖氏にお願いがあって本日は参りました」

 

監督が、本題を切り出す。

すると、秋良が一度だけその瞳を瞬かせた後、にっこりと微笑み、

 

「お願い……というのは、“高嶺”けん制の為に、映画のスポンサーに名乗り出て欲しいって所かな?」

 

「……仰る通りです。現在、“高嶺家”から既に映画への圧が掛かり始めています。しかし、我々には、対抗する術も力もありません。このままでは、この映画自体、“高嶺家”のものにされ、ヒロインの“ましろ”役でさえ、彼らに屈服する事に――。それはもう、我々の思う『スノードロップ』ではありません」

 

監督は、切々に語った。

“高嶺”の力に屈服するという事は、それはもう製作者としての信用も、信頼も、何もかも失うという事に他ならない。

 

自分だけの犠牲で済むなら構わない。

しかし、そうではないのだ。

 

出演してくれた役者や、参加してくれたスタッフ。

この作品に関わる全ての人達・・・・・に、謝罪だけでは済まない汚名を着せる事になる。

 

それだけは、“監督”として絶対にあってはならない事だった。

監督は、立ち上がると秋良に向かって頭を下げた。

 

「お願いします!! 皆を守る為にもどうかお力をお貸し下さい――」

 

「監督……」

 

監督の思いが痛い程伝わってきて、楽がぐっと唇を噛み締めた。

それから、自分もがたんっと立ち上がると――。

 

「白閖さん、自分からもお願いします!!」

 

そう言って、頭を下げたのだ。

それに驚いたのは他ならぬ監督だった。

 

「八乙女君……っ。君まで頭を下げる事は――」

 

「ない」と言おうとしたが、それは楽の言葉によって遮られた。

 

「いいえ! 監督だけに頭を下げさせる訳にはいきませんっ。俺だって、この映画に関わる者の1人です!」

 

そう言って、秋良を見た。

 

「白閖さん、突然訪問してきて無茶なお願いをしている事は、百も承知しています。ですが――このままでは、この映画は終わりです! 監督の為にも、他の出演者やスタッフの為にも、お願いします!」

 

「……」

 

秋良は、自分の目の前で頭を下げる楽と監督を見た後、「穂波」と声を掛けた。

穂波が叩頭すると、秋良はまるで全て予想していたかの様に、

 

「例の物を」

 

と、穂波に指示をだした。

穂波は今一度頭を下げると、一度下がった。

 

それから、秋良は頭を下げたままの楽と監督を見て、

 

「2人共、頭を上げて座ってくれないかな。これでは、まともな商談・・が出来ないだろう?」

 

“商談”と言われて、楽と監督が首を傾げる。

自分たちは、“お願い”に伺った立場であるのに、秋良は“商談”と言ったのだ。

 

「あの、白閖氏。商談というのは……?」

 

監督が思わずそう聞き返すと、秋良はにっこりと微笑み。

 

「私はね、“商談”は対等な立場・・・・・でするものだと思っているんだよ。どちらかが強くて、どちらかが弱ければ、それはもう“商談”ではないからね」

 

だから、頭を上げて座りたまえと、再度促した。

楽と監督が顔を見合わせる。

 

秋良がどういう心積もりなのか、まったく予想が付かなかったからだ。

 

そうこうしていると、穂波が何かを持って戻ってきた。

そのまま穂波が楽と監督の前に1枚の何かの用紙を、デスクペンスタンドに刺さった万年筆と一緒に差し出す。

 

「これは……?」

 

監督がその用紙を見て、秋良を見る。

すると、秋良は微笑みながら、

 

「『スノードロップ』の映画のスポンサー契約の契約書だよ」

 

「え!?」

 

秋良のその言葉に、監督が驚きの声を上げる。

だが、秋良は気にした様子もなく、

 

「“高嶺”の件を聞いた時から、近い内に打診があるんじゃないかと思っていたんだ。まぁ、“逢坂”に行く可能性もあるとは思っていたけどね」

 

「白閖さん、じゃあ……」

 

楽の言葉に、秋良が頷いた。

 

「スポンサーの件、引き受けよう。うちにもメリットはあるしね。これは、双方にメリットがある話だ。だから言っただろう? “商談”だって。それに――」

 

「それに……?」

 

監督が聞き返すと、秋良はにっこりと笑って、

 

「“高嶺”のけん制とか、面白そうだしね。是非、私も参加させて欲しい」

 

「え……」

 

まさか、「面白そう」などと言われるとは思わず、楽が笑いそうになる。

監督を見ると、監督は唖然としていた。

 

だが、秋良はある言葉を続けた。

 

「この契約書に双方サインしたら、契約完了だ。――ただし、私がサインするのは、ある条件・・・・を君達がクリア出来たらだよ」

 

「条件……?」

 

すると、秋良が2本指を立てた。

 

「まず、1つ目。1週間以内に“ましろ”役を決める事。そして、2つ目は――」

 

そこまで言って楽を見る。

秋良と目が合って、楽が「え?」となると、秋良は悪戯っ子の様に にっこりと微笑むと、

 

 

「八乙女君が、あやねを口説き落とせたらね」

 

 

「は……?」

 

今、秋良は何と言ったか……。

あやねを、俺が? 口説き落と……

 

 

…………

………………

……………………

 

はあああああああああ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――高嶺邸

 

 

「ふんふんふーん」

 

陽子は上機嫌で、写真をスクラップしていた。

彼女が持っているスクラップ帳は、何処を見ても楽の写真ばかりだった。

 

そこへ、新たに最近の映画の撮影風景の写真を加えていく。

 

「はーやっぱ、楽様 素敵~」

 

うっとりと、そう呟きながらそのスクラップ帳を抱き締める。

 

「今日の、楽様もカッコ良かったな~」

 

そう言って、想いを馳せていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「どうぞー」

 

陽子がそう言うと、ドアが開き陽子の父である高嶺隆が姿を現した。

隆の姿を見た瞬間、陽子がぱっと嬉しそうに笑う。

 

「パパ!」

 

「やあ、陽子。今日も楽しそうでなによりだよ」

 

「そりゃぁね! 生楽様に会えたんだもん!」

 

そう言って、陽子が今日の出来事を語る。

そんな愛娘の様子に隆は、うんうんと頷きながら、

 

「それなら、陽子に嬉しいビックニュースを教えてあげよう」

 

「え~、何々?」

 

陽子が、わくわくしながらそう尋ねると、隆はにやりと笑みを浮かべ、

 

「1週間後の14時に記者会見を開くよ。――映画『スノードロップ』の最大手スポンサーになる事と、陽子。お前が“ましろ”役になるという事を発表する会見だ」

 

隆のその言葉に、陽子がぱぁっと顔を輝かせた。

 

「パパ……大好き~~!!」

 

そう言って、隆に抱き付く。

すると、隆が陽子の頭を撫でながら、

 

「パパも、陽子が大好きだぞ」

 

そう言って、笑った。

 

 

 

 

隆が部屋を出て行くと、陽子は「やったわ!!」と叫びながら、クッションを天井へ向かって投げた。

そしてそのままベッドへダイブする。

 

「はぁ~楽様……。これで、やっと私が楽様の恋人になれるのね~」

 

そして、ベッドの上でうっとりとしながら、面白いものでも見たかのように突然笑い始めた。

 

「ふふ、あは! あはははは! 白閖あやねなんかには絶対渡さないんだから!! 楽様の恋人になるのは私よ!!」

 

そう言って、くすくすと笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回も、夢主お休み~~~笑

スミマセン……(名前変更はあります)

じ、次回は出るよ!

 

 

2024.01.13