Reine weiße Blumen
-Die weiße Rose singt Liebe-
◆ 1章 前奏曲-volspiel- 23
「はぁ……」
楽が疲れ切った様に、移動中の車内で頭を抱えて溜息を洩らす。
正直な話、あの高嶺陽子が現れてからというもの、気が休まる事がなく、ストレスが溜まる一方だった。
冗談抜きで、早く解放されたくて仕方ない。
あやねに逢いたい……。
逢って、この手で彼女を抱き締めたい。
思わず、そんな事すら考えてしまう。
そんな楽の様子に、隣に座る監督が苦笑いを浮かべていた。
「八乙女君。モテる男は大変だね」
そう半分冗談まがいに言いつつ、監督は2本の指を立てた。
「今回の問題を解決するには最低2つはクリアしなきゃいけない。分かるかな?」
「……2つ? ですか?」
監督にそう言われて、楽は少し考え込んだ。
1つは分かる。
“高嶺家”が、本格的に圧力を掛けてくる前に、“ましろ”役を決めてしまう事だ。
そうすれば、高嶺陽子を“ましろ”役に宛がう事は叶わなくなる。
だが、本当にそれで解決するのか?
たとえ“ましろ”役を決めても、“高嶺”よりも力のない存在なら、向こうからすれば挿げ替えろと言うのは、簡単ではないだろうか……。
と、なると――。
「“ましろ”役を先に決めてしまうのは分かります。でも、多分“高嶺”の圧に耐えられない子なら、きっと“高嶺”から降ろされますよね?」
「そうだね。そこで2つ目だよ」
つまり……。
「“高嶺”よりも、強い力を持つ存在が、“ましろ”をバックアップする必要がある……?」
楽がそう答えると、監督はにっこりと微笑み、
「ご名答。それを今から頼みに行くんだよ、白閖氏にね。白閖氏なら、八乙女君にも好意的だし、何よりも“TRIGGER”を全面的にバックアップすると言ってくれたんだろう? なら、可能性はゼロではない。少なくとも“逢坂”よりも確率は高いと思っているよ」
「え……っ。何でその話を――」
その話はあの日、秋良が八乙女事務所で内々に話した話だ。
勿論、そんなあっちこっちに話す内容では無いので、楽も監督には言っていなかった。
楽が監督が知っている事に驚いていると、監督は笑いながら、
「蛇の道は蛇ってね。この業界、案外狭いもんだよ」
「は、はあ……」
何と言うか。
中々この監督も侮れない人だと、楽は思った。
「あやね君の事は、八乙女君に任せるから。頼んだよ」
そう言って、ぽんっと肩を叩かれる。
正直どう話を切り出していいのか……まだ考えがまとまっていないが。
だが、もう形振り構っている場合ではないのだ。
楽が、ぐっと握っていた拳に力を籠めると、
「……はい」
と、答えたのだった。
そうこうしている内に、白閖邸の門の前に着いた。
運転手が、門の外に設置してあるモニターから話をしている。
楽と監督は、中からの返答を待った。
事前にアポイントメントを取っていたとはいえ、今日の今日で忙しい白閖秋良に会えるかどうかの保証はなかった。
会えなかった場合、出直すしかない。
そうなると、“高嶺”のリスクの方が高くなる。
楽としても、監督としても、一刻も早く秋良に会う必要があった。
と、その時だった。
モニターから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『総帥が、少しのお時間で宜しければ、会う事が可能だと仰っています。門を開きますので、そのままお入りください』
そう聞こえたかと思うと、大きな門が勝手に開いた。
運転手が少し戸惑っていると、監督は小さく頷く。
そのまま、楽と監督を乗せた車は、白閖邸の門を通り抜けた。
少し行ったところで、人影が見えてきた。
運転手が車を止めると、楽と監督が降りる。
そして、その人物の方を見た瞬間、2人はぎょっとした。
てっきり、以前案内してくれた、ハウス・スチュワードの穂波かと思ったが……そこにいたのは、白閖秋良その人だったのだ。
まさかの、総帥本人の出迎えに、楽と監督が慌てて頭を下げる。
すると、秋良はにっこりと微笑みながら、
「ああ、堅苦しい挨拶はいいよ。よく来たね、八乙女君と――確か、『スノードロップ』の監督さんだったかな」
そう言って、すっと手を上げると、何処からともなくバドラーが現れて、運転手に指示を出していた。
そのまま車を移動させていく。
すると、秋良は何でもない事の様に、
「じゃあ、2人はこちらへ」
そう言って、歩き始めた。
楽と監督は顔を見合わせると、とりあえず秋良に付いて行くしかなかったのだった。
**** ****
秋良に案内されたのは、庭園にあるガゼボだった。
そこには、穂波がいた。
穂波が秋良を見ると一礼し、椅子を引く。
秋良がそこへ座ると、楽と監督にも椅子に座る様に促した。
すると、穂波が2人の椅子を引いた。
「あ、ありがとうございます」
楽が礼を言うと、その様子を見ていた秋良がくすっと笑う。
突然 笑われたことに、楽が首を傾げていると、秋良がくつくつと笑いながら、
「いや、昔のあやねを思い出してね」
「え……、あやね――さん、ですか?」
まさかのあやねの名前に、楽がどきっとする。
すると、秋良は昔を懐かしむ様に、
「あの子も、そうやって最初は皆に礼を言っていたんだよ。その姿が可愛らしくてね」
何だかその姿が想像出来てしまい、楽の表情が次第に柔らかくなる。
その様子を、秋良は満足そうに見ていた。
そうしている内に、メイドが紅茶を運んできた。
秋良はその紅茶に、一口だけ口付けると、
「それで、君達の今日の用件は――“高嶺”の事かな? 色々、話は聞いているよ」
流石――と言うべきか、全てお見通しの様だった。
だが、事情を知られているなら、逆に話がしやすいとも取れた。
「そこで、白閖氏にお願いがあって本日は参りました」
監督が、本題を切り出す。
すると、秋良が一度だけその瞳を瞬かせた後、にっこりと微笑み、
「お願い……というのは、“高嶺”けん制の為に、映画のスポンサーに名乗り出て欲しいって所かな?」
「……仰る通りです。現在、“高嶺家”から既に映画への圧が掛かり始めています。しかし、我々には、対抗する術も力もありません。このままでは、この映画自体、“高嶺家”のものにされ、ヒロインの“ましろ”役でさえ、彼らに屈服する事に――。それはもう、我々の思う『スノードロップ』ではありません」
監督は、切々に語った。
“高嶺”の力に屈服するという事は、それはもう製作者としての信用も、信頼も、何もかも失うという事に他ならない。
自分だけの犠牲で済むなら構わない。
しかし、そうではないのだ。
出演してくれた役者や、参加してくれたスタッフ。
この作品に関わる全ての人達に、謝罪だけでは済まない汚名を着せる事になる。
それだけは、“監督”として絶対にあってはならない事だった。
監督は、立ち上がると秋良に向かって頭を下げた。
「お願いします!! 皆を守る為にもどうかお力をお貸し下さい――」
「監督……」
監督の思いが痛い程伝わってきて、楽がぐっと唇を噛み締めた。
それから、自分もがたんっと立ち上がると――。
「白閖さん、自分からもお願いします!!」
そう言って、頭を下げたのだ。
それに驚いたのは他ならぬ監督だった。
「八乙女君……っ。君まで頭を下げる事は――」
「ない」と言おうとしたが、それは楽の言葉によって遮られた。
「いいえ! 監督だけに頭を下げさせる訳にはいきませんっ。俺だって、この映画に関わる者の1人です!」
そう言って、秋良を見た。
「白閖さん、突然訪問してきて無茶なお願いをしている事は、百も承知しています。ですが――このままでは、この映画は終わりです! 監督の為にも、他の出演者やスタッフの為にも、お願いします!」
「……」
秋良は、自分の目の前で頭を下げる楽と監督を見た後、「穂波」と声を掛けた。
穂波が叩頭すると、秋良はまるで全て予想していたかの様に、
「例の物を」
と、穂波に指示をだした。
穂波は今一度頭を下げると、一度下がった。
それから、秋良は頭を下げたままの楽と監督を見て、
「2人共、頭を上げて座ってくれないかな。これでは、まともな商談が出来ないだろう?」
“商談”と言われて、楽と監督が首を傾げる。
自分たちは、“お願い”に伺った立場であるのに、秋良は“商談”と言ったのだ。
「あの、白閖氏。商談というのは……?」
監督が思わずそう聞き返すと、秋良はにっこりと微笑み。
「私はね、“商談”は対等な立場でするものだと思っているんだよ。どちらかが強くて、どちらかが弱ければ、それはもう“商談”ではないからね」
だから、頭を上げて座りたまえと、再度促した。
楽と監督が顔を見合わせる。
秋良がどういう心積もりなのか、まったく予想が付かなかったからだ。
そうこうしていると、穂波が何かを持って戻ってきた。
そのまま穂波が楽と監督の前に1枚の何かの用紙を、デスクペンスタンドに刺さった万年筆と一緒に差し出す。
「これは……?」
監督がその用紙を見て、秋良を見る。
すると、秋良は微笑みながら、
「『スノードロップ』の映画のスポンサー契約の契約書だよ」
「え!?」
秋良のその言葉に、監督が驚きの声を上げる。
だが、秋良は気にした様子もなく、
「“高嶺”の件を聞いた時から、近い内に打診があるんじゃないかと思っていたんだ。まぁ、“逢坂”に行く可能性もあるとは思っていたけどね」
「白閖さん、じゃあ……」
楽の言葉に、秋良が頷いた。
「スポンサーの件、引き受けよう。うちにもメリットはあるしね。これは、双方にメリットがある話だ。だから言っただろう? “商談”だって。それに――」
「それに……?」
監督が聞き返すと、秋良はにっこりと笑って、
「“高嶺”のけん制とか、面白そうだしね。是非、私も参加させて欲しい」
「え……」
まさか、「面白そう」などと言われるとは思わず、楽が笑いそうになる。
監督を見ると、監督は唖然としていた。
だが、秋良はある言葉を続けた。
「この契約書に双方サインしたら、契約完了だ。――ただし、私がサインするのは、ある条件を君達がクリア出来たらだよ」
「条件……?」
すると、秋良が2本指を立てた。
「まず、1つ目。1週間以内に“ましろ”役を決める事。そして、2つ目は――」
そこまで言って楽を見る。
秋良と目が合って、楽が「え?」となると、秋良は悪戯っ子の様に にっこりと微笑むと、
「八乙女君が、あやねを口説き落とせたらね」
「は……?」
今、秋良は何と言ったか……。
あやねを、俺が? 口説き落と……
…………
………………
……………………
はあああああああああ!!?
◆ ◆
――――高嶺邸
「ふんふんふーん」
陽子は上機嫌で、写真をスクラップしていた。
彼女が持っているスクラップ帳は、何処を見ても楽の写真ばかりだった。
そこへ、新たに最近の映画の撮影風景の写真を加えていく。
「はーやっぱ、楽様 素敵~」
うっとりと、そう呟きながらそのスクラップ帳を抱き締める。
「今日の、楽様もカッコ良かったな~」
そう言って、想いを馳せていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「どうぞー」
陽子がそう言うと、ドアが開き陽子の父である高嶺隆が姿を現した。
隆の姿を見た瞬間、陽子がぱっと嬉しそうに笑う。
「パパ!」
「やあ、陽子。今日も楽しそうでなによりだよ」
「そりゃぁね! 生楽様に会えたんだもん!」
そう言って、陽子が今日の出来事を語る。
そんな愛娘の様子に隆は、うんうんと頷きながら、
「それなら、陽子に嬉しいビックニュースを教えてあげよう」
「え~、何々?」
陽子が、わくわくしながらそう尋ねると、隆はにやりと笑みを浮かべ、
「1週間後の14時に記者会見を開くよ。――映画『スノードロップ』の最大手スポンサーになる事と、陽子。お前が“ましろ”役になるという事を発表する会見だ」
隆のその言葉に、陽子がぱぁっと顔を輝かせた。
「パパ……大好き~~!!」
そう言って、隆に抱き付く。
すると、隆が陽子の頭を撫でながら、
「パパも、陽子が大好きだぞ」
そう言って、笑った。
隆が部屋を出て行くと、陽子は「やったわ!!」と叫びながら、クッションを天井へ向かって投げた。
そしてそのままベッドへダイブする。
「はぁ~楽様……。これで、やっと私が楽様の恋人になれるのね~」
そして、ベッドの上でうっとりとしながら、面白いものでも見たかのように突然笑い始めた。
「ふふ、あは! あはははは! 白閖あやねなんかには絶対渡さないんだから!! 楽様の恋人になるのは私よ!!」
そう言って、くすくすと笑ったのだった。
今回も、夢主お休み~~~笑
スミマセン……(名前変更はあります)
じ、次回は出るよ!
2024.01.13