Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 22

 

 

――――聖・マリアナ音楽学院 中庭

 

 

「監督、もしもなんですが――」

 

そこまで言いかけて、楽は唇をぎゅっと噛み締めた。

これを本当に言葉にしていいのか……。

もしかしたら、あやねの気持ちを無視する事になるかもしれない――。

 

でも……。

 

「八乙女くん?」

 

監督が不思議そうに楽を見る。

それでも――。

 

ぐっと、楽は拳を握りしめると、真っ直ぐに監督を見据え、

 

「あの、……“ましろ”役の件ですが、俺に任せてもらえませんか?」

 

楽の言葉に、監督が大きく目を見開く。

それかややあって、ふっと微かにその口元に笑みを浮かべて、

 

「……勝算はあるのかな?」

 

「……それは――、わかりません。五分ぐらいですかね」

 

正直、あやねがこのオファーを受けるか否かは、分からない。

楽の気のせいでなければ、彼女は――“音楽”に対して、何か思う所があるようだったから……。

 

そんな彼女が……映画の、

しかも、ピアノを弾く役を受けるかどうかは、楽にも勝算があるかと問われると、自信を持って「任せてほしい」とは言えなかった。

でも――。

 

それでも、少しでも可能性があるならば――。

その“可能性”に賭けてみたい。

 

もし、彼女は“ましろ”役を引き受けてくれたならば――この映画は必ず成功する。

そんな予感がした。

 

そんな楽を見て、監督がふっと笑った。

 

「はは、あははは!」

 

突然声を出して笑う監督に、楽がその灰青の瞳を瞬かせる。

 

「監督?」

 

すると、監督はお腹を抱えながら、

 

「いや、君にここまで切望される白閖あやねくんが、凄いと思ってね」

 

「え……?」

 

「忘れたのかい? 君は今この日本の女性から一番渇望されてる男だよ?」

 

そう言って、監督が楽を突く。

監督の言わんとする事に気付き、楽はばつが悪そうに、

 

「いや、あれは――」

 

「まぁまぁ、君が説得に来てくれるなら百人力だよ」

 

「いや、そこまで期待されても――」

 

そもそも、監督の言っているあの件とは、例の雑誌で定期的にランキングされる“抱かれたい男”の事だろう。

確かに、楽はずっとNo.1の位置にいさせてもらっているが――。

 

いやいや、第一あやねはその件を全く知らなかったし、

どうこう出来る訳じゃない。

 

すると、監督が悪戯っ子の様ににっこりと微笑み

 

「君が彼女にちょ~と、色仕掛けとかしたらイチコロだよ」

 

「あ、あーいや、それは……」

 

そんなことしたら、首と胴が離れるのが目に浮かぶ……秋良の手によって。

それにきっと、あやね自身も楽を軽蔑の眼差しで見るに決まっている。

 

絶対にしてはいけない手法ランキングの、断トツ1位である。

 

楽が頭を抱えていると、監督はけらけらと笑いながら、

 

「冗談だよ。ジョーダン。八乙女くんは、面白いな」

 

「あ、はは……」

 

半分本気だっただろう!? とは口が裂けても言えない。

すると、監督はぽんぽんと楽の肩を叩きながら、

 

「まぁ、この件は……遅かれ早かれ、白閖氏にお話しようと思っていたし、今夜時間あるかな? 一緒に、白閖氏の元へ行けるかい?」

 

そう言って、監督はにっこりと笑った。

そう――“高嶺家”よりも先に動かなければならない。

 

もし、“高嶺家”が介入して来たら――この映画は終わりだ。

“ましろ”役も、スポンサーの圧も、“高嶺家”に従えば、それはもうこの映画は“そう評価される”。

そして、それは今後も続くだろう。

 

その為には――。

 

楽は、ぐっと拳を握りしめて、

 

「わかりました、夜はインタビューの取材が入っていましたが、マネージャーに交渉してみます」

 

楽の言葉に、監督は申し訳なさそうに、

 

「ごめんね、八乙女くん。本当はこういう事に、役者さんに苦労かけないのも、我々の仕事なんだけがね――」

 

「いえ、気にしないでください。監督にはお世話になってますし、ここまで来たら一蓮托生ですよ。それに――これは、個人の意見ですが、不純な動機の人に“ましろ”役をやって欲しくないですし……」

 

「はは、八乙女くんは正直だなぁ。うん……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

――――某所:レッスン室

 

「はぁ!? 夜のインタビューをキャンセルしたいですって!? え? ああ、そういうこと? はぁ~ったく、分かったわよ! アンタのは別撮り出来る様に調整するわ。はいはい、ここまでやってるんだから、何が何でも了承を得てくるのよ! いいわね!!」

 

そこまで話した後、姉鷺は「はぁ~~~~~」となが~い溜息を零しながら電話を切った。

それを見ていた天と龍之介が顔を見合わせる。

 

どうやら、映画の撮影中の楽から電話だったようである。

 

「なにか、向こうで問題でも起きたんですか?」

 

新曲のデモを聞いていた天が姉鷺にそう尋ねると、姉鷺は待ってましたと言わんばかりに、

 

「楽からよ。今夜のインタビューを先延ばしに出来なかって。ったく、当日に言ってるんじゃないっての!! スケジュールってものがあるのよ!!」

 

「楽が? 仕事を?」

 

楽にしては珍しい。単純な理由で仕事を放りだすとも思えない。

天は少し考えた後、「あ」と声を洩らした。

 

「何か知ってるの? 天」

 

龍之介がそう言うと、天は「まぁ、一部では有名だからね」と零した。

その言葉に、龍之介が首を傾げる。

 

「もしかして、あやねちゃんの事かな?」

 

龍之介がそう言うと、姉鷺がさも当然の様に、

 

「そっちは、徹底してるから今の所、外部には漏れてない筈よ。それよりも厄介な女に付きまとわれてんのよ、あの子」

 

「厄介な子? ですか?」

 

「そう、アンタ達も名前ぐらい聞いた事あるでしょう?“高嶺”って名前」

 

「高嶺?」

 

龍之介が首を傾げると、天は「ああ」と声を洩らし、

 

「やっぱり、そっちですか」

 

そう言って、スポーツドリンクを口に含む。

 

「高嶺って……?」

 

龍之介は本当に何も知らないのか、天が半ば呆れたように、

 

「“高嶺家”って言ったら、今政界を牛耳っている家だよ。権力の塊みたいな。TVでてる政治家のほとんどが“高嶺”の息が掛かってるやつらだよ」

 

「へぇ~そんなすごい家なのか。ん? でも、その“高嶺”と楽と何か関係あるの?」

 

龍之介の言葉に、天と姉鷺が「はぁ~~~~」と呆れた様な溜息を洩らす。

 

「一部の界隈では有名な話よ。“高嶺”の長女が楽にご執心なの。今回の楽の映画の撮影にもあれやこれや言ってやたらと来るらしいわ。それに、ほら、まだヒロインの“ましろ”役決まってないじゃない? それをその子にやらせろって圧が掛かってるらしいわ」

 

「ええ!? 楽、大丈夫かな……」

 

楽を心配する龍之介とは反対に、天は冷静なまま、

 

「相手が悪いですよね。“高嶺”の家の子じゃなかったら、あっさり断ってるでしょう」

 

「そうなのよ、よりにもよって“高嶺”の子だから、厄介なのよ」

 

「はぁ……」っと、困ったように姉鷺も溜息を洩らした。

おそらく、向こうも圧をかけ出したという事は、強硬手段にでるかもしれない。

対抗できるのは「逢坂」や「白閖」クラスの家柄だけだろう。

 

「解決策は2つ。“高嶺”より力のある家にスポンサーに入ってもらう事。後は、未定のままの“ましろ”役を早く決めてしまう事だね」

 

そうすれば、“高嶺”はもう手が出せない。

そして、それを今可能に出来るのは――――。

 

“TRIGGER”全面的に支援すると言った、「白閖」家だろう。

 

「楽は、今夜白閖さんの所に……?」

 

天がそう問うと、姉鷺は溜息を洩らしながら頷いた。

 

「ええ、監督と一緒にね。おそらくスポンサーの件を頼みにいく筈よ。幸い白閖氏は楽に好意的だし、使えるコマは使う――もう、手段を選んでる場合ではないんでしょうね」

 

「……なるほど。そうなると後は“ましろ”役ですか」

 

すると、それまで話を聞いていた龍之介が、何か思いついたのか、

 

「あ、それならその役をあやねちゃんにやってもらうってのはどうなかな? そしたら、2つともクリア出来るよね」

 

龍之介の突拍子の無い言葉に、姉鷺が頭を抱えた。

 

「あのねえ、あやねちゃんはお嬢様だけど、あくまでも“一般人”でしょう? そう簡単な話じゃないのよ。それに今回の“ましろ”役はピアノが――」

 

「龍、それ、もしかしたら名案かもしれない」

 

と、天まで言い出したものだから、姉鷺がぎょっとして、

 

「ちょ、ちょっと! 二人共何言ってるのよ!!」

 

「ボクは直接聞いてないけれど、ピアノの腕は白閖さんなら大丈夫なんじゃないですか? 審査委員会が“ショパンコンクール”に推薦するくらいですし。それにちらっと台本見させてもらいましたけど、彼女ならはまり役だと思いますよ?」

 

天と龍之介の言葉に、姉鷺が頭を押さえる。

確かに、白閖がスポンサーに入り、あやねが“ましろ”役を引き受ければ、すべてが解決する。

でも、そんなに事が上手く働くだろうか?

彼女はいわば、素人も同然。

それなのに、いきなり演技が出来るとは思えない。

 

だが、“ましろ”役は公募もしていた。

聖・マリアナ音楽学院でオーデションを行ったとも聞く。

 

それならば、素人がやる事も考慮に入れているのかもしれない。

おそらく“ましろ”で重要なのは、人を惹き付ける“音”と“ビジュアル”だ。

つまり、“イメージ重視”のキャラなのだ。

本当に存在するのか、それとも幻なのか、分からない不思議なキャラクター。

 

普通に考えたら、かなり難しい役だ。

台詞もほぼないのに、見ている人を惹き付ける必要があるのだから――。

 

少なくとも、資料で見た“高嶺陽子”にその要素は全くない。

むしろ、あやねなら――。

 

姉鷺はぐっと拳を握ると、

 

楽! 何が何でもあやねちゃんと、あやねちゃんのお父様からOK貰ってくるのよ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――夕方:聖・マリアナ音楽学院

 

 

「カット!!」

 

カチンコの音が鳴り響く。

ふーっと、周りのスタッフが溜息を洩らす。

 

カチンコの音と共に、楽はグランドピアノから手を離した。

中庭の撮影は一通り終わったので、夕日の中ピアノを弾く久我志月のシーンを撮っていたのだ。

 

「八乙女さん、お疲れ様です」

 

「ああ、お疲れさん」

 

そう言って、楽が席を立つと、何処からともなく高嶺陽子がやってきて、

 

「楽様、とってもピアノ素敵でした!!」

 

そう言って賛辞を述べるが、楽は聞こえなかった振りをして、

 

「監督」

 

「ああ、今日の撮影はここまでにしよう。そうだ、八乙女くん、この後時間あるかな?」

 

と、示し合わせた様にそう言う。

すると、楽は「大丈夫ですよ」と答えると、そのまま陽子を残して監督の方へと向かおうとした瞬間――。

 

「楽様!!!」

 

突然、陽子が楽の腕を掴んだ。

これに驚いたのは楽ではなく、周りのスタッフだった。

スタッフが慌てて止めようと駆け寄ってくるが、楽はそれを手で制した。

そして、淡々とした声音で、

 

「高嶺さん、手を離して頂けませんか?」

 

「だ、だって! 手を離したら楽様、また陽子を無視して何処かへいくんでしょう!? 私はここにいるのに!!」

 

「――手を。離して頂けますか?」

 

一等低い声でそう言う。

瞬間、びくっと陽子が怯えた様な顔をした。

楽を掴む手が微かに震えている。

だが、その手はぎゅっと楽の腕を掴んだままだった。

 

「楽様……そんなに陽子がお嫌ですか?」

 

今にも泣きそうな顔でそう言う陽子に、楽が「はぁ……」と溜息を洩らしながら視線を逸らす。

正直、この手を思いっきり振り払いたい。

が、ここで怒れば騒ぎになる。

例のゴシップの件もある。

どこで、誰が見ていてリークするか分からない。

 

「高嶺さん、悪いけどこの後仕事があるんだ。頼むから離してくれないか?」

 

「だ、だったら、陽子がそこまでお連れします!! だから、も少しだけ陽子と――」

 

「……いや、そういう問題じゃ――」

 

もう、振り払うか?

そう思った時だった。

 

「高嶺くん、悪いけれど八乙女くんを離してくれるかな? それと、ここ・・は関係者以外立ち入り禁止だから」

 

そう言いながらやってきたのは監督だった。

監督は笑顔のまま、陽子の傍までやってくると、

 

「高嶺くん、君は関係者じゃないんだ。今すぐこの場から出て行ってもらえるかな?」

 

そう監督が言った途端、複数の男性スタッフが陽子を取り押さえるかのように肩を掴んで楽から引き離す。

それに対して、逆上したのは陽子だ。

 

「ちょっ! ちょっと、離しなさいよ!! あんた達、私を誰だと――」

 

そう暴れる陽子を無視して監督は、ぽんぽんっと楽の背を叩き、

 

「八乙女くん、大丈夫かい? よく我慢したね」

 

「……ああ、まぁ、下手に扱うと面倒ごとになりますからね。助かりました。じゃぁ、行きましょうか」

 

「そうだね。ああ、君たち彼女の事丁重に・・・宜しく頼むよ」

 

それだけ言い残し、監督と楽が現場のスタッフに挨拶しながら去っていく。

 

「ちょっ……! 離しなさいよ!? 楽様が行っちゃうじゃない!! 楽様!! 楽様ああああ!!!」

 

そう叫ぶ、陽子を残したまま二人は現場を離れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大っっ変、お待たせいたしました!! 22話目です

今回は、夢主はお休みでーす(名前変換場所モリモリあります)

それにしても、高嶺陽子氏、良い感じに嫌なキャラになってきたぞ(フフフ)

ええ、ワザとです(彼女は改心するタイプじゃない)

 

新:2024.01.21

旧:2023.07.06