Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 20

 

 

 

『ごめん、あやね――もう、会えない』

 

 

そう一通だけ手紙を送ってきて姿を消した春樹。

春樹はいつも、そうだ。

ゼロという方を探して、何処かへ長期間出かけてしまう。

 

それでも……必ず戻ってきてくれた。

日本へ帰ってきたら、最初に会いに来てくれた。

 

それが、いつも後ろを見ておべっかを並べてくる大人たちの中で、

春樹だけが、違った。

 

“本当のあやね”を見て、言葉を掛けてくれた。

 

それが、あやねにとってどれほど“救い”だった事か――。

 

でも――。

もう、それはない。

あの一通の手紙で全て終わってしまった。

 

だから分かった。

ああ、彼も結局同じだったのだと……。

 

違うと感じていたのは、自分の思い違いだったのだと。

そう――思わなければ、心が壊れてしまいそうだった。

 

そう自分に言い聞かせて――。

そうして、それでも、言葉を発っせる様になるのに時間がかかった。

 

あの時と同じ……。

 

優しくされて、後から突き放されるのならば、

そんなもの……要らない。

 

構わないで。

放っておいて。

 

かれからも、拒絶の言葉を発せられたら……。

きっともう立ち直れない――。

 

理由を聞くのが 怖い。

 

「私の事など、放っておいて……ください……」

 

それが、あやねの出した精一杯の言葉だった。

それなのに――。

 

楽は、何も言わずにあやねの傍でフェンスに寄り掛かった。

慰めの言葉も、諫める言葉もなく。

ただただ、傍にいた。

 

ひゅううう……。

と、風が吹いて、あやねのキャラメルブロンドの髪が揺れた。

 

楽はそんなあやねを、ただじっと見ていた。

 

なんで。

どうして。

 

彼はここにいるの……。

何故、放っておいてくれないの……。

 

そんな想いが、あやねの中でひしめき合う。

こんな自分が、嫌悪感で嫌になる。

 

「……」

 

どのくらいそういてしただろうか……。

もう空には月が昇り、辺りは夜の帳が降りていた。

 

なのに、楽は何も言わない。

何も言わずに、傍にいてくれている。

 

「な、んで……」

 

思わず言葉が出た。

そっと隣にいるであろう、楽の方を見る。

 

「……っ」

 

楽は、ずっとこちらを見ていた。

優しそうな目で――。

 

どう、して……。

 

あれだけ、酷い言葉を浴びせたのに。

どうして彼は……。

 

「が、くさん……」

 

声が震える。

言葉が上手く紡げない。

 

楽の灰青の瞳と目が合う。

瞬間、楽が嬉しそうに笑い。

 

「やっと、こっち見たな」

 

そう言って、すっと手を伸ばしてきた。

 

「あ……」

 

楽の手が、そと優しくあやねの頬に触れる。

ぴくっとあやねが肩を震わせた。

 

すると、楽は苦笑いを浮かべながら、

 

「触れられるのが嫌なら言ってくれ。無理強いはしたくない」

 

「……っ」

 

この人は、どこまで――。

 

あやねはその深海色の瞳をゆっくり閉じると、そっと自分の頬に触れる楽の手に自身の手を重ねた。

 

「……いや、じゃ……ない、です……」

 

むしろ心地よかった。

楽の優しさが伝わってくる――。

 

知らず、涙が零れた。

 

ぎょっとしたのは、楽だ。

突然涙流すあやねに、楽が一瞬慌てる。

 

「あやね? 何処か痛いのか? それとも……」

 

「いえ、その……」

 

あやねが慌てる楽をみて、くすっと笑った。

 

「なんだか、自分ではわからないのですが……涙が出てしまって。楽さんが優しいから……」

 

「あやね……」

 

ぎゅっと、胸の奥が熱い。

楽に触れられると、ぽかぽかと心が温かくなっていくような――不思議な感覚。

 

先ほどまで、あれだけ辛かったのが。

癒やされていく――。

 

不意に、楽のもう片方の手が伸びてきたかと思うと、すっとそのまま抱きしめられた。

 

「あ……」

 

「あやね……泣かないでくれ。お前に泣かれると、俺はどうしていいのか分からなくなる」

 

そう言って、そっとあやねの涙を指で拭った。

 

「がくさ、ん……」

 

小さくあやねの唇が動いた。

 

ああ、駄目だ。

と、楽は思った。

 

あやねを放っておくことなど出来ない。

いっその事、目に留まる場所にずっといて欲しい。

でないと――。

 

また1人で泣いててるんじゃないかと。

また1人で思いつめるんじゃないかと。

 

心配になる。

 

「あやね……」

 

あやねを抱きしめ楽の手に力が籠もった。

そのままあやねの頬に触れていた手が、そっと彼女の唇に触れる。

 

ぴくっと微かにあやねの肩が揺れた。

 

「あ、の……」

 

少し、戸惑いと緊張のある声音。

そう知りつつも、楽はこつんとあやねの額に自分に額を当てた。

 

「……何かあった時は、俺を頼ってくれていい。俺は――どこにもいかない」

 

「が、くさ……」

 

「あやねが望めば、どんな場所にだって駆けつけてやる――だから」

 

あやねの、深海色の瞳と目が合った。

楽はふっと微かに目を細め、

 

「だから、何かある時は俺を呼べ」

 

「が、く……」

 

「これは、その“約束”の証だ」

 

そう言って、楽がぐいっとそのままあやねの顎に手を掛けると唇を重ねた

 

「……っ、ぁ……」

 

吐息と吐息が重なる。

 

ほんの数秒。

それだけなのに、重ねられた唇から熱が伝わってくる。

ぴくんっと、あやねの肩が微かに震えた。

 

「あやね――」

 

ぱさりと、あやねに掛けていた楽の上着が落ちる。

 

「ん……、がくさ……ぁ……」

 

二度三度の繰り返すうちに、徐々に深くなっていく口付けに、あやねがたまらず楽のシャツを掴んだ。

 

「あやね――俺は、お前が……」

 

「え……?」

 

 

 

 

――と、その時だった。

 

突然ばああああん!!! と、屋上へと続くドアが開いたかと思うと――。

 

 

 

「アンタ達!!! こんな所にいた!!!!」

 

 

 

「あ、姉鷺!?」

 

「え……?」

 

突如、その場の雰囲気をぶち壊すかのように入って来た姉鷺がずんずんと2人に近づいてくると、

 

「はいはいはーい、そこまで!! これ以上こんな所にいたら風邪ひちゃうでしょう!!?」

 

「いや、お前っ……」

 

楽が抗議しそうな雰囲気だったが、姉鷺はさらっとそれを流すと、

べりっと、いつぞやの様にあやねを楽から剥がす。

 

「ま――!! こんなに肩冷やして!! 女の子に冷えは厳禁よ!!」

 

姉鷺の勢いに負けて、あやねが「す、すみません……」と謝る。

 

「いや、そうじゃないだろあやね!?」

 

楽がそう突っ込むが、ぎろっと姉鷺が楽を見て、

 

「アンタにはちょ~~~~~と、話あるわ」

 

と、笑顔だが、背後に仁王像が見える。

 

「とにかく、あやねちゃんは下でお父様が帰るそうで待ってるわよ」

 

「あ、は、はい……」

 

そう答えるも、ちらっと楽の方をみる。

それから、落ちた上着を拾うと。

 

「あの、これ……洗って返しますね」

 

そう言ってぺこりと頭を下げると、そのまま姉鷺と一緒に来たSPに囲まれて屋上から出て行った。

 

残ったのが楽と自分だけだと確認した後、姉鷺は突然楽の胸ぐらをつかむと、フェンスに叩き付けたのだ。

 

ガシャ――――ン。

 

と、激しい音が鳴り響く。

 

「お、おい、姉鷺、一体何を――」

 

楽が抗議しようとした時だった。

姉鷺の表情が変わる。

 

「お前、本気だろうな?」

 

「……は?」

 

いつもと違う男言葉に男声の姉鷺に、楽が一瞬たじろぐ。

 

「姉鷺?」

 

「――彼女に言った言葉に嘘偽りはないんだろうな!?」

 

「……っ!」

 

姉鷺が、何を言いたいのかを察した楽の表情が変わる。

そして、真面目な顔で。

 

「本気だ。あいつが――あやねが、望むなら何だって応えてやるし、駆け付ける」

 

「……」

 

一瞬の沈黙。

 

時間にしてほんの数秒。

しかし、楽には酷く長く感じた。

 

すると、姉鷺は小さく息を吐くと、すっと楽から手を放した。

 

「――まぁ、今回はアンタのその言葉に免じて許してあげるわ」

 

いつもの姉鷺の口調で、そう言う。

 

「はっ! アタシったら、うちの子に向かって胸ぐら掴むなんて――」

 

と、今気づいたかのように、あわあわしだす。

それを見た楽がぷっと吹き出した。

 

「いいって、大事な事だったんだろ? 安心しろよ、俺は“TRIGGER”も“あやね”も捨てる気はない」

 

「まったく、アンタ、“二兎を追う者は一兎をも得ず”って言葉知らないの? いつか、アンタが壊れちゃったら“TRIGGER”もあやねちゃんもダメージ必須よ?」

 

「壊れねぇよ」

 

そう言って、フェンスの外の街並みを見る。

風に吹かれて楽のホワイト・スモークの髪が揺れた。

 

「誰にも壊させねぇ……“TRIGGER”もあやねも――絶対に」

 

それを見た姉鷺が、満足気に笑いながら。

 

「それでこそ“TRIGGERの八乙女楽”よ」

 

そう言って、ぽんっと楽の背中を叩いた。

 

「じゃ、降りましょ。いつまでもこんな所にいたら風邪ひちゃうわ」

 

そう言ってドアの方へと歩いていく。

楽はもう一度屋上から見える街並みを見た後「ああ」と答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――帰りの車内

 

 

「まったく、お前の行動力は予想がつかないね」

 

そう言って、娘をたしなむ様に言うのは、向かい側に座っているあやねの父・秋良だった。

秋良のその言葉に、あやねは少し申し訳なさそうに、

 

「……申し訳ありません。その、私は……」

 

何かを言いかけたあやねを制するかのように、秋良が手を上げた。

 

「いや、いい。お前の気持ちを汲んでやれなかった私にも非はあるからね」

 

「お父様……」

 

「私はね、あやね。お前が一番大事なんだ。本当なら、箱の中に閉じこめて鍵を掛けて仕舞っておきたいぎらいだよ。だか、それと同時に自由に鳥の様に飛び立つお前も見たいんだ」

 

そう言って秋良が車内のカーテンに手を掛ける。

少し開けると、ネオンの街並みが見えた。

 

「八乙女楽君……だったね」

 

「え……?」

 

不意に出た楽の名前に、あやねがその瞳を瞬かせる。

だが、秋良は何でも無い事の様に、

 

「彼はいい人だね。うん。彼になら――」

 

「お父、さま……?」

 

ゆっくりと、秋良がこちらを向いた。

それから、にこっと微笑み。

 

「今日の行動は褒められたものではないけれど――私の身を案じて来てくれたのだろう? ありがとう、あやね」

 

そう言って、あやねの頭を撫でた。

 

「……っ、いえ……」

 

なんだか恥ずかしくて、あやねは顔を上げるのを躊躇ってしまった。

気のせいか、ほのかに頬が熱い。

 

「あやね、帰ったらピアノを聴かせてくれないかい?」

 

ふと、秋良が外を見ながらそう呟いた。

一瞬、あやねがその深海色の瞳を瞬かせると、

 

「……何の曲が宜しいでしょうか?」

 

「そうだね……」

 

秋良は少し考え、

 

「メンデルスゾーンの『歌の翼に』なんてどうかな? 後は――リストの『コンソレーション第3番』もいいね」

 

「……わかりました。準備出来ましたら呼びますね」

 

「ああ、宜しく頼む」

 

そう言って、秋良が静かに目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌朝・高嶺邸

 

 

「――ふざけないで!!!」

 

怒気の混じった声と、思いっきりテーブルを強く叩く音が部屋中に響き渡った。

彼女の目の前には2つの記事のコピーがあった。

 

“白閖財閥令嬢(19)、ショパン国際ピアノ・コンクールに特別枠で出場か!?”

と、

“抱かれたい男、No.1! TRIGGERの八乙女楽(22)に熱愛発覚!? お相手は某有名財閥の御令嬢(19)!!!?”

 

彼女――高嶺 陽子は“白閖財閥令嬢(19)、ショパン国際ピアノ・コンクールに特別枠で出場か!?”の記事の方をぐしゃっと握りつぶす。

そして、目の前で優雅にお茶をのんでいる、男に向かってその記事を投げつけた。

 

「私はね!! 白閖あやねだけを蹴落とせって命令したのよ!? それなのに――何よこの記事……っ」

 

ぐっと、もう1枚コピーを持つ手に力が籠る。

 

「楽様と熱愛? あの女が? ――冗談じゃないわ!!」

 

怒気の混じった声でそういう陽子に、お茶を飲んでいた男は呑気にソーサーごとカップをテーブルに置くと、投げつけられた記事を拾った。

 

「我々は、我々の“利益”の為にしか動きませんよ? 高嶺様」

 

そう言いながら、ぐちゃぐちゃになった記事を広げる。

 

「貴女が送ってくれた“白閖あやねのベートーヴェン”。大変素晴らしかったです。ですので・・・・、特別枠をご用意したのです。それは、貴女様もご承知の筈では?」

 

「それは……」

 

もし、あやねがこの話を承諾すれば、難関と言われる予選を免除など他のプレイヤーが許すはずがない。

間違いなくあやねは誹謗中傷の的になっただろう。

それこそ、金を積んで娘を無理やりねじ込んだと、白閖自体にも揺さぶりを掛ける事が出来る。

 

だからと言って、楽との熱愛発覚は関係ない筈だ。

しかも、そんな事実はない筈なのだ。

 

「高嶺様、注目をまず集めるには何が必要だと思いますか?」

 

「注目?」

 

陽子が訝しげにそう尋ねる。

すると、男はさも当然の様に、

 

「それは“話題性”です。今まで表舞台のコンクールに一切登場していない“白閖あやね嬢”を注目させるには、“別の話題性”が必要だったのです」

 

「なによ、それが楽様との熱愛報道だというの!?」

 

「そうです。今をときめくトップアイドル“TRIGGER”であり、“抱かれたい男No.1”である“八乙女楽氏”。彼ならば全ての条件が揃っている。そして、実際に“白閖あやね嬢”は彼と面識があり、それなりの仲である――という事が調査で分かっています。ならばそれを使わない手はない! 違いますか?」

 

「……っ」

 

「それに貴女様は仰られましたよね? “どんな手を使ってでも白閖あやねを蹴落とせ”――と」

 

「それは――」

 

「だから、我々は最も効果的で、かつ我らにも利益のある様に動いたまで――なにか間違った事言っていますか? まぁ、この2つの記事はいち早く気づかれた白閖秋良氏に揉み消されましたけどね」

 

「え?」

 

「同じことを言わせないでください。白閖秋良が昨夜の内に全て揉み消しました。その財力と権力を使って」

 

「なんですって?」

 

「我々も、“白閖”の前では無力だったという事です。まぁ、次なる手は考えてはいますが――」

 

「……ねぇ」

 

楽の熱愛の記事のコピーを見ていた陽子がぽつりと呟いた。

 

「……あんた達、写真の加工出来るわよね?」

 

「……? ええ、まぁ。此度の件で新聞社を一社買収していますので」

 

それを聞いて、陽子がにやりと笑みを浮かべ、

 

「そう……いい事思いついちゃった」

 

そう言った陽子の顔は、この上ないぐらい不敵な笑みを浮かべていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、また出てきたぞ~~~高嶺陽子www

悪だくみするつもりの様ですwww

なんでしょうなぁ~~~笑

 

新:2024.01.21

旧:2022.12.23