Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 19

 

 

―――八乙女事務所

 

 

そこに現れた人物に、秋良以外の皆が驚いた。

まさか、当事者が現れるとは思わなかったからだ。

 

だが、あやねは一度だけ周りを見た後、小さく安堵したかのように息を吐くと、そのままつかつかと秋良に近づいた。

 

「お父様、これは一体どういう――」

 

あやねが、秋良を問い詰めようとした時だった。

ふと、秋良が「あやね」と、その言葉を切った。

 

「まずは、他の皆さまに謝罪と挨拶をしなさい」

 

「……っ」

 

秋良にそう指摘されて、あやねがぐっと押し黙る。

一度だけその深海色の瞳を瞬かせた後、小さく息を吐いた。

 

真っ直ぐに上座にいる宗助の元へ足を進めると。

 

「突然の来訪、申し訳ございません。八乙女社長とお見受けします。私は――白閖秋良の娘のあやねと申します」

 

そう言って、ゆっくりと頭を下げた。

さらりと、あやねのキャラメルブロンドの髪が揺れた。

 

それが、宗助の中の何かを思い出させたのか……。

息を呑むのが分かった。

 

だが、あやねはすっと顔を上げると、

 

「――失礼ですが、父とは何のお話を?」

 

血は――争えないという事だろうか。

あやねのその姿が、先ほどの秋良の姿と重なる。

 

「……」

 

宗助は答えなかった。

否、何故か答えられなかった。

 

「あやね。私と八乙女社長はビジネスの話をしていたのだ。お前には関係のない事だよ」

 

そう秋良が口にした。

だが、あやねの視線はある一点に向いてしまった。

 

それは、宗助のデスクに散らばったままだったゴシップ記事だった。

 

「これ……」

 

それを見た瞬間、あやねは全てを悟ったかのように秋良を睨み付けた。

 

「お父様、此度の私への横暴な対応はこれ・・が原因ですか?」

 

普段のあやねからは想像出来ないほどの鋭い口調だった。

それを見た秋良が「はぁ……」と諦めにも似た溜息を洩らした。

 

「まったく、穂波は減給ものだな……」

 

「お父様!!!」

 

冗談の様にそういう秋良に、ぴしゃりとあやねが叫ぶ。

そして、その破かれていたゴシップ記事を手に取ると、そのままぐいっと秋良に押し付けた。

 

「ここに書かれている事は事実なのですか?」

 

「ん? お前と八乙女君の関係の事かな? 確か――熱愛発覚……「そちらではありません!!」

 

あやねが、ばっさりと秋良の言葉を切り捨てる。

 

「この“ショパン国際ピアノ・コンクール”についてです! 私はこの件について何も知らされていません。それも特別枠? あり得ません。ショパン国際ピアノ・コンクールはそんな易々と出場できるものではありません。そんな事、ピアノを師事されていた者なら誰でも知っています!」

 

「そうだよ」

 

秋良は、さも当然の様にそう答えた。

その飄々とした秋良の態度が更にあやねを苛立たせた。

 

「私を1ヶ月も監禁して、マスメディアも一切触れるなとの命は、“これ”が原因ですか? 何故、理由を隠すのですか!? そんな理不尽な指示に私が素直に従うとでも――」

 

あやねがそう問い詰めると、秋良はさも当然の様に、

 

「私には、その権限があるからね。どんな手を使ってでも従わせるつもりだったよ」

 

 

「お父様!!」

 

 

「……まぁ、こうして既にバレてしまっては、それは失敗に終わったけどね」

 

と、茶化す様に言う秋良に、あやねが睨んだ。

だが、秋良にはそんなものが通用する筈がなく……。

 

「では、単刀直入に聞こうか。――あやね、お前はそのコンクールに出たいのかい?」

 

「え……?」

 

不意に聞かれた言葉に、あやねが一瞬その深海色の瞳を瞬かせる。

 

本来、ピアニストを目指す者ならばこの話は魅力的だろう。

なにせ、ピアニストの登竜門ともいわれる国際コンクールだ。

入賞出来たならば、この先を約束された様なもの。

だが――。

 

「興味はありません。私は別にピアニストを目指している訳ではありませんので」

 

あやねは、露ほども興味がないのか……、きっぱりとそう答えた。

それを聞いて安心したのか、秋良がにっこりと微笑むと、

 

「それならよかった。お前が興味を示していたのならば、方向性を変えなければいけなかったからね」

 

「え?」

 

秋良の言う意味が分からず、あやねが首を傾げる。

 

という以前に、

 

「……たとえ、興味があったと仮定しても、この様な形で出場はしたくはありません」

 

そもそも、何故急にこんな話が上がってきたのか……。

そこが謎だった。

 

「ああ、それはだね――」

 

と、一連の経緯を秋良が話し始めた。

 

どうやら、数日前に暗譜で全楽章を弾いた、ベートヴェンのハンマークラヴィーアが原因の様だった。

 

だが、弾いたのはショパンではなくベートヴェンだ。

しかも、国内でも屈指のセキュリティを誇る音楽学院内で。

 

にもかかわらず、その話と録音テープが国際審査会に渡った。

おかしな話だ。

 

「おかしいのはそれだけじゃないのだよ」

 

そう言って、秋良がもう1枚のゴシップ記事を手に取った。

そこには、学院内の練習室で楽と一緒にピアノを連弾する女性の写真が載っていた。

他にも、学院内で楽と会話している同じ女性の姿もあった。

 

それは……。

 

「私……?」

 

そう――そこに、写っていた女性は顔こそ隠されているが、あやね自身だった。

思わず、秋良と楽を見る。

 

「どういう、こと、です、か……?」

 

どの写真もあやねと楽の写真だった。

しかも、学院内の――。

 

ゴシップ記者が入り込んだ……?

だが、あの学院のセキュリティ上そんなの不可能だった。

内から手引き・・・・・・でもしない限り――。

 

そこで、ある事に気付いた。

 

「まさか……」

 

あやねがはっとして口元を抑える。

それを見て、秋良が微笑んだ。

 

「さすがは、我が娘。気付いた様だね」

 

「ですが、もしそう・・だとしたら……」

 

「そうだよ、“TRIGGERかれら”は、利用された・・・・・のだよ。あやね、お前を蹴落とす為に・・・・・・・・・

 

「……っ」

 

私の、せい……?

私のせいで楽さん達に迷惑が――。

 

ふと、こちらを見ていた楽と目が合う。

 

「あ……」

 

声が出なかった。

また、誰かの重荷になったのだという事実が、あやねに過去を呼び覚まさせた。

 

春樹が居なくなった時と同じ――。

 

あの時も、こうやって重荷になって――別れを告げられた。

そして、もう会う事すら叶わなくなった。

 

「……な、さい……」

 

声が震える。

 

「ごめ、な……い……」

 

知らず、涙が零れた。

 

「ごめんなさい……っ」

 

やはり、ピアノに触れるべきではなかったのだ。

ずっと、そうしておけば……。

“音楽”を遠ざけていれば――。

 

「ごめんなさ、い……っ」

 

またこんな気持ちになる事もなかった――。

 

「……っ」

 

この場に。

彼らの前にいること自体が、いたたまれなくて――。

あやねは逃げる様に、社長室から飛び出した。

 

 

「――あやねっ!!」

 

 

楽が思わず、あやねを追いかけようとして彼女の名を呼ぶ。

が、あやねを自分が追いかけていいのか、一瞬迷ってしまった。

 

ここには、あやねの父である秋良もいる。

それに、自分に追う資格があるのか 分からなかった。

 

だが――。

 

「あ、あの! 白閖さん、その……あやねさんを――」

 

追いかけてもよいのか。

そう、秋良に尋ねようとした時だった。

 

「何をしている、楽!! さっさと、惚れている女なら追わんか!!!」

 

「――は?」

 

と、何故か宗助に叱咤された。

余りにも予想外過ぎて思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「や、なんで親父が言って――」

 

「ええい! まどろっこしい!! はっきりしろと言っているのだ!!」

 

「いや、だからなんで親父が言ってんだよ!?」

 

「なんだ、だったら惚れているというのは虚言か? それとも遊びか?」

 

「……っ、遊びなんかじゃねーよ!! 本気で惚れてるよ!! 俺はあやねが好きだ! 悪いか!!」

 

 

 

し―――――ん……。

 

 

 

部屋の中が静まり返る。

 

姉鷺が頭を抱え、天と龍之介が驚いた様に目を瞬かせていた。

宗助はというと――。

 

「ふん、だったら、とっとと追ったらどうだ」

 

と、さらに煽る様に言ったものだから、カチンっと来たのか、楽が対抗する様に、

 

「親父に言われなくとも追うに決まてんだろ!!」

 

そう言って、部屋を飛び出していった。

 

楽が部屋から居なくなった瞬間、青い顔をした姉鷺が、

 

「あ、ああああ、あの……白閖様、今のは――」

 

と、楽の行動をどう説明しようかあたふたしていると……

 

「ぷっ……はは、ははははは!」

 

突然、秋良が笑いだした。

しかも、お腹を抱えて。

 

「あ、あの~白閖様……?」

 

姉鷺が更に不安そうに秋良に話しかけた。

すると、秋良は笑いすぎて涙が出たのか、それを指で拭きながら、

 

「いえいえ、若いなぁ~と思いまして」

 

「す、すみません、うちの楽と社長が!!!」

 

と、姉鷺が平謝りする前で宗助が「姉鷺!!」と叫んでいた。

だが、秋良はそれを気にした様子もなく、

 

「いえ、いいんですよ。謝らなければならないのは、むしろこちらですしね。すみませんね、うちのあやねがご迷惑をおかけして」

 

「と、とととんでもない!! うちこそ楽がご迷惑を――」

 

と、姉鷺が更に頭を下げた。

すると、秋良はくすっと笑みを浮かべ、

 

「……少し、安心したのですよ。彼が娘を本気で好いてくださっているのは充分伝わりましたし、彼ならば――あやねを、過去の呪縛から解き放ってくれる……。そんな気がするのです」

 

「過去の、呪縛……?」

 

「ああ、今のは聞き流してください。勝手に言ったらまたあやねに怒られそうですし。まぁ……八乙女君ならば、教えてもいい気はしますけれどね」

 

そう言って、楽とあやねが出て行った部屋の扉の方を見る。

その瞳は、とても優しそうで慈愛に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

楽は社長室を飛び出した後、あやねを探してビル内を走っていた。

だが、何処へ行ったのか見当が付かない。

スタッフに聞こうにも、変に勘ぐられると面倒なので聞けない。

 

あやねはこのビルは初めての筈だ。

ならば、入り組んだ階段よりも、もっとわかりやすい所を選ぶ筈。

 

社長室はビルの最上階にある。

ならば――。

 

楽は、そこへ続く階段を駆け上がった。

そして、勢いよくドアを開ける。

 

瞬間、ひゅう……っと、風が吹いた。

 

「あやね……」

 

楽が行ったのは社長室の上にある屋上だった。

1人になれる所で、人目に付かない場所。

 

思い当たる場所と言ったら、ここしか思い付かなかったのだ。

 

空は既に夕日が沈みかかっていた。

風が微かに冷たく感じる。

 

ふと、見るとフェンスの向こう側に、見覚えのあるキャラメルブロンドの髪が見えた。

あやねだ。

 

あやねは、柵に顔を突っ伏したままだった。

その背中が泣いているように見えて、一瞬言葉を掛けるのを躊躇わせた。

 

「……」

 

楽が、ゆっくりとあやねに近づく。

だが、あやねはぴくりとも動かなかった。

 

楽は静かにあやねの傍に行くと、そっとその肩に羽織っていた上着を掛けた。

 

「……風邪、ひくぞ」

 

そう優しく語りかける。

だが、あやねは無反応だった。

 

否、一瞬肩をぴくりっと震わせたが、顔を上げようとはしなかった。

楽はあやねの隣に、柵に寄り掛かる様にもたれ掛かると空を仰いだ。

 

「……」

 

「……」

 

どちらからとも、言葉はなく。

ただただ、静かに時間だけが過ぎていっている様な感覚だった。

 

どのくらいそうしていただろうか……。

気が付けば、夕日は沈み空には月が昇り始めていた。

 

その時だった。

ふと、あやねが小さな声で呟いた。

 

「……して、……んで、すか……」

 

「ん?」

 

「どう、して――」

 

それ以上は言葉には出来なかった。

理由を聞くのが 怖い。

 

もし、また春樹の時の様に拒絶されたら、きっともう立ち直れない。

それなら、いっそ……。

 

「私の事など、放っておいて……ください……」

 

構わないで。

入ってこないで。

 

 

でなければ、

 

また“期待”してしまう。

 

 

 

だから――。

 

 

 

  これ以上、踏み込んでこないで――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか、中途半端になりそうだったので、ここでぶつ切りしましたwww

この後がな~~~笑

頑張れ、楽!!www

 

新:2024.01.21

旧:2022.11.12