Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 18

 

 

―――白閖邸

 

 

部屋の扉の叩く音が聞こえた。

 

「……はい」

 

あやねが、静かにそう返事するが扉は開かず、待てども、入ってくる気配がない。

 

あやねは少し考えた後、扉の方に向かった。

そして、そっと扉を開けて外を見る。

 

すると、そこに青い顔をしたハウス・スチュワードの穂波が立っていた。

 

「穂波? 何処か具合でも――」

 

あやねが心配そうに、穂波に話しかけた時だった。

穂波が顔を上げて、

 

「――お嬢様。旦那様からの伝言です。“これから1か月間、外出を禁ずる”」

 

 

 

「……え……?」

 

 

 

突然、降って湧いたような言葉に、あやねが一瞬その深海色の瞳を瞬かせる。

だが、穂波は続けて、

 

「“邸宅内は自由にするといい。ただしマスメディアが関わる様なものは何も見るな”。だそうです」

 

「穂波……?」

 

何を言われているのか分からず、あやねが困惑の色を示す。

しかし、穂波は青い顔のまま静かに頭を下げた。

 

「申し訳ございません、あやねお嬢様。何か入用な品があれば、私に言っていただければなんでもご用意させて頂きます。ですから――」

 

「ま、待ってください!!」

 

あやねが、慌てて穂波の言葉を切る。

 

「お父様が? そう仰ったのですか? お父様はどちらに――」

 

そう言って、部屋を出ようとするが――穂波がまるでそれを塞ぐかのように立ちはだかった。

 

「旦那様は、今は出掛けておられます。ご夕食は此方へお運び致しますので――「穂波!!!」

 

ぴしゃり! っと、あやねが叫んだ。

今までのあやねならば素直に従っていただろうし、その事に疑問を抱かなかっただろう。

だが今は違う。

 

何故。

 

その言葉が、頭を支配する。

 

「お父様は今、どちらに?」

 

「……そ、それは――」

 

強めに言われて、穂波が言葉を濁す。

穂波のはっきりしない態度が、余計にあやねの癪に障った。

 

「穂波」

 

今までにないくらい、あやねの口から鋭い口調で名を呼ばれ、穂波が一瞬びくっとする。

あやねのそれは、笑っていなかった。

真っ直ぐに穂波を見据え、

 

「今一度聞きます。――お父様はどちらに?」

 

その“気配”に穂波がはっとする。

それは“白閖”の者ならば誰しも持っているものだった。

――絶対的なカリスマ性。

 

「……っ、……っ、そ、れは――」

 

分かっていた。

最初から、“白閖かれらの血”に抗えるはずがないのだ。

 

 

「穂波」

 

 

もう一度、あやねが名を呼ぶ。

 

「……っ、旦那様、は――八乙女じ、むしょ、に……」

 

穂波のその言葉に、あやねがぴくりと反応する。

 

「八乙女事務所……?」

 

“八乙女”と聞いて浮かぶのは楽一人だけだ。

だが、関係性があるかは、分からない。

 

だが、何かが引っかかる。

 

「……穂波、私をそこに連れて行って下さい」

 

あやねがそう言うと、穂波は はっとして首を横に振った。

 

「なりません、お嬢様!!」

 

そう頑なに拒まれると、余計に秋良の身が安全なのか気になる。

あやねが行った所で、何か出来るわけではないが――。

 

“事務所”というくらいだ。

何かの組織の事務所なのだろう。

 

まさかとは思うが、非社会的事務所などという事はないだろうか。

だから、秋良はあやねを遠ざけた?

 

いや、秋良に限ってそんな組織と関わるはずがない。

では、一体……。

 

「……30分後に出る準備をお願いします」

 

「……っ、なりません!! お嬢様!!!」

 

穂波が止めるも、あやねはそのまま扉を閉めた。

 

一体、何だというのだ。

なんだか、心がもやもやしてすっきりしない。

それならば、この“理由”を本人に聞くしかないではないか――。

 

あやねは、散らばったままの楽譜を余所に“あの楽譜”だけ鞄に仕舞う。

そして、手早く着替えると、髪を整えた。

靴を履き、腕時計を留める。

 

まず、この先どうするかは、全て秋良から話を聞いてからだ。

あやねは鞄を持つと、そのまま部屋を後にした。

 

屋敷の玄関を開けると、車が1台だけ止まっていた。

傍に穂波の姿もある。

 

あやねは、階段を降りると車の前まで来た。

すっと、運転手が後部座席のドアを開ける。

あやねが直ぐに乗り込むと、ふいに穂波が声を掛けてきた。

 

「お嬢様。……無理はなさいませんように」

 

穂波の言葉に、あやねは小さく頷くとそのまま白閖邸を出発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――八乙女事務所

 

「なに?」

 

秋良の言葉に、宗助が訝しげに眉を寄せる。

すると、秋良はにっこりと微笑み、

 

「――私と、取引しませんか? と言ったのです」

 

優しく言っている風に聞こえるが、その言葉に拒否権など無いに等しかった。

秋良は、やはり笑ったまま、

 

「なに、大した事ではありません。此度のこの記事に関して私の方で完全に抑えましょう。 それがお互いの為・・・・・ですからね。問題はその先です」

 

そう言って、かつかつと音をたてながら秋良が宗助の前を歩く。

 

相手・・は、このたった一度で引き下がるとは思えません。今回の件を抑えたとしても、次なる手を使ってくるでしょう。――自分たちの利の為に」

 

秋良の言葉に、姉鷺も頷く。

 

「私も白閖様に同意ですわ、社長。きっと、また“TRIGGER”の名を使って何かするに決まってます!!」

 

新聞や週刊誌、広告・ネット・TV。

全て、この2つの記事に関する事を差し押さえるのだ。

どれだけの金額が掛かるか知れたものではない。

 

秋良の提案は魅力的だった。

それらを全て「白閖」の名で抑えると言っているのだ。

まるで、そんな事実は元からなかったという様に。

 

だが、ひとつだけ引っかかることがあった。

あの「白閖財閥」がなぜ、ここまでするのか――だ。

 

確かに、「白閖秋良」と言えば、業界でも有名かつ大物で、手がける事業は全て成功を収めているという。

加えてその容姿と身分から女性からの誘いも絶えないというが――亡くなった妻一筋で、その娘を大層大事にしているという話は有名だった。

 

だが、その娘を守るためにここまでするのか?

宗助には理解出来なかった。

 

「……目的はなんだ」

 

宗助が、鋭い口調でそう口にする。

ぎょっとしたのは、姉鷺だ。

まさか、宗助が秋良に対してそんな風に言うとは思わなかったのだろう。

慌てて宗助の元へ駆け寄り、

 

「社長!! 相手は、あの“白閖財閥”の総帥ですよ!? その言葉は、あまりにも――」

 

 

 

「お前は黙っていろ!!!」

 

 

 

そう叫ぶなり、どんっ! とデスクを叩いた。

だが、秋良は気にした様子もなく、

 

「良いのですよ、姉鷺さん。八乙女社長――私があなた方に求めるのはひとつだけ。“TRIGGER”には頂点に立っていただきたい」

 

「なに?」

 

「貴方自身もそれを願っていると思いましたが、違いましたか? 全面的に我が“白閖財閥”があなた方のバックアップをします――と、申し上げているのです。勿論、それに見合った結果を出して頂きます」

 

「……“TRIGGER”のスポンサーにはFSCもいる」

 

「存じ上げていますよ。逢坂氏のファイブスターカンパニーですね。彼らと縁を切れとは言いません。向こうが構わなければ両社から支援を受ければいい。向こうがスポンサーを降りるのならば、その穴は我々が埋めましょう。どうですか? あなた方にとって、どう転んでも悪い話ではないと思いますが?」

 

秋良の言葉に、宗助が腕を組み難しそうに眉間に皺を寄せる。

 

「……」

 

確かに、このゴシップも抑えられ、かつ有力なスポンサーも得られる。

悪い話ではない。

しかし……。

 

下手をすれば、FSCを敵に回すことになる上、業界からは鞍替えしたと悪い噂が流れる可能性もある。

逆に、いままで大々的にスポンサーとして、完全バックアップを何処にもしなかった「白閖財閥」が付くことで、宣伝効果も得られる可能性もある。

 

その時だった。

それまで黙っていた天が口を開いた。

 

「一つ確認宜しいですか?」

 

そう言って、秋良を見た。

 

「貴方がここまでするのは、何の為ですか? 娘である、あやねさんの為だけとは思えないのですが」

 

天のはっきりとした口調に、秋良が笑う。

 

「九条君、買いかぶり過ぎですよ。私は単に娘が大事なだけです。後は――そうですね、私の大事な・・・・・あやねのを変えた“TRIGGER”という存在に興味が沸いたのです」

 

そう言って、ちらりと秋良が楽を見る。

すると、他全員の視線が楽に注がれる。

 

それに気づいた楽が「え?」と自信を指さした。

 

「な、なんだよ。俺は何も――」

 

そこまで言いかけた瞬間、

 

「あやねちゃんに何もしてない? ヤダ、本気で言ってるの、楽」

 

と、姉鷺。

 

「ですよね。ボクのドーナッツも忘れたくせに」

 

と、天。

 

「あやねちゃんと楽なら、お似合いだと思うなぁ~」

 

と、龍之介。

 

ぎょっとしたのは、楽だ。

愛娘家の秋良がこれを聞いてどう思うか、考えただけで恐ろしい。

 

「あ、あの! 白閖さん、俺とその……あやね――じゃなくてお嬢さんとは、その、別に何も……」

 

なんだか、言っていて空しくなった。

すると、それとは反して秋良はにっこりと微笑み、楽の方へと歩いて来た。

 

思わず、楽が緊張のあまり固まる。

だが、やはり秋良は気にした様子もなく、ぽんっと楽の肩に手を乗せ、

 

「八乙女君、私はね 君はあやねにとって悪い影響を与える事はないと思っている。むしろ、君には礼を言いたいぐらいだ。君に逢ってあやねは変わった。まるで、昔に戻ったかの様に――いや、昔よりもずっといい方向へ向かっていると思っているよ」

 

そして、ぽんぽんと二度ほど楽の肩を叩くと、

 

「これからも、あやねとよくしてやって欲しい。これが私の本音だよ。理解出来たかな?」

 

秋良の言葉に、楽が息を呑む。

そして、少し頭を下げて、

 

「……身に余るお言葉です」

 

その言葉に、満足したのか……秋良が優しげに笑うと、宗助を見た。

 

「これで、私の意図は理解頂けたでしょうか? 八乙女社長」

 

それまで難しい顔をしていた宗助が、大きな溜息を洩らした。

結局は、拒否権などないのだ。

大企業である「白閖財閥」の誘いを蹴る事など、出来はしないのだ。

 

「……いいだろう。だが、“TRIGGER”のプロデュースやマネージメントは我々の仕事だ。口出しはしないでいただきたい!」

 

「社長!!!」

 

秋良に臆することなく、はっきりとそう言う宗助に、姉鷺が焦った様に叫ぶ。

が、秋良は気にした様子もなく、

 

「ええ、勿論ですよ。八乙女社長。その点はご安心を」

 

そう言って、秋良はスーツケースの中から、書類を取り出した。

 

「こちらが、契約に関する書類と、対策関係の書類です。ご確認とサインを」

 

用意周到というべきか、こうなると分かっていたのか。

秋良は、宗助がサインした書類に自身のサインもすると、にっこりと微笑んだ。

 

「では、今後とも宜しくお願いします。八乙女社長」

 

と、その時だった。

社長室をノックする音が聞こえてきた。

 

宗助があからさまに不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

 

「大事な話の最中だ。後にする様に伝えろ」

 

「はい、分かりました」

 

そう言って、姉鷺が社長室のドアを開けてそう相手に伝えるが――。

突然、姉鷺が「え!?」と声を荒らげた。

 

その声に、宗助がぴくっと眉間に更に皺を寄せる。

姉鷺は少し慌てた様に、

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

それだけ言うと、バタバタと戻ってきて、

 

「社長!!」

 

「なんだ!? 後にしろと――」

 

「それが――!!!」

 

姉鷺が慌てた様に秋良を見る。

 

「どうかなさりましたか?」

 

秋良がそう尋ねると、姉鷺は少し困ったかのように、

 

「その……なんでも、白閖家の方がいらしているとかで……しかも、そのいらしてる方が……」

 

姉鷺のその言葉で全てわかったのか、秋良が「ああ……」と声を洩らし、

 

「八乙女社長。問題なければここに同席させても構いませんか?」

 

一応、断りを入れると、宗助はまた溜息を洩らし、「好きにしろ」と答えた。

 

すると、秋良はドアの向こうにいる人物に連れてくるようにと伝えると、戻ってきた。

その顔は少し、鋭くなっていた。

 

「……?」

 

楽たちが顔を見合わす。

が、その理由は直ぐに分かった。

 

何故ならば、そこの現れたのは――。

 

 

まさかの、あやね本人だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、刀剣の大侵寇編をず~~~と書いてて

彼是2か月半ぶりぐらいの他タイトル!!!

や~アイナナ本編読んでた(ゲームの)から、着手しましたwww

 

新:2024.01.21

旧:2022.06.18